魍魎降臨録

間〜桜花と妖し微笑あり〜

執筆完了日 04/05/03 | 公開日 04/10/02


 そこから見える夜桜は、昼間とは違った妖艶さを見せていた。舞い散る花びらが、より桜を美化しているように思える。
 空に浮かぶ三日月が、その光で地上を妖しく照らしていた。――そして、その光は『影』を映し出す。

 ――耶宵学園高等学校校舎。その屋上に、二つの影が存在していた。
 その中の一つ。――その主は一人の青年。
 青年は夜風に長髪を靡かせながら、陰気な瞳をもう一つの影の主へと向けている。
 しかし、その口元は卑しく歪んでいる。――青年は妖しく笑っていた。
 着ている黒いコートを軽く整えながら、青年はゆっくりと言葉を紡ぎ始める。

「……春の風を受け、儚く散る桜。……美しいねぇ」
 青年は桜に視線を向けてはいなかった。だが、桜が散るのを『感じて』いた。
古来から桜は、人の心を魅了して止まない。それは……何故だと思う?」
 青年の質問に対し、言葉は返って来ない。それでも青年は、そのことを気にすることも無く言葉を続ける。
「一つは、人がその儚さを知っているからだ。その日、たとえ桜花爛漫だったとしても、次の日には、すでにその花びらは散り始めている。――そんな桜の儚さに、人は強く惹かれるんだよ」
 青年の言葉が続く間にも、桜は春の強い風を受け、次々と舞い散っていく。
「そして、もう一つ。――それは、桜の色だよ。白い柔肌添えられたような、あの何とも言えない美しい色。……桜花は、何故あのような色をしているのか……君はわかるかい?」
 再び青年が問い掛けるが、やはり返答は無かった。
 だが、青年はその結果を元から予想していたのか、間髪入れずに言葉を続けだす。
「本来、桜花の色はもっと薄かったんだ。だが、ある時から桜花は現在の色へと変化していった。それは何故か……。それは――」
 青年は一瞬、間を置いた。そして、視線を眼下の桜に向けると、その表情をより妖しくして言った。


「――それは、桜が血を吸ったからだよ。……あの争いで吹き出た、数多の人間の血をね」


 青年の言葉に、始めてもう一つの影の主が反応していた。興奮しているかのように、呼気が荒い。

 もう一つの影の主――それは、猛獣のような姿をした『魍魎』だった。
 基本的には獅子のような体格をしていて、その胴体爬虫類のような物で覆われている。
 魍魎の反応に気を良くしたのか、青年は更に快活に言葉を続けだした。
「君は……封魔師によって封印させられた屈辱を、覚えているかい?」
 魍魎はその言葉に、低い唸り声で答えていた。
「――そして……封魔師を切り裂く快感を……覚えているかい?」
 その言葉に、魍魎はより過剰に反応していた。大きく口を開き、覇気のこもった咆哮を上げている。
「ふふふ。……良い子だ」
 青年は魍魎の咆哮を聞くと、満足そうに微笑んだ。そして、魍魎に視線を戻すと、諭すように言った。

「もうすぐ……もうすぐ君にまた、その快感を味あわせてあげるよ。――封魔師を切り裂く、あの快感をね。……でも、すぐに殺してはいけない。ただ殺すだけじゃ、君の屈辱は晴れないだろう? ……ゆっくり、じっくり痛めつけて殺してやるんだ。封魔師の怯えた姿を、君も見てみたいだろう?」
 魍魎は返答とばかりに低く唸る。
「私も楽しみなんだよ。君のその爪で切り裂かれ、血を噴出す封魔師の姿を見るのが」
 青年はそう言うと、再び眼下の桜に視線を戻す。そして、喜びをあらわにしながら、卑しい声で言った。


「……とても美しい光景だと思うよ。――あの桜のように、儚く散っていく封魔師の姿は」



 夜空の三日月は、雲によってその姿を隠していた。地上を照らしていた光が失われ、映し出されていた影もその姿を消す。
 青年と魍魎の影も、その姿を消していた。――だが、消えていたのは影だけではなかった。
 ――その影の主たる青年と魍魎も、校舎の屋上から姿を消していたのだ。
 校舎の屋上に、青年と魍魎の名残は何も残されていなかった。ただ、そこに残っていたのは一つだけ。


 ――春の風によって運ばれた一片の桜の花びらが、屋上の地面に踏みにじられてあった。



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