外伝〜朱衣の声唱者〜 |
そこはシュレイヌ国の海岸沿いの町ブルーサイド。
海岸には太陽の光りが刺激的に照り、緩やかに吹く潮風は焦げた肌に清涼感を与えてくれる。
萱のような植物を乾燥した素材で建てられた家々が建ち並び、裸子植物が所々に育ち『南国』のイメージをより強調する。
水着姿(布を使った簡易的なもの)の地元の人や観光客がいる透き通った海は波となって打ち寄せ、『ザザーン』という『声』を聞かせてくれる。
まさに楽園。南国のパラダイス・・・だった。
あいつらが現れるまでは・・・
それは観光客も寝静まる深夜のことだった。
透き通った海に見えるいくつかの光点。
その数は10を優に超える。
光点は徐々にその大きさを増し、その発生源を視認させるようになる。
それは船だった。
観光船でも貨物船でもない・・・海賊船だ。
闇に隠れる漆黒のマストを揺るがすそれは、駆動音を全く発たせず海岸に近づく。
そして海岸に辿り着くと船内から海賊達が現れ、船同様全く音を発てずに上陸した。
当然その事実を知るものは実行者以外には誰もいなかった。
そして・・・
ドガァァァン!!!
その何かが破壊されたような音はブルーサイドの全ての家で一斉に鳴り響いた。
「な、何だ!?」
突然の破壊音に多くの寝ていたものが気づいたが、
「う、うわぁぁぁ!!」
そのほとんどの人が、1秒にも満たない沈黙の後、絶叫した。
人々が目にしたものは、海賊だった。
しかしそれは海賊であり、海賊でなかった。
それは・・・骸骨。いや、骸骨に憑いた海賊の死霊。
身体どころか肉の塊一つも無く、骸骨の後ろに開いたドアが見える。
骸骨は剣、斧、槍と、各々さまざまな武器を持っていた。
それらはどれも・・・血塗られていた・・・・・
ジェイ達・・・つまりジェイとリーチェとディランはシュレイヌ国の国道を歩いていた。
国道は砂利の道で、周りには裸子植物の並木がある。
まさに南国だ。
「ぶわっ!!」
突然ディランが叫んだ。
「あ、大丈夫?」
どうやらリーチェのピンクのロングヘアーが風に靡いてディランの顔にかかったらしい。
風はほのかに潮を感じさせる。
海が近いみたいだ。
「堂やら海が近いみたいだな」
ジェイはリーチェもディランもわかりきっていると思われることを口にした。
もちろんわざと、会話がほしかったのである。
実は、ここ数日3人はまともな話をしていない。
・・・きっかけはたわいもないこと。
3人がこのシュレイヌ国に来て間もない時、ディランが一つの求人を買ってきたのだ。
その内用は『死霊に呪われた町を救ってほしい』というもの。
その内用がいけなかった。
「いや〜〜〜〜〜!!!!!」
・・・これはリーチェ。
リーチェはいわゆる『おばけ』系統が大の苦手なのである。
「しかしリーチェ、我々は求人を好みで選んでいる余裕なんてどこにもないんです。・・・この求人の報酬金は大した物ですよ」
ディランは言う。
考えをそのまま言ったような言葉だ。
「嫌だったら嫌だ〜!!」
しかしリーチェの意思は揺るがない。
「わがままを言わないでください!!わがままを言ったってお金は生まれません!!」
「ふん!!」
・・・これがきっかけ。
馬鹿らしいでしょ?
で、まともな会話をしないままここまで来たわけだ。
結局、ディランが買ってきた求人の仕事をこなすことになった。
文句を言っているリーチェも空腹には勝てず、しぶしぶ賛同したのだ。
しかし、ジェイの努力も空しく、そこから会話が生まれることはなかった。
潮風はよりその潮気を増していった。
それは本来、爽快さを運んでくるものなのだが、何故かこの風はそれを運んでこない。
そんな妙な風を受けながら歩く3人。
その前に一人の男が現れた。
・・・正確に言うと男はそこにいた。
ただ立ち、潮風が吹き込んでくる方向を眺めている。
靡く水色の長髪は水中の水草のようだ。
手にはリュートのような弦楽器があり、その弦楽器はアクアマリンブルーのような透き通った青色をしている。
「・・・・・・・・・・」
相変わらず3人には会話がない。
3人はそのままその男の前を通りすぎていった・・・が。
「そこの皆さん」
男は3人に向かって話しかけてきた。
「・・・・・はい?」
リーチェが3人を代表して答える。
「なんか皆さん表情が暗いようですけど・・・」
「・・・ほっといてくださいよ」
リーチェは妙に鋭いその男に不穏感を抱き、そっけない言葉を返した。
「・・・まぁそう言わずに。そうだ!少しお時間をいただけませんか?私はこう見えても詩人でしてね、詩を聞いていってくださいよ」
男はそう言うと3人の答えを待たず、道に座りこみ、弦楽器を構えて詩を歌いはじめた。
悲しくて
泣きたくて
苦しいとき
辛いとき
いろんなことがあるけれど
これ一つで大丈夫
ほらそこでうつむいている君
微笑んでごらん
ほらそこで泣いている君
微笑んでごらん
ほらそこでうなだれている君
微笑んでごらん
それで全てが大丈夫
それでみんなが大丈夫
さあみんなで微笑もう
嫌なことは忘れて
暗い雰囲気もそれだけで
すぐに明るくはやがわり
さあみんなで微笑もう
微笑みは誰もが持っている
何にも負けない力
さあ微笑もう
男の詩が終っても、3人はずっと耳を男に傾けていた。
『声』は何も聞こえない。
しかし『気持ち』が聞こえている。
3人の顔は自然と微笑み出していた。
そして、
「どうでしたか?皆さん」
「・・・良かった」
リーチェは思わずそう言ってしまった。
そうとしか言えなかったのだろう。
微笑が何よりもの証拠だ。
「それは良かった!皆さんこれからは暗い顔なんてしないで微笑んでいきましょう!!」
男は実に嬉しそうだ。
「・・・そうですね、こんなところで暗くなっていてもなんにもなりませんしね」
今まで黙っていたディランも思わず声を出す。
男の『詩』の力は絶大だった。
リーチェとディランはすでに会話をしていたのだ。
今までお互い声一つかけようともしなかったのに。
「・・・誰だか知らないが助かった。息苦しくてしかたなかったんだ」
ジェイはホッとしていた。
会話が発生したからという理由もあるが、この得体の知れない男に対しての不信感がなくなったということが大きい。
「いえ、こちらこそ私の詩で元気になってくれて嬉しいですよ」
男は本当に嬉しそうだ。
「で、あんた何者だ?」
「えっ?あ、あぁ、私はフレース=ティオといいます」
その男、フレースは答えた。が、
「自己紹介なんてどうでもいい。それよりフレース、かなり高度な魔法を使っていたが・・・」
ジェイはリーチェとディランに聞こえないように小声で質問した。
「な、なんのことですか?」
「とぼけるなよ、お前が歌っていたさっきの詩、あれは魔法なんだろ?・・・おそらく声唱型の・・・」
「・・・あなたこそ何者です?そんなことまで知っているなんて」
「俺か?俺はジェイ=スレッド・・・」
ジェイはそこまで言うと少し考え、
「・・・まぁ、いいか。俺は巷ではソードマスターと言われている」
「えっ?・・・・えぇ!?あ、あの有名なソードマスターなんですか!?」
「・・・あぁ」
「・・・私は、『朱衣の声唱者』という風に言われています」
「お、お前があの賢者!?」
ジェイは驚きを隠せなかった。
『朱衣の声唱者』といえば魔法の道を歩むものの模範となっている賢者だ。
ジェイのソードマスターという名と同じく、広く世に知れまわっている。
攻撃魔法は鋭く、回復魔法はやさしく、補助魔法は包み込むようだという噂だ。
「でもぜんぜん『朱衣』じゃないじゃない」
「うわっ!お、お前聞いてたのか?」
リーチェの突然の割り込みにジェイは異様に驚いた。
ジェイとフレースはかなりの小声で話していたのだが・・・どうやらリーチェはかなりの地獄耳らしい。
「ねぇ!それなのに何で『朱衣の声唱者』なの〜?」
リーチェは素朴な疑問を投げかける。
確かにフレースの格好は青い髪に青い瞳に青いローブ。
とても『朱衣』とは言えない。
「私は・・・」
「・・・止めとけ。こいつは一応お姫様なんだ。刺激が強すぎる」
「一応とは何よ!一応とは!!・・・で、刺激が強すぎるてどういうこと?」
「おい、理由なんてどうだっていいんだよ!お前が聞くような話じゃないんだ!」
「・・・いえ、話しますよ、ジェイさん。で、リーチェさん、いや、リーチェ姫と言ったほうがよろしいですか?」
「リーチェでいいよ」
「じゃあリーチェさん。これから話すことは結構刺激が強い話です。それでもいいですか?」
「いいって言ってるじゃん」
「・・・わかりました」
フレースはそう言うと、深呼吸をしてから話し始めた。
「私は昔、お金を傭兵業で稼いでいました。その時から魔法には自信があったし、何より傭兵業というものが自由なのが気に入ったからだと思います。私はあるときある国の王に雇われ、戦場に出ました。国と国の戦いでした。私を雇った方の国の兵が約5000、相手の国の方の兵は約20000でした。どう考えても不利な状態でした。4倍の差は大きいですからね。周りの味方兵は次々と倒され、恐れをなした者達は一目散に逃げ惑いました。しかし私は逃げなかった。・・・今考えてみれば何で逃げなかったのか謎なんですが、とにかく私はその場に残り戦いました。私の魔法は声唱によるもの、もともと声唱の部類の魔法は覚えやすいですが、妖舞や物込型などの違う部類の魔法は覚えにくいんです。今は回りから賢者と言われるだけの魔法は使えますが、当時は声唱型の魔法しか使えませんでした。声唱型の魔法は基本的には威力は弱いが範囲は広いと言われています。しかし・・・別に自慢をするわけではありませんが、私の魔力は異常に強かった。私が歌った『獄炎の舞台〜The
Hell's
Stage〜』は戦場を業火で包み、敵味方関係なく灰へと変えていった。5000は20000に勝ったんだ・・・。その後、生き残った兵が私のことをこう言ったという。赤炎をまとった悪魔・・・と・・・」
「・・・・・・・・・・」
リーチェに言葉はない・・・あたりまえだろう。
「・・・そのあと私は傭兵を辞めた。嫌気がさしたんだ・・・いや、こんなことをしている自分が嫌になったんだ。傭兵を辞めた私は魔法の修行に明け暮れた。・・・まぁそれからいろいろあって周りから賢者と呼ばれるまでになった。しかし、過去の過ちは消えはしない。あの業火の赤をまとった者という意味を込められ、『朱衣の声唱者』と呼ばれるようになったというわけだ」
「・・・随分と省略したな・・・フレース」
「・・・これ以上は本当に刺激が強すぎますからね」
「・・・はぁ、まぁいいか。だいたいのことはわかったし」
リーチェは不満そうに納得した。
「で、そのフレースさんはなんでここにいるのですか?」
「うわっ!ディラン!お前もいつの間に聞いてたんだよ!?」
ジェイ2度目の驚き。
「リーチェが聞き出したのと同時ですよ・・・で、なぜ?」
「あ、あぁ、私は『死霊に呪われた町』の噂を聞いてここまで来たんですよ。で、ここで風を受けていてその噂が本当だと確信しました」
「私達と同じ理由ですね!・・・で、風を受けて確信したというのは・・・」
「『気』ですよ。風から伝わってくるべき『気』が感じられず、むしろ死の無機質なものを感じました。間違いなく死霊でしょう」
フレースの言葉はしっかりとしていて、妙に信憑性があった。
だから皆、すぐにその事実を信じた。
まるで何かに『信じろ』と言われているかのように。
「あの・・・」
リーチェが突然神妙な面持ちでフレースに対して言葉を切り出した。
「はい?」
「私達と一緒にその町に行きませんか?」
「いいですね!『朱衣の声唱者』がいてくれれば百人力ですよ!」
ディランも当然のように賛同する・・・が、ジェイの鋭い視線を感じ、
「あ、いや、もちろん『ソードマスター』が一緒にいるだけで十分に百人力ですけど」
「ふん、まぁたしかに賢者さんがいれば助かるな・・・いろんな意味で」
ジェイは一言多い肯定をする。
・・・それがまずかった。
「・・・どういう意味?」
それはリーチェの声なのだが、リーチェは声質を変えてしゃべっていた。
だからジェイはなんの不信も感じず、そのまま返事をしてしまったのだ。
「あのお姫様のおもりをしてもらえるってことだよ。うっさくてたまんねぇんだよ。俺じゃ手におえねぇ。・・・あいつには内緒だぞ」
ジェイは小声で後ろから聞こえるその声に答えた。
どうやら相手がフレースだと思っているらしい。
「そぅ・・・そう思ってたんだぁ・・・」
「うっ!・・・・・リー・・・チェ?・・・・・」
ジェイは恐る恐る振り返る。
そこにはいた・・・憤怒の表情をしたリーチェという悪魔が・・・・・
「うわぁぁぁ!!!」
そこはもはや廃墟のようだった。
いや、『形』はそのままだ。
しかし、そこにあるべき活気がない。
虫、犬、猫、人、植物、全ての生物がそこには存在しなかった。
あるのは枯れた植物のなきがらで建てられた建物だけだ。
その場所に足を踏み入れたジェイ達は、まるで招かれざる客のようだった。
「・・・ここって・・・本当に・・・町?」
リーチェは思わずそんな言葉を漏らす。
声を出せるだけまだいいのかもしれない。
他の全員は無言だ。
声を出すことが出来ないのがディラン。
声を出さずにいるのがジェイ。
フレースは・・・どうなのだろう。
兎にも角にも到着した。
『死霊に呪われた町』に。
先ほど説明した通り、その名の通りの町だが、まだ確認できてないものがある。
死霊だ。
まぁ、『霊』なのだから、目で確認することは出来ないだろうが、空気で感じ取ることは出来る。
それ特有の『悪寒』というものがある。
しかし、ジェイ達はまだそれを感じていなかった。
「・・・肝心の死霊はいないみたいだな」
「いえ・・・いますよ」
ジェイの言葉にフレースが素早く反論した。
「・・・感じるのか?」
「えぇ・・・ただ・・・」
「ん?」
「ただ、この町から感じるのではなく・・・あそこから感じます」
フレースは指を指す。
指の先は海。
太陽が下がり始め、空模様が夕焼けで赤くなりかけている。
しかし、やはりそこにあるべき鳥の姿がない。
波の音だけの世界だ。
「海から感じるのか・・・さすがだな・・・残念だが俺には何も感じない」
ジェイは尊敬と嫉妬が混ざった思いを述べた。
・・・ソードマスターとて万能ではない。
「いや・・・私も微かにしか感じていませんよ。ただ・・・間違いなくいます」
「そうか・・・来ると思うか?」
「・・・来るでしょう。・・・待つしかないみたいですよ」
「・・・待つか」
ジェイとフレースは会話を終えると、町の奥にある海岸へと向かっていった。
「・・・ま、待ってよ〜!!」
リーチェは慌てて二人の後を追う。
「・・・・・・・・・・」
ディランは無言で後を追う。
そして町はまた廃墟へと戻った。
その時ディランは槍の手入れをしていた。
海岸に打ち寄せられた大きな流木に座りこみ、刃を磨きかける。
死霊には実体がなく、物理攻撃は意味がない。
・・・そんなことはディランにもわかっている。
しかしそうせずにはいられないのだ。
今、この空気を受けている自分の身体が無意識にそうさせている。
動きを止めてしまうと、何かにとり憑かれてしまいそうに思えるのだ。
槍の手入れは更に念入りになっていく。
その時リーチェは髪の毛の手入れをしていた。
ピンクのロングヘアーを念入りに櫛で梳いていく。
髪はさらりと伸びていた。
艶やかで、美しい。
・・・もちろん性格を抜かせば・・・だ。
リーチェの髪の手入れはまだまだ続く・・・
その時ジェイは精神を集中していた。
砂の上に座り、目を閉じ、心を無に・・・しているかどうかはわからないが、周りの音は聞こえていないだろう。
研ぎ澄まされた表情は、良くいえば美しく、悪く言えば冷徹。そんな風に見える。
ジェイは時間に余裕がある時、必ずと言っていいほど精神集中をする。
これには何が起きても的確に対処できるようにするためという理由もあるが、自分を確認するという理由もある。
ジェイは以前、戦いの時、自分を忘れ、暴れまわったことがある。
・・・まぁこの話は今度の機会に話す・・・かもしれない。
兎にも角にもジェイの精神集中は続く・・・
その時フレースは弦楽器で曲を奏でていた。
ライセント作曲『リュート独奏曲第一楽章〜めぐり合い〜』だ。
暗く、緩やかなテンポから、徐々に明るくノリのいいテンポになっていく。
・・・この曲は、一つの物語になっている。
主人公は一人の男の子。
暗く内気なその子は、毎日一人ぼっちの生活をしていた。
その男の子はある日、毎日訪れている草原で、一人の女の子と出会う。
男のこと女の子はすぐに仲良しになり、遊ぶようになる。
ここまでがテンポが上がるところ。
その後、徐々にテンポが下がり、再び暗くなっていく。
毎日のように遊んでいた男の子と女の子。
しかし、ある日を境に女の子は草原に現れなくなった。
男の子は必死に女の子を探した。
しかし、いくら探しても女の子は見つからない。
・・・女の子は天国へと旅立ってしまっていたのだ。
ここまでがテンポが下がり、暗くなるところ。
この曲は最後に少しテンポが上がって終る。
女の子を失った男の子はまた一人ぼっちで草原にいた。
昔に戻ってしまったのだ。
・・・しかし、またその草原に、新たな女の子が現れる。
それが新たなめぐり合い・・・
これでこの曲は終るのだ。
フレースは『めぐり合い』を弾き終わると、そのままの態勢で海を眺め始めた。
その目はかなたにいる『それ』を確かに捕らえていた・・・
時は来た。
空は完全に夕焼け。
海の彼方は闇夜。
その闇夜から現れる『それ』を果たして何人の人が確認しているだろう?
『それ』は群れをなしていた。
一つ・・・二つ?・・・いや、十は優に超えている。
『それ』は確実にこの海岸へと近づいてきていた。
いや・・・もう、そこまで来ていた。
いや・・・もう、目の前にいた。
数艇もの船が。
無人の・・・船が。
船?・・・いや、もうそれは船ではないであろう。
それは『住み処』なのだ。
町を呪った『それ』。
・・・死霊達の。
「・・・来ましたね」
フレースには完全に見えていた。
・・・肉眼ではない。
心眼とでも言えばいいのだろうか。
しかし気づいたのはフレースだけではない。
ジェイ?
・・・それは当たり前だ。
ディラン?
・・・違う。彼は気づいていない。
と、いうことは・・・
「・・・な、何?・・・何か来た!!」
・・・そう、リーチェだ。
「ほぅ、これは驚いた。奴等を感じることが出来たのか」
ジェイは、『これは以外』と、言わんばかりにリーチェの方を向いて言った。
「・・・わからない。でも・・・何かいるんでしょ!?」
「・・・そうです。・・・目的を失った・・・哀れな死霊達が・・・自分たちの『命』に乗って」
混乱状態に陥りかけてるリーチェに、フレースは自分なりの説明をする。
「『命』?・・・どういうことだ?」
これはジェイ。彼にもわからない。死霊のことは気づいているはずだが。
「死霊達・・・彼等は・・・きっと海賊だったのでしょう。理由はわかりませんが、彼等はどこかで不慮の死を遂げ、自分たちの死に納得がいかず、死霊となってさまよっているのでしょう。だから自分たちの『命』、海賊船に乗って、この町に現れるようになったのでしょう。・・・たぶんこの町の出身者達・・・もしくはこの町にかなりの思い入れがあった者達なのではないでしょうか」
「・・・なるほど・・・『命』か」
ジェイは納得し、改めてフレースの『すごさ』を実感し、感嘆した。
単に『死霊と海賊船のことに気づいた』からではない。
死霊になってしまった者の気持ちまで読んだことに対しての感嘆だ。
「な、何か起こってるんですか?・・・私にはさっぱりわかりませんが」
ディランは一人、この状況を理解していないでいる。
まぁそれが普通なのだが。
「・・・すぐに終る。黙ってろ」
ジェイはディランを黙させ、フレースの方を向き、
「・・・やっぱり・・・浄化だろ?」
「・・・当然です」
ジェイの問いにフレースはあっさり、しかし、しっかりと肯定した。
そして、その肯定が活動の合図となる。
ジェイは一目散に走りだした。
向かう先は海。
足場は砂から水へ。
バシャバシャと音を発てて。
衣服がぬれることなど気にも止めない。
そして水がひざのあたりまで来るところで立ち止まり、剣を・・・抜かない。
ジェイはただそこに立ちつくし、目を閉じていた。
精神集中をしていた時のように。
フレースは弦楽器を構えた。
そして緩やかなメロディを奏で始める。
一つ一つの音は少しのずれもなく、最上の音色を響かせる。
この曲は鎮魂曲。
この曲に曲名はない。
名のない曲なのだ。
名のない曲の効果はすぐに現れ始めた。
見えるはずのない海賊船、それに乗る死霊が肉眼で見えるようになってきたのだ。
最初は塵のように。
しかし、それは鮮明になっていく。
色が確認される。
大きさが確認される。
そして形が確認された。
「な、何ですかこれは!?」
・・・ようやくディランも確認することが出来た。
フレースは鎮魂曲を終え、次の曲の演奏へと入った・・・
ジェイは海賊船と海賊船の間にいた。
三メートルほどの狭い空間だ。
ジェイは相変わらず目を瞑っていた。
しかし変化は訪れる。
ジェイの身体が白く発光し始めたのだ。
白い発光は徐々に輝きを増し、そして広がる。
白い発光が海賊船に触れると、まるで侵食されたかのように触れた部分が消えていった。
『浄化の光り』だ。
これは魔法のように見えるが、魔法には分類されていない。
これは体術に分類されているのだ。
ジェイは剣術だけではなく、体術にもある程度の心得がある。
剣術にも浄化の効果がある技はあるが、効果範囲が狭い。
だからあえて効果範囲の広い体術の『浄化の光り』を使ったのだ。
ジェイの『浄化の光り』は、見事に死霊と海賊船を浄化していった。
しかし、やはり体術。
剣技のように必殺必中というわけにはいかない。
全体の三分の一くらいは浄化することが出来たが、残りの三分のニは今だ健在だった。
ジェイは再び瞑想に入る。
フレースは新たな曲を演奏していた。
今度の曲は、なんだか巷にあふれているポップスのような曲。
イントロのような部分を演奏し終わると、フレースは歌いはじめた。
さぁみんな聞いてくれ
この壮大な思いを
さぁみんな聞いてくれ
この込み上げてくる思いを
さぁみんな聞いてくれ
この伝えたい思いを
ずっと追いかけた夢
追いかけつづけた夢
とどきそうな夢
とどかなかった夢・・・
『夢なんて持たなきゃよかった』
なんてこと思わないで
『夢なんて持つだけ意味が無い』
なんてこと言わないで
夢を追いつづけたこと
夢を追いつづけられたこと
そのことは何にも変えられないものだから
夢を持ったこと
夢を持ちつづけたこと
そのことはいつまでも心に残りつづけるから
サビが終わり、しばらくリュートソロが入る。
その間を利用して、フレースは呪文を唱えた。
「すべてのものに安らかなる眠りを!スリープ!!」
フレースが唱えたスリープ。
その名の通り、相手を眠らせる効果のある魔法だ。
だが、普通、ゾンビや死霊などに代表されるいわゆる『アンデッド』系統には、スリープは効果を発揮しにくい。
しかし、あくまで『普通』の場合だ。
『朱衣の声唱者』であり、『賢者』であるフレースだ。
その効果は普通のものの三倍はあるだろう。
そう、心配する必要など何も無いのだ。
死霊達はみるみるうちに眠りの世界へと落ちていった。
そしてリュートソロが終る。
たとえ叶わなくても
たとえ叶わぬうちに朽ち果てても
その思いはいつまでも・・・
夢を追いつづけたこと
夢を追いつづけられたこと
そのことは何にも変えられないものだから
夢を持ったこと
夢を持ちつづけたこと
そのことはいつまでも心に残りつづけるから
夢を追いつづけたこと
夢を追いつづけられたこと
そのことは何にも変えられないものだから
夢を持ったこと
夢を持ちつづけたこと
そのことはいつまでも心に残りつづけるから
ずっとずっと心に・・・
残りつづけるから
それは成った。
海賊船。
死霊達。
そして呪われた町、ブルーサイド。
その全てに、きらきらと虹色に輝く・・・まるで星屑のような光りがそれらの上から降り注いだ。
それは幻想的な光景だった。
まるで景色の絵の具をたらしたかのように。
違う例えで言えば、山盛りにしたかき氷の氷だけのところに、シロップをかけたときのように、死霊と海賊船は溶けていった。
そして、呪われた町ブルーサイドも・・・
「ま、町が無くなっていく!!」
リーチェは叫ぶ。
町も死霊や海賊船と同じように溶けていったのだ。
全てが無くなるのに三分もかからなかった。
立ちあがっているフレースは、身体いっぱいに夕日を受け、朱に染まっていた・・・
「つまり、あの町自体、もうとっくの昔に朽ち果てていたということなんですよ」
「え〜!?そうなの〜!?」
「えぇ、で、あの死霊と化した海賊達の思いが町を擬似再建させたのでしょう」
「ふぅ〜ん」
ジェイ、フレース、リーチェ、ディラン。
四人は国道を歩いていた。
フレースとリーチェが話している。
二人だけである。
ジェイが会話に参加しないのはわかる。
元々どちらかというとクールな性格だから。
だが、ディランは違う。
何故会話しないのだろうか?
それは・・・町が消えたからだ。
「・・・はぁ、これでは求人の仕事内用を満たすどころか無くしてしまったではないか」
そう、町を救うどころか、なくしてしまったのだ。
もちろん収入は入らず、貧しい暮らしが続くのだろう。
それを思うと落ち込まずにはいられないディランであった。
「ねぇ、あの皆溶かしちゃった歌・・・魔法って言った方がいいのかな?・・・とにかくあれってなんて言うやつなの?」
「あれですか?あれは『夢追人』という歌です。あ、一つ言っておきますが、『夢追人』は魔法でもなければ技でもありません。ただの流行歌ですよ」
「えっ!?じゃあなんで皆消えちゃったの!?」
「・・・きっと・・・海賊の皆さんにも夢があったんですよ。でもその夢が叶わぬうちに死んでしまった。その時彼等は『もう夢は叶えられない』と、思ったのでしょう。でも、彼等はさっき気づいたんです。『夢はいつまでも残り、そしてそれはいつか必ず現実になる』と、いうことを」
「・・・そう、そうだよね!そうだよ!!」
フレースとリーチェの会話は更に盛り上がっている。
なんだか気が合うようだ。
「あっ、じゃあ私達がフレースさんに始めて会った時に歌ってくれた歌。あれはなんて言うやつ?」
「あれですか?・・・ふふふ、多分聞かない方がいいと思いますよ?」
「えぇ〜?なんで〜?教えてくださいよ〜!」
「・・・ふふふ、あれはですね・・・『バカな弱虫にも微笑み』ですよ」
「・・・・・・・・・・」
「あれっ?どうしました?」
フレースは急に黙り込んだリーチェが心配になり、面と向かって話しかけた。
それを見たジェイは、
「あぶない!フレース!!そこから離れろ!!」
「えっ?」
・・・遅かった。
ジェイが叫んだ頃には、もうリーチェの拳がフレースの腹部直前まで伸びていた。
そして・・・
「うっ!!」
「私達はバカか!?そりゃないんじゃないですか!!しかも弱虫ですって!?冗談じゃない!!」
リーチェは怒り狂っていた。
まるで薬でも服用したかのように。
しかもリーチェの拳は見事にフレースの腹部にヒット。
フレースは身体をくの字に曲げた後、その場に屈してしまった。
「・・・だ、だから聞かない方がいい・・・って・・・言った・・・のに・・・」
「・・・フレース、今のお前はとても『朱衣の声唱者』には見えないぞ」
「は、はは・・・ははは・・・」
フレースはジェイの話に答えているつもりだ。
「あ、そういえば・・・」
「ひっ!!」
フレースはうろたえた。
リーチェが話しかけてきたからだ。
「もう!そんなに怖がらないでよ!!あのさ、『夢追人』を歌い終わった後さぁ、フレースのこと『朱衣の声唱者』だって思ったよ」
「えっ?」
「夕日がフレースに当たってて、朱に染まってたの。なんかかっこ良かった。どぉ?今まで言われてきた『朱衣の声唱者』よりはずっと気分いい
でしょ」
「・・・・・そうですね!ありがとうございます!・・・それではお礼に・・・」
「んっ?」
「・・・また『バカな弱虫にも微笑み』を歌ってあげますよ♪」
「嫌だっ!!」
・・・この後、フレースとリーチェの会話はしばらく続いた。
が、道の途中、フレースが突然の別れを告げ、三人とは別の方向へと行ってしまった。
きっと行き先は決まっていないだろう。
・・・大物はみんなそういうものなのだ。
リーチェは気になっていた。
『朱衣の声唱者』のことが。
フレースと別れた後、リーチェはジェイに『朱衣の声唱者』の事を詳しく聞いた。
朱衣。
炎による朱衣。
『獄炎の舞台』で、国の戦争を勝利に導いた後、国王から贈られた朱の法衣による朱衣。
そして、多くの人間の返り血を浴びたことによる朱衣・・・・・
それがフレースが説明した時、省略したというものの一部だ。
・・・つらく、悲しい・・・忘れたくても忘れられない事実。
辛い思いを背負っているフレースのことを思うと、なんだか胸が苦しくなるリーチェだった・・・
「さ〜て!つぎはどこに向かう〜?」
End