この雪が消える前に |
2001年、冬。
俺の町に雪が降った。
ほんのちょっとの雪じゃない。
それなりに積もるくらい降った。
雪かきをしなきゃいけないくらい降った。
・・・なんでもこんな大雪が降ったのは20年ぶりだそうだ。
・・・そりゃそうだろうな。
何せここは鹿児島県なんだから。
「亮!早く起きなさい!冬休みだからっていつまでも寝てるんじゃないよ!!」
「・・・んだよ〜、うっせ〜な〜!!」
朝の8時。眠い目をこすりながら俺はベッドから抜け出した。
服を着替えながら窓の外を見る。
・・・俺はつい服を着替える手を止めてしまった。
「ゆ、雪だって〜!?」
降っていた。
雪が。
積もってた。
雪が。
この2階の窓から見える道を挟んで反対側の家の屋根の上に、10数cmは積もっている。
空は曇っていて、雪がしんしんと降り注ぎ、太陽の日差しは全く降り注いでいない。
続いて下のほうを見ると、近所の人達・・・商店街の人達がスコップやソリなんかを使って一生懸命雪かきをしていた。
・・・でも、なんだか人数がやけに少なかった。
・・・・・5人しかいない。
俺は服を着替え終え、鏡を見て髪を梳かすと一階に下り、リビングに行った。
そこには、いつものように朝ごはんが並んである。
ご飯に味噌汁、焼き魚に納豆。うちの朝ご飯の定番だ。
俺が椅子に座って朝飯を食い始めると、母さんがリビングに入ってきた。
「やっと起きたかい。とっととご飯食べて、外を手伝ってきな」
「え〜!!さみ〜じゃんかよ外!・・・どうしてもやんなきゃ駄目?」
「だ〜め!!」
・・・俺の願いは一瞬で却下された。
「・・・にしてもさぁ、さっき上から見たけど、やけに雪かきしてる人少なくない?」
「えぇ、なんだかみんな風引いちゃってるみたいなのよ。あの『魚平』の大将だって寝こんじゃってるくらいなんだから」
「え〜!!あの大将が!?」
・・・魚屋の『魚平』の大将、魚野平太は『不死身の大将』と言われるくらいに、元気な大将だ。
65歳という年齢にもかかわらず、平気で町内を走りまわったり、冬に寒中水泳をしたり、乾布摩擦をしたりしている。
・・・その大将すらダウンしているなんて・・・今年の風邪は強敵だな!
「だから、亮も手伝ってくれないと1週間たってもかききれないよ、きっと」
「ったく、しゃ〜ね〜な!店の前で交通事故でも起こされたりしちゃ困るもんな!」
「本当だよ・・・全く、こんな大雪降っちゃって、うちの野菜も寒がってるよ、きっと」
母さんは冗談を言うと、玄関の方へ行き、
「じゃあ、また手伝いに行ってくるから、食べ終わったら来るんだよ!」
そう言って外へ出ていった。
「へいへい!」
俺は適当に相槌を打って、再び飯を食い始めた。
TVの電源を入れる。
すると、朝のニュース番組がやっていた。
*「・・・では、今日の天気を教えてもらいましょう。気象予報士の羽田さん」
*「はい、今日は寒いですね。皆さんどうお過ごしですか?・・・それでは、まず天気図から見てみましょう。見てわかるように、日本列島全域に前線が停滞しています。この影響で、沖縄をぬかして全国で雪が降っています。この前線はまだ停滞し続けると予想されるので、外出される方は気をつけてくださいね」
・・・じゃあ、まだこの雪は降り続くのか。
ったく、せっかくの冬休みなのに、これじゃあどこにも遊びに行けねぇよ。
そんなことを思いながら、俺は飯を食い終わり、TVの電源を切り、顔を洗って歯を磨き、コートにマフラー、そして手袋を着けてスコップを持って外へ出た。
・・・間近で見ると、雪はなおさら積もっているように見えた。
周りを見まわす。
雪かきをしている人が7人。
・・・7人?
あれ?上から見たときは5人だったぞ?
母さんを入れても6人にしかならないし・・・まぁいっか、そんなこと。
とにかく俺はスコップを思いっきり雪に突き刺した。
ザッ!
うわっ!結構積もってんな!!
スコップはその長さの半分ぐらいを雪の中に沈められていた。
こりゃ大変だぁ・・・よ〜し!!
俺は、気合を入れなおすと、スコップでひたすら雪をかき始めた。
ザッ!ザッ!ザッ!
道の雪をかいては道の外に放り、かいては放りの繰り返し。
ただひたすらかき続けていた・・・
・・・・・雪をかき始めてから30分。
だいぶかき出したはずだ。
・・・だが、見た目では全然わからない。
なにせ、まだほんの一部分しか道が見えて無いんだから。
「こりゃ、しばらくこの道は使えないな」
周りからもそんな声が聞こえてくる。
ったく、いつまで続けりゃ道になるんだよ!
俺はやけになっていた。
かいてもかいても先が見えない。
・・・でもやるしかない。
ザッ!ザッ!ザッ!・・・
「きゃっ!!」
ん?・・・きゃっ?
俺の耳に、急に違った効果音が流れた。
聞こえた方を向いてみると、
「いた〜い!」
そこには女の子がいた。
真っ赤になった顔を両手で押さえている。
どうやら俺が放った雪が彼女の顔面にヒットしたみたいだ。
「すいません!大丈夫ですか?」
「あっ、はい、こちらこそすいません。こんな場所にいたのがいけなかったんですよ」
・・・・・・・・・・
「・・・・・あ、あの、どうかしましたか?」
・・・・・可愛い
「あ、別になんでもないです」
・・・可愛いじゃないか!!
「・・・あ、あの、ここ等辺じゃ見ない顔ですけど、どちらの方なんですか?」
「山梨の富士吉田市ってとこからおじいちゃん、おばあちゃんに会いに来たんです」
「そうなんですか・・・え〜っと、お名前は?」
「あ、私は魚野みさきっていいます」
「魚野?・・・もしかして魚平の?」
「はい!・・・おじいちゃんの調子が悪いから、雪かき手伝ってるんです・・・あの・・・あなたは?」
「あっ、俺は松田亮。そこの八百松がうちんち」
「そうなんですか。じゃあ、少しの間ですけどこれからよろしくお願いします」
「あっ、こちらこそよろしく!」
・・・・・・・・・・
「あ、じゃあ雪かき続けましょうか?」
「そうですね♪」
ドキッ
・・・なんだ?この感覚は?
ドキッドキッドキッ
心臓の音ってこんなにでかかったっけ?
ドキッドキッドキッドキッドキッ
笑顔・・・可愛いなぁ・・・いや、なんかそれだけじゃないような・・・・・
「えいっ!」
「うわっ!」
つめてぇ!!何だ!?
急に何か冷たいものがぶつかってきたから、飛んできた方向を向くと、
「ふふふ、何ボーっとしてるんですか?」
それはみさきが投げた雪の球だった。
・・・俺、ボーっとしてたか?
だんだん考えていたことを思い出す。
う、うわっ!・・・も、もしかして俺、みさきのこと好きになった?
「すいません!痛かったですか!?なんか急に顔が赤くなってきちゃってますよ!?」
「あ、は、はは、大丈夫、大丈夫だよ!と、とにかく雪かきやろうぜ!雪かき!」
・・・・・それから俺とみさきは話しながらしばらくの間、雪かきをしていた。
それでわかったことは、みさきが俺と同じ中2だってこと。
そして1週間後には山梨に帰るってこと。
最後に・・・間違いなく俺はみさきのことが好きだっていうこと・・・・・
そして俺とみさきは自分の家へと戻っていった。
次の日も、その次の日も、朝、起きて窓から外を見ると、みさきは雪かきをしていた。
俺は素早く着替え、髪の毛を梳き、飯を食わずに顔を洗って歯を磨いて、そしてコートとマフラーと手袋を着てスコップを持って外へ出る。
するとそこにはみさきがいる。
「おはよう♪」
・・・これがたまらなかった。
朝一番の笑顔!
なんかこの、みさきの笑顔を見れるだけで今日1日がいい日なような気がする。
そして、その後はいつものように雪かき。
せっせ、せっせと雪をかく。
雪はまだ結構残っているが、もうこれ以上降ってくることはなさそうだ。
このペースだと、後何日で雪をかききれるんだろうか・・・・・
・・・みさきと会ってから4日目。
その日もいつものように窓から外を見た。
・・・・・しかし、そこにみさきの姿はなかった。
ん?何でいないんだ?
俺は近くにおいてある目覚し時計を見る。
8時12分。
けして早い時間ではない。
どうしたんだろうか?
とりあえずいつもと同じように身だしなみをして、リビングに行った。
するとそこにはやけに暗い顔をした母さんがいた。
「おはよう・・・何かあったの?」
「・・・魚平の大将が今朝早く病院に運ばれて・・・ついさっき亡くなったそうよ」
「えっ!?・・・う、嘘だろ?あの大将がそう簡単に・・・」
「・・・昨日の深夜に容態が急変したんだって」
じゃあ、みさきは・・・・・
・・・・・俺は結局、その日は雪かきをしなかった。
みさき達は夕方頃に帰ってきた。
俺は心配になってみさきに会いに魚平にいったけど・・・
・・・みさきは、みさきじゃなくなっていた。
次の日、やっぱりみさきはいなかった。
でも、雪かきをしないわけにもいかず、外に出て雪かきをした。
太陽の日差しが復活したこともあって、もうだいぶ雪は無くなってきていた。
ただ、その日の雪かきは俺にとってただ、寒いだけだった・・・
その日の夕方、みさきに会いに魚平に行った。
「あの、松田ですけどみさきさんいますか?」
・・・・・・・・・・
「・・・・・亮君」
「雪かき・・・しないのか?・・・・・もう」
「・・・・・・・・・・」
「・・・なぁ」
「できないよ・・・・・できないよ!!おじいちゃんもういないんだもん!!もうおじいちゃんの代わりなんてできないんだもん!!」
・・・泣いていた。
涙はダムの水のように溜まり、そして流れていった。
そして再び溜まり始める。
みさきは泣いていた。
・・・・・でも、一番泣きたいのはみさきじゃないはずだ!泣きたいのは亡くなった大将だ!!
「泣くなよ!!一番泣きたいのはみさきじゃないはずだろ!?泣きたいのは亡くなったみさきのおじいちゃんだろ!!みさきのそんな顔を見ておじいちゃんが喜ぶと思うか!?違うだろ!!おじいちゃんはみさきの泣き顔なんてちっとも見たくないはずだ!!そうだろ!?・・・俺だって・・・俺だってみさきのそんな顔見たくねぇよ!!!」
・・・俺はそのまま走って家まで帰った。
なんか腹が立った。
そんなんじゃ駄目だろ・・・みさき・・・・・
次の日、みさきと会ってから6日目。
明日、みさきは山梨に帰ってしまう。
窓の外に、みさきはいない。
・・・そうだろうと思った。
でも、俺は着替え、いつもより気合を入れて身だしなみを整えた。
外へ出る。
快晴の空、雪も残りわずかだ。
そのせいか、周りに雪かきをしている人はいなかった。
まぁ、そんなのどうだっていいけど。
俺はまだ雪が残っている魚平の前まで来た。
そして俺は・・・意を決して叫んだ。
「みさき!!出て来い!俺と雪かきしろ!!そして・・・いつものように・・・笑顔で・・・笑顔で『おはよう』って言ってくれよ!!・・・好きなんだよ・・・みさきの笑顔が・・・みさきが好きなんだよ!!・・・みさきが出てくるまで俺はずっと雪をかき続ける・・・出てきてくれ・・・雪をかききる前に・・・この雪が消える前に!!」
俺はスコップを構え、雪をかき始めた・・・
2時間後、俺は相変わらず1人で雪をかいていた。
雪はもうだいぶ無くなってきていた。
道が占める割合が8割を超えている。
・・・でもまだみさきは来ない。
こねぇのかな・・・
不安がよぎる。でも、まだ雪は残っている。
俺は再び雪をかき始めた。
更に2時間後。
・・・もう雪はほとんど無い。
「みさき・・・」
俺、何やってたんだろ。
「みさき・・・」
何、他人のことにちょっかい出してるんだろ。
「みさき!」
違う!他人なんかじゃない!他人なんかじゃ・・・
「クソッ!!」
俺はやけになって雪を握って思いっきり投げた。
「痛いっ!!」
「あっ!すいません!!・・・あっ!・・・みさき・・・・・」
・・・そこにはみさきがいた。
出会った時と同じように顔を両手で押さえているみさきが。
「・・・悪い。・・・大丈夫か?」
「・・・・・大丈夫・・・じゃない」
「?」
「・・・大丈夫じゃないよ!・・・あんな大きな声で叫ばないでよ・・・亮君は知らないかもしれないけど商店街のみんながうちに電話してきて『がんばってね!』とか『外には出ないから遠慮しなくていいよ』とか言ってきたんだから」
「・・・・・悪い」
「亮君」
みさきの声質が急に変わった。そして、
「おはよう♪」
・・・夢?・・・じゃないよな・・・笑ったんだよな・・・みさきが。
間違い無くみさきの笑顔だ。
「・・・雪かき・・・雪かきしよっ!この雪が消える前に!!」
「あぁ!!」
その後、俺とみさきは2人で雪かきをした。
雪をかききるまでに要した時間、たったの15分。
・・・それでもその前の4時間より、ずっと重要な時間だった。
雪かきの途中にみさきが、
「私・・・私も亮君のこと好きだよ♪」
と、言ってくれた。
俺は嬉しくて嬉しくて、なにも声に出すことができなかった。
・・・でも、みさきが俺の顔を見て納得してくれたと思う。
その時俺は、絶対に笑っていたから。
次の日、みさきは山梨へと帰っていった。
みさきは最後も笑顔で『また会おうね♪』と、言ってくれた。
嬉しかった・・・けど、寂しかった。
もう、しばらくは会えない。
・・・・・でも、もちろん電話番号と住所はゲットした。
必ず会えるさ・・・きっと・・・・・
それから6年が経った今。
2007年、冬。
俺はどうしているかというと・・・
ザッ!ザッ!ザッ!
雪をかいていた。
・・・ただ、今回は鹿児島の商店街の前の道ではない。
ここは、山梨県、富士吉田市。
・・・そう、ここはみさきの家の前の道だ。
俺は大学の冬休みを利用してみさきの家に遊びに来ていた・・・はずなのにこれだ。
でも、それももうすぐ終る。
道に残っている雪は残りわずか。
・・・でも、俺は雪を少しだけ残しておくつもりだ。
家の中からみさきが出てくるまでは。
そして出てきたら言うんだ・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・
・・・
「どう?かききれた?」
よし、来た。
・・・さ〜て、言えるかな?
・・・『結婚しよう!』って。
この雪が消える前に・・・・・
End