魍魎降臨録

壱〜此処に集いし絆あり〜

執筆完了日 04/05/01 | 公開日 04/10/02

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 『魍魎』や『封魔師』の存在といった、あまりにも非現実的な事象をすでに理解している梨緒や、その梨緒の言葉を当然のように聞き流しているたちに対する疑問。それは、生じて当然な疑問だった。自然と芹奈の声は、何かを探るような慎重な声になっている。
 梨緒はその疑問を聞き取ると、少し困ったような表情を見せながら答え出す。
「まぁ……不信がられるのも無理は無いわね」
「あっ、そんなつもりで言ったわけじゃ……」
「いいのよ。……それが普通の対応だから。……さっき、『魍魎降臨録は別の封魔師の家系へと分けられた』って言ったでしょ? 私の家はその内の一つの家系なの。この『昇天の書』は、うちの家系――柚岡家のもとへ届けられたわけ」
「……だから色々と詳しいんですね」
「そういうこと。それと――」
 梨緒は良たち三人を一瞥してから言葉を続ける。
「この三人は『伝説の書』の中に登場する封魔師たちの末裔。私と同じように、封魔師の家系に生まれてきた子たちよ」
 その言葉を聞いた芹奈は、意識を良たちの方に移す。――そして、あの日の良の姿を頭に浮かべていた。
「あの……河瀬君が、私の前に現れた魍魎を倒してたのは……」
「それは、俺たちが魍魎を倒す係だからだよ」
 芹奈がふと口にした疑問に答えたのは、梨緒ではなく達樹だった。芹奈の前の席に座っている達樹は、身体を芹奈の方へ向け、椅子の背もたれに腕を預けた体勢で言葉を続ける。
「俺たちの家系には、それぞれ一つずつ『封魔の具』っていう……言わば対魍魎用の武器みたいなものが家宝っていう形で在るんだけど、まぁそれが厄介なことにその家系の者にしか扱えないようになってるんだ。しかも、更に厄介なことに二十歳以下の者にしか扱うことができないらしくてさぁ。……ま、何でそうなのかは全然知らねぇけどさ。何にしても、魍魎には封魔の力が宿った『封魔の具』でしか太刀打ちできねぇから、俺たちが魍魎の相手をしてるってわけ」
「じゃあ、この前河瀬君が持ってた刀みたいなのも……」
「そ。良の家系に代々伝わる『霧断太刀』っていう『封魔の具』……だよな、良」
「うん、そうだよ」
 微笑を浮かべながら答える良に、芹奈は微妙な表情を向けていた。
 魍魎と戦っていた河瀬君と、あまりにも違いすぎるよ……。あの人は……ホントに河瀬君なの?
 それが、芹奈の中にある疑心だった。魍魎と戦っていた少年と、今目の前にいる良は同一人物である。――そのことを確信はしていたが、どうしてもそのギャップを拭い去ることができずにいたのだ。
 漆黒双眸を向けて言った『――どうやら俺は、お前を守るために生まれてきたらしい。だから、おとなしく俺に守られろ』という言葉。そして、朗らかな表情を向けて言った『――大丈夫です。貴女のことは僕たちが絶対に守りますから』という言葉。その二つは間違いなく良が言った言葉だ。――だが、芹奈はそのことを理解できても、どこかで認めることができずにいた。
 良は芹奈の視線に気付くと、何かを聞きたがっていると認識したのか、朗らかな微笑を浮かべながら聞く体勢に入る。
「あっ、あの……」
 芹奈は自分の中に存在する疑問を口に出せずにいた。『これは聞いて良いことなのだろうか?』という思いが、口ごもっている芹奈によぎっていた。
 良は芹奈の様子を心配そうに見据えていたが、何かに気が付いたのか、ゆっくりと言葉を紡ぎだす
「あぁ、あとは友引さんのことだよね?」
「えっ? あっ、うん……」
 芹奈が伝えようとした疑問とは違っていたが、良が言ったことも聞きたいことであるのに変わりは無かった。――自分は何故、魍魎に襲われたのか。芹奈は頷く

「それは――友引さんが『魂の器』の持ち主だからだよ……」

「魂の……器?」
 芹奈にとっては意味不明な単語が、また新たに出てきた。自然と芹奈は首を傾げる
「それについては私が説明するわ」
 芹奈の様子を見てそう言ったのは梨緒だ。ずっと手に持っていた『昇天の書』を内ポケットに戻し、良のに腰掛ける。そして、短いタイトスカートを着用していることを気にも留めずに、足を組んで言葉を続けた。
「『魂の器』……その単語は『伝説の書』の中に登場するの。正確な年月はわからないけど、おそらく数百年もの昔。……当時は魍魎が現実に存在していたの。そして、魍魎と封魔師の間で大規模な争いが起こっていた。封魔師たちは『封魔の具』を用いて魍魎たちに挑んでいたんだけど……あまりにも魍魎の数が多すぎた。……封魔師たちの力だけでは魍魎を抑え切れなかったの。でも、そんな状態のときに一人の女性が現れた。――聖廟院月奈姫。月奈姫は一国の姫であるにもかかわらず、武器を持つことも無く封魔師たちの先頭に立って魍魎に対した――」
「えっ、でも『封魔の具』じゃないと魍魎には太刀打ちできないってさっき神尾君が……」
「……そうね。でも、月奈姫は魍魎を封印できる力を持っていたの。――但し、そのためには自ら犠牲にしなければならなかったんだけどね」
「……………」
「月奈姫が持っていた力。――それは、魍魎たちの魂を自身の心に融合させる力だったの。自分の心を、魍魎たちの『魂の器』にしたわけ。……月奈姫は休むことなく力を発動させ続けて、全ての魍魎の魂を融合させることに成功した。そして『魍魎降臨録』に封印することを成功させた。その時に出来たのが『降臨の書』なの。……ただ、さっきも言ったとおり月奈姫は自らを犠牲にした。……月奈姫の心は破壊され、二度と元に戻ることは無かったのよ。『伝説の書』では、その月奈姫の力のことを『魂の器』と記してあるわ。そして、封魔師の中ではその力の持ち主のことも『魂の器』と呼んでいる」

 えっ? それって……。
 魂の器?
 それを……私が持ってるの?
 心が、破壊される?
 何? 私が……何だっていうの!?

「……どういう……こと…ですか? 私が、その月奈姫と同じ力を持っている……ってこと? ……私、そんな力持ってません! だいたい、そんな話一度も聞いたことないんですよ!?」
 芹奈は立ち上がって梨緒に詰め寄る。――芹奈は梨緒の言葉を受けとめることができずにいた。良には芹奈が『魂の器』の持ち主だと言われ、梨緒にはそれが魍魎を封印する力だと言われた。しかも、その力を使った月奈姫は心を破壊されていると。
 もちろん芹奈には、自分がそんな力を持っているとは思えなかった。ただ、魍魎に襲われたという事実と、それなりにの通っている梨緒の説明が、芹奈を現実と非現実の間に彷徨わせていた。
 受けとめなければいけないという現実と、そうあってほしくないという希望が芹奈の中で渦巻き、彼女を狂乱に近いほどの混乱に陥れていた。
「落ち着いて! あなたが『魂の器』の持ち主である確証はどこにも無いわ!」
 梨緒は、引きつった表情で叫ぶ芹奈の両肩を掴んで宥める。だが、芹奈の悲痛な叫びは止まらなかった。
「でも、実際に私は魍魎に襲われているんですよ!? どうしてですか!? 何で私が魍魎に襲われなきゃいけないんですか!?」
「それは……」
 ものすごい剣幕で詰め寄る芹奈に、梨緒はつい言葉に詰まってしまう。そして、それは余計に芹奈の心を傷つける。
「今まで『魍魎が誰かを襲う』なんていうニュース、一度も報じられてないですよね? つまり『普通の人』は魍魎に襲われていないってことじゃないんですか!? じゃあ私は? ……やっぱり私は『普通の人』じゃないってこと!?」
 ――止まらなかった。芹奈は自分でも何を言っているのかがわからなくなるくらいの激情に駆られていた。今までに溜まった不安感や恐怖心や絶望感が、一気に声となって飛び出したのだろう。梨緒の手は芹奈によって払われていた。
 嫌だよ! わけわからないよ! 魍魎? 封魔師? 魂の器? ……何なのそれ! 私が普通の人じゃないから……だから襲われて殺されちゃ――

「――――大丈夫」

 ――穏やかな言葉を発したのは、困惑した表情の梨緒ではなく良だった。突然の言葉にキョトンとする芹奈の両肩に手を乗せ、穏やかな微笑で包みこむ。
友引さんが『魂の器』の持ち主である可能性は、残念ながら高いと思います。……さっき言ってたように、魍魎は今のところ『普通の人』を襲ってはいない」
「それじゃあ……やっぱり私は『魂の器』の持ち主で、魍魎にその力を使わなきゃいけないの!? 持ってるかどうかもわからない力を!! そして私の心は――」
 ――芹奈の言葉が完結することは無かった。
「――でも、友引さんに『魂の器』を使わせたりはしない! 僕たちが魍魎を全て倒します!! そして……貴女を絶対に守りますから」
 あっ……。
 良の言葉に、芹奈は返答することができない。強い口調ながらも穏やかな微笑を絶やさない良に、視線を完全に奪われていた。
 少しだけ開いていた窓から春の風が入り込み、良の少し長めな黒髪が気持ち良さそうに靡く
 良はその風が止むのと共に、芹奈の両肩に乗せていた手を下ろす。そして、右手を自分の胸に押し当てると、相変わらずの笑顔を芹奈に向けて、願いを込めた言葉を放った。


「どうか、僕たちを……信じてくれませんか?」


 ……なんだろう。とっても、温かい。
 芹奈の表情は、自然と穏やかなものになっていた。そして、何を意識するわけでもなく、さも当然のようにその言葉を受け入れている。
 芹奈は何故自分がこんなにも素直に良の言葉を受け入れられたのか――そのことが全くわからない様子だった。でも、けしてそのことを嫌に思っているようには見えない。むしろ、何か決意を固めたような表情をしている。
 ――河瀬君のこと、信じても……いいよね。
 風で靡いた黒髪を手で整え、芹奈は微笑みながら呟いた


「――――はい。私、河瀬君たちに守られます」



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