父親Aの場合


今日は・・・

今日は休み・・・

今日は休みなはずだった・・・のに・・・・・



「お父さん!どっかつれてってよ〜!!」

・・・・・・・・・・

「ねぇお父さんってば!!」

あぁ?

「あぁ?じゃなくて!」

・・・どっかってどこだよ。

「プ−ル!プールがいい!!」

「だ〜め!今日お父さんは休みなんだから」

「だからつれてってって言ってるんだよ!」

「たまの休みくらいゆっくりさせてくれよ」

そう・・・たまの休みくらいゆっくりさせてくれたっていいじゃないか。

俺は家でゆっくりしていたいんだ。

「お願い!つれってって!お父さん!!」

・・・・・・・・・・

「ねぇお父さん!!」

俺はゆっくりしたいんだ。

家で。

・・・・・・・・・・

でも俺は娘に負けた。

「わかった!わかったよ!!」

「本当!?やった〜!!」

ふぅ、この満面の笑みに何度負けたことか。

いや、勝てるわけがなかった。

この笑顔には。

俺の休みは消えた。



近所の市営のプール。

人、人、人、人、人。

とにかく人。

下は保育園児くらいから上は六十代前後くらいの人だかり。

みな夏の熱さを紛らわせるために来たのだろう。

そう勝手に俺は解釈した。

何らかの理由をつけないとこの場所に長時間いることは不可能だと思ったからだ。

太陽の日差しの暑さ。

人だかりによる暑さ。

照り返しによる暑さ。

もうすでに体はばて始めている。

しかし子供は元気だった。

このせまっくるしい道を走り回っている子供。

流れるプールの中でわざと流れと逆に進み遊んでいる子供。

飛び込み禁止なのにわざと飛び込んで注意されている子供。

そして、ウォータースライダーで遊んでいるうちの娘。

見ていて信じられない光景ばかりだ。

そんな子供達に共通点が一つあった。

みんな楽しんでいる。

この人だかりの中で。

とにかく楽しんでいる。

少なくとも楽しそうな顔をしている。

どこが楽しいんだ。



プール場に笛の音が鳴り響き、場内アナウンスで休憩時間が告げられる。

時刻は正午。

俺と娘は一足先に上がり、昼飯を食っていた。

娘は昼飯を食っているときまで楽しそうだ。

そんなにプールに行きたかったのか。

内心プールにつれていってよかったと思った。

それだけでこんなに楽しんでくれるのなら。

家では見れない笑顔だ。

今の娘の笑顔は。



休憩時間終了のアナウンスがながれると娘は一目散にプールに行く。

・・・・・と思っていたのだが。

「ねぇ、お父さんも一緒に入ろうよ!」

「お父さんもかい?」

「うん!だってお父さんここに来てから一度もプールに入ってないでしょ!」

子供は親のことをよく見てるな。

そう思った。

「わかった。一緒に入るか!」

「うん!」

それは今まで見たことのない笑顔だった。



流れるプールというのはなかなか多目的なプールだ。

ゴムボートを浮かばせ、乗りこんで流れにまかせて進む。

さっきの子供のように逆泳する。

ビーチボールなどに捕まりながら泳ぐ。

もちろん普通に泳ぐ。

よく考えられたプールだと思う。

そんなプールに俺と娘は乗りこんだ。

娘の泳ぎは手馴れたものだった。

スイミングスクールに通っている成果だろう。

娘はその泳ぎを俺に見せ付けているようだった。

誉めてほしいのだろうか?

そんなことを考えつつ俺は娘を追い泳ぎ始めた。



俺はすぐ娘に追いついた。

まぁ、一かきの差が大きいから当たり前といえば当たり前なんだが。

だが娘はそれが不服らしい。

ゴーグルごしに俺を見るとその勢いが増した。

俺は心の中で笑った。

そしてそのしぐさをかわいく思った。

俺は娘を追った。



いったい何周しただろうか。

空模様が悪くなってきた。

俺は娘に帰ることを促した。

「そろそろ帰ろうか」

娘の顔が曇った。

この空のように。

「どうした?」

「もうちょっといようよ」

「でも天気も悪くなってきたし」

「お願い!もうちょっと!!」

俺は娘の勢いに負けてもう少しここにいることにした。

空には今にも雨を呼びこみそうな雲が浮かんでいた。



人の数が徐々に減っていくのがよくわかる。

そんな場所に俺は立っていた。

そこは水中への降下台。

水の流れがその速度を向上させる。

俺は覚悟を決め降下を開始する。

重力が降下速度をさらに向上させる。

俺は水中へ降下した。



「おもしろいでしょ!」

「そうだな」

ウォータースライダーを滑り降りた俺は娘の問いにそう答えた。

ウォータースライダーに対してではなく娘との時間に。

時刻は午後四時をすぎていた。

空からは水の粒が飛来していた。



気がつくともう周りに客は俺と娘以外誰もいなかった。

俺は再び帰ることを促し、娘も了承した。

俺と娘は着替えを済ませ、『楽園』をあとにした。



車の中。

助手席の娘。

娘は疲れきって熟睡していた。

そんな娘の顔を見て、

「今日は来てよかったな」

俺の素直な気持ちが言葉に出た。

本当に心からそう思っていたから言葉になって出たのだろう。

「そうでしょ!」

「えっ?」

俺はびっくりした。

娘はおきていた。

そして俺の言葉も聞いていた。

「私ね、別に行くところがプールじゃなくてもよかったんだ」

「どういうこと?」

「私ね、お父さんと一緒にどこかにお出かけしたかったの」

「お父さんと?」

「うん、だってお父さんいつもお仕事忙しくて一緒にお出かけする時間あまりないんだもん」

俺はこの時今日が最高の『休み』だったということを悟った。

どんなに時間があっても。

どんなに静かであっても。

どんなに楽であっても。

ほかのどんな休みよりも充実した、そして大事な『休み』だ。

俺は娘に感謝した。

そしてこの娘の父親であることを誇りに思った。

この子が我が娘であることを誇りに思った。

「ありがと!お父さん!!」

「どういたしまして!」

俺は心からそう答えた。

そして心の中で、

こちらこそありがとう。

そう答えた。

「なぁ、これからご飯でも食べにいくか?」

・・・・・・・・・・

「なぁ!」

俺は助手席を見た。

娘の顔は再び寝顔に戻っていた。

俺は車を家族が待つ家に向けた。



End