第33話〜feat. AMY KAGAMI #3 [追跡×回想×限界]〜

「こちら『マス2』。現在『ボヌ太』と共に『ポイントX』にて待機中。周囲に障害対象は無し」
「こちら『マス1』。今は『マス3』と共に『ボヌ美』との距離約50まで接近中。『マス2』はそのまま『ポイントX』を制圧しつつ待機、『マス3』はこのまま『マス1』と共に距離50を保ちつつ『ボヌ美』追尾するように」
「……………」
「ちょっと『マス3』、いくらすぐ近くにいるからって、ちゃんと通信には答えてよね! 『マス2』だって聞いてるんだから」
「……こちら『マス3』。了解。仰せのとおりにいたします」
「――それでは、これより作戦を開始する。各自しっかりと任務を遂行するように。……『マス3』、マジメにやらなかったら『あれ』教室に貼っちゃうからね」
「……精一杯頑張ります」
「よろしい。――以上、通信終わる」


* * * * *


「よし、それじゃあこのままNAOさんの後を追いかけるから、ちゃんとついてきてよね」
 人通りの少ない細道にある電信柱に身を潜めながら、エイミーは先ほどから使用していたトランシーバーを切ってそう囁いた。
 軽く睨むような表情を見せてくるエイミーに、俺は首肯しながら小さくため息をつく。
 ……はぁ、何でこんなストーカーまがいのことしてんのかなぁ俺。

 辰巳庵を出てすぐ、俺はエイミーからトランシーバーを手渡されていた。渡されたときは何に使うのかと思ったけど、エイミーと森野さんと俺の間での会話用に使用するとのこと。……何でも、エイミーは最近ミリタリー小説にはまってるらしく、一度こういう通信ネタをやってみたかったんだそうだ。まぁ、今更何を渡されようが、大して驚きやしない。
 その後『マス1』『マス2』『マス3』、『ボヌ太』『ボヌ美』というコードネーム――『マス』っていうのは皆のイニシャルから1文字ずつとって『MAS』ってことで決めたらしく、『ボヌ』はそのまま『bonheur』からとったらしい。ちなみに『ボヌ太』は俊哉さん、『ボヌ美』は奈央さんだ――や、俊哉さんと奈央さんの合流地点である自然公園――通信では『ポイントX』って呼ぶことになってる――についての説明を聞きながら奈央さんの姿を確認できる場所まで移動して、今に至っている。
 正直、俺は全く持って乗り気じゃないが、エイミーの表情は真剣そのもの。奈央さんの動きを常に視認しながら、左手でさっと俺に指示を出している。
 ま、俺はもうエイミーに逆らえる状態ではないわけだし、素直にその指示に従うしかない。
 奈央さんの後をしばらく追尾していると、視線の先に矢印の描かれた自然公園の場所を示す木製の看板が見えた。どうやら、『ポイントX』まではあとわずかなようだ。
 エイミーもその看板を視認したらしく、素早くトランシーバーを取り出して通信を開始する。

「こちら『マス1』。もうすぐ『ボヌ美』が『ポイントX』に到着する。『マス2』は早急に『ボヌ太』に状況を通達し、『ポイントX』から離れるように。『ボヌ太』と『ボヌ美』が接触した後は、二人の様子を視認できる場所にて待機。間違っても『ボヌ美』に見つからないようにね」
「『マス2』了解。行動開始します。以上、通信切ります」

 エイミーの通信が終える頃には、すでに奈央さんは看板が示す方向へと歩みを進めていた。
 距離を保ちながら後を追うと、草木で作られた大きなアーチを確認することができる。
 自然公園――『ポイントX』への入り口だ。


 今、自然公園の周囲を囲うように植えられている木の陰に身を潜めている俺の視線の先にある光景。それは、もう秋も終わりを告げようとしている時期であるにもかかわらず石碑を中心に円形に広がる花畑と、その周囲に設置された複数のベンチ。――そして、そのベンチに座る俊哉さんと奈央さんの姿。
 それなりの敷地を持つ自然公園の一角でしかないこのエリアに今いるのはベンチに座る二人だけで、まるで計ったかのように他の人は存在していない。まさかそれまでエイミーの計画によるものだとは思えないけど、結果的にエイミーの計画を遂行するにはもってこいの状況になっている。
 意識をイヤホンを付けている耳に移せば、俊哉さんと奈央さんが話す声を鮮明に聞きとることができる。これは、二人が座っているベンチに盗聴器がセットされているから……らしい。これもエイミーが事前に用意していたもので、俊哉さんと共に先にこの場所に到着した森野さんに予めセッティングしてもらったんだそうだ。
 まったく、服にしろトランシーバーにしろ盗聴器にしろ、いったいどこで手に入れたんだエイミーは。
 俺がそんなことを思いながら表情を崩していると、すぐ隣にいるエイミーが鋭い視線を送ってくる。
「ちょっとショウ、これで終わりじゃないんだから。むしろこれからが本番なんだから、ちゃんと気を引き締めてよね」
「……へいへい、わかってるよ。とにかく今は、俊哉さんと奈央さんの会話と様子を確認してればいいんだろ」
「そ。でも、進展がないようだったらすぐに手を打つから、そのつもりでいてよね」
 エイミーはそう言うと、視線をベンチの二人に戻す。
 俺はエイミーからの追言が無いことを確認して、意識を集中させた。
 ――とりあえず今俺に出来ることは、何のアクシデントも無く無事にことが運んでくれることを祈ることだけだ。


* * * * *


 ベンチに座る二人は、互いの顔を見合うわけでもなく、ただ周囲の景色を眺めながら沈黙を続けていた。二人の間隔も、何だか微妙に空いているように見える。
 だが、しばらくすると流石に痺れを切らしたのか、奈央さんがふと俊哉さんの方を見やり、ゆっくりと話し始めた。
「……で、何で俊哉がココにいるわけ? 私はエイミーちゃんから『自然公園に行ってみませんか?』って誘われてココにいるんだけど」
「あ、いや、その……俺も愛に誘われて来たんだけどな」
 突然の質問だったからか、それともエイミーと森野さんによる『作戦』に見合った『台詞』を放つことに躊躇しているのか……それは定かじゃないけど、俊哉さんの声は上ずっていた。
 奈央さんは一瞬、俊哉さんの様子に不信感を抱いているような表情を見せたけど、特に気にしている様子も無く会話を続ける。
「愛に? ……どこにもいないみたいだけど。――って、私も同じか。エイミーちゃんまだ来てないし。おっかしいなぁ、ココで待ち合わせってことになってたはずなんだけど……」
 言いながら奈央さんは周囲を見渡すが、当然エイミーの姿は無い。そりゃ当然だ。俺のすぐ隣にいるんだから。
「お互い待ちぼうけ食らってるみたいだな。……どうする? ただ待ってるだけじゃつまらねぇし、二人で適当にそこらへん回ってみるか?」
「えっ? ……あ、でもココで待ち合わせってことになってるんだから、もう少し待って――」
「――何、俺がお供じゃ不満か?」
「べ、別にそんなことないけど……」
「じゃ、決まりだな。大丈夫だって。あまり人もいないみたいだし、来たらすぐに気付くさ」
「…………そうね。じゃ、折角だし俊哉にエスコートしてもらいましょうかね〜」
 奈央さんはそう言うと、俊哉さんの手を掴んで立ち上がる。
「イテテ! おいおい、そんな強く引っ張んなよ」
「はいはい、ごめんなさいね〜。それより、言いだしっぺなんだから退屈させないでよね」
 俺にはその会話が、何だか随分と乱暴な言いように聞こえて不安感を覚えたけど、隣のエイミーは小さくよしとうなずいていた。

 ――――目を凝らしてよく見ると、俊哉さんを引っ張る奈央さんが控えめにはにかんでいるように見えた。


* * * * *


「こちら『マス1』。出だしは順調。『マス2』は移動し始めた二人を私たちと別ルートから追尾。なるべく距離は空けておくこと。『マス1』はこのまま『マス3』と共に距離を保ちながら追尾する」
「『マス2』、了解」
「――例の発信機、ちゃんと『ボヌ太』にセットしてある?」
「大丈夫、ちゃんと服に付けてあるよ。さっき試しに聞いてみたけど、感度も良好」
「了解。では、これより行動を再開する!」

「よし、じゃあ行くよショウ!」
 エイミーは森野さんへの通信を終えると、身をかがませながら俺の手を掴んでそう囁く。話を聞くかぎり、俊哉さんに発信機が付いている限り、あのベンチから離れても二人の会話を聞き取ることは可能なようだ。
 俺が同じく身をかがめることで了解の意思表示をすると、エイミーは俺の手を掴んだまま前進し始めた。
 エイミーの動きに身を任せながら周囲を見回してみると、この自然公園にはわりと隠れやすい場所が多いことに気付く。例えば今隠れている木陰もそうだし、道を形成するために立てられている太い柱や、いたるところに存在する現代アートの彫刻やよくわからないモニュメントのような物も。
 まさかエイミーはこれまで計算にいれていたのだろうか。だとしたらよく頭がきれる……というより、それを通り越してちょっと怖い。
 俺がそんなことを考えているなんて知る由も無いであろうエイミーは、思考のせいで動きが鈍った俺に鋭い一瞥を向けつつ、尚も追尾を続ける。
 ……もう、あまり他のことを考えるのはやめよう。さもないと、今の睨みなんかとは比べ物にならない鋭さを持ったモノによって切り刻まれてしまいそうだ。


 暫く俊哉さんと奈央さんの後を追尾していると、二人は大きな池が広がるスペースで足を止めた。池には横断できる橋が架けられていて、二人は今、その橋の柵に寄りかかる形になっている。
 橋の上には数名の人影がうかがえる。だけど、そこに居るのはおじいさんやおばあさん、あとは犬を連れたおばさんくらい。……少なくともエイミーにとって『良い雰囲気』な場所ではないような気がする。
 その考えは正しかったようで、エイミーは状況を確認すると、軽くしたうちをして思考する。きっと、何か策を模索しているんだろう。
 そんなエイミーの真剣な様子を見ていると、ふと耳に俊哉さんの声が聞こえてきた。発信機の感度は確かに良好なようだ。
 発信機が受信した音声は間違いなくエイミーにも届いているようで、改めて身を隠しながら、思考を止め二人の様子をうかがいだす。
 俊哉さんの声を皮切りに、二人の会話が再び展開され始めた。


 * * * * *

「……何か本当にあまり人いねぇな」
「そうね。あまりココ人気ないのかしらね。それとも、皆遅めの昼食でもとりに行ってるのかしら?」
「さぁな。……ま、下手にわんさか人が居るよりは良いかもしれないな。折角の憩いの場も、うるさかったら全然満喫できないだろうし」
「ふふ、確かに」
 奈央さんはそう返すと、軽く伸びをして空を見上げる。
「天気も穏やかだし、たまには公園でゆっくりとってのも悪くないわね〜」
「そうだな。気持ちよくて眠くなりそうだけど」
 奈央さんの言葉に、俊哉さんも合わせるように伸びをしている。
 ……ただ、その言葉を区切りに、二人の間に沈黙の時間が訪れる。特に周囲に目を引くようなものも無いし、変わった事象も起きてないから、会話のネタが無いのだろう。
 互いに顔を向けることなく、ただ柵にもたれながら水面を見やる二人。この空間のバランスを崩すものなどなにもなく、時折舞い落ちる枯葉だけが、時の動きを認識させる材料となっていた。
 枯葉が水面に落ち、小さな波紋が広がる。そんな光景を見やる二人に、はたから見ているとどこか悲壮感すら感じてしまう。……それくらい、二人の表情には変化がない。
 俺はその様子に、不安感を感じずにはいられなかった。俊哉さんと奈央さんの間に何のアクションも起きていないということは、エイミーの計画が上手くいっていないということ。――それはつまり、俺に何らかのアクションが要求される事態であるということ。エイミーが『進展がないようだったらすぐに手を打つから』と言ったからには、何かしら『作戦』を用意しているはず。当然、その『作戦』の要員には俺も含まれているはずだろう。
 ……考えるだけでため息が出そうになるけど、隣にエイミーがいる手前、何とかこらえる。ここでため息なんかついたものなら、エイミーに何を言われるか恐ろしくて想像したくもない。
 ――でも、俺がむなしい思考を中断させた直後、この空間を変化させる会話が耳に入ってきた。
「――そういえば、こうやって俊哉と二人で話すの、すっごく久しぶりな気がする」
「え? そんなことないだろ。曲作りのとき、散々話してるじゃねぇか」
「ううん、そうじゃなくて、『bonheur』の『Toshi』と『Nao』としてじゃなく、『向井俊哉』と『板倉奈央』として……ね」
「……そうか? ……そう…だな。確かに、ここのところ忙しいし、こうやってゆっくり話す機会も無かったもんな」
 軽く見上げながら、思慮深げに話す俊哉さん。でも、奈央さんはどこか納得のいっていない様子。
「確かにそうだけど、そういうんじゃなくってさぁ……もぅ、何で俊哉っていつもそうなのかな。これじゃまるで翔羽君みたいじゃ――」
 少し頬を膨らませながら、俊哉さんの顔を見ることなく池に向かって言葉を吐き捨てる奈央さん。でも、その言葉が完結するよりも早く、俊哉さんが言葉を塗り替えていた。

「――わかってる。……わかってるさ。お前が言いたいことは」

 俊哉さんの言葉に、奈央さんは返答することなく驚きの視線を向けていた。俊哉さんは、そんな奈央さんに微笑を向けながら言葉を続ける。
「……中2の頃だよな、お前と始めて会ったのは。偶然同じクラスになって……しかも、同じ班だったりしたよな」
 俺は突然の話題の変化に疑問を感じていたけど、奈央さんは特に不思議がる様子も無く、体勢を柵を背にするものに変えながら自然に言葉を返す。
「うん……班行動とかあったね。懐かしいなぁ」
「林間学校のときのこと覚えてるか? お前、真夜中にいきなり男子のテントの中に忍び込んできただろ」
「うんうん、あったね〜そんなことも。ほら、あのくらいの年頃って、異性への興味の塊みたいなものじゃない。女子のテントの中で『絶対男子こっちに来るつもりだよ〜』とか、勝手な想像で盛り上がったりしてさ。私が『だったらあえて私たちが男子のテント、襲撃しちゃおうよ〜』って言ったら、『え〜、それはちょっと……。じゃあ、試しに奈央が男子のテントの様子見てきてよ』なんて言われちゃって、言いだしっぺだから引くに引けなくなっちゃって、結局私一人で乗り込んだのよ」
「で、お前が来たときには俺以外の男子は皆寝ちゃってて、結局二人でずっと駄弁ってたんだよな」
「そうそう。……でも、今考えるとかなり無茶なことしてたよね、私。消灯時間過ぎた時間に、男子のテントの中でずっと話してただなんて」
「ホントにな。お前がいきなり現れたとき、本当にビックリしたんだぞ、俺は。お前と違って俺はマジメだったから、バレたらどうしようってずっと思ってた」
「あら、私だってマジメだったわよ。ただ、林間学校とかイベントのときって、何かこう人を解放的な気分にさせるっていうか……」
「はは、良く使ってたよな、その言い訳。でも、結局先生にバレて次の日こき使われたんだよな。それに、クラスどころか同学年全員に良い笑いものにされたし」
「ホント、変な噂までたったもんね。『向井君と板倉さんってデキてるらしいよ〜』ってさ。『あいつら、林間学校のとき、男子のテントでヤっちゃったらしいぜ』なんて、ヒドいのまであったよね」
「そうそう、あれはヒドかったな。でもお前、そんな噂が出回ってたにも関わらず普通に俺に話しかけてきたりするもんだから、余計噂に拍車がかかったんだぞ」
「だって、たかが噂なんかに押しつぶされるの嫌だったから――」

「――でもな、何だかんだ言って、俺は嬉しかったよ。……お前が林間学校のとき、男子のテントの中でずっと駄弁ってくれたことも、学校で噂になっても気にせず話しかけてくれたこともな」

「……………」
「……中3になったらクラス替えで違うクラスになっちまったり、橘が散々俺に迫ってきたりして中々話すこと出来なかったよな。高校は別の高校だったし。でも、奥華大学に入ってお前と再会できたときは、本当に嬉しかったよ。『また楽しくなるな』って思った。……相変わらずのお前だったしな」
「……俊哉?」
「俺、お前をバンドに誘ったの……確かに『キーボードの経験があったから』ってのもあるけど、それが『お前』だったから誘ったんだよ。お前となら、きっと楽しく、上手くいくって思えたから」
「俊哉……あの、私……」

* * * * *


 俊哉さんと奈央さんの会話を、俺は息を殺しながら聞き入っていた。頭の中で思考することもなく、ただその一言一句を脳にインプットしている。それくらい、俺にとっては『緊迫』した内容。
 エイミーは二人の会話を途中までじっと聞き入っていたけど、話が進むにつれて目を輝かせ始める。そして、奈央さんの手が自身の胸部に当てられたのを視認すると、右手で小さくガッツポーズを見せた。
「よし! ここは一気に仕上げにかかるしかないね。……ショウ行くよ!!」
 ――そして、突然の言葉と起立。
「お、おい、立ったらバレちまうじゃねぇか!」
「もぅ、何のための変装だと思ってるのさぁ。このカッコなら、パッと見じゃバレないでしょ! カツラだってしてるんだし、大丈夫だから!」
 エイミーはそう言うと、俺の焦りなどお構いなしにむりやり引っ張り上げてくる。そして、俺の手を掴みながら、ゆっくりと俊哉さんと奈央さんが居る橋目指して進みだした。
「おいエイミー、いったい何をする気なんだよ!?」
 俺は焦りを抱いたままそう囁くが、エイミーは黙って付いて来いとばかりに俺を引く手を強める。
 暫くゆっくりと歩き、橋のたもとまでたどり着いたとき、ようやくエイミーはその足を止めた。サッと俺の方を向き、そっと囁く。
「いい、エイミーに合わせてね」

「…………は?」

 何のことだ? いったい『何』をエイミーに合わせればいいんだ?
 俺はエイミーのそのあまりにも簡素な言葉の意味を理解することが出来なかった。いきなり『合わせてね』なんて言われたって、その対象がわからないんじゃ、合わすにも合わせようがないじゃないか。
 しかし、俺が疑問の内容を切り出す前に、エイミーは行動に移っていた。――いきなり右足を上げたかと思うと、勢い良く真下の橋に向かって振り落としたんだ。
 それなりに大きな音が発生し、周囲の人は何事かと音の発生源に目を向け始める。当然、その中には俊哉さんと奈央さんも含まれている。
 俺は慌ててエイミーに事情説明を要求す――――

「…………お、おいエイミー!?」

 ――ることなど出来ない状態に陥っていた。
 今、俺は視界にエイミーの全身を捉えることができない。せいぜい、見えるのは黒髪のエイミーが被っている灰色のキャスケットくらい。


 エイミーは、しっかりと俺の身体を自らの身体で包みこんでいたんだ。


 そう、つまり平たく言えば抱きついてきたということ。当然、俺の身体は敏感にその質感を察知し、嫌が応でも全身の体温調節機能を狂わせる。
「おい! いきなり何してるんだよ!?」
 俺は必死にそう詰め寄るが、
「いいから黙って! それよりToshiさんとNaoさん、ちゃんとこっち見てる?」
 エイミーはそう言って俺の質問を強制却下させた。
 いきなりの出来事に俺の意識は急激に落ち込み始めるが、何とかこらえてエイミーの質問に回答すべく俊哉さんと奈央さんの様子をチラっと見やる。
 すると、少し呆然とした様子の二人の姿が。……どうやら、バッチリ俺たちの姿を視認しているようだ。
 俺がそのことを告げると、エイミーは俺の胸の中で小さく頷き、より俺に身体を寄せてきた。
 何だ? 何なんだ? 何なんだよ、この状況は?
 現状についていくら思考しようとも、俺の頭の中にはそんな言葉しか生まれてこない。
 ――しかし、何とか現状に耐えていると、耳から俊哉さんと奈央さんの会話が伝わってきた。


「えっと、俊哉……その……」
「……俺、本当にお前と一緒にbonheurを結成することが出来て良かったと思ってるよ。お前がいるからbonheurを続けることができてるし、CD出すまでに成長することができたんだと思ってる。ホント……アリガトな」
「……ううん、そんなことないよ。俊哉が良い曲作ってくれてるから、今のbonheurがあるんだし。……その…それでね」
「ん?」
「えっと、その……」


 二人の会話を聞いていたであろうエイミーは、俺の心臓に向けて少し苛立っているように言葉を突きつける。
「もぅ、Naoさんいざってときに何で言えないのさ〜! う〜ん……しかたない!!」
 そして、さっきからドキドキしっぱなしの心臓に言葉を言い終えると、ゆっくりと俺から身体を離していく。
 ……ハァ、ハァ、ハァ。
 実際に口に出しはしないけど、心の中じゃもう息切れ寸前状態だった俺は、理由はどうであれエイミーが身体を離したという事実にものすご〜く安堵感を覚えていた。
 とりあえず、峠は脱したな……と。
 ――しかし次の瞬間、エイミーの囁き声と共にその考えはいとも容易く、あまりにも脆く崩れ去るのだった。

「ショウ、少しの間だけ我慢して」


 ――――!?


 エイミーの言う『少しの間だけ我慢して』。はっきり言って、それは俺には無理な注文だ。
 その我慢するのが『一瞬』であるならば、何とかなるかもしれない。けど、これはけして『一瞬』などではなく、『少しの間』。……ようは、瞬時のものではなく、しっかりと『間』があるということなんだから。

 エイミーは再び俺の身体に腕を回すと、覚悟を決める猶予すら与えることなく、俺にしっかりとしたキスをしてきたんだ。しかも、瞬時に終わるものではなく、今尚続く長〜いものを。

 あまりの出来事に、俺は突発的に身体を離そうとするが、エイミーはしっかりと腕に力を入れてそれを許さない。それどころか、俺の背中あたりに回していた腕を後頭部に移し、唇が離れないようにさえしている。
 離れたくとも離れられず、叫びたくとも叫べないこの状態に、俺はもうパニック状態に陥っていた。
 今までも、抱き合う形になったりキスしたりしたことはあるけど、こんなにもしっかりと深いものは初めてなわけで、どうすれば自分のステータスをキープすることが出来るのかがわからない。
 今の体調をゲームで表現するならば、『猛毒+マヒ+沈黙+混乱』といったところか。
 呆然とエイミーの成すがままにされていると、急激に……まぁある意味当然のことではあるけど、俺の意識は朦朧とし始める。
 エイミーの腰あたりに回していた腕がだらっと落ち、身体の重心がエイミーの方に傾いていく。

「……ちょっとショウ、重いよ……ショウ?」

 ……もう、限界だった。聴覚はまだ何とか機能しているようだけど、まともに立ってられる状態では間違いなくなかったようだ。俺の身体は、キスの呪縛を解いたエイミーにゆっくりと倒れ込んでいった。


「ちょっと! ねぇ、ダイジョーブ? また貧血なの!?」
「……ねぇ俊哉、あそこのカップル、ちょっと様子がおかしくない?」
「ん? ……おぃ、片方のやつ倒れちまってるじゃねぇか!!」
「こちら『マス2』、エイミー何があったの? 橘君もしかしてまた貧血!?」


 朦朧とした中、様々な声が混じって聞こえてくる。そして、誰かが走り寄ってくる足音も。
 かろうじてわずかに開いている目で視認できるぼんやりとした空間には、慌てている様子のエイミーと不安そうな様子の俊哉さん。――それに、厳しい表情を見せる奈央さんの姿が。
 そして、僅かに保たれていた意識も完全に途絶えようとしていたときに、虚ろな聴覚に冷たい叫びが入り込んでくる。


「――――翔羽君にエイミーちゃん……そういうこと……だったんだ」


 ===あとがき=====

 らぶ・ぱにっく第33話、前話に続きや〜〜〜〜〜っとこさ公開です!(滝汗)
 前話を公開してから、かれこれ約1年1ヶ月。
 ……本当に長々長々長々長々とお待たせしてしまい、申し訳有りませんでした。

 まぁ、何はともあれようやくエイミー編の3話目を公開することが出来ました。
 翔羽とエイミーと森野さんによる尾行と、俊哉と奈央の会話がメインな話となりましたが、いかがでしたでしょうか。
 個人的には、俊哉と奈央の会話部分が一番のメインになったかなと思っています。
 二人がいつ知り合ったのかとか、中学時代のちょっとしたエピソードとかも盛り込んだので、二人のことを知るにはもってこいの話になったかなぁと。初めて(多分)大学名も出したし。

 それにしても、エイミーの計画も翔羽の女性恐怖症によって儚く散ってしまいましたね〜。
 翔羽とエイミーの姿を認識して、何かを悟ってしまった奈央。
 果たして、このあと奈央はいったいどういった行動をとるのか…。
 そして、俊哉と奈央の関係はどうなる?
 はたまた、計画が失敗に終わってしまったエイミーの運命やいかに!!
 ……と、そんな感じになる予定の第34話を乞うご期待!


 それでは、第34話のあとがきで、再会!
 ……今度はもっと早く皆様のもとへお届けできるよう頑張りますので、どうか見捨てずにいてくださいませ〜。m(__)m


 2007/05/02 01:55
 書き終えてかな〜〜〜〜〜〜りホッとしている状態にて。



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