魍魎降臨録

壱〜此処に集いし絆あり〜

執筆完了日 04/05/02 | 公開日 04/10/02

- 4 -

「ありがとう……」
 芹奈の言葉を聞いたは、ホッとした様子でそう呟いた。先程まで芹奈はものすごい剣幕を見せていたから、良い返事が返ってくるかどうか不安だったのかもしれない。
 達樹真由美安堵の表情を浮かべていた。そして、二人は揃って芹奈に声を掛ける。
「ま、良だけじゃ不安だろうけど、ちゃんと俺も居るから大丈夫さ!」
「そうそう、むしろ達樹だけの方が危なっかしいけど、私と良ちゃんが居れば大丈夫だよ!」
「……おぃ、いったいそれはどういう意味だよ」
「どうもこうもないわよ。達樹は何にも考えずに魍魎に突っ込んで、自滅しそうだもんね〜」
「んなわけねぇだろ!!」
 二人の会話はどうしようもない駄話だったが、それでもそれなりの『効果』を発揮していたようだ。
「ふふふ。……何だか夫婦漫才見てるみたい」
 ――芹奈が声を出して笑っていた。けして満面の笑みとは言えないが、それでも彼女が良たちのことを受け入れたということを知るには十分のことだった。自然と、達樹と真由美の表情も笑顔へと変わる。
「ちょっと勘弁してくれよ。真由美と夫婦だなんて、冗談じゃねぇ。こいつの料理を毎日食わされるんだぜ!? ありえねぇよ」
「なっ!? わ、私だって達樹みたいなバカと一緒になんかなりたくないわよ!!」
「んだと〜!!」
「はいはい。それ以上やると本当に漫才になっちゃうから、そのくらいにしておきなさい」
 達樹と真由美の会話を止めたのは、二人と同じように笑みを浮かべた梨緒だった。二人がお互いの顔を睨みながらも会話を止めたのを確認すると、梨緒は視線を芹奈に移し、穏やかな表情で話し出す。
「とりあえず色々と説明したけど、全てが真実なのかは正直私にもわからないの。……ほとんど『伝説の書』を当てにした情報だから。ただ、今現実に魍魎が存在しているのは確かだし、あなたがその魍魎に襲われたのも確か。だから、なるべく普段から気をつけて行動してもらいたいの。……もし、私が説明した内容が真実だとしたら、あなたがまた魍魎に襲われる可能性は高いわ」
「………はい」
 芹奈は真剣な面持ち頷く。もうそこに、さっきまでの笑顔は無い。
「……今のところ魍魎たちは、封魔師家系の者とあなたの前にしか姿を現していない。おそらく魍魎を降臨させている者は、封魔師に対して何らかの恨みを持っているんでしょうね。……でも逆に考えれば、魍魎たちは普通の人たちの前には姿を現していないことになる。そして、現実に封魔師の関係者以外の人が魍魎を目撃したという情報は流れていない。つまり、封魔師の関係者以外の人と行動している時は、魍魎に襲われる可能性が低いと推測されるのよ」
「じゃあ、学校に居るときとか、人通りが多い道とかに居るときは、魍魎に襲われることは無いと思っていいんですね!」
 芹奈の声は自然と喜びを含ませていた。いつ魍魎に襲われてもおかしくない状態なのだと思っていた芹奈にとって、梨緒の言葉は多大な安心感をもたらすものだった。
「えぇ、おそらくね。……ただ、あくまで今までの経過を見ての推測。何故魍魎たちが『普通の人』の前に姿を現さないのかはわかっていないし。……だから、普段から十分に注意はしておいてね」
「はいっ!」
 梨緒は芹奈の返事を聞くと、視線を良たちに移して話を続ける。
「あなたたちも、今のはあくまで推測だから、いつ魍魎が襲ってきても対処できるようにしておいてね」
「はい。もちろんです」
「おぅ! いつ襲って来ようがぶちのめしてやるさ!」
「そうそう! どこからでもかかってきなさいって感じですよ!」
「あらあら、それは頼もしいこと」
 梨緒は言いながら微笑んでいた。だが、内心では一抹の不安もよぎっていた。
 ――その余裕が、命取りにならないとも限らないからだ。
 だが、梨緒がその不安を口にすることは無かった。梨緒自身も、その余裕を持った安心感に浸っていたかったのかもしれない。――『錯覚』だとはわかっていても、『封魔師の家系に生まれた』ということから生じる束縛』から、少しでも逃れられているように感じられるから。
 芹奈は皆の様子を見て、とても心強く感じているようだった。――たとえ自分が魍魎に襲われる運命にあったとしても、必ずこの人たちが守ってくれる――そう、信じたかったのかもしれない。

 教室内にずっと立ち込めていた緊迫感は、そこに居る全員の笑顔によって消え失せていた。ずっと照り付けていたはずの日差しを、芹奈はようやく感じ取ることに。
「それじゃあ、私はこれから職員会議があるからもう行くわね。友引さん、くれぐれも気をつけて」
 梨緒は皆を一瞥すると、芹奈に向かってそう戒めた。そして、ゆっくりとその場を離れていく。
「あっ、あの!」
 しかし、そんな梨緒の行動を止める言葉が掛けられた。その言葉を発したのは芹奈だ。
 芹奈には、また一つ聞いておきたいことが生まれていた。――それは、『魂の器』について。
「何?」
「あの……その、何で私が『魂の器』を持ってるんですか? うちは封魔師の家系なんかじゃない。……そんなこと、聞いたこともないです。それに、私自身そんな力を実感したこと、一度もありませんし……」
「……ごめんなさい。それは、私にもわからないの。さっき言ったとおり、あなたが『魂の器』の持ち主である確証はどこにもない。……ただ、あなたが魍魎に襲われた理由として考えられるのが、それしかなかったってだけのことなの。もしかしたら、あなたは『魂の器』の持ち主ではなくて、ただの『普通の人』なのかもしれない」
「そうですか……」
「ただ、何度も言うようだけど、あなたが魍魎に襲われたのは紛れも無い事実。そのことに変わりは無いわ。……そして、私たちがあなたを絶対に守るってこともね」
 芹奈はその言葉に深く頷いた。――決意と感謝の気持ちを込めて。
 梨緒はそれを確認すると、朗らかな微笑みを残して教室を去っていく。爽やかな香水の香りが、教室の空気に溶けていった。

「あの……これから色々とよろしくお願いします」
 そう言って芹奈は、各々の席の椅子に座っている良たちに向かって、深々と頭を下げた。
 それは、自分を守ってくれると言っている良たちに対して芹奈がするべき最低限のことだった。考えてみれば、良たちが芹奈を守らなければならない義務など、どこにも存在しない。にもかかわらず、良たちは嫌な顔一つ見せずにそのことを自告してくれているのだ。――自分たちも、魍魎が狙う対象であるはずだろうに。
 魍魎と戦うことは、間違いなく危険を伴うものだろう。封魔師の関係者である良たちは、すでに実践でそのことを理解しているはずだ。それなのに、また新たな負担を彼らに掛けてしまう。――その思いが、芹奈を礼の行動へと移させていた。
「……頭を上げてよ、友引さん」
 良は慌てた様子も無く、優しい声でそう言う。
 芹奈はその言葉で、ゆっくりと頭を上げる。だが、まだ自分の思いが、やりきれない気持ちでいっぱいな様子だ。
「友引さんが頭を下げる必要なんて無いよ。だって、友引さんは何にも僕たちに悪いことしてないんだからさ」
「でも……」
「もし……。もし、友引さんが『魂の器』の持ち主だとしたら、僕たちには貴女を守る『責任』がある」
「……責任?」
「そう。今、僕たち封魔師の家系の者がここにいられるのは、自らを犠牲にして魍魎を封印してくれた月奈姫のおかげ。当時も、僕たちの家系の封魔師たちは月奈姫の周囲を守っていたそうなんだ」
「でも、それと河瀬君たちは関係ないし……」
「これは……『』なんだよ。僕たちと、『魂の器』の持ち主である人との」
「絆……」
「『関係』のあるなしが問題なんじゃない。『伝説の書』に記されていた争いの時に生まれた、封魔師と姫との絆。……それが全てなんだよ」
「……………」
「絆は失われていなかった。……僕は今、改めてそう思ったよ。遠く現代の地で、封魔師と『姫』は再び巡り逢った。――絆が、再び姿を現すことになったんだよ」
 芹奈は、良のその言葉の意図を理解することができずにいた。――何となく、曖昧にしか良の想いを感じ取ることができない。
 だが、良が次に放った言葉は、芹奈の心に何の違和感も無く浸透していく――

「きっと僕は、貴女を守るために生まれてきたんだと思うよ。――現代に甦った、この絆を頼りに」

 芹奈はその言葉に、良の『温かさ』を感じていた。それがどういったものなのかはわからないが、それでも芹奈には言葉に込められた良の『優しさ』が伝わっていた。
 あの日、漆黒双眸の良が言った言葉とは違った、感情に満ち溢れた言葉。
 ――ふと、芹奈はあの日のことを思い出していた。
 あの日の河瀬君も、同じような言葉を言ってくれた……。わざわざ同じ言葉を二回も? ……それとも、単に覚えていないだけなの?
 出てきた疑問を、芹奈はぐっと胸の内にしまい込む。――どっちであろうと構わない。そう、心の中で思っていた。どちらにしても、芹奈にとってその言葉は嬉しく思えるものだったから。
「お〜お〜、カッコイイこと言ってくれるじゃんか良! 甘〜い言葉で芹奈ちゃんのハートを奪い去るって作戦かぁ?」
 折角の雰囲気を台無しにする達樹の言葉。それを聞くと、芹奈も良も揃って顔を紅潮させた。
 大事な内容の会話が続いていたから、芹奈は特に意識する余裕も無かった。だが、改めて良の言葉を聞けば、それはかなり『すごい』言葉だ。何にも知らずにその言葉を聞けば、誰もが『甘い言葉』と捉えるだろう。――まぁ、達樹の場合はあきらかに『狙って』いるんだろうが。
「ち、違うよ! そんなつもりで言ったんじゃないって!!」
 良が始めて焦った様子を見せる。
「本当かな〜? 友引さん可愛いし……実は良ちゃんのタイプだったりして〜」
 達樹に負けじと、真由美も突っ込み始める。妙なところで負けず嫌いなのか、それとも、単に良をからかいたかっただけなんだろうか。
 すでに、良の顔は真っ赤になっていた。今の良の姿を見ても、誰も魍魎と戦う封魔師の末裔だとは思わないだろう。
「だから違うって言ってるじゃないか〜!!」
 良は叫ぶが、それは全く効果をなしていない。
 芹奈はを紅潮させながらも、そんな良の姿を微笑みながら見つめていた。たとえ封魔師の末裔であろうとも、芹奈と同じ高校一年生であることに変わりは無い。そのことに、芹奈は安心感を覚えていた。――彼らもまた、普通の人たちなんだと。


 桜散る四月、芹奈に掛け替えのない友人ができた。そして、運命の絆が再び結ばれた。
 ――その絆に、嘘偽りは、無い。



ひとことメールフォーム
(コメント未記入でも、送信可能です)
※返信は出来ません。ご了承ください。




BACK / TOP / NEXT