2000Hit記念
「My life is beautiful !」(上)
リクエスト
まんぼ さん


 夜の公園で、俺は一人ベンチに座って夜空を眺めていた。

といっても、今日の空はあいにくの曇り空。どんなに目を凝らしても星一つ見ることは出来ない。

まぁ、べつに星を見るために公園のベンチに座っているわけではない。夜風にあたりに来たんだ。

5月に入りようやく、夜の外出にコート類が不必要になった。

俺はこの時期の夜風にあたるのが好きだ。場所が静かなところならばなお良い。

体を冷やさない程度の心地よい風は、大学生活や一人暮らしでの疲れを癒してくれる。この癒しを求めて、俺は毎日のようにこの公園に足を運んでいる。この公園は夜になると人が全く来ず、夜風にあたる場所としては最高の場所なんだ。

……しかし、今日は例外≠セった。

 俺がベンチでゆったりとしていると、遠くから荒い息を吐く音が聞こえてきた。

何かと思い音源の方を向くと、そこには………メイドらしき女の子がいた。いや、間違いなくメイドだ。あれがメイドじゃなかったら、あの女の子はそうとうのコスプレマニアだ。……そのくらい女の子はThis is a maid's costume !≠チていう服装をしていた。

女の子はベンチに座っている俺を見つけると、必死だった表情をほんの少し和らげ、

「お願いします!助けてください!!」

そう俺に向かって叫んできた。

俺は女の子が言っていることの意味が全くわからず、一瞬、ものすごく微妙な表情をした。そして『助けてくださいって何から?』と言……おうとしたが、やめた。女の子の背後を見て、状況をなんとなく判断することが出来たからだ。

女の子の背後からは、いかにもヤクザ≠チぽい人たちが数人、女の子を追ってきていた。

ヤクザっぽい人達は、みなそれぞれ簡単な武器を所持。鉄パイプやナイフ、木刀やスタンガンを持っているやつもいる。

「俺の後ろにいろっ!」

どう考えても向こうに非があるだろうと見た俺は咄嗟に、女の子に向かって叫んでいた。

女の子は即座に応じ、すばやく俺の後ろに隠れる。

その後すぐに、ヤクザたちは俺の前に集まっていた。

「にいちゃんよぉ、ちょっとその女の子を渡してくれないかぁ。俺達はさぁ、無駄な時間をとりたくないわけよぉ。わかってくれるよねぇ?」

その、人を馬鹿にするようなヤクザの問いに、

「俺もさぁ、無駄な時間をとりたくはないんだよ。相手してやっからとっとと来な!」

俺は片手で相手を挑発しながらそう言った。

ヤクザたちの表情が一変する。

「んだとコラァ!!」

そして、ヤクザの一人が右側の腰の辺りに両手で持ったナイフを構え、俺の腹部を目掛けて突進してきた。

俺はナイフをギリギリのところでかわし、右手でヤクザの手首目掛けて手刀を振り下ろす。

するとヤクザは軽いうめき声を上げてナイフを落とした。すかさずそのまま右手で裏拳をかます。

裏拳はもろにヤクザの顔面にヒット。ヤクザは奇怪な声を上げてその場に倒れた。

「テメェ!!」

仲間があっけなくやられたのを見て、今度は三人がかりで攻めてきた。

木刀を持ったやつと、スタンガンを持ったやつと、鉄パイプを持ったやつだ。

みな芸なくただ一斉に突進してくるだけだったから、対応するのは簡単だった。

一番リーチの長い木刀での攻撃を両手で受け止め、その状態のままあご目掛けてハイキック。そして、そのまま鉄パイプを持ったヤクザに向かって踵落としを決める。踵落としの勢いのまま、体をかがめてスタンガンでの攻撃を回避し、足に力を入れて踏ん張り、懇親の右アッパーをスタンガンを持ったヤクザに喰らわせた。

残りのヤクザたちは、この仲間のやられようを見て勝ち目がないと思ったのか、

「お、覚えてやがれっ!!」

そういい残し、一目散にどこかへ消えていった。

そして、地面にうずくまっている4人のヤクザも、各々の打痛を堪えながらよろよろと公園から消えていった。

俺は「ふぅ」と一息おいてから背後を振り返る。

そこでは、メイドの女の子が両手で顔を覆いながらしゃがみこみ、恐怖心からか、体を小刻みに震わせていた。

「もう、大丈夫だよ」

俺は、なるべく女の子に刺激を与えないよう、穏やかな口調で話しかける。

すると、女の子は体を震わすのをやめ、ゆっくりと体を起こし始めた。

今まで気がつかなかったが、女の子は泣いていた。目が少し充血し、目の周りも多少腫れている。

女の子はまだ落ち着かないのか、荒い息をしていた。

俺が深呼吸をするように促すと、女の子はゆっくりと深呼吸を始め、徐々に落ち着きを取り戻していった。

そして、女の子は話し始めた。

 「あの……危ないところを助けてくださって、ありがとうございます!」

深々と頭を下げながらそう言い、

「……お強いんですね」

と、頭を上げてから言葉を付け足した。

俺は女の子のお礼に対して「どういたしまして」と軽く返した後、

「まぁ、ちょっと武道にかかわっていたから……ね」

と、少しうつむき答える。

「それより……何であんなやつらに追われてたの?」

「それは……」

俺がごもっともな質問をすると、女の子は、

「ごめんなさい。それは言えません」

「はぁ?」

俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「い、一応助けてあげたんだから、理由くらい教えてくれてもいいと思うんだけど……」

「本当にごめんなさい!助けてくださったことは一生忘れません!でも……どうしても言えないんです」

女の子は、本当に申し訳なさそうな表情で、必死に頭を下げながらそう答えた。

俺が黙っていると、その間ずっと頭を下げて誤り続けてきたので、俺はヤクザに追いかけられていた理由を聞くのを諦め、

「わ、わかったから頭を上げて。……まぁ理由はどうであれ、無事でよかったよ」

「はい!本当にありがとうございます!」

「……………」

「……………」

しばらくの沈黙。

それを嫌い、俺は、

「……じゃ、俺はもう帰るから、気をつけて帰ってね。またあ〜ゆ〜やつらに追いかけられるかもしれないから」

そう言って、俺は公園の出口へと向かって行った。

そのまま公園を出て行こうと思ったけど、女の子が動く気配が感じられなかったので、気になって背後を振り向く。

すると案の定、女の子は俺が座っていたベンチに腰掛けて、ただ黙って曇った夜空を眺めていた。

「………はぁ」

俺はため息を吐くと、ゆっくりとベンチのほうへ向かって行った。

何か俺の性格上、放って置けなくなってしまったらしい。

「……どうしたの、帰らないの?」

「あっ、その……」

女の子は最初、少し困ったような顔をしたけど、何か諦めたような表情を見せ、

「私、帰る家がないんです。詳しくはやっぱり言えないんですけど、私の両親が死んじゃって、引き取り手も見つからなくなったときから、私ある家でメイドをやってたんです。仕事は大変で、失敗することもしょっちゅうありました。でも、とてもやりがいのある仕事で、これからもがんばっていこうって思ってたんです。でも………」

女の子は表情を曇らせ、

「……その家の人が私に……その……ちょっと口じゃ言えないようなことを強要してきたんです。私、すっごく嫌だったから反発しました。そしたら、『お前!誰のおかげで生きてけてると思ってんだ!!』って、ものすごい勢いで言われて………。もう怖くて怖くてしかたなかった!だから……その家から逃げ出してきたんです」

最後の方は、ほとんど泣きそうな声で女の子は話してくれた。

『俺はいったいこの女の子に何をしてあげられるだろう?』

俺の頭の中は、そのことでいっぱいになってしまった。

「ごめんなさい、こんなこと話したってしょうがないのに……」

「いや、こっちこそ………うちに……来る?」

(な、何を言ってるんだ俺は!?)

と、思いながらも俺の言葉は続く。

「帰る家がないんじゃ、これから大変でしょ。身内に当てもないみたいだし。で、その…うちでよければどうせ一人暮らしだし……あっ、いや、けしていかがわしいことをしようとしてるわけじゃないんだ!あの、えっと……」

(こ、言葉になってねぇ!!)

だんだん自分でも何を言ってるのかわからなくなっていた。

「……ふ、ふふふふ」

「えっ?……何かおかしいこと言った?」

突然、女の子が微笑み出したので不安になって問う。

「あっ、そうじゃないんです。ただ……やさしい人なんだなぁって思って」

……何といえばいいのだろうか、ものすごくホッとしたというか、何かとってもうれしかった。そう言われたことが。更に、

「じゃあ……お世話になってもいいですか?」

「えっ?」

「あっ!やっぱりお邪魔ですよね。せっかくの一人暮らしなのに……」

「そ、そんなことない!ってゆ〜かありえない!!……とにかく、膳は急げ!って言うし……行く?」

「はい♪」

(そ、そんな笑顔で返事しないでくれ!)

と、思ったのも一瞬。結局俺は、女の子を連れて自分の家へ向かうことになった。いや、なってしまった。

俺の『幸せ且つ不幸せな生活』はここから始まったのである………





* * *





 今さら遅いかもしれないけど、俺の名前は滝川奏(たきがわ そう)。情報系の私立大学に通う二十歳の大学三年生だ。容姿は……自分では普通だと思ってる。一度も染めたことのない黒髪はなるべく動きを持たせた無造作な髪形にし、目があまりよくないから青っぽいカラーコンタクトを着けている。男にしては目が大きくてパッチリとしているので、大学の友人からよく『童顔でかわいらしいやつだな』と言われる。……俺はあまりそう言われるのが好きじゃないんだけどね。

と、まぁ俺の自己紹介はともかくとして、行きつけの公園で偶然助けたメイドの格好をした女の子を助けてうちに連れてきたときから、俺は悪戦苦闘しまくっていた。

女の子の名前は秋月映見(あきつき えみ)っていうらしい。見た目は、身長が低く、――だいたい148cmくらい――目も俺と同じで大きくパッチリとしていたから、てっきり年下の子だと思ってたけど、実は……俺より一つ年上らしい。『女の子』って言い方はやめたほうがよさそうだ。映見は栗色の髪を赤いリボンで束ねてポニーテールにしている。

彼女は……きっと多くの人が好むタイプだと思う。『綺麗』というより『可愛い』というタイプなので、対する感情はともかくとして好まれるのは間違いないだろう。

そんな彼女は俺のうちに着いたとき、その大きな目をより大きくさせて、俺の6畳の部屋を眺めていた。

「……さ、さすが男の一人暮らしですね」

映見の、うちでの第一声がこれだった。

俺の部屋は、誰がどう見ても汚い部屋だった。床には洗濯物や雑誌、ゴミの入ったゴミ袋などがひしめき合い、キッチン――キッチンっていうほど大きなものじゃない――には食器類が洗われないまま放置してある。はっきり言って、俺にも何がどこにあるのか見当もつかない。

「ご、ごめんね。こんな汚い部屋につれてきちゃって。その……普段は男友達しか来ないから…さぁ……」

俺がそう言うと映見は何だかうれしそうな顔をして、

「いえ、助けてくださった上に生活する場所まで考えてくださったんですから。……今度は私が恩返しをする番です♪」

映見はそう言うと、袖をまくって拳を握り、

「さぁて、腕の見せ所!」

そう言い残し、俺の汚い部屋の掃除に取り掛かり始めようとしたので俺は慌てて、

「ちょ、ちょっと待って!掃除くらい自分でやるよ」

履いていたお気に入りのスポーツシューズを急いで脱ぎながら言ったが、

「いえ、そういうわけにはいきません!何かしてあげないと申し訳ない気持ちでいっぱいになっちゃうから……」

言いながら映見の手は散らばっている雑誌の整頓を行っていた。

(さすがメイドをやってるだけのことはある……)

心の中で感心しながらも、やっぱりまかせっきりにするわけにもいかず、俺は映見を止めるのを諦め、一緒に部屋の掃除を始めた。





 部屋の掃除は一人でやったときよりも数倍早く終えた。

(俺の部屋ってこんなに広かったっけ)

って思わず思ってしまうほど、俺の部屋は見違えた姿を見せている。

「何か俺の部屋じゃないみたいだな」

俺は苦笑しながら呟いた。そして「ありがとう」とお礼を言った。

映見は「どういたしまして」と、得意げに答えた。……が、それもつかの間、

「それじゃあ、夕食の準備をしますからゆっくりくつろいでいてください」

なんて言いだしたんだ。

俺はやっぱり慌てて、

「そ、そこまでしてもらうわけにはいかないよ。俺が適当に作るから君こそゆっくりしてて!」

……言ったはいいが、やはりそれは逆効果だった。

「そんなわけにはいきません!」

多少予想していたとおりの答えが返ってきた。

反論しても無駄な気がしたから仕方なく「わかったよ」とだけ言って、冷蔵庫の中身を自由に使っていいという旨を伝えて、椅子に座って夕食が出来上がるのをゆっくり待つことにした。

(気持ちはうれしいけど、ここまでされると逆に気を使っちゃうよ……)

という俺の本音は、もちろん口から出ることはない。





 包丁で物を切る音を懐かしく思いながらも、俺は全然ゆっくりできずにいた。

改めて状況を確認すると、実はものすごいことになっているということがわかったからだ。

一人暮らしの家に女性が来ている≠チてだけでも俺にとってはめずらしいのに、それどころかその女性はメイドで、しかもここでしばらく生活することになってしまっているなんて………

そんな、半ば同棲状態になってしまうことに頭を悩ませていると、キッチンから食欲を誘うおいしそうな香りが流れ着いてきた。

カップ麺やレトルト食品で生活をしてきた俺にとって、その事実は奇跡のようなものだ。

「おまたせしました」

そう言いながら、映見は俺の目の前にある木製のテーブルの上に出来上がった料理たちを並べていった。

完成した料理は野菜炒め、コンソメスープ、豚肉のしょうが焼きの三品。どれもよくあの冷蔵庫の中身だけで作れたな≠ニ思える出来。

すべてを置き終えた後、映見が「ご飯が見当たらなかったんですけど、ないんですか」と聞いてきたので、いつもお世話になってる電子レンジでチンして食べるご飯を用意した。

早速食べようと思って、ふと気がついた。

「あの……もしかして俺の分だけ?」

『量』が少なかった。どう考えても一人分しかない。

「はい。冷蔵庫の中がちょっと……寂しかったから」

映見はさも当然のように言う。しかも、

「あっ、もしかして量が少なかったですか?」

なんて聞いてきた。完全に誤解してる。

「……はぁ。ちょっと待ってて」

俺は『君の分はないの?』と聞こうとしたが、余計に話がややこしくなりそうなのでやめて、食器棚からお皿と箸を取り出してテーブルの上においた。

「はい、まずそこに座って」

「えっ」

突然俺が椅子を指差して言ったから、映見はなんか動揺してる様だったけど、

「いいからいいから」

って俺が言うと、ゆっくりと俺と向き合う形で椅子に座った。

そして、俺の目の前に置いてあった料理をテーブルの中央に移動させて、

「それじゃあ一緒に食べよう」

と、切り出した。

映見は慌てて「それじゃお腹いっぱいにならなくなっちゃいますよ」と言い出したが、

「俺だけで食べちゃったら君が食べるものがなくなっちゃうだろ」

と言って、映見も渋々了承した。





 料理は見た目どおり、とてもおいしかった。

料理がおいしければ話も弾む。

このとき俺は、まだ映見の名前を知らなかったから、お互いに自己紹介をしようという話をし、遅ればせながら始めてお互いの名前や歳を知った。

「じゃあ、とりあえずあてが見つかるまでよろしく。…え〜っと、『映見さん』でいいかな?」

「そんな『さん付け』しなくていいですよ」

「でも、やっぱり年上だし……」

「じゃあ、好きな風に呼んでくれればいいですよ。……じゃあ私は『奏様』でいいですよね」

「………は?…よ、良くない良くない!!」

「え、駄目ですか?じゃあ『ご主人様』ですかね?」

「もっと駄目!!」

「はぁ…じゃあやっぱり『奏様』ですね」

いくら言っても埒があかなそうだったからしかたなく、

「……わかった。その呼び方でいいよ」

「はいっ!奏様♪」

「………はぁ」

満面の笑みを浮かべて返事をする映見とは対称的に、俺は引きつりそうな顔を誤魔化そうと無理やり笑顔を作るしかなかった。





 この後も、俺の慌しい一日は続いた。

夕飯も食べ終わり(と言ってもすでに午後11時をまわっていたけど)食休みもしたから風呂にでも入ろうと思い、浴室の手前にある脱衣所で服を脱いでいると突然、

「奏様、私も一緒に入っていいですか?」

って、映見が脱衣所に侵入してきて言い出したからもう大変!

はっきり言ってパニック状態になった。

「な、なな、なに言ってんの!」

そりゃ男としては願ってもないことかもしれないけど……ぶっちゃけちょっと迷った。

でも、流石にそれはまずいから丁重に断った。…いや、拒否した。

映見は意外としぶとく、俺がいくら断ってもなかなか一緒に風呂に入ることを諦めなかったので俺は、

「頼むから勘弁してくれ。…もし俺のためを思ってのことなんだったら、それは見当違いだから」

そう言って、何とか映見を風呂場から離れさせることに成功したのだった。

俺が着替えを済ませて風呂場から出ると、映見が少しふてくされたような顔でうつむいていた。

「あの…お風呂入ってきたら?」

俺がそう言うと映見は、「じゃあ、そうさせてもらいます」と言って、風呂場へと向かっていった。

「ふぅ〜」とため息をついて椅子に座る。

何だか急に疲れがどっと出た感じがした。



スルスル―――



脱衣所から、映見が服を脱いでいるという事が容易にわかる音が聞こえてくる。

服を脱ぎ終え、今、風呂場へと入っていった。

そして、バスタブからお湯を汲み、熱さ慣れさせるために身体にかける。



そんな、映見の行動が聞こえてくる音で手に取るようにわかる。

何だか妙に想像してしまう。

間違いなく見たことのない映見の裸体が、俺の頭の中で否応にも構築されていく。

メイド服という呪縛から解き放たれた映見の身体は美しく………

(あ〜!!だめだだめだ!!)

俺は妄想を理性で押し込め、何とか意識を保つ。

でもやっぱりまた妄想は始まり、そしてまた思いとどまる。

俺は一人部屋の中で姿の見えない敵と戦い続けた。





 気が付くと、もう深夜1時をまわっていた。

いつもより相当疲れたみたいで、俺は睡魔に襲われ始めていた。

それに気が付いたのか、映見が「お布団用意しましょうか?」と言ってきた。

素直にお願いし、軽くふらつきながら椅子から立ち上がる。

映見は布団かある場所を簡単につきとめていて、俺が寝室に足を踏み入れたときにはすでにきちんと布団が敷かれていた。

俺は軽く映見に礼を言ってから、ゆっくりと布団にもぐりこんだ。

ものすごく眠い………

意識が薄れていく………が、

突然、俺の真横に温もりを感じた。

恐る恐る温もりの方を向いてみると……予想したとおりだった。

「映見さん!」

俺は思わず布団から出て立ち上がり、叫んでしまった。

しかし俺の叫び声は虚しくも、あまり効果を成していないらしい。

「はい、何か?」

と、軽く返されてしまった。

あまりにも軽い返事だったからちょっと拍子抜けしたけど、ここで黙っているわけにもいかないから、俺ははっきりと言った。

「添い寝はやめて!!」

「えっ?……何でですか?」

「な、何でって………」

俺は不覚にも少し考えてしまった。

「と、とにかく、一緒に寝るのは駄目!もう一つ布団を敷いて!!」

「はぁ。…でもお布団、一組しかなかったですよ」

(あ"っ)

しまった……完全に忘れていた。

数日前までは確実に布団は二組あったんだけど、ついこの前に実家に置いていったんだった……

(……しかたない。俺は布団から出て映見さんを寝かすか)

そう決めて、口に出そうとしたが、

「あの〜、もし『俺が出て映見さんに入ってもらおう』なんて思ってるんでしたら、それは駄目ですよ。いくら五月になったからと言っても、夜は寒いですから。風邪でもひいてしまったらどうするんですか」

……見透かされていた。

俺はもう打つ手立てがなく、っていうより眠気を抑えられなくなって、無言で布団の中にもぐりこんだ。

その後、映見も無言で布団の中に入り込む。

もう文句も言えなかった。

………でも、本心ではうれしかった。

ただ、これから先のことを考えると背筋がぞ〜っとする。



 俺は、普通の生活をしていけるのだろうか………





つづく