魍魎降臨録
壱〜此処に集いし絆あり〜
執筆完了日 04/04/29 | 公開日 04/10/02
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学生服を着た少女の癖の無い黒髪が、春の風に靡いていた。道に沿って立ち並ぶ桜はすでに満開を通り過ぎ、辺りにその花びらを散らしている。
まさに傍から見れば絵になる構図なのだが、少女は舞い散る桜になど目もくれず、ただぼんやりと歩みを進めていた。
友引芹奈は、どこにでもいるごくごく普通の高校一年生だった。中学校での成績はいつも全校平均より少し上程度だったし、高校入試も安全圏内の学校から無難に選んで合格した。容姿にしても、まぁ美少女の部類に入っても差し支えないが、群を抜くほどではない。
しかし、そんな芹奈はつい先日、普通ではけして在り得ない光景を目の当たりにしてしまっていた。
――迫り来る『異形』と、刀を持ち『異形』を葬り去った少年。
それはあまりにも非現実的なこと。だが、間違いなく現実に起きたこと。――そのことを芹奈は認識せざるを得なかった。
その恐怖心と絶望感。そして、少年が去り際に言った言葉が、芹奈の頭にはしっかりと記録されていた。
『――どうやら俺は、お前を守るために生まれてきたらしい。だから、おとなしく俺に守られろ』
芹奈はそれまでの人生で、『お前を守る』という言葉など言われたことがなかった。あんな特異な状態でなければ、素直にその言葉を受け入れることもできたのかもしれない。だが、突然現れた『異形』を葬り去った後に、全く感情のこもっていない言葉を投げかけられても、素直に受け入れることなどできないだろう。
いや、それ以前にあの漆黒の双眸に見つめられたら、言葉を返すことなどできないのかもしれない。――あの、何の感情も見せない双眸に見入ってしまったら。
芹奈は学校の敷地内にある、校舎へと続く道を歩いていた。
――耶宵学園高等学校。
それが、芹奈が通う高校の名前。耶宵学園は中学校・高等学校が一緒になっていて、校舎によってその二つが分けられている。中学校を卒業して、そのまま耶宵学園の高等学校に入学する学生がほとんどだが、芹奈は別の中学校から入学している。
今日は一年生がクラス分けされ、始めてクラスメイトとなる人たちと対面する日だった。芹奈は校舎の入り口前に張り出されているクラス表を確認すると、自分の割り当てられたクラス――1−Dの教室へと向かって行った。
すでに、教室には数十人の学生たちが集まっていた。黒板に『空いている席に座って待機していること』という指示が書かれてあり、芹奈は最後列の窓際の席に腰掛ける。
ほとんどが中学校から移り上がってきた学生だからか、教室内では談笑が絶えなかった。聞こえてくるのは「久しぶり!」だの「またお前かよ!」といった、新たな出逢いとは程遠い内容の言葉たち。
芹奈は話す相手がいないためか、ただぼんやりと窓外を眺めていた。――しかし、そんな芹奈に話し掛けてくる学生がいた。
「隣に座っても良いか?」
「えっ!?」
反射的に振り返る芹奈の瞳に映ったのは、男子二人と女子一人からなる三人組だった。茶色に染めた短髪の男子と、同じく茶色でショートカットの女子。そして――
えっ? ……うそ、ここの……学生だったの?
芹奈はもう一人の男子の姿を確認した途端、その姿から目が離せなくなっていた。
芹奈の視線の先。そこに居たのは間違いなく、あの『異形』と戦いを繰り広げた少年だった。ただ、どこか雰囲気が違っている。表情からは感情が溢れているし、何よりその双眸が漆黒ではなかった。
それとも……ただの似てる人?
「……お〜い、一応話し掛けてるのは俺なんだけど」
「えっ? ……あっ! ごめんなさい!!」
短髪の男子からの声に、芹奈は慌てて視線を移す。
「ふぅ……やっぱ良のこと知ってるみたいだな」
「あっ、うん」
「と、言うことは……」
「あぁ、多分『魍魎』に襲われてたから間違いないと思う」
短髪の男子の言葉に答える少年は、とてもあの少年と同一人物だとは思えない口調をしていた。声質の全く違う、幼さすら感じる男子にしては高音の声。
芹奈は二人の会話の意味を全く理解できずにいた。自分にスポットが当てられていることはわかっていても、それが自分のどういった部分に当てられているのかがわからないといった様子。
「ほら、二人で話してばかりいたって仕方ないでしょ!」
ショートカットの女子が二人の会話を遮り、三人の視線が芹奈に戻る。
「わりぃわりぃ。えっと……まずはやっぱ自己紹介か?」
短髪の男子はそう言って、少年と女子の様子をうかがう。そして、二人が頷くと視線を戻して話し始めた。
「俺は神尾達樹。スポーツ万能で健康状態も常に万全! 柔道の大会で優勝したこともあるんだぜ!!」
「――――頭の方は全然だけどね〜」
「っせ〜な〜。お前だって人のこと言えねぇだろ?」
「達樹よりはマシよ。……あっ、私は白峰真由美。『まゆみ』でも『まゆちゃん』でも、好きな風に呼んでくれて良いから。あっ、あと趣味は料理かな」
「――――味は最悪だけどな」
「た〜つ〜き〜!!」
「ま、まぁまぁ。少し落ち着いて。……えっと、僕は河瀬良。その……この前、会ったよね?」
その言葉で、芹奈は良がこの前の少年と同一人物であることを確信した。声質や仕草は全く違うが、芹奈が『異形』に襲われたことを知っていて、尚且つ芹奈と会ったと言っている。容姿はあの少年そのものだから、間違いないだろう。
「あの……じゃあやっぱりこの前の――」
「あっ、その話の前に自己紹介してよ〜」
芹奈の言葉は、そんな真由美の言葉によって遮られる。
「あっ、はい。……友引芹奈です。別の中学校から来て友達とか居ないから……これからよろしくお願いします」
芹奈はとりあえず簡単に自己紹介をするが、そんなことよりも言いたいこと――聞きたいことがあった。
良のことや『異形』のこと。そして、何より自分のこと。何故自分はあの『異形』に襲われたのか。――自分が襲われたのは『偶然』だったのか、それとも『必然』だったのかということを。
芹奈はもう『異形』の存在を完全に認めていた。――けして幻などではない。『異形』に襲われた芹奈と、『異形』を葬り去った良。その二人は今――ここに存在している。
「あの……色々聞きたいことがあるんですけど……」
「……わかってる。ただ、今はちっとマズいから学校終わった後でちゃんと説明する」
達樹は周囲を見回しながら呟く。部外者に知られるのを避けようとしているようだ。
その言葉にとりあえず頷く芹奈だが、表情は強張ったものになっていた。達樹の仕草が、一瞬忘れかけていたあの日の緊張感――恐怖心を思い出させていた。
良はそんな芹奈の様子を訝しげに見ていたが、その心境を察したのか芹奈の耳元でそっと囁く。
「――大丈夫です。貴女のことは僕たちが絶対に守りますから」
その言葉は、不思議と芹奈に大きな安心感を与えていた。――だが、それと同時に不安も募る。
私は……守られないといけないほど危険な状態にあるの?
自然と浮かび上がってきた疑問は、達樹の言葉によって口にできない。芹奈はなるべく意識しないようにしようとするが、そう簡単には頭から離れなかった。
話が一段落すると、三人はそれぞれ空いている席に座りだす。良は芹奈の横、達樹は芹奈の前、そして真由美は良の前。――芹奈の周囲を囲むような形になる。
芹奈はその光景を見て、ある一つの答えを導き出していた。
――『私は、すでに守られているんだ……』と。