800Hit記念
「キャンドルを灯して…」
リクエスト
サイシ さん


12月25日、午後8時24分。

その日──クリスマスの日はとても寒く、夜空からは白い雪がチラホラと降り始めていた。

世のカップルたちは、この『クリスマスに雪が降る』という状況に、多いに喜びを感じているかもしれないが、俺は違う。

俺にとっては喜びどころか、『ただでさえ寒いのに、雪が降ってなおさら寒く感じる』っていうことしか感じられない。

俺は今、バイトを終え、自転車で我が家への道を進んでいる途中。

空気と雪の寒さで体は冷え、家についた後のことを考えてなお冷える。

1人暮しだから、家の中も寒いし、孤独感で心も寒い。

(どうせ俺は1人寂しいクリスマスしか過ごせませんよ〜)

思わず心の中でつぶやく。

途中、いつも立ち寄るコンビニで自転車を止めた。

手袋をつけていない、冷え切った両手をさすりながら店内へと入る。

冷え切った世界から一転、暖房が聞いた世界へと変わり、かけていたメガネが曇った。

店内の客がいつもより少ない。

皆、どこかに遊びに行っているか、家でパーティーをしたりなんかしているのだろう。

……そう思うとコンビニの店員がかわいそうに思えてくる。

いつものように、なんとなく雑誌が陳列されている棚の前へと進み、何気なく雑誌を手に取る。

手に取ったのはTV番組の紹介を掲載している雑誌。

時期が時期なだけあって、番組表を見ると、特別番組でいっぱいだった。

どうせ暇なので、何か面白そうな番組を探す。

……しかし、やはり時期が時期なだけあって、番組の内容は『クリスマスのカップルたちを突撃リポート!』だとか『これを見て甘〜い夜を過ごそうスペシャル!』だの、見ていて溜め息が出そうな番組ばっかり。

なんかむなしくなるので雑誌を棚に戻し、意味なく店内をうろつく。

陳列されているカットされたケーキを見ては『明日には値引きされてるんだろ〜な』とか思い、サンタなりきりセットを見ては『誰がこんなの買うんだか…』とか思ったり。

なんだかここにいるのもばからしく思えてきた時、店の奥の方にひっそりと置かれているクリスマス用のキャンドルを発見した。

ろうの部分が金色になっているだけで、特に興味を引くようなものではないはずなのだが、何故だかそんなキャンドルに俺は引かれていた。

何気なく手に取り、そして……いつのまにか購入していた。

ふと我に返り、『何でこんなもの買ったんだ?』と思ったが、『まぁ…いいか……』思考も程々に、俺はコンビニを後にした。



家についたのは午後9時をちょうど周ったくらいだった。

「ただいま〜」

誰もいない部屋に向かって、いつもどおりに言葉をかける。

ソファーの上に買ってきたキャンドルを投げ、吐く息が白い状態の部屋を暖めるため、エアコンと、ソファーの前にあるこたつの電源を入れ、こたつの中にもぐりこむ。

電源を入れたばかりなので、こたつが暖まっているはずもなく、しかたなしにこたつから出てささやかなクリスマスディナーの製作にかかる。

クリスマスディナーの内容は、冷蔵庫に入っている冷ご飯と実家から送ってもらってきた漬物、そして以前あのコンビニで購入したレトルトの味噌汁だ。

……クリスマスディナーとか言っときながら、全くクリスマスと関連が無いような料理である。

まぁ、それしかないのだから仕方がない。

冷ご飯をレンジで加熱し、レトルトの味噌汁を慣れた手つきで調理して、クリスマスディナーは完成した。

完成したクリスマスディナーを持って再びこたつに入ると、今度はこたつは暖まっていて、ようやく俺の冷えた体を暖め始めてくれる。

自然と手がTVのリモコンへと向かい、TVの電源を入れようとしたが、コンビニで見た雑誌を思い出してそれを止めた。

無音の世界で簡素な食事。

クリスマスの雰囲気など全く無い。

神様はなんて不公平なことをしてくれるんだ!

…なんて、神様に悪態をついてもこの状況が変わるわけでもなく、ただひたすら食事に専念する。

専念すると、食事のスピードは上がり、あっという間に俺のクリスマスディナーは姿を消していった。

……何にもすることが無い。

ふとこたつに入ったまま伸びをし、後ろにあるソファへと倒れこむ。

ガサッ

「んっ?」

何かに手があたったので、後ろを向いて見てみると、そこにはコンビニで買った、ビニール袋に入ったままのクリスマスキャンドルがあった。

少し考えた後、

「…ちょっとでもクリスマス気分が味わえる……かな?」

キャンドルを取りだし、こたつの上に置く。

そして、ポケットの中からライターを取り出し、火を灯す。

たった今、ただの『物』だったキャンドルに命が吹きこまれた。

キャンドルの灯火は、こたつとは違ったアタタカミを与えてくれる。

……しばらく見入る。

ふと、思いつき、俺はこたつから出て、部屋の明かりを消した。

するとキャンドルは、より、その命の灯火を俺に誇示してくれる。

またこたつに入ってキャンドルを見入ると、なんだかちょっとクリスマスっぽい気分になってきた。

よく見ると、灯火は周りに陽炎を作り出していて、なんだかそれがいろんなものに見えてくる。

見えないようで見える、キャンドルの衣服のようにも見えるし、キャンドルが他の世界を映し出そうとしているようにも見える。

もちろん前後者、どちらもありえない。

そんな事はわかっているが、なんか……そう見えるんだ。

なんだか……『アタタマッテクル』。

俺はいつのまにか、キャンドルの灯火から目が離せなくなっていた。

キャンドルは、見る見るうちに、その身をすり減らしていく。

その姿、なんと儚いことか。

でも、キャンドルがその短い生涯を俺の為に費やしてくれているように思えて、なんか嬉しいような悲しいような、複雑な心境になる。

そんな事を思っているうちに、キャンドルはその生涯を終えかけていた。

最後の最後まで、その灯火を俺に見せてくれて、そして、命は尽きた。

急に辺りが暗くなる。

ハッっと我に返り、部屋の明かりをつけた。

…そこはやっぱりいつもの部屋だった。

時計を見ると、時刻は深夜0時を周っている。

ゆっくりと視線をこたつの上のキャンドルに向けて、

「案外……悪くないクリスマスだったな……」

そうつぶやき、溶けきったキャンドルを持ち上げる。そして、

「ありがとう……メリークリスマス」

微笑みながらそう言ってキャンドルを片付けた。



クリスマスキャンドル。

ただのろうそくかもしれないけど…

ただ灯りがついて、やがては消えていくだけかもしれないけど…

でも、なんか…

綺麗で…

神秘的で…

『アタタマッテクル』と、思いませんか?

ぼんやりとしたキャンドルの灯かり…それは…全てを照らさず……

キャンドルは…自分に命を吹き込んでくれた人の…想いを照らす……

だから人はキャンドルの灯かりを灯す……

さぁ…あなたも……キャンドルを灯して………



End