X'mas night 〜願いが叶う夜〜


その日、俺は急いでいた。

・・・・・言い直そう。

その日も、俺は急いでいた。

肘をつき、右手に持っているシャープペンシルをこれでもかというくらいにくるくる回す。

地面に、つま先だけつけた左足を小刻みに震わす。

左腕につけている腕時計を見る。

午後4時15分。

もう終ってもいい時間である。

しかし、俺を含めたクラスメイト41人は、担任の先生である谷川かほりによって、椅子という胴枷と、机という重石によって身動きが取れない状態にさせられており、何より、教室という牢屋に閉じ込められているのである。

そう、この時間は、その日の授業という懲罰を受け終った後の・・・軽く言えば『おまけ』のような、重く言えば『駄目押し』のような懲罰の時間・・・SHR、ショートホームルームなのだ。

今日のSHRは長かった。

もう12月20日、冬休みまで、あと3日しかない。

先生は、もうわかりきっている冬休みの心得を、順を追って説明しているのだ。

時計を見る。

4時18分。

先生の説明はまだ続く。

時計を見る。

4時20分。

先生の説明はまだ続く・・・



そう、俺は急いでいた。

俺には残された時間があと3日しかないのだから。

だからしかたないことだ。

やむをえないことだ。

・・・でもちょっと罪悪感が残るな。

やっぱり良くないことだし。

でもしょうがない。

さっさと行こう。

SHRが終ったのは4時30分、つい先程のことだ。

そしてすぐさま教室から抜け出して・・・

「た〜か〜は〜ら〜く〜ん!!」

・・・遅かった。

教室から、あと1歩で廊下へと出られたのに・・・

「や、やぁ・・・千佳」

「何が、『やぁ』よ、今日は逃がさないわよ!!」

俺、高原健二と、この牧野千佳は生まれた頃からの幼なじみだ。

生まれた病院まで同じだ。

千佳はショートカットの黒髪、パッチリとした瞳、よく見れば艶やかな唇、を持つ。

俺はというと、千佳が言うには『ぼさぼさの髪で、いつもふてくされているような顔をしている』・・・らしい。

自分では『程よく散らした短髪で、いつもクールに決めている』・・・つもりなんだけど。

昔から俺と千佳は犬猿の仲・・・とまではいかないが、ケンカばっかりしていた。

いつも俺が負けていた。

それは小学生、中学生と、変わらず続いていった。

そして今・・・俺はようやく千佳と対等な立場に立てている・・・と、思う。

やっぱり思ってるだけのような気がする・・・

・・・でも!今日は譲れない!!

なんとしても『牢屋』から脱出して見せる!!

「健二のせいで3日も連続で日直やらされてるんだからね・・・いいかげん、やることやってとっとと終らせようよ」

「千佳・・・・・ゴメン!!」

逃げた。俺は勢い良くターンすると、廊下へと飛び出し、そしてそのまま校舎の外へ・・・行くはずだったんだけど・・・

「逃がさないわよ!!お願い!!」

・・・何者かによって俺の腕がつかまれる。

いや、何者か達によって俺の腕がつかまれていた。

身動きが取れない!?

「・・・万事休すね、健二。ありがとう!由香!美穂!京子!」

・・・それはうちのクラス、3年C組の名物3人組だった。

力持ち由香、情報通美穂、魔術師京子。

由香は、ショートカットの茶髪に、眼光の鋭い瞳、キリッとした眉が印象的だ。

見た目では『ちょっと背の低い女の子』なのだが、その『名』の通り、見た目よりずっと筋肉があり、力があり、強いのだ。

一つ例を言うと・・・男子柔道部主将を10秒で、一本背負いで投げ飛ばした。

他にも数えきれないほどの『伝説』がある・・・

美穂は、ロングヘアーの黒髪に、やさしい印象の瞳、その上にめがねの蓋がかけられている。

図書室に入り浸っている美穂は、あらゆる知識を、その脳の中にインプットしている。

言葉だけでは好印象を感じるが、実際は『○○君の家は××円の借金がある』だの『○○さんは援助交際をしている』などという、プライベートな部分まで知り尽くしていると言っても過言ではない。

・・・情報通というわけだ。

京子はウェーブにしたロングヘアーの茶髪に、神秘的・・・というか、不思議な感じのする瞳、動作することが少ない口は、小さい。

京子は大のタロット好きで、いつも肌身はなさずタロットカードを携帯している。

しかも、ただ携帯しているだけではなく、昼休みになると教室内の一角を陣取り、クラスの生徒を片っ端から占っていくのだ。

しかも妙なことにそのほとんどが、曖昧にだが当たっているのである。

・・・それでついた名が魔術師京子だ。

この3人組が集まった力は絶大だ。

少なくとも、この若葉ヶ丘高校、校長山下潤一を黙らせるくらいの力はある。

その3人に俺は捕まったのだ・・・

終った。

「さぁ!あきらめてとっとと仕事終らせましょ!!」

千佳はとても嬉しそうだ。

・・・俺はしぶしぶ頷いた。



日直の仕事は主に3つ、号令、日誌の書きこみ及び提出、SHR後の教室の整理である。

俺と千佳は、その3つの中の『SHR後の教室の整理』をこなしていた。

SHRで使用された黒板を綺麗にする。

黒板を綺麗にするのに使用した黒板消しを黒板消しクリーナーで綺麗にする。

黒板消しを綺麗にするのに使用した黒板消しクリーナーに溜まったチョークのカスをごみ箱へと捨てる。

黒板消しクリーナーに溜まったチョークのカスを捨てるために使用したごみ箱の中身を捨てに焼却炉へと向かう。

焼却炉にもってきたごみ箱にセットしてあった、ごみの入ったごみ袋を焼却炉に放り投げる。

教室に戻る。

何にもなくなったごみ箱に、新たにごみ袋をセットする。

綺麗になっている黒板に、明日の日にち、次の犠牲者・・・次の日直の名前を記す。

室内の窓を全て閉める。

教室の明かりを消す。

・・・と、だいたいこんなところだ。

窓の外はもう真っ暗。

・・・5時30分。

じ、時間がぁ!!

俺は声に出ない苦痛に一瞬苛まれた・・・が、

「それじゃあ俺は行くぞ!!」

「あっ、ちょ、ちょっと!!」

俺は言葉を全て言いきる前に、千佳の前から走り去っていた。

時間が惜しい。

廊下を走り、階段を降り始める。

・・・二階・・・一階。

俺が向かう先・・・

・・・それは映像研究部の部室、そして・・・俺の部屋だ。



「何なんだよ!俺、何か悪い事したのか!?なぁ!答えろよ!!」

「・・・・・・・・・・」

「どうして何も答えないんだよ!?」

ダッ

ガチャ

バン!!

「・・・・・・・・・・」



それは今、撮影している映画のワンシーンだ。

物語の主人公、永野晃貴が自分の部屋で、ベッドの上で、付き合っている彼女、牧原結佳から別れ話を告げられ、それに対して抗議をしている。

結佳はドアへと走り、開け、閉め、部屋から出ていってしまう・・・

そういうシーンだ。

ちなみに、ここは俺んち。

晃貴を演じているのは俺、そして結佳を演じているものは・・・いない。

そう、いないのだ。

他の役を演じるものは皆いるのに、結佳を演じるものはいまだにいない。

「・・・なぁ、誰かいいやついないか?このままじゃ完璧に間に合わないぞ」
俺は焦っていた。

時間がない。

・・・時間がないんだ。

「・・・そうだな・・・確かにこのままでは3日後の上映会に間に合わない。・・・なぁ健二、やっぱり千佳じゃ駄目なのか?」

そう言ったのは、第一カメラマン、三上翔斗だ。

ロン毛の茶髪で、切れ長の目。結構カッコイイやつだ。

翔斗は以前から結佳役を千佳にやらせるという案を提案していた。

「何で千佳なんだよ!!別に他のやつだっていいだろ!?」

「ははは、何でそんなにむきになるのよ、か・ん・と・く♪・・・なんなら私が結佳役やってあげてもいいわよ♪」

そう俺に挑発してきたのは、照明、野乃原妙だ。

黒髪をゴムでまとめ、ポニーテールにしている妙は、陽気で楽天的、お調子者で騒がしい。

・・・そういうやつだ。

そうそう、俺は、この物語の主人公、永野晃貴役であると共に、監督でもある。

物語の原案、企画、進行、そのほとんどを俺が受け持っている。

この俺が・・・断言してもいい・・・

「・・・お前だけは絶対に駄目だ!!」

俺は妙にそう言いきった。

「ひど〜い!!・・・でも、真面目な話、本当にどうするの?」

「・・・・・・・・・・」

「結佳が出るシーン以外は全部撮り終えてるんだ。結佳役さえ決まれば、残りの3日間でなんとかなる。もう悩んでいる暇はないぞ!」

翔斗が言っていることは正しい。

俺だってそんなことはわかっている。

でも・・・決められない。

・・・正直に言うと、結果的には千佳がいい。

何故なら、この物語の中で、晃貴と結佳は最後にキスをする。

大きなツリーの前で、観衆の祝福を受けながら。

つ、つまり、俺は・・・千佳のことが好きなんだ。

千佳ならば喜んで結佳役を演じてくれるだろう。

昔から目立つことが好きなやつだから。

・・・だけど。

だからこそ千佳を結佳役に選べない。

・・・『演技』でのキスに、どこか抵抗があるんだ。

「・・・・・・・・・・」

「あぁぁぁぁ!!しかたない!!今日は終ろう!!健二!お前、これから千佳んちに行って結佳役を演じてくれるように頼んで来い!!・・・嫌だとは言わせないぞ!!なんとしても完成させるからな!!」

翔斗はそう言うと、そそくさと帰り支度をして部屋から出ていってしまった。

後に残ったのは沈黙だけだった。

部屋の空気が張り詰めていた。

空気が肌を刺激してくる。

嫌な刺激だ。

「・・・さ〜て、じゃあ私も帰ろうかな」

緊迫した空気に耐えられなくなったのであろう妙は、そう言い残して部屋から出ていった。

妙の表情はどこか暗かった。

・・・明るい妙にまであんな表情をさせてしまっているのか。

俺の罪悪感は日に日に増している。

・・・・・俺は部屋を出た。



俺んちの玄関前。

あ、俺んちは一応、一軒家ね。

まぁ、それはさておき、千佳の家は目と鼻の先だった。

俺んちの隣の隣の隣。

そこが千佳の家。

もちろん千佳の家も一軒家である。

・・・って言うか、ここいらへん一帯はみんな一軒家。

ここは、台地を削って作られた土地に建てられた住宅地なのだ。

家、土地含めて2100万円〜という値段と、最寄の駅から徒歩約10分という立地からこの住宅地の人気は高く、抽選になることがよくあった。

うちの親が、今の家を抽選で当てた時は、跳ね上がって喜んでいたなぁ。

千佳の家もそんな住宅の一つだ。

さっき、千佳の家がうちの隣の隣の隣と言ったけど、うちから千佳の家までは歩いて二分くらいはかかる。

隣の家の先に公園があるんだ。

この住宅地には、いたるところに小さな公園があって、その区域に住んでいる子供達の遊び場を確保させている。

公園にはそれぞれ植物の名前が与えられている。

さくら公園、いちょう公園、もみじ公園、やまぶき公園・・・などなど。

それぞれの公園には、必ずその名の植物が植えられていて、季節一様の姿を見せる。

隣の家の先の公園の名は、すずらん公園だ。

俺は晴天の夜空の下を歩き出し、すずらんが咲き誇るその公園を通りすぎ、千佳の家の前まで来た。

千佳の家は俺んちよりも少し大きい。

俺んちは洋風をメインとした造りになっているけど、千佳の家は和風をメインとした造りになっている。

瓦の屋根、玄関まで続く小石が敷かれた道、庭に植えられている立派な松、楓・・・和風そのものだ。

ピンポピンポ〜ン

ちょっと変わった呼び鈴の押し方。

これは俺独特の押し方だ。

素早く2回連続して押す。

ガチャ

千佳は、インターホンで応答することもなく、そのまま玄関のドアを開けて出てきた。

インターホンで応答する必要がないんだ。

なぜなら千佳は俺が来たということを理解しているから。

あの呼び鈴の押し方は、俺しかしないからだ。

「何、何か用?」

「あ、あのさぁ・・・実はお願いがあるんですけど・・・」

何故か丁寧な口調になってしまう。

・・・なんか言い出しにくい。

・・・やっぱりやめようかな。

い、いや!駄目だ!もう時間がないんだ!!言うしかない!!

ビュゥゥゥ

その時突然強い北風が吹いてきた。

無防備な顔が、寒くて痛い。

「さ、さむ〜い!!」

「・・・そうか?」

「寒いわよ!制服姿の健二はいいけど、私はパジャマなのよ!寒いに決まってるじゃない!!・・・・・とりあえず話は中でしようよ」

そう言う千佳はガタガタとふるえていた。

千佳は、髪の毛が湿っていて、シャンプーのいい匂いがし、上下共に黄色のパジャマを着ている。

まだ7時過ぎだというのに、すでに風呂あがりなようだ。

・・・確かに見てるだけでも寒そうだ。

俺は即座に頷いた。

そして、俺と千佳は冷たい夜風から逃げるように千佳の家へと入っていった。



「で、お願いっていったい何?」

玄関から家内に入り、すぐ右手にあるドアを開けたところにあるリビング。

15畳くらいあるであろうそこには、冬を越すには必須のこたつ、こたつから絶妙な距離に置いてあるテレビ、その下にはビデオデッキとビデオテープ。それらのスペースが15畳中の半分くらいを占めている。

残りの半分は食事をするスペース。

長方形のテーブル、その周りには4つの椅子。天井には絶えず回転しているファンライト。こちらのスペースの隅には観葉植物が植えられている。

こちらのスペースは、キッチンスペースとつながっている構造になっていて、その間はカウンターで仕切られている。

俺と千佳はそのスペースのテーブル周りにある椅子に、お互い向かい合って座っていた。

そこで千佳は仕切りなおして話しかけてきたのだ。

「あ、あぁ、実は・・・・・」

「何?」

「実は・・・映像研究部で今撮ってる映画があるんだけど、その中の牧原結佳っていう役を演じる人がいないんだ。で、その役を千佳にやってもらえればなぁ・・・なんて思ってるんだけど・・・」

「いいわよ」

「えっ?」

想像はしていたけど、それにしても早い返答に、思いもしない声をあげてしまった。

「で、どんな役なの?結佳役って」

「・・・よし!・・・まずはこの台本を見てくれ」

「ふ〜ん、『X'mas Night〜願いが叶う夜〜』ねぇ。・・・『願いが叶う夜』かぁ、叶えばいいんだけどなぁ・・・」

「ん?何か言ったか?」

「あ、いや、何でもないよ」

「・・・ま、いいか。とにかく、最初に言っておくけど、結佳が出てくるシーン以外はもう全部撮り終えてる。で、まず最初に演じてほしいシーンはこれなんだけど・・・」

話は快調に進んでいった。

途中、千佳のおばさんが2階から降りてきて、いろいろおつまみなんかを持ってきてくれたり、夜食なんかを持ってきてくれたりした。

・・・結局、夜食が出るくらい夜遅くまで話し合った。

その時は、俺にとっては羞恥心を感じてばかりの時間だった。

ベッドの上で、俺演じる晃貴と、千佳演じる結佳が見つめ合うシーン。

公園で結佳を抱き上げ、くるくる回るシーン。

そして、大きなツリーの前でキスをするシーン・・・・・

俺はそれらを羞恥心の塊になりながら話したが、千佳はなんとも思わないのか、

「ふ〜ん、で、それからどうするの?」

「へぇ、なるほどねぇ」

「うん、わかった」

などと、簡単に返答してきた。

・・・なんだか拍子抜けした。

結局、千佳が一番驚いたのは、余裕が後3日・・・いや、すでにもう後2日しか残っていない、という事実だ。

「え〜!!24日に公開!?じゃあ明日・・・じゃなくて、今日からもうバンバンやってかないと間に合わないじゃない!!何でもっと早く言わなかったのよ!?」

こう叫んでいた。

・・・もちろん俺は返答することが出来なかった。

演技のキスが嫌だから、だなんて言えるわけないじゃんかよ。

まぁ、何はともあれ、千佳が結佳役を演じることが決まり、千佳に台本をよく覚えてもらうように念を押して、俺は家に帰った。

家に着いたのは深夜の1時32分だった。



ギ〜コ〜ギ〜コ〜

「やっぱりブランコは気持ちいぃ〜!!晃貴も座ってないでこいだら?」

「結佳ぁ〜、丸見えだぞ〜」

「きゃっ、晃貴のエッチ!!」

「ははは、千佳が無防備なんだよ♪」

「・・・よいしょっと」

ドッ

「着地せいこ〜!!・・・さ〜て!!」

「ん?」

「今度がお返しに私が晃貴を襲ってやる〜!!」

ぎゅぅ

「お、おいっ!急に抱き着いてくるなっ!!いったん離れろ!!」

「や〜だよ〜♪」

「この〜!!」

クルクルクルクル

「きゃぁ〜♪」

「ははははは」

「ははははは」



「・・・・・ハイ!オッケ〜で〜す♪」



妙のOKの声で、シーン4、『公園にて』は無事終了した。

テイク2でのOKコール。

望ましい進み具合だ。

千佳の演技力と記憶力は素晴らしかった。

昨日・・・正確に言えば今日渡した台本を、完璧に・・・とまではいかないが、ほとんど覚えてきて、しかも、『公園にて』を撮る前に撮った、シーン3、『デートの誘い』を一発でクリアするほどの演技力を持っている。

しかも、『公園にて』のテイク1で、失敗したのは俺だ。

「よ〜し!この調子でバンバンいこ〜!!」

千佳はやけに上機嫌だった。

さっきも言った通り、無難に演技をこなし、更に周囲に笑顔を振り撒く。

ショートカットの髪の毛が、さらさらと揺れ、太陽の日差しが髪の毛に輝き、とても綺麗・・・

・・・綺麗?

・・・やっぱり俺、千佳のことが好きなんだな。

「お〜い!監督!次はどのシーンを撮ります?」

昨日はいなかった、2年B組、つまり後輩の第2カメラマン、坂下拓が聞いてきた。

「そうだなぁ・・・」

俺は台本を開いて、次のシーンを選び始めた。そして、

「じゃあ次は室内のシーンに移る!時間は無いぞ!!気合入れていこう!!」

俺達は次の場所へと移動した。

そして、その後も順調に各シーンをこなしていったのだ。



23日、午後5時・・・だと思う。

あれから撮影は、千佳の、いい意味で予想外の頑張りで1シーンを残してすべて終った。

しかし、そのスケジュールはかなりハードだった。

そう、俺はこの公開1日前という大事な時に風邪でダウンしてしまったのだ。

・・・それはほんの1時間前のこと。



「これが最後のシ〜ンだよ〜♪」

「・・・あぁ、わかってるよ、妙」

俺はちょっと・・・いや、かなり疲れていた。

けど、もう時間が無いし、このシーンを撮るにはこの時間からじゃないと駄目なんだ。

そのシーンは大きなツリーの前で晃貴と結佳がキスをするシーン。

近所の教会にあるツリーの前で、それを撮影する。

そのためには・・・午後4時以降じゃなければならない。

・・・なぜならツリーのイルミネーションが輝き出すのがその時間からだからだ。

天気も良好、絶好の撮影日和だった。

しかし・・・

「・・・大丈夫?なんか元気無いよ?」

「あ、あぁ・・・大丈夫だよ・・・千・・・佳・・・・・」

バタッ

「ちょ、ちょっと健二!?大丈夫!?」

「・・・・・・・・・・」

「健二!しっかりしてよ!ねぇ!!ねぇ・・・めをさまし・・・・ね・・・え・・・」

千佳の声は途中から聞こえなくなった。

その時、俺は完全にダウンしたのだった。



・・・そして今にいたっている。

さっきまで隣にいた千佳から聞いた話によると、俺はダウンした後、翔斗に担がれて、今いる場所、俺の部屋のベッドの上、まで来たらしい。

千佳も帰って、今は俺一人だけでいる。

頭が痛い・・・

ボーっとする・・・

せきが止まらない・・・

演技をするのは不可能だ。

そう思いたくなくても、身体がいうことを利かない。

俺は歯がゆい思いをずっと抱えたままベッドの上で一人涙を流した・・・



12月24日、クリスマスイヴ。

世のカップル達の祭典、また、記念日となりうる日。

街は活気であふれ、灯かりは夜遅くまで煌煌と灯る。

まぁ、その全てがカップル達のもの、とは言わないが。

若葉ヶ丘高校の生徒たちも、その中の一部だ。

けど、生徒たちは街の活気の中にも、夜の家の中にもいなかった。

いるべき場所に、いたのだ。

そう、『学校』に。

何故?

何故、冬休み中だというのにわざわざ学校なんかに?

理由は簡単。

学校に『クリスマスイヴ』が詰まっているからだ。

校内でさまざまなイベントが行われ、クリスマスイヴを盛り上げる。

喫茶店、お化け屋敷、フリーマーケットと、それはまるで学園祭のようだ。

そもそも、なぜ冬休み中のクリスマスイヴの日に、こういう催し物をすることになったかというと・・・

・・・長くなるから止めておこう。

この催し物は、『クリスマスイヴ、アツアツカップルも、サミシイ単身の人も、みんな一緒に盛り上がろ〜!!の祭典』という、妙に長ったらしい名前がつけられている。

・・・まぁ、その名の通りの催しなんだけど、ほとんどの人はこんな長ったらしい名前では呼ばずに、略して『イヴ祭』と呼んでいる。

そのイヴ祭も、クライマックスに向かっていた。

あたりはとっくに闇夜に包まれている。

その闇夜の中に輝く光。

それは、学校の中庭に設置された大きなツリー。

と、言っても、そのツリーはもみの木を基に作られたものではない。

中心には芯となる長い鉄柱。

鉄柱には幾重にも束ねられた針金が枝としてつけられる。

そして、それらの周りを、無数の空きペットボトルでコーティングするんだ。

後は、思い思いに電飾などをデコレーション。

そうして出来あがったのが、このツリーだ。

そのツリーが点灯した。

そして、それと共に始まる一大イベント。

それが・・・体育館で行われる、我が映像研究部の『イヴ際上映会』だ。

イヴ祭上映会は、先輩達の頑張りもあって、とても人気があった。

体育館に設置された多数のパイプ椅子も満席になり、たくさんの拍手と共に上映され、喝采と共に終了する。

それは、今回も、そうであった・・・・・らしい。

俺はそれを見ていない。

俺はそれを見られない。

俺はそこにいなかったから。

とてもそれを見る気にはなれなかったから。

そう、それが『完成』することはなかった。

最後の最後で・・・間に合わなかった。

俺のせいだ。

俺が風邪なんてひいたから。

千佳も、翔斗も、妙も、拓も、気にしていないような素振りを見せていた。

俺に気を使っているということが痛いくらいにわかった。

だからこそ・・・見れなかったんだ・・・・・



静かだ・・・

何なんだ?

何なんだこの静寂は?

ん?静寂じゃない?

何かが聞こえてくる。

・・・何だ?

だんだん大きくなってくる。

・・・その音の発生源は、いつのまにか俺の真後ろに来ていた。

俺はうつむいていた。

学校の屋上で。

ただ立っているだけだと寒かった。

だから座ってうずくまった。

でも・・・やっぱり寒かった。

そんな時に聞こえてきた音。

それは、誰かがここに続く階段を昇ってくる音だった。

そして誰かは近づいてくる。

もう俺の真後ろに来ていた。

「・・・やっぱりここにいたのか」

「・・・・・翔斗」

顔を上げ、後ろを向くと、それは翔斗だった。

きっと俺のことが心配になってきたんだろう。

「・・・上映・・・したんだな」

「・・・あぁ。どんなに中途半端な作品でも、高校生としての俺達の最後の作品であることに変わりはないからな」

「・・・・・そうだったな」

「・・・みんな楽しんで見てくれているよ」

「・・・そうか」

「・・・・・あ、そうそう、千佳が呼んでたぞ。ツリーの前で待ってるって」

「・・・・・千佳が?」

「あぁ。早く行ってやれよ。俺が千佳に言われてから結構時間、経ってるからな」

「・・・ったく、わぁった、行くよ。で、お前はどうするんだ?」

「あ?俺か?俺はまだちょっとやることがあるんだ」

「・・・そうか。じゃあ、また・・・多分来年だな。とにかくまた会おうな」

「・・・・・あぁ、近いうちに、な」

翔斗はそう言うと、そそくさと屋上からいなくなった。

「・・・さぁて、行きますか」

俺はそう言うと立ち上がり、伸びをした。

そして一瞬間を置いて、歩み出した。

千佳の待つ、ツリーの前へと。

・・・ん?なんか翔斗が言ってた言葉、所々おかしいような・・・ま、気のせいか。



やっぱり静かだった。

ツリーへ向かっている俺の周りは。

催し物も全て終ったんだから当たり前か。

階段を降りきり、下駄箱へ行き、靴を履き替えて校舎の外へ出る。

そして中庭へ。

そこでツリーはまだ輝いていた。

もうすぐ終ってしまうクリスマスイヴを惜しみ、そして向かえるクリスマスを楽しみにしているかのように。

そして、そのツリーの前に千佳はいた。

「お〜〜い!!こっちこっち!!」

「お〜、わ〜ってるよ」

俺はかなりだらけた返答をした。

話の相手が千佳だと、どうしてもこういう口調になりやすいんだ。

しかし、次の瞬間その定説は崩れた。

「遅かったね、晃貴」

!!・・・こいつ、俺のせいで作品が完成しなかったからって!!

・・・よ〜し、乗ってやろうじゃないか!!

「あぁ・・・悪かったな・・・結佳」

俺はツリーの前の千佳に近づきながら、千佳の挑発に乗った。

「・・・綺麗だね・・・ツリー」

「あぁ、でも、結佳の方が綺麗だよ」

「・・・もう!何言ってるのよ!恥ずかしいじゃない!!」

「悪い悪い・・・でも、本当にそう思ったんだよ」

「晃貴・・・」

・・・全て台本通りに進んでいた。

そして、そのまま・・・

「お、おぃ」

思わず俺は小さい声でうめいてしまった。

千佳が・・・いや、結佳が、と言ったほうがいいだろうか?とにかく、俺の顔に目を瞑って近づいてきたのだ。

しかし、俺のうめき声を聞いても、千佳の行動は止まらなかった。

どうする?

どうすればいいんだ?

これは演技?

そう、演技だ。

演技なんだ。

じゃあ、しかたないじゃないか。

演技なんだから。

「・・・・・い、言っとくけど・・・演技じゃないからね」

「えっ?」

千佳は、間違いなくそう言った。

俺の目の前で頬を赤らめながら。

小さな声だったけれど間違いなく。

その時、俺は決心を固めた。

「好きだ!!」

俺はその言葉と一緒に結佳の・・・いや、千佳の肩に手を置き、唇にキスをした。

嘘偽りのない、俺の本心からのキスだ。

どれくらいの長さのキスだっただろう?

ものすごく長く感じた。

「俺も・・・演技じゃないからな」

唇を放した瞬間、俺はそう言った。

そして、キスの余韻を感じながら、俺は千佳の肩に手を置いたまま天を仰いだ。

「ん?何だ?」

何かが空から降ってきた。

・・・・・これは、

「雪・・・綺麗・・・・・」

舞い降りてきていたのは白の妖精。

まるで俺たちを祝福してくれているかのように綺麗に舞い散る。

千佳はそんな妖精達を、頬を赤らめながら眺めていた。

千佳は何も否定していない。

むしろ、その頬を見ていると、肯定しているかのようだ。

ガバッ!

「千佳っ!!」

「け・・・健二!!」

俺と千佳は抱き合った。

多くの妖精達に見られながら。

千佳は声を出したものの、抵抗はない。

とても嬉しかった。

「願い・・・叶っちゃった」

「千佳・・・」

クリスマスイヴが終り、もうクリスマスの日。

俺と千佳はカップルになった。

・・・俺の勝手な判断かもしれないけど。

でも、ほぼ間違いないだろう。

・・・だって、俺が、千佳を抱いている手の力を緩めても、千佳の手はしっかりと俺の体を包んでいるから。

俺は、この沈黙の時を楽しんだ・・・が、それはそんなに長くは続かなかった。

「・・す・よ」

ん?

「・・お・なよ」

んん?

「・・押すなよ!!・・・うわぁ!!!」

バタバタバタバタバタバタン!!!!!

何かが将棋倒しになる音が聞こえた。

もちろん悲鳴も聞こえた。

音の発生源の校舎の方を向くと・・・

「しょ、翔斗!!それに妙!拓も!!それに・・・」

そこには翔斗と妙と拓がいた。

ただ、3人だけではなかった。

それどころか何十人もの人がいたんだ。

「いやぁ、それにしても話の最後の部分が生だなんて、なかなかやるなぁ映画研究部も」

誰かが言った。

最後の部分が生?

「ホントホント、途中で話が終っちゃったから、どうなることかと思ったけど、まさかスタッフロールの後にねぇ」

スタッフロールの後?

俺の頭の中は一瞬で疑問でいっぱいになった。

「・・・おい、翔斗!・・・いったいどういうことだよ!?」

「あ、いや、何てゆ〜か、中途半端で話が終わっちまうのが嫌だったから、お前が寝こんでる間にいろいろ考えたんだ。で、思いついたのが、撮れなかったシーンを生で観客に見せるって言う方法だったんだ。で、今それが実行されたって事だよ。まぁ、結局、お前と千佳は『本気』みたいだったけどな」

「お前なぁ!!・・・でも、それじゃあもし俺が、あの未完成の上映を見てたらどうしたんだよ!?」

「そうしたら、その場で生をやってたな」

「翔斗〜!!!」

「だって屋上で言っただろ?『みんな楽しんで見てくれているよ』とか、『近いうちに会う』とかさ」

「そんなの気づくかよ!!」

俺が翔斗に、今にも殴りかかりそうに吠えていると、横から妙が仲裁に入ってきた。

「まぁまぁ、そう怒らないで。結局、千佳と健二はカップルになれたんだからいいじゃない。ねぇ千佳♪」

「・・・う、うん」

「だ、だからってよぉ」

確かに結果的には良かったけど、なんか納得がいかない。

「それに、この企画で一番張りきってたのは千佳なんだよ♪」

「えっ?」

俺が妙の言葉に驚いていると、今度は拓が話しかけてきた。

「千佳さんは、健二君のことが昔から好・・・」

「あ〜あ〜あ〜!!!」

拓の話が全て告げられる前に、千佳の叫び声がそれをふさいだ。

でも、俺には拓の言葉の内容がわかった。

わかったから、とっても嬉しい。

「とにかく、結局お前は体育館に来なかったから、スタッフロールの後に、俺が会場でこの企画のことを観客に説明して、生で見てもらったわけだ」

翔斗は得意げに話していた。

何故得意げに話していたのか?

・・・周りを見ればわかる。

観客は、皆、喜び、楽しみ、感動してくれていた。

結果的には、俺達、映画研究会の上映会は大成功というわけだ。

「・・・はぁ、ま、いっか!!な、千佳!!」

「うん!」

千佳ははしゃぐように俺に抱きついてきた。

・・・なんか千佳の性格が変わったような気がする。

・・・いや、違う。

きっと、今の千佳が本当の千佳なんだ。

・・・俺は、今までずっと千佳に『演技』をさせてしまっていたのかもしれない。

もうそんなことさせるもんか!!

そういう思いも込め、俺は千佳を包み込んだ。

その姿をずっと見つづけている、綺麗に輝くペットボトル製のクリスマスツリーは、出来たてカップルの俺達にはお似合いなような気がした。
・・・今度は、もみの木のクリスマスツリーの下で、2人っきりで抱きしめ合おう!!

そう心に決めた、クリスマスの夜、俺の願いも2つも叶った、最高の夜だった。



End Marry X'mas!!



*あとがき*

ども♪

Winter Seasons X'mas Night〜願いが叶う夜〜 を読んでくださってありがとございます♪

今回は始めて、あとがきなんかを書いています。

何であとがきなんてものを書く気になったかというと・・・

今回の作品は、書いててとっても恥ずかしかったからです。

多分、今までの中で一番恥ずかしかったと思います。

でも、なんかそのおかげで、未開の地に1歩踏み出すことが出来たような気持ちでいます。

今までの季節ものと違って、各個人の名前がちゃんとついていますが、それに関係なく、健二や千佳などに感情移入してくださるとありがたいです♪

それでは!本当に読んで下さってありがとうございました!!

2000年12月21日、リビングにあるこたつの中にて   深那 優