第28話〜feat. ASUKA TAKATO #3 [新たな仲間は×××]〜

「――で、『これ』はいったい、どういうことなわけ?」

 ダイニングテーブルの椅子に座った、姉貴と高遠さんを正面に見て、俺は苛立ちを前面に出しながら当然の権利とばかりに問い詰めていた。
 ダイニングテーブルの上には、あのダンボール箱とティッシュ、そして消毒液とばんそうこうが、並んで置いてある。
 姉貴は海沿い通りの歩道で見せていた不機嫌そうな顔から一転して何とか笑いをこらえているような、変に歪んだ表情を見せているが、高遠さんは相変わらずうつむいていて、元気が無さそうな感じ。
 高遠さんの現状――その理由はわからないが、姉貴が何で笑いをこらえているのか、それはわかる。

 ――俺の頬には、見事に赤い縦線が並んでいる。

 そして、目の前には――


 ――――ミャオ


 我が物顔で、うつむいた状態で椅子に座っている高遠さんの膝の上を独占している猫の姿が。
 綺麗な青灰色の体毛と、美しい緑色の瞳を当然のように誇示している。
 けど、始めて会ったときは、こんなに整った毛並みではなかった。
 体毛は薄汚れ、ダンボールのクズみたいなのが、無数に付着していた。


 ――そう、あの謎のダンボール箱の中に入っていたのは、この猫だったんだ。

(いきなりダンボール箱の中から飛びかかってきたと思ったら、思いっきり人の頬を引っ掻きやがって。まったく、こんなに見た目は可愛いくせに、なんて性格してんだよ、こいつは)
 思わずそう愚痴りたくなるが、愚痴ったところでこの傷が癒えるわけでもなく、何だか余計にむなしくなりそうだったから、気持ちだけで止めておく。

 結局あの後、俺たちは揃って我が家へと入り、この猫の素性も聞かされぬまま、風呂で身体を洗ってやった。
 お湯を嫌がったりするかと思ったけど、風呂桶に溜めたお湯の中に静かに入れてやると、むしろ前足で顔を掃除する仕草を見せて喜びを全身で表していた。
 ……いや、まぁ俺たちが勝手に喜んでたと思いこんでるだけなのかもしれないけど。
 この猫を洗濯している時に確信できたこと、それは、この猫がメスだってことと、やっぱりこの猫がそうとう汚れていたということだった。
 ホント、ボディソープの泡が、何度洗っても茶色に変色し、五度目でようやく落ちついたというほど。
(まったく、いったいどういう生活をしたら、こんなに汚れられるんだよ)
 そういった疑問が、自然と湧き出していた。
 見た感じは、とても野良猫のようには見えない。
 むしろ、ペットショップとかで高値で売られてそうだ。
 そんな猫を、ダンボール箱に入った状態で持ってきた姉貴と高遠さん。
 ……思考は、ただ謎を深まらせるだけだった。


 俺の当然な質問に対して、ただ笑いをこらえている姉貴に代わって、高遠さんが渋々、ゆっくりと口を開き始めた。
「……こいつ、駅前に捨てられてたんだよ。このダンボール箱に入った状態で。……見てたら何だか放っておけなくなっちゃってな。しばらく様子を見てたんだ。そしたら――」
 話に一呼吸入れていた高遠さんに代わって、ようやく表情を落ちつかせた姉貴が割って入ってくる。
「私が偶然通りかかってね。何か見覚えのある人が座ってるなぁって思ってたら、高遠ちゃんだったってわけ。とりあえず声をかけてみたら、ダンボール箱に入った猫がいるじゃない? それで、高遠ちゃんから事情を聞いて、とりあえずこのままなのも可愛そうだってことで、うちまで運んできたの」
 ……まぁ、大まかな事情は飲み込めた。
 つまり、駅前で捨てられていた猫を、放っておけなくなったこの二人が、今後のことなんてまったく考えずに、とりあえずうちまで持ってきた……ってことか。
「……まぁ、事情は飲み込めたけど……それで、結局こいつ、どうするわけ?」
 やっぱりこれも、当然の疑問だった。
 そんな、何の考えも無しに持ってこられても……下手したら、余計にこの猫にとっては悪い結果になってしまうかもしれないんだから。
 俺の真剣な疑問。――しかし、この疑問を聞いた姉貴は、急に満面の笑みを浮かべ始めた。
「そりゃあ、うちで飼ってあげるしかないっしょ!」
 ……さも当然のように、言い放つ。
 そりゃ、姉貴の考えだって、わかる。
 あのまま駅前に放置されたままなくらいなら、うちで飼えるものなら飼ってやったほうが、この猫にとっても良いだろう。
 でも、猫に限らずペットを飼うってことは、そんなに簡単なことでは無い。
 ペットが暮らすための環境作り、そして餌。……いったい、どれだけの金がかかると思ってんだ。
 俺だって詳しいことはしらないけど、それなりの金額がかかるのは事実だろう。
 それに、いったい誰がこの猫の世話をするっつ〜んだよ。
「ちょっと待てって。そんな簡単に言いきってるけど、ペットを飼うのって、そんなに簡単なものじゃないだろ?」
「大丈夫だって。お金なら、翔羽の小遣いを減らせばいいわけだし、世話だって、翔羽が毎日しれくれれば良いわけ――」
「良くないっつ〜の!!」
 ……姉貴のあまりに楽観的な言葉に、つい叫び声をあげてしまう。
 しかし、当の姉貴は俺の叫び声なんて、お構いなしだ。
「ふふ、じょ〜だんだって。……でも、お金ならお父さんと相談すればなんとかなると思うし、世話だって皆で分担してやれば、出来ないことはないでしょ?」
「いや、まぁ・……そうかもしれないけど」
「……翔羽は、こんなに可愛い猫ちゃんを前にして、『あぁ、ぬわんてかわゆいのぉ! もう食べちゃいたいくらいにかわゆい〜!!』とか、思ったりしないわけ?」
 ……途中に変な声質を混ぜながら話してくる姉貴に、怒りを通り越して呆れてしまう。
「……いや、頬を引っ掻かれたことへの怒りならともかく、そんな風に思ったりはしないけど」
 俺が呆れながらも正直に告げると、姉貴はより変な口調で、
「あらぁ、翔羽って、そぉんなに薄情者だったのねぇん♪」
「……薄情者だろうが何だろうがどうでもいいから、とりあえずその口調をなんとかしてくれ」
 自分の姉貴がこんなやつだと改めて実感してしまうと、もう、とにかく情けない気持ちでいっぱい――に、なりかけたけど、ふと見た高遠さんの表情を確認すると、わりとそうでもないのかもと、感じている自分が。

 ――高遠さんは、さっきまでの元気の無さそうにうつむいている状態から打って変わって、さっきまでの姉貴のように、必死で笑いをこらえているような表情を見せていた。

「……素直に笑っちゃっていいよ、高遠さん」
 俺が、姉貴に対する嫌味も込めてそう告げると、高遠さんは耐えきれなくなったのか、少しずつ声を出して笑いだす。
 その光景は、傍から見れば微笑ましいものなのかもしれない。
 ……でも、俺にとってはそんなものではなかった。

 今、目の前にいる、素直に笑っている高遠さん。
 学校での、クールな高遠さん。
 そして、ホテルで見せた、『ミミちゃん』的な高遠さん。


 ――いったい、どれが本物の高遠さんなんだろうか。


「……でも、正直、意外だったなぁ」
 ――切り出したのは、姉貴だった。表情は、少し真剣みを帯びたものに変わっている。
 言葉に反応した高遠さんも、笑うのを止めて、視線を姉貴に向けている。
「ほら、高遠ちゃんって、学校だとクールな感じじゃない? ……っても、そんなに沢山見たことがあるわけじゃないし、結構噂として聞いたことなんかもひっくるめた意見なんだけどさ。
 ま、とにかく、そんな高遠ちゃんが猫のことを心配したり、今みたいに笑ったりとか、ホント意外」
 姉貴の考えは、もっともだった。
 クラスメイトである俺から見ても、やっぱり意外なんだから。
 タバコに援助交際、その両方ともの現場に遭遇してしまっているんだから、尚のこと。
(……でも、本人を目の前にして、こんな話していいのか?)
 なんてことを思っていると、高遠さんが相変わらず自分の膝の上に乗っていた猫を姉貴に渡して、ゆっくり立ち上がった。
 ……何だか、一瞬にして空気が変わったように感じられる。――そして、
「あまり長居しても悪いので、これで失礼します」
 小さく呟いて、玄関へと向かって行った。
 ――――無表情だった。
 確実に張り詰めた空気が、周囲に蔓延し始める。
「高遠ちゃん?」
 姉貴が呼び止めようとするが、高遠さんは振り向かない。
 そしてそのまま、玄関から外へと出ていってしまった。

 俺は、何が起きたのかいまいち把握できていなかった。
 姉貴の言葉に、腹を立ててしまったのだろうか。
 本当に長居するのを悪いと思って、出て行ったのだろうか。
 それとも、他に何か原因でもあるのだろうか。
 一連の行動があまりにもサラッとしすぎていて、高遠さんが突然出て行ってしまったという事実を、あまり実感できていない。
 思わず呆然と、高遠さんが去っていった玄関の方を眺めてしまう。
「――ほら、さっさと追いかけなさいよ」
 姉貴のその言葉で、ようやく我に返ったような、そんな感じだった。
「……姉貴が変なこと言うから出て行っちまったんじゃないのか?」
「そんなのどうだっていいから、早く行きなさいって!」
 何だか物凄く理不尽な感じがしたけど、とりあえずそうも言ってられないと判断して、小走りに玄関から外へと飛び出す。
 高遠さんが出ていってから、数分の時間が経過していたから、結構先に進んじゃってるかなと思ってたけど、何故か高遠さんはうちのすぐ目の前――海沿い通りの海側の方に立っていた。
 表情を確認することは出来ないが、じっと海を眺めていることはわかる。
「高遠さん」
 近づきながら呼ぶと、高遠さんはロングヘアーを舞わせながら、サッと振り向いてくる。
 ――クールモードな高遠さんだった。
 車の通過が途切れるのを確認しながら、海沿い通りを横断。
 高遠さんの目の前まで辿り着くが、高遠さんはただじっと俺に睨むような視線を向けてくるだけで、無言だった。
 海からの冷たい風が、ただ高遠さんの髪をなびかせる。
 沈黙の中で、その髪の動きだけが、時が経っていることを確認させてくれる要素だった。

(ゴメン、なんか姉貴が変なこと言っちゃって)
 沈黙に耐えかねていた俺は、高遠さんにそう切り出すつもりだった。
 しかし、俺がその言葉を発する前に、高遠さんがひとりごとでも呟くかのように、でも鋭い声で言葉を紡ぎ出す。

「……ったく、だから橘の家には行きたくなかったんだよ」

「えっ?」
 言葉の意味がわからずに、そう呟くと、高遠さんは表情をより鋭くし、少し呼気を荒げて叫び出す。
 何だか、少し我を忘れてしまっているように見える。
 ……いや、どこか焦っているようにも。
「だから、何でか知らないけど橘と居ると調子が狂うんだよ! …………私は……私は弱い姿を周りにさらけ出したくなんかないんだ! 今日だって、橘の姉さんに無理矢理連れてこられたりしなければ、ゼッタイに橘の家になんて来ることなかったんだよ!!」
 肩を上下させながら、吐き出すかのように言葉を投げつけてきた高遠さんは、ただ呆気に取られている俺に向ける表情を、突然曇らせた。
 その変化の激しさが、より『違和感』を増幅させる。
「……どうせ、私のことを笑いたい気持ちでいっぱいなんだろ。私が捨てられた猫に手を差し伸べただなんて、らしくないとか、思ってるんだろ? ……嫌なんだよ私は。『優しさ』なんていう偽善ぶった感情をさらけ出すなんて……私は、誰かに助けられないと生きていけないような、そんな風に思われる女にはなりたくないんだよ」
「ちょ、ちょっと待てって」
 ……高遠さんが何を伝えたいのか、あまりよくわからなかった。
 いや、言葉の意味は理解できるんだけど、その言葉に納得することが出来ないんだ。
「まず、別に俺は高遠さんのことを笑いたいなんて思ってないし、姉貴が無理矢理連れてきちまったのは、ホントに申し訳ないと思ってる。……でも、『捨てられた猫のことを放っておけなかった』ってことと、『誰かに助けられないと生きていけないような女にはなりたくない』ってことは、全然関係ないんじゃないの?」
 キョトンとした表情で呆然と俺を見つめる高遠さんに向けて、ゆっくりと言葉を続ける。
「それに、『誰かに助けられる』ことって、そんなに嫌なことなのか? 『優しさ』って、そんなに偽善ぶった感情なのか? ……俺は、そんな風には思わないけど」
 何だかすんなりと言いたいことを話せたことに充実感を覚えながらも、高遠さんの表情は再び鋭いものに戻っていて、緊張感を解くことは出来ない。
「橘――――」
 ――また、その声質がとても冷たい感じに聞こえ、思わず背筋を震わす。
「な、何?」
 高遠さんは、震える声を放つ俺の肩を、がっしりと掴んでいた。


「――やっぱり、お前と居ると、調子が狂う。…………帰る!」


 まさに俺の顔に向かって、その言葉は放たれた。
 鼻と鼻がこすれてしまいそうなほどの至近距離で放たれたその言葉に対して、俺は返す言葉を見つけられずにいた。
 不意に強く吹いてきた風に乗るように、高遠さんは俺の前から去っていく。
 徐々に小さくなっていく高遠さんの姿を、やっぱり俺は、呆然と見送ることしか出来なかった。



「こらっ! ちょっと止まりなさいよ翔羽っ!!」
 ……沈鬱な表情をしているであろう俺が外から玄関内部へと戻ってくると、リビングルームから姉貴のそんな叫び声がいきなり聞こえてきた。
 そして、それと同時に、フローリングの上を走りまわっているであろうことが容易に想像できる効果音が絶えず流れついてくる。
 リビングルームへと繋がるドアは閉じられていて、姉貴の姿を確認することは出来ないし、姉貴が俺を確認することも出来ないが、今は、理由不明な言葉を投げかけられている状態でもいちいち反論している余力などなく、俺は意味もわからぬまま、ただ姉貴の言葉にしたがって玄関からようやく廊下へと上がったところで直立姿勢をとった。――だが、

「だから止まりなさいってば! 翔羽〜っ!!」

 姉貴は尚もそう叫びながら、フローリングの上を走りまわっている。
 ……意味不明。
 いったい、姉貴は何がしたいんだろうか。
 俺は、ここでしっかりと止まってるっつ〜の。
 だいたい、俺の姿も見ずに、何が『だから止まりなさいってば!』だよ……。
 そう思いながらも、いつまでたってもリビングルームから聞こえてくるドタバタが治まらないことに不安感を覚えた俺は、何か妙に緊張しながら、リビングルームへのドアを開けた。すると――

「止まれっての〜!!」

 ……相変わらず叫んでいた。
 姉貴が走りまわるフローリングの上には、ティッシュやTVのリモコンや新聞などが、いたるところに散乱している。
 そして、走りまわる姉貴の前には……あの猫が居た。
 リビングルーム内を、所狭しと軽快に走りまわっている。
 どうやら、姉貴はあの猫を追い掛け回しているようだ。
 ……ってか、この散らかり様は酷すぎる。
「おぃ姉貴っ! なんだよこれっ!!」
 俺がこれ以上の損害を避けるためにそう叫ぶと、姉貴は走行体勢を保ったまま、チラッとこちらを向いて言った。

「――あっ、翔羽おかえり〜」

(…………は?)
 どういうことだ?
 姉貴は、さっきから俺に対して「止まれ」って言ってるんだよな?
 俺はここで止まってる……よな。
 じゃあ……何で姉貴はまだ猫を追っかけて走りまわってるんだよ。
「だぁっ! もう! ホントに止まれっての翔羽〜!!」
 思考している間にも、姉貴は再びそう叫ぶ。
「……さっきから止まってるだろ」
 ついに頭がおかしくなっちまったか、なんて思いながら、俺は姉貴に向かって半ば呆れてそう呟いた。
 ――が、姉貴が次に返してきた言葉で、俺の頭の方がおかしくなりそうになる。


「違うって! 翔羽は翔羽でも、こっちの『翔羽』っ!」


 姉貴は、俺に視線を向けることなく、そう叫び伝えてきた。
 ……目の前で相変わらず走りまわっている、あの猫を指差して。
「…………はい?」
 俺が当然の如くそう呟くと、姉貴は面倒くさそうに言葉を返してくる。

「だからぁ、この猫の名前が『翔羽』なのっ!!」




「…………はぁ!?」




「ど、どういうことだよ!? 何でこの猫の名前が、俺と同じなんだよ!! 遊び半分で変な名前つけるんじゃねぇよ姉貴っ!!」
 俺は自然と頭に血を昇らせながら、そう叫んでいた。
 だって、どう考えたっておかしいだろ。
 どこの家に、自分の家で飼うペットに家族の名前をつけるやつがいる?
 ……って、ここにいるんだけどさ。
(全く、姉貴もふざけすぎ――)
 俺の嘆きは、突然動きを止めてしっかりと俺を見据えてきた姉貴によって、否が応にも中断させられた。

「あら、この猫に『翔羽』って名前つけたの、私じゃなくて高遠ちゃんよ?」

「なん…だ……って?」
 思わず、漏らしていた。
 あの猫に『翔羽』って名前をつけたのが……高遠さんだって?
 ……一気に、血の気が引いてくる。
 にわかに信じがたいことだった。
 あの高遠さんが、そんな『ふざけた』名前を、つけたりするだろうか。
「嘘だろ?」
 少しの期待も込めてそう言うが、
「ホントよ」
 姉貴は間髪いれずに返してくる。
 その表情に、『嘘』の言葉は見つからない。
 俺はただぼんやりと、いまだに我が物顔で走りまわっている猫の姿を追いかけながら、その事実を受け入れることが出来ずにいた。


 結局、いつまでも呆然としていても仕方がなく、俺は姉貴と一緒に『翔羽』を取り押さえにかかった。
 ……取り押さえるまでに数十分もの時間を要したけど。
 その後、外の花屋スペースから戻ってきた親父に事の成り行きを説明。
 親父はいとも容易く、「それはもう飼ってあげるしかないじゃないですね。こんなに可愛いんですし」なんて言って、家で飼うことを了承した。
 名前についても、何の嫌悪感も感じていないようだ。
 俺は必死に名前の変更を訴えるが、
「名前をつけた本人に了承を得ない限りは、勝手に名前を変えるわけにはいかないですよ」
 と、俺の訴えを早々に棄却した。
 もちろん納得はいかないけど、親父の言葉にも一理あるとも思ったから、とりあえずはこれ以上反論しないことに。
(ただ、高遠さんに名前について聞くのも、何だか気が引けるというか……聞きづらいよな……)
 ――なんて、思っているときだった。



 ホントに、何の前触れもなく――

「ま、名前はそのうち高遠ちゃんと相談しなさいよ」

 何の緊張感もなく――

「そういうことですね。きっと、高遠さんもちゃんと考えてくれますよ、翔羽君」

 心の準備なんて出来ぬまま――

「……わかったよ」

 ――――それは流れてきた。


「――翔羽、電話」


 けたたましいコール音に反応した、ダイニングテーブルの一番電話機に近い席に座っている姉貴が、俺に向かって当然のように告げる。
 俺は、素直に姉貴が取ればいいじゃんかよ、とか思いながらも、無駄な交渉をすることなく、サッと電話機の元へ。 そして、受話器を取る。

「はい、橘です――」



 ――――俺は、受話器から耳に入りこんできた言葉で、つい受話器を落としそうになってしまった。
 確かに耳の中に入りこんできた、あまりにも現実味を感じにくい言葉。
 耳を、疑ってしまいそうな……言葉。
 だけど、やっぱり確かに伝えられた、言葉。


「――――高遠といいます。明日香が……ついさっき、交通事故に遭いました。今は、病院で治療を受けているそうです。もしよろしければ、一緒に病院の方に来ていただけないでしょうか」


 それが、壮年の男性の声であるということなんて、全くどうでもいいことだった。
 その声に、あまり困惑というものを感じられないということも、どうでもいいことだった。

「――――はい」

 俺はただ、その一言しか言えなかった。
 的確に病院の詳細を伝えてくる男性の声を、何とか頭の中にインプットする。
 ――ただそれだけで、精一杯だった。


 ===あとがき=====

 猫って可愛いですよね♪
 第28話でございます。

 かなり前話の公開から間が空いてしまいましたが、何とか公開することが出来ました。
 『高遠明日香』編の第3話ですね。
 謎のダンボールの中身の正体、無事発覚しました(笑)
 猫だなんて、ちょっとストレートすぎましたかね?
 でも、猫好きなので、どうしても出したかったんです。
 だから勘弁してやってくださいませm(__)m

 高遠さん、より謎めいた存在になっていってますね。
 クールなのか、優しいのか、気性が荒いのか……いったい、どれが本当の高遠さんなんでしょうか?
 多分、わからないですよね?
 ……ってか、そうじゃないと困っちゃうんですけど(笑)
 高遠さんには、これからも『謎な存在』でいてもらおうと思います。
 ――――しばらくの間は。
 とりあえず、結構高遠さんの『言葉』には、内面的な深い意味も込めてありますので、そこらへんを感じとってもらえると嬉しいですね。
 あえて、一見理解しにくい言葉にしてあったりするところも……。

 さて、本話の最後で病院送りが決定した高遠さん(笑)
 次話では、その高遠さんの容態とか、高遠さんの家族のこととかがわかる予定です。
 もしかしたら次話で『高遠明日香』編が終わるかもしれないし、もうちょっと続くかも。
 まぁ、そこらへんは文章量で臨機応変に対応していくつもりです。
 多分、次話の公開も、だいぶ遅くなってしまうかもしれませんが、どうか気長に待ってくださると、ありがたいです。
 それでは、また『あとがき』でお会いしましょう♪

 2004/10/11 19:33
 スランプ継続中。な、状態にて(泣)



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