第32話〜feat. AMY KAGAMI #2 [真相×計画×変化]〜

 身体が熱かった。温泉に浸かっている半身と……それ以上に熱を帯びている顔。
 十一月の空気をもってしてもその熱を抑えることはできないらしく、周囲からのものよりも増して、身体中から湯気が立ち上っている錯覚を覚える。

 ――視線は、相変わらずエイミーの姿を捉えて離さないわけで。

 その健康的な肌――魅力的な体躯も、もちろん視線を動かせない要因の一つ。でも、それよりも俺の視線を奪って離さない事実――それが、異様なほど黒々と映えるエイミーの髪だった。
 どこからどう見ても、その髪の色が金色に見えることはない。
 すぐ隣にいる俊哉さんも俺と同じく思っているらしく、やはりエイミーから視線を逸らすことができずにいる。
 エイミーはそんな俺と俊哉さんの姿に、大きく目を見開かせていた。時折吹く風が立ち上る湯気を視界から取り除き、エイミーの鮮やかな青い瞳が映える。
「あ、あの、エイミー……」
 そんなエイミーに、俺はそんな言葉を投げかけるのが精一杯だった。……だってそうだろ? エイミーにとって、絶対に嫌であろうこの状況で、どんな言葉をかけられるって言うんだ。
 それ自体は何の意味も感じ取れない言葉だったけど、それでもエイミーを次の行動へと促す力は持っていたようだ。

「……イ、イヤッ!!」

 エイミーは一瞬の呪縛から解放されたかのように、その身体を温泉へと沈めていた。そして俺と俊哉さんに背を向け、うつむきながら両手で自らの髪を隠すように覆っている。……身体が小刻みに震えていた。
 当然のことながら、俺はこの後どういった行動をとればいいのか、全くわからずにいた。かけるべき言葉は浮かばないし、かといって眼前のエイミーから視線を逸らすこともできない。

「――すまない」

 ――そんな時にふと話し出したのは、隣にいる俊哉さんだった。俊哉さんはゆっくりとエイミーに近づきながら、言葉を続ける。
「何か、見せたくないものを見てしまったみたいだね。……まさか君が入ってくるとは思わなかったんだ。そもそも、混浴だったなんて。――でも、俺と翔羽君が一方的に悪いわけじゃないと思うけどな。俺たちはけして今の状況を望んでココに来たわけじゃないし」
 俊哉さんは説得するような言葉を放ちながら、なおエイミーに近づいていく。エイミーはうつむいたまま、ただ俊哉さんの言葉を聞いているようだ。
「悪いとは思ってる。でも、こっちに全ての非があるわけじゃないってことは、わかってほしい。……もし、それでも許せないとしても、どうか翔羽君のことは責めないでやってくれ。俺がたまたま彼をココに誘っただけなんだから」
 言いながら、俊哉さんはエイミーの隣にまで辿り着いていた。そして、俊哉さんはエイミーの肩に手を添える。
 すると、さっきまで黙っていたエイミーが、ゆっくりと話し始めた。

「……TOSHIさんって優しいんですね。ショウのことかばったりして」

「えっ?」
 エイミーのそのあまりにも自然な対応に、思わず疑問符が浮かぶ俊哉さん。そして、それは俺も同じだった。
 とても、恐怖の対象に向ける言葉とは思えない――
 ――なんてことを思考しているときだった。


「マナちゃん今っ!!」


 突然の叫び声に、俺も俊哉さんもただ驚いてその場に立ち尽くすことしかできずにいた。
 そして、その叫び声を合図に勢いよく開かれた扉の方を向くことしかできずにいた。

 ――そこには、バスタオルで身体を覆った森野さんの姿が。

 森野さんが手に持つものに気づいたときには、すでに事は終えてしまっていた。
 光る閃光、吐き出される艶紙。――俺と俊哉さんは、森野さんによって見事に激写されてしまったのだ。
 ポラロイドカメラから吐き出された写真に写し出されたものに満足しているのか、森野さんは写真を見やると満面の笑みを浮かべる。
「な、なにやってんだよ、お前……」
 俊哉さんが思わず呟く。
 そしてその呟きを合図に、エイミーが手を髪から離して俺たちの方を振り向く。――森野さんと同じく満面の笑みが、そこにあった。
「ねぇTOSHIさん、もしあの写真が誰かの手に回ったら、いったいTOSHIさんのことどう思うと思います?」
「……………」
「もしかしたら、TOSHIさんが私にヒドいことをしようとしてるように見えるかもしれないですよね〜」
「……何が言いたいんだよ」
 軽く睨みを利かせながら言い返す俊哉さん。しかし、エイミーの笑みは変わらない。
「つまり、あの写真のことを誰かに知られたくなかったら、私たちのお願いを聞いてくださいってこと♪」
「……何をさせるつもりかわからないけど、そう簡単に素直に従うと思うか?」
 俊哉さんはそう言うと、神妙な面持ちで改めてエイミーの肩を掴み言葉を続ける。
「いくら愛の友達でも、ちょっとやることがヒドすぎるんじゃないのか? お願いがあるならこんなことしなくても俺にできる事なら聞いてやるのに」
 諭しながらも有無を言わせないような俊哉さんの言葉。でも、エイミーがその言葉に屈することはなかった。
「ダメなんですよ。何が何でもTOSHIさんにやってもらいたいことなんで。……で、どうします? それでも拒否しますか?」
「……拒否するって言ったら?」
「まぁそれでも良いんですけどね。……でも、写真のことを誰かに知られて困るのはTOSHIさんだけじゃないと思うんだけどなぁ〜。……ねぇ、ショウ」
「え? そ、それは……」
 突然のエイミーの振りに、俺はまともな言葉を返すことができない。
 そりゃあ、当然あの写真を誰か事情を知らない人に見られたりしたら、TOSHIさんがエイミーを襲ってるように見られるだけじゃなくて、俺もTOSHIさんと共犯だと思われるだろう。そうなれば、周りの信頼ガタ落ちになること間違いなしだ。
 ……そんなのイヤに決まってる。
「――ねっ♪」
 エイミーは俺の表情を窺うと、予想通りといった風に俊哉さんに告げる。
 俊哉さんの表情が、一気に歪んだ。
「チッ。……いいか、仕方ないからとりあえずは言うことを聞くけど、俺はともかく翔羽君は――――」
「わかってますって。ショウに俊哉さんと同じことさせる気はありませんから。――じゃ、とりあえずマナちゃんがこれから何するかを教えてくれますから、マナちゃんについてってください」
 エイミーの言葉に、俊哉さんは苦渋の表情を浮かべたまま、ゆっくりと森野さんのいる出入り口の方へと向かっていく。そして、森野さんと何か言葉を交わしながら、館内へと消えていった。

「――おい、どういうことなんだよエイミー」
 俺は森野さんと俊哉さんが出て行くのを見届けてから、エイミーにそう詰め寄る。いくら友達とはいえ、これはあんまりじゃないか。
「いやいや、まさかショウが一緒にいるなんて想定外だったなぁ。おかげで助かっちゃったけど」
「エイミー!」
 エイミーのはぐらかすような言葉に、つい声が荒ぶる。
「まぁまぁ、ちゃんと説明するからちょっと待ってよ」
 エイミーはそう言うと、ゆっくりと手を髪へと向け――


「――!! なっ!?」


 ――その瞬間、俺は思わずそんな叫び声をあげてしまっていた。
 髪に向けられていたエイミーの手――そこには、間違いなくエイミーの『黒髪』が。手に触れているのではなく、手に持たれた『黒髪』があったんだ。
「か、かつ……ら?」
 そう、黒髪はエイミーの自前ではなく、かつらだったのだ。そして、そのかつらの下にあるのは見慣れた本来の金髪。
 …………はめられた。
「ふぅ、やっぱりお風呂でかつらつけっぱなしってのは結構ツラいね〜。大変だったんだよ、わざわざ黒髪のかつらを金に染めてつけてたんだから。しかもこのかつらわりと高かったし」
「あ……は、はは……」
 エイミーの余裕さに、まともな言葉を返す気力が失せてしまう。……けど、このまま黙っているわけにはいかない。
「ど、どういうことなんだよ、いったい……」
「うん、実は……あ、これは誰にも言わないでほしいんだけど、なんかNAOさんがTOSHIさんのこと好きみたいなんだよね〜」
「えっ!?」
「それでね、マナちゃんと一緒にNAOさんTOSHIさんラブラブ化計画を実行しようってことになったの!」
「はぁ!? それでなんでこんなことされなきゃいけないんだよ。それに、その……」
 俺はエイミーに問い詰めながらも、改めて認識してしまった事実について、つい尋ねてしまう。
「――その、そんな格好俺たちに見られて……平気なのかよ」
 今はその身体を温泉に沈めているからまだ良いものの、エイミーが俺と俊哉さんに気づいた『フリ』をするまでは、俺たちに違和感を感じさせないためにか、全くその身体を隠そうとしてはいなかった。
 当然、俺と俊哉さんはその肢体を目撃してしまっているわけで。
 俺は、エイミーのことを思ってそう尋ねたつもりだったんだけど、エイミーはそんな俺を困らすような内容の言葉をサラっと返してきた。
「あぁ、別に全然平気だよ〜。見られて無くなるものじゃないんだし。――なんなら、もっと近くから見てみるぅ?」
 そして言い終えると、ゆっくりと立ち上がろうとする。
「い、いや、それはいい! いいから!!」
「え、そうなの? ……あ、そっか。ショウは先輩みたいなナイスバディに見慣れてて、私なんかの身体じゃ物足りないのか」
「違う! 断じて違うぞそれは!!」
「ホントにぃ? ……ま、それはいいんだけどさぁ」
 エイミーの有り得ない誤解を何とか否定したのは良いものの、エイミーが突然表情を変えたことで、多大な不安感に苛まれることに。





 森野さんによって撮られた写真、エイミーの裸体を拝んでしまったこと、そして、俺とエイミーの二人きりな状態。
 これらの事実が、俺の精神的な不利を決定付けてしまっている今、もしエイミーから何か要求があったとしたらそれを断ることができるだろうか。
 ……多分、無理だ。
「折角だからショウにも手伝ってもらいたいんだよね〜。ほら、何だかんだ言ってマナちゃんと二人だけじゃやれることに限界があるからさぁ」
「手伝うって……何を?」
「それはまぁこれから考えるってことで。やっぱ戦力は一人でも多い方がいいでしょ♪ ねっ、お願い!」
 両手を合わせてお願いをしてる様子を見せるエイミーだけど、はっきり言ってほとんど脅迫だろ、これ……。
「……わかったよ。手伝えばいいんだろ、手伝えば!」
 だからこそ、俺は当然のように投げやりな言葉をエイミーに投げつけた。こんな脅迫まがいな頼まれ方してるんだ。当たり前だろ。
 ――だが、その直後に見せたエイミーの表情に、俺は思いっきり虚をつかれてしまう。


「――そんな言い方しなくたって……いいじゃん。これでも私、真剣に考えてるつもりなのに」


 エイミーはうつむき、柄にも無く泣きそうな顔を見せていた。ゆっくりと、自らの顔を両手で覆う。
 俺は思いっきり焦ってしまった。エイミーのこんな姿見たことないし、当然、これがエイミーが落ち込んだ時の最終形態なのかどうかもわからない。
 もしかしたら、この姿は予兆でしかなくて、これから更にどんどん落ち込んでいったりするのかも。
 ……ありえないことではないかもしれない。普段明るい態度をとっている人ほど落ち込んだときのダメージが大きいって、何かのTV番組で見たことがある。
 このままでは……マズそうだ。
「わ、わかった! わかったから。俊哉さんと奈央さんのためになるなら、ちゃんと手伝うよ」
「……ホントに?」
「あぁ、ホントに」
 俺は信じていない様子のエイミーになるべく本気だとわかってもらえるよう意識しながら、その言葉を放った。
 いくらあんなことをされた後とはいえ、こんな姿のエイミーなんて、俺は見たくない。
「……………」
 意思が通じたのか、エイミーはゆっくりと顔を覆っていた手を離し始める。うつむいているためその表情を窺い知ることはできないが、良い方向に向かってくれた証拠だろうか。
 ――だが、その俺の予想は二割くらいが正解で、残りの八割は大ハズレだった。

「やったぁ! ありがとうショウ!!」
「えっ、おい!?」

 エイミーは感謝の言葉を叫ぶと――思いっきり俺に向かって飛びついてきた。
 予想なんてできやしないエイミーの行為を、俺は避けることもできずまともに正面から受けてしまう。
 飛び散る飛沫、密着する身体と身体、制御不能な俺の五感……それらは、確実に俺の機能停止へとつながる。
「エ、エイミーちょっと落ち着け! 頼む! 逃げも隠れもしないからいったん離れろ!! た、頼むから! エ、エイ……」
 ――結果、俺の身体は重力に任せて温泉へと沈んでいく。
「ちょ、ちょっとショウ? どうしたのショウ! ショウってば!! ショ――――」
 薄れていく意識の中、それでもエイミーの姿だけは頭にこびりついて離れない状態な自分が、何だかとっても情けなく感じた。


 * * * * *


 何故か、身体が熱を持っていた。もう十一月の下旬なハズなのにだ。身体の内側から、こんこんと湧き出てくる熱。
 ……でも、外側から心地よい風が絶えず送り込まれていた。
 本当に心地よい。それに、後頭部に感じる柔らかさも――ん?

 俺は何だか妙な違和感を感じながら、ゆっくりと閉じられていたまぶたを開いた。
 すると、徐々に眼前の光景があらわになっていく。
 誰かの顔、そして絶えず左右に動く何か……!!
「あ、お目覚めですね。どうですか、調子は?」
 その声で、完全に現状把握が完了。
 ――俺は旅館『辰巳庵』の女将である早苗さんの膝枕のもと、絶えずうちわを扇いでもらっているという状態だった。
「は、はい、大丈夫です! もう絶好調です、はい」
 俺は意味不明な言葉を叫びながら、慌てて早苗さんを膝枕から解放する。
 ふと周囲を見回すと、どうやらここは温泉から出てきた人がくつろぐためのスペースのようで、温泉に入ってきたであろう他の客たちが面白そうに、または羨ましそうにこちらを見て色んな意図に捉えられそうな笑みを見せていた。
 ……何だかものすごく恥ずかしい。
 早苗さんはそんな俺の気持ちに気づいたのか、微笑を浮かべながら語りだす。
「ふふ、ごめんなさいね。本当はお部屋までお連れして差し上げたかったんですけど、二階なので無理やりお連れするのもどうかと思いまして」
「あ、いや、こちらこそご迷惑をおかけしてすいませんでした」
「いえいえ、お気になさらないでください。それに、お礼ならあなたをここまで運んでくれたお友達に言ってあげてください」
「えっと、それって……」
「あぁ、金髪の女の子が私に言いに来てくれたんですよ。『友達が温泉で倒れちゃったんです!』って。多分その子がここまで運んでくれたんじゃないかしら――」
 早苗さんはそう言うと、更に表情を緩めながら冗談交じりに告げてくる。
「――それに、浴衣を着せたのも多分その子じゃないかしらね」
「えっ?」
 言われてようやく気づいた。確かに、俺は温泉で倒れたんだから気を失った時は素っ裸の状態だった。でも、今はちゃんと浴衣を着ている。……誰かが着せてくれないかぎり、俺が今この格好でここにいることはありえない。
 ……つまり、エイミーに俺の素っ裸を見られてしまったということだ。
 まぁ、俺もエイミーの素っ裸を拝んでしまっている以上、何にも文句なんて言えやしない。ってか、むしろ感謝しなきゃいけないだろう。
「ふふ、まぁそれはともかくもう体調の方がよろしいんでしたら、朝食の方はどういたしましょうか? もう皆さんにはお召し上がりいただいてますけど……お部屋にお持ちしましょうか?」
 『朝食』という単語を聞くと、急にお腹が空いてきたように感じる。また、その感覚は正しかったようで、待ってましたとばかりに腹の虫が勢い良く鳴り出した。
「ふふ、お持ちしたほうがいいみたいですね」
「は、はい、お願いします」
 ――うぅ、何だかメチャクチャ恥ずかしい。
「それではすぐにお持ちしますので、お部屋でお待ちください」
 早苗さんはそう言うと、小さく会釈をして俺の元から離れていった。

「……ハァ。何かエイミーに会いにくいなぁ。ま、嫌でも会わなきゃいけないんだろうけど」
 俺は温泉での出来事や早苗さんに告げられた『俺の運び手』のことを脳裏に浮かべ、ため息を漏らす。
 本当に、エイミーは俺に何をさせる気なんだろうか。それに、俊哉さんにも……。
 そのことについて考えていると、自然と気持ちが落ち込んでいく。
 ……ま、考えても仕方ないか。
「ふぅ……とりあえず飯食った後エイミーに聞いてみっか」
 そう言い残し、俺はくつろぎスペースを後にした。



 他の旅館の朝食がどういったメニューで構成されているかはわからないけど、『辰巳庵』の朝食はかなり凝っている。
 ――俺は目の前に出された朝食を見て、そんな印象を素直に持った。
 ご飯、味噌汁、厚焼き玉子、近くの川で取れたという川魚の塩焼き、地元の名産だという肉厚な梅干、これまた地元の名産らしい山菜のみぞれ煮、そして人参などを紅葉型に飾り切りしたものが乗せられている茶碗蒸し。
 見た目にも美味しい朝食を……俺は、誰もいない部屋で一人堪能していた。
 時刻は十一時ちょっと前。朝食を食べ終えてどこか散策にでも出かけたんだろうか。
 多分俊哉さんは森野さんに連れまわされてるんだろうし、幸樹は写真でも撮りに行ったんだろう。誠人は……また何か『男のロマン』でも遂行しようとしてるんじゃないかな。
 ……まぁまだ旅行は初日だし、皆で行動するのは何も今日じゃなくたっていいと思ってるんだろう。
 とはいえ、俺はエイミーに色々手伝わされるんだろうし、どこか散策しに行く暇なんて与えられるんだろうか……。
「…………ハァ」
 やめやめ。嫌なことは考えないようにしよ。
 ま、エイミーがやろうとしていることが俊哉さんと奈央さんのためになるんだったら、この旅行の趣旨としては間違っていないことになる。
 bonheurのための旅行なんだし、少しは頑張らなきゃいけないのかもな。
 俺がそんなことを考えながら朝食をほおばっていると、突然戸をノックする音が。
「はい、どうぞ〜」
 入室を促すと、そこに現れたのはエイミーだった。何故か手にやけに大きな紙袋を持っている。
「あ、食事中だったんだ。……ショウ、調子は大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ。悪いな、温泉から運んでくれたのエイミーなんだろ?」
「うん、そう。ビックリしちゃったよ〜、いきなり倒れちゃうんだもん。……ま、おかげでショウのヌードを拝めたからラッキーだったかもねぇ」
「あ、はは……」
 ……そんなんでラッキーだなんて思わないでくれよ。
 俺の表情を見て、何を勘違いしたのかエイミーは望んでもいない言葉を投げかけてくる。
「あ、ダイジョブダイジョブ。恥ずかしがるほど小さくなかったから。むしろ大きめな方だと思うよ。そんなにいろんな人のモノを見たことないからよくわからないけどぉ」
「…………で、何か用か? 何かずいぶんとデカい袋持ってきたりして」
 変に突っ込んでもろくなことがなさそうだから、とりあえず適当な言葉を返す。

「あ、うんそうなの。早速ショウに手伝ってもらおうと思ってね〜♪」
 エイミーはそう言うと、俺の隣に座って紙袋の中身を卓上に並べ始める……って、

「……何だよこれ」

 卓上に並べられたのは、数種の衣服類だった。
 大き目で薄茶のジャケット、黒いサングラス、灰色のキャスケット、シルバーアクセサリー各種、それに……茶で長髪のかつら。
 俺がわけもわからず呟くと、エイミーはわからないかなぁといった表情を見せる。
「何って、どこからどう見ても変装セットじゃん」
「へ、変装セット?」
 思わず変な声を出してしまう。……まぁ、確かにいかにも『変装セット』っていうラインナップではあるな。
「そう、変装セット。ホントは何かあったときのためのTOSHIさん用に持ってきたんだけど、多分TOSHIさんには必要がなくなったからショウに着せようと思って。ほら、ショウってTOSHIさんとほとんど体格変わらないから、サイズだって問題ないでしょ」
「まぁ確かにサイズは問題ないと思うけど……ってか、そうじゃなくて、何で手伝うのに変装なんかしなきゃいけないんだよ」
 俺が当然の質問を投げかけると、エイミーは待ってましたとばかりに笑みを浮かべて語りだす。
「TOSHIさんとNAOさんに見つからないようにするために決まってるじゃん! これを着て、エイミーと一緒に二人の様子を窺うの」
「様子を窺うって……。尾行でもするのか? 探偵ごっこじゃあるまいし」
「う〜ん……まぁ間違ってはいないかも。見つからないように追いかけて、雰囲気が盛り上がらない時にエイミーとショウで盛り上げるようにするの」
「盛り上げるって……どうやって?」
「それはまぁ……何とかなるでしょ♪」
「は、はは……」
 ……おぃおぃ。
「それに……やっぱり気になるじゃん。TOSHIさんとNAOさんがうまくいくかどうか」
「あぁ……まぁ、そうだな。……でも、追いかけるにしても、俊哉さんと奈央さんがどこにいるのか知ってるのか? ってかそれ以前に二人一緒にいるのか?」
「ん〜ん、まだTOSHIさんとNAOさんは一緒じゃないよ〜。だって、NAOさんはまだエイミーの部屋にいるもん。……でもダイジョブ。TOSHIさんはマナちゃんと一緒にいるはずだし、NAOさんにはお昼過ぎに外で待ち合わせする約束してるから」
「待ち合わせ? ……一緒に行こうとか言われないのか?」
「あ、それもダイジョブ。ちょっと用事があるから先に行っててくださいって言ってあるから」
「ふぅ〜ん。……なるほど」
 ……って、感心してる場合じゃないのか?
 俺がそう思いとどまろうとしたのも束の間、
「よ〜し! それじゃあ早速お着替えタ〜イムってことで!」
 エイミーはそう言いながら更に紙袋をあさり始め、中から女性物の衣服類を取り出し始める。
 黒とグレーのチェックのカーディガン、ベージュのフレアスカート、俺用のと同じ黒いサングラスと灰色のキャスケット、そして……温泉で見た黒髪のかつら。
 全てを卓上に並べ終えると、エイミーは――

「お、おぃ!!」

 当然のごとく、俺はエイミーに向かって叫んでしまっていた。
 ――エイミーは、俺がいる目の前で着替え始めようとしているんだ。
「ん? どしたの?」
 俺が焦っているにもかかわらず、エイミーは服を脱ぎながら疑問の声を投げかけてくる。
「『どしたの』じゃなくて、ここで着替えなくてもいいだろ!」
「え〜、だって部屋に戻ったらNAOさんいるし、ヒナちゃんたちの部屋に入って着替えるわけにもいかないじゃん。ヒナちゃんか風音ちゃんがいるかもしれないし〜」
「そ、それはそうかもしれないけどさ……」
 俺が視線をそらしながらそう言うと、エイミーは何か試すような声色でゆっくりと話し始める。
「もしかして恥ずかしがってるのぉ? ……ふふ、ダイジョブだよ。温泉のときも言ったけど、見られて無くなるものじゃないんだし、エイミーは全然気にしないから」
「エ、エイミーが気にしなくたって、俺が気にするの!!」
 必死に叫ぶと、エイミーは残念そうに、
「ん〜もぅ、しょうがないなぁ。じゃあエイミーは洗面台の方で着替えるから、ショウもちゃんと着替えてよね」
「あ、あぁ、わかった」
 エイミーは俺の返事を聞くと、卓上の衣服類をかき集めて洗面台の方へと向かっていく。
「…………ハァ」
 俺は今日何回目なんだと自分に問いただしたくなるため息をついて、改めて卓上を見回す。
 ――見た目にも美味しいはずの朝食が、何だかやけに貧相なものに見えてしまっていた。


「よ〜し、もうそろそろいい時間だ。ショウ、着替えはオッケー?」
「……あぁ、着替えたよ」
 とりあえず朝食も食べ終えていない状態だった俺は、エイミーに朝食を間食する猶予をもらってから、変装をすることになった。
 朝食を食べ終えたのが十一時二十分くらい。そして、それから変装をし終えた今が十一時三十五分だ。
 エイミーは俺が朝食を食べ終える前にすでに変装を完了させていて、俺にその姿をお披露目してくれていた。
 ……何だかサングラスが全てをぶち壊しにしてる感じだけど、サングラスをはずしたらすごく似合ってる感じがする。
「お、別人! 何かストーカーみたいな格好だね〜」
「おぃおぃ、それはちょっとあんまりじゃないか」
「あはは、ゴメンゴメン」
 エイミーにはそう言ったものの、確かにこの格好はストーカー……ってか変質者っぽく見られそう。
「で、結局俺はこれからどうすればいいわけ?」
「あ、多分もうNAOさんも外に出たころだと思うから、これから急いでTOSHIさんとNAOさんが落ち合う場所に向かうよ!」
「そ〜いえば、その場所ってどこなんだよ?」
「それは――――」
 エイミーは言いながら俺の腕をつかむ。そしてそのまま出入り口の引き戸をゆっくりと開き部屋の外を確認。
 こちらを振り向いて俺に笑みを見せたのを合図に、エイミーは言いかけた言葉を完結させる。
「――それは、着いてからのお楽しみっ!」
 エイミーは叫ぶのと同時に勢い良く部屋を飛び出していた。
 エイミーに腕をつかまれている俺は、当然思いっきり引っ張られる。
「お、おいエイミー! そんなに急がなくても!!」
「ダ〜メ! 誰かに見つかってバレたらジ・エンドでしょ!」



 跳ぶが如く。――もう、俺には抵抗するという選択肢は残されていないようだ。
 いったい、これから俺はどうなっちまうんだよ……。
 『辰巳庵』の玄関にある大きな鏡に映る自分の姿を見て、俺はエイミーに逆らえないことを自覚した。


 ===あとがき=====

 らぶ・ぱにっく第32話、や〜〜〜〜〜っとこさ公開です!
 えと、もう言い訳は書きません。
 もう散々ブログ等で言ってきましたからね(汗)
 何だか『深那 優 死亡説』なんかも出てたみたいですが、私は生きてますよ!(笑)

 さて、ようやく公開となった本話ですが、いかがだったでしょうか?
 あまりにも間が開いてしまったので、前話までのストーリーを忘れてしまわれている方もいらっしゃるかもしれませんね(汗)
 そういう方は、申し訳ありませんが、もう一度読み返してみてください(滝汗)

 エイミーの髪の件。『何だよそれ〜』とか思われてる方が沢山いらっしゃりそうで、ちと不安(笑)
 でもまぁ当然のことですが、『かつら』という結果は前々から決めていたことですので、どうかあまり非難しないでいただきたい(汗)
 あ、あとタイトルの『真相×計画×変化』の『変化』について。
 これは第31話のタイトルにもありますが、第31話の『変化』は『へんか』で、第32話の『変化』は『へんげ』です。
 なんか紛らわしかったので、一応書いておきます。

 さて、次話では俊哉と奈央のデート(になるのか?)の様子をお届けする予定です。
 翔羽とエイミーの『尾行』ぶりも要チェックということで。


 それでは、第33話のあとがきで、またお会いしましょう!!


 2006/03/26 20:05
 書き終えてかな〜りホッとしている状態にて。



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