Sword master |
・・・その人は剣の達人だ。
その人は剣をわが身のように操る。
人々はその人のことをこう呼ぶ。
ソードマスター・・・と・・・・・
伝記『ソードマスター』より
広大な森林の中の小道。
そこに一人の青年が歩いていた。
髪の毛は黒く、瞳の色は青く鋭い。
軽量で銀色のライトアーマーを着こみ、額には濃紺一色のバンダナを巻いている。
腰には長剣が携えられていて、この青年が剣士であることを認識させる。
青年の名はジェイ=スレッド。
ジェイは森林の小道を進む。
彼に目的は・・・ない・・・・・
ジェイは森林の小道を迷うことなく進む。
森林には魔物も多い。
森林の小道にも魔物が絶えず現れる。
しかしジェイの前にはどんな魔物も及ばない。
ジェイは小道に現れた魔物を腰の長剣で凪ぐ。
長剣はジェイの意思のままに動く。
そして魔物は悲鳴を上げることも許されずに上下に切断された。
「・・・ザコが」
ジェイはそう言い放ち先へ進む。
その繰り返しだった。
しばらくするとジェイの前に集落が姿を現した。
そこには耳の長い人がいた。
エルフの集落だ。
しかしそのエルフは立ったまま動かない。
そのエルフだけではない。
ここから見えるすべてのエルフが動くことを忘れたかのように止まっている。
「・・・何があったんだ?」
ジェイは集落内を歩き回り、動くことができるエルフを探し始めた。
あらゆる場所に動かないエルフがいる。
ジェイは一つ一つの家の中を見てまわった。
そこにもやはり動かないエルフ達。
そしてこの集落最後の家。
中には若い夫婦と見られるエルフがやはり動かない状態でいた。
「・・・ここも駄目か」
ジェイがあきらめかけたその時、家の奥にあったクローゼットの中から子供のものと思われる泣き声が聞こえた。
「誰かいるのか!?」
ジェイはそのクローゼットを開いた。
・・・クローゼットの中には5・6歳くらいのエルフの少女がいた。
エルフの少女はジェイの姿を見て更に泣き喚く。
「え〜ん!こないで〜!!」
「おい!何があったんだ!!何故みんな止まったまま動かない!?」
「・・・お兄ちゃん・・・あの魔女の仲間じゃないの?」
「・・・魔女?」
「うん・・・・・」
「・・・あのね、私がね、家の中で遊んでたらね、急に・・・」
「きゃ〜!!」
「うわ〜!!」
「・・・叫び声が聞こえたの。それで気になってちょっと外を覗いてみたら変な魔法を使う女の人がみんなを動けなくしてたの・・・それで・・・怖くなって・・・う、うぅ・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・ねぇ、お兄ちゃん・・・剣士さん?」
エルフの少女はジェイの腰の長剣を見て問う。
「・・・・・あぁ」
「お兄ちゃん強い?」
「・・・・・あぁ」
「・・・お願い!・・・みんなを助けて!!・・・お兄ちゃんあの魔女を倒せるくらい強い剣士さんなんでしょ!?」
エルフの少女は半狂乱状態だった。
恐怖を通り越してしまったのだろう。
「・・・・・・・・・・」
「・・・お願い・・・お願いだからみんなを・・・みんなを助けて・・・う、うぅ・・・」
エルフの少女は再び泣き出してしまった。
「・・・悪いが俺はただで労働はしない」
「・・・でも・・・お金になるようなものは・・・無いよ・・・うぅ」
エルフの少女は顔面蒼白。
打つ手無しといった表情だ。
しかし・・・
「・・・よし・・・じゃあこうしよう」
「・・・?」
エルフの少女はキョトンとした表情。
期待と不安が入り混じっている。
「俺がこの集落のみんなを助けてやる。そのかわり・・・」
「そのかわり・・・?」
「そのかわり、お前のその涙を報酬としてもらう。報酬は前払いだ」
ジェイはいったい何処に携帯していたのか小指ほどの大きさの小さなビンを取り出し、素早くエルフの少女の頬を伝わる涙をそのビンの中に入れ、コルクの栓でしめた。
「・・・・・・・・・・」
エルフの少女はただ呆然とジェイを見ている。
何が起きているのかわからない、といった表情だ。
「たしかに報酬はもらった。さっそくこれから魔女の元へ向かって集落のみんなを助けてやる。だから泣くな。報酬はもらった。もう涙は必要無い」
「・・・・・うん!」
エルフの少女は涙をふき取り笑う。
「・・・追加報酬までもらってしまったな」
「・・・?」
「とにかくお前はこの家の中で待ってな。そのうちみんな動くようになるからな」
「・・・お兄ちゃん魔女の居場所わかるの?」
「・・・あぁ、大体見当はついてるさ。・・・じゃあな」
ジェイはそう言うと素早く家から出た。
彼は行き先をもう決めていた・・・
ジェイは森林の獣道をひた走る。
襲いかかる草木を気にもせず。
その整った顔立ちが線状の傷で崩れていく。
しかしジェイは止まらない。
請けた仕事は必ずこなす。
それがジェイのポリシーであり、また一度も崩されてない事実である。
しばらく走ると眼前に古びた洋館が見えてきた。
洋館にはつたが絡まり、その屋根の上では不気味にカラスのような鳥が叫ぶ。
もし月夜で雷でもなっていれば肝だめしにもってこい。
そんな洋館だ。
ジェイは迷うことなく洋館へと足を運ぶ。
洋館の扉はすでにその機能を果たしていない。
木でできていたらしきその扉はすでに朽ち果てている。
ジェイは朽ちた扉を叩き壊し中へと進んだ。
中に入るとジェイはすぐに叫んだ。
「いるんだろ!アマンダ!!出て来い!!」
・・・・・・・・・・
返答は帰ってこない。
「そっちが来ないならこっちから行くぞ!!」
ジェイはそう言い放つと眼前の階段を上り始めた。
階段はジェイが一段一段上るたびにきしんだ音を立てる。
かまわずジェイは階段を上りつづける。
階段を上りきると左右へ別れる道に出た。
左の道の突き当りとその手前に一つずつ、右の道の突き当たりに一つドアがあることがわかる。
ジェイは再び叫ぶ。
「アマンダ!今ならまだ遅くない!おとなしくエルフ達にかけた魔法を解け!!」
・・・・・・・・・・
やはり返答は帰ってこない。
「・・・そうか、よくわかった。覚悟はいいな・・・・・」
ジェイは静かにそう言うと目を閉じ意識を集中し始めた。
そして何かを確信するとジェイは左の道を進みだし、その突き当たりのドアの前に行き、そしてそのドアを開いた・・・
・・・そこは書斎のような部屋だった。
いくつもの本棚が並び、そのなかには数え切れないほどの書物が並んでいる。
部屋の奥には開かれた大きな窓があり、その下には精巧なできの机と椅子。
机の上には何らかの実験器具のようなもの、水晶球、やけに厚い本などが乱雑に置いてあった。
しかしそこに生命体らしきものは見当たらない。
大きな窓から入りこんでくる風がこの空間の空気をむなしく揺るがす。
その時ジェイは・・・
「いるんだろ!アマンダ!姿を消したって無駄だ!この俺がわからないとでも思ったか!!」
ジェイの怒声が風より強く空気を揺るがす。
またしても返答は・・・・・
・・・帰ってきた。
「・・・さすが・・・小細工は無意味だってことね」
アマンダは発光と共に椅子の上に現れた。
「・・・久しぶりだな・・・アマンダ」
「・・・そうね・・・5年ぶりかしら・・・だいぶ強くなったみたいね・・・私の魔力を感じとって来るなんて・・・さすがはソードマスターってところ?」
「・・・名なんて関係無い」
「・・・そう」
「・・・そんなことより何故こんなことをした!5年前にお前の魔法使い生命を絶ってから改心したんじゃなかったのか!?」
「・・・そうね・・・5年前のあの時は改心していたかもしれないわね。でも私は変わったわ!ある方の力によって!!」
「・・・ある方だと?」
「・・・そうよ!あんたによってほとんど魔法を使うことができなくなった私をあの方が救ってくださった!!」
「・・・なんだと?」
「・・・私はあの方の力によって魔力と精神力を取り戻したのよ!」
「・・・それで力を与えてくれたあの方様のためにエルフ達を動けなくしたとでも言うのか!!」
「・・・そうよ!私はあの方に忠誠を尽くす・・・それしか道は無いのよ!!」
「・・・目的はなんだ?」
「・・・知らないわ。私はあの方のお望み通りに行動するだけだもの・・・」
「・・・そうか・・・ならば今度は魔女生命を絶ってやる!!」
ジェイはその言葉と共に行動を開始する。
腰の長剣を素早く構えると何かを念じ、青白く発光した刃をアマンダへ向け振り下ろす。
アマンダは何か呪文を唱えると周りにバリアを張り、ジェイの攻撃に耐えようとする。
しかし・・・
ジェイの長剣はアマンダのバリアを切り裂き、バリア内のアマンダを襲う。
アマンダの防御は間に合わない。
ジェイの長剣はアマンダの血で染ま・・・らなかった。
それどころかアマンダは血の一滴も流していない。
それはアマンダの魔法の力・・・ではない。
それはジェイの剣技の力である。
剣に魔封じの念を込め、相手の精神を斬る。
対魔法系剣技『封魔剣』だ。
アマンダが放った『マッジクシールド』の効果を封魔剣で封じる。
普通の封魔剣ならここまでだ。
しかしジェイの封魔剣は格が違う。
マジックシールドの効果を封じ、さらにアマンダの中にある魔力すべてを封魔剣一撃で封じてしまったのだ。
「・・・・・殺して」
「・・・・・・・・・・」
「殺してよ!!」
「・・・・・・・・・・」
「もう私は生きてても意味がないわ!エルフにかけた魔法ももう解けているし!!」
「・・・・・・・・・・」
「魔力を失ったら私には何も残らないわ!!」
「うるさいっ!!!」
「!!!」
ジェイの怒声と鋭い眼光が床に倒れこんでいるアマンダに向けられた。
「わがままもいいかげんにしろ!さんざん悪さをしておいていざとなったら死ぬのか!!無責任も大概にしろ!!!」
「・・・・・・・・・・」
「お前には罪を償う義務がある!・・・おまえがやるべきことをおまえ自身で見つけるんだな!!」
ジェイは憤怒の表情を押さえ、部屋を後にした。
部屋を出た後、聞こえてきたアマンダの嗚咽は止む事はなかった。
少なくともジェイが洋館を去るまでは・・・
ジェイは通ってきた道を引き返すことはない。
もちろんエルフの集落にも戻らない。
今ごろ集落のエルフ達は動ける喜びをかみしめているだろう。
ジェイはふと報酬の涙が入ったビンを見る。
「・・・・・ふっ」
ジェイは微笑し、ビンをしまう。
この報酬の涙。
あのエルフの少女はこんなものが報酬で良かったのか、などと思っているかもしれない。
しかし実は寿命が長いエルフの涙は化粧品として結構な値段で売れるのだ。
特に若いエルフの涙は。
ジェイは得した喜びをかみしめながら再び目的無き旅路を進み始めた。
いや、ついにジェイは目的を見つけた。
アマンダが言っていた『あの方』の正体を知るという目的を・・・
ソードマスターは剣の達人だ。
物体としての剣も、精神体としての剣も自在に操る。
それがソードマスターであり、ソードマスターである由縁だ。
しかしそのソードマスターが誰なのかを知っているものは数えるほどしかいない。
男なのか女なのか、それすらも知られていない。
知られているのは剣の達人だということだけ。
そしてソードマスターは伝説になる・・・・・
The
end of this story is not yet.....