少女Aの場合 |
「夏?夏って何?」
そう、私にはわからない。
何故って?
それはわかる必要がないから。
わかっても意味がないから。
だって私が存在している意味もないんだもの。
私は誰にも愛されず、必要とされていない。
それが・・・私。
私は雨音で目を覚ました。
私の存在が確認される。
私の聴覚が確認される。
天井が見える。
私の視覚が確認される。
窓から外を見ると雨が勢いよく降っている。
窓をあけ、手を窓の外に出す。
雨の感触が手に伝わる。
私の触覚の動作が確認される。
雨の匂いがする。
私の嗅覚が確認される。
窓を閉め、階段を降りる。
正常に歩行する。
階段を降りきるとリビングへ向かう。
そこには食事がある。
空腹感を覚える。
椅子に座り、食事をする。
甘辛い味がする。
私の味覚が確認される。
食事を済ませ、階段を上がる。
階段を上がりきるとベッドへ向かう。
私の朝の終わり。
私はせみの鳴き声で目を覚ました。
私の存在が確認される。
私の聴覚が確認される。
天井が見える。
私の視覚が確認される。
窓をあけ、手を窓の外に出す。
風の感触が手に伝わる。
私の触覚が確認される。
いろんな物が混ざった匂いが風に伝わって流れれてくる。
私の嗅覚が確認される。
窓を閉め、階段を降りる。
正常に歩行する。
階段を降りきるとリビングへ向かう。
そこには食事がある。
空腹感を覚える。
椅子に座り、食事をする。
甘酸っぱい味がする。
私の味覚が確認される。
食事を済ませ、階段を上がる。
階段を上がりきるとベッドへ向かう。
私の昼の終わり。
私はかえるの泣き声で目を覚ました。
私の存在が確認される。
私の聴覚が確認される。
天井が見える。
私の視覚が確認される。
窓をあけ、手を窓の外に出す。
夜の静寂が感触となって手に伝わる。
私の触覚が確認される。
空気の匂いがする。
私の嗅覚が確認される。
窓を閉め、階段を降りる。
正常に歩行する。
階段を降りきるとリビングへ向かう。
そこには食事がある。
空腹感を覚える。
椅子に座り、食事をする。
ほろ苦い味がする。
私の味覚が確認される。
食事を済ませ、階段を上がる。
階段を上がりきるとベッドへ向かう。
私の夜の終わり。
私の1日の終わり。
私は夏というものを知らない。
知る必要がない。
何故なら私は人じゃないから。
私はただの機械だから。
たとえ五感を持っていても。
所詮私はただの機械だから。
人によって作られた『もの』だから。
私がある家に人はいない。
家にあるのは私と私の仲間。
機械が時刻を告げる。
機械が料理を作る。
そして機械が生活をする。
いや、それは生活ではない。
行動だ。
私達は、人の実験道具。
あるいはおもちゃかもしれない。
でもそんなことはどうでもよかった。
考えても意味のないことだ。
私の行動は変わらないから。
変わることができないから。
そしてまた1日が始まる。
ただ同じ行動を繰り返して。
自分の意味を知ることもなく。
結局私は機械。
けして人にはなれない。
人のように自由に行動することを許されない存在。
それが・・・機械。
あれ?
なんでだろう?
私にも自由な部分がある。
自由にできることがある。
機械であるはずなのに。
私・・・考えてる。
自由に・・・考えてる。
機械なのに。
いろんなことを考えてる。
こんなにも・・・いろんなことを。
自由に・・・
人のことを。
仲間のことを。
そして自分のことを。
なんかうれしい。
・・・・・うれしい?
うれしいってどういう感情?
なんか胴体があったかくなってる。
これが・・・うれしいってこと?
きっとそうなんだろう。
私はうれしいを理解することができたんだと思う。
私は自由に考えているという事実を知った。
うれしいという感覚を知った。
そのことが一番うれしかった。
私は機械。
それは紛れもない事実。
けして変えられない事実。
毎日同じ行動をその意味も知らずに行動する。
それが私の運命。
製造されたときからの。
運命。
でも私は自由だ。
きっと仲間の機械よりは。
きっと自由だ。
私は夏というものを知らない。
知る必要がないから。
でも夏はうれしい。
それだけはわかる。
だって・・・
だって私がはじめてうれしいを知った季節だから。
私がはじめて考える自由を知った季節だから。
そんな夏が私は好きだ。
好き?
これが・・・好き?
そしてまた一つ新たな感情を知った少女Aの夏。
End