オスAの場合


「いらっしゃいませ」

「980円になります」

「20円のお返しです」

「ありがとうございました」

「またおこしください」



僕は昨日、前に住んでいたところから違う場所に来た。

っていうかいつのまにか違う場所に来ていた。

なんか寝ているうちに移動しちゃったみたい。

でもここどこなんだろう?

まぁ前住んでたところもどこなんだか知らないけど。

それに友達の姿も見えないしなぁ。

本当にここはどこなんだろう?



僕はハムスター。

前に住んでいたところでは友達がいっぱいいたんだけど今は一人なんだ。

だからちょっと寂しいんだ。

そういえば、

なんか人が僕を手に乗せて喜んでいたけど何がそんなにうれしいのかなぁ?

僕は今檻みたいなものの中にいるんだけどその時はそこから出られたんだ。

だからその時逃げようと思ったんだけど、なんかそんな僕を見てやっぱり喜んでるんだ。

なんか僕怖くなってきちゃってうずくまったんだ。

そしたら僕また檻の中に戻されちゃった。

僕これからどうすればいいんだろう?



僕は今滑車に乗って走ってる。

だって退屈なんだもん。

檻の中におうちがあるんだけど、なんか狭いし。

何にもすることがないんだ。

前住んでたところではお友達と一緒に遊ぶことができたけど今はできないし・・・・・

だから滑車に乗って走ってるんだ。

走っても走っても前の景色は変わらないけど。

走っても走っても違う場所には行けないけど。

とにかく走ってるんだ。

それしかすることがないし。

そうしてないと不安で仕方がないし・・・・・



なんかここは暑いんだ。

前住んでたところはとっても涼しかったのに。

なんかとっても暑いんだ。

だからいつもあの場所に行くんだ。

あの場所は砂が敷き詰めてあってその砂が冷たくて気持ちがいいんだ。

だからよくその場所で寝ちゃうんだけど、そこで寝ちゃうと人が来て怒るんだ。

何で怒るんだろう?

僕なんか悪いことしてる?

ただ涼しいところに行ってるだけなのに。



今日はさっきから何かが迫ってくるんだ。

何かが迫ってくるのはわかるんだけど目には見えないんだ。

その目に見えないのが迫ってきて、そしてそのまま僕を通りすぎて行っちゃうんだ。

前住んでたところではこんなこと一度もなかったのに。

いったいなんなんだろう?

多分あいつのせいだ。

あの前にいるあいつ。

さっきから何かをくるくる回しているあいつ。

きっとあいつがこの目に見えない何かを僕に向かって迫らせてるんだ。

あいついったい何なんだ?

僕に何か恨みでもあるの?

なんかきになったから僕は声をかけてみた。

「ねぇ!僕何か悪い事した?」

・・・・・・・・・・

あいつは何も答えてくれなかった。

「ねぇ!何か言ってよ!!」

・・・・・・・・・・

やっぱり何も答えてくれない。

そんな時にも目に見えない何かは僕に迫ってくる。

僕は怖くなっておうちに隠れた。

そしたら目に見えない何かは迫ってこなくなった。

僕は怖くてずっとおうちに隠れていた。



今日はなんかご飯がとっても多い。

いつも人がご飯をおいていってくれるけど、今日はいつもの3倍くらいある。

何でこんなに多いんだろうって思った。

まぁべつにいいや。

そう思っていつもよりいっぱい食べた。

それでもご飯は残った。

おなかいっぱいになったら眠くなっちゃったから僕はおうちで寝た。



次の日、僕はまだ人と会っていない。

みんなどこに行っちゃったんだろう?

人の気配がしない。

まぁいいか。

別に関係ないし。

さぁて、今日はどうしようかなぁ?

っていっても選ぶほどやることなんてないんだけどね。

滑車に乗るか。

毛並みをそろえているか。

寝ているか。

それくらいしかないと思う。

だから全部やった。

すぐ終わっちゃったけど。



次の日。

誰もいない。

なんか昨日はいつもより速く夜になったし。

今日は今日で朝になるのが遅かった気がするし。

いったいどうなってるんだ?

いいかげん寂しくなってくるよ。

今日もずっと誰もいないままなのかなぁ?

はぁ。

運動でもするか。

ガラガラガラガラ

ふぅ。

ガラガラガラガラ

ふぅ。



次の日。

今日も朝から誰もいなかった。

どうしてだよ。

僕が触ってくるのを嫌がったからみんないなくなっちゃったの!?

お願いだから戻ってきてよ〜!

ねぇ〜!!

ガチャ

ん?

「ただいまぁ!!」

人の声だ!!

「はぁ、疲れた」

「やっぱりおうちが一番ね!」

僕は急いで滑車に乗って、一生懸命まわして自分の存在をアピールした。

ガラガラガラガラ

ガラガラガラガラ

「あら!元気にしてた?」

「ごめんね、一匹にしちゃって」

本当だよ!僕だけお留守番だったなんて全然知らなかったよ!

僕は檻から出された。

そしていっぱい触られた。

なんかうれしいような悲しいような複雑な気分だ。

でもずっと一匹でいるよりはましだ。

僕はしばらくみんなに触られてからまた檻に戻された。

檻の外にはみんながいる。

けして一匹だけではない。

僕はここに来てからずっと檻の中での生活だ。

たま〜に外に出られるけど。

でもほとんどが檻の中の生活だ。

それでもいいと思った。

今だけは。

もちろんずっと檻の中の生活なんて嫌だ。

でも今この瞬間だけはそれでもいいと思った。



みんなは僕に飽きるとすぐほかの場所に行ってしまう。

みんなにとって僕の価値はその飽きるまでの時間の中に凝縮されているんだと思う。

その少しの時間に。

その時間で僕の存在価値が決まるんだ。

だからその時間を僕は大切にしたい。

その時間が僕の晴れ舞台だから。



今日も僕は滑車を回している。

今日はまだ誰にも会っていない。

でも僕は一生懸命滑車を回す。

きっとみんなは来てくれるから。

僕に会いに来てくれるから。

だってあんなにうれしそうに触ってくれるんだもん。

だから僕は一生懸命滑車を回す。

ガラガラガラガラ

ガラガラガラガラ

あっ、誰かが来た!

そして僕の晴れ舞台の時間が始まる。

今日もなんだか暑いなぁ。



End