第26話〜feat. ASUKA TAKATO #1 [夜の街にて×××]〜 |
いったい、今は何時なんだろうか。
……そういえば、ついさっきチャイムが聞こえたな。
その後から急に、常に聞こえていた談話とかの雑音が消えてる。
……ってことは、授業が始まったってことだろうか。
まぁ……どうでもいいや。
たまにはサボるか。
とりあえず、今すぐに日奈子や由紀や泉川や森野さんに会ったりしたら、俺は冷静でなんかいられなくなるだろうし。
……日奈子は俺のすぐ隣の席だし、尚更だ。
――ホント、なんだったんだろう、あの感情は。
メチャクチャ恥ずかしかった。
何に対して? ……何に対して……なんだろう?
何となく……何となくわかったのは――
――俺が、俺のことを好きになってくれている四人のことを、友達としてだけではなく、どこか特別な部分ででも好きになっているのかもしれない……ということ。
それが、恋愛感情的な部分なのかはわからない。
……でも、少なくとも友達として好きなだけだったら、ただ顔を合わせただけであんなにも恥ずかしいような……変な気分になったりはしないだろう。
そう……なんだろうな。
そんなことを思考していると、何だか恥ずかしさが再発してきて、ずっと立ちつくしていた屋上の入り口近くから、敷地奥の方へと小走りに移動しだす。
そうやって、十月の風を顔いっぱいに浴びる。
屋上を手すりに沿って移動していると、そこから見えるパノラマが、様々な表情を俺に見せてくれる。
……何だかそのパノラマに、今の現状を素直に受け止めろと告げられているように思えて、思わず立ち止まり、大きく溜め息を吐きながら眺めてしまう。
「――どうした? 溜め息なんか吐いて」
――背後から聞き覚えのある声が。
すかさず周囲を見まわすが、声の主の姿は見当たらない。
困惑しながら更に見まわしつづけていると、
「上だよ、上」
そんな声が聞こえてきて、視線を上方に向ける。
すると、屋上に設置されている風力観測用の小さな全面コンクリート製の建物の上に、その人物は存在した。
「よぅ」
「た、高遠さん?」
……思わず、疑問系で返してしまう。
高遠さんは、建物上の縁に座っていて、その手には……タバコ。
見事にプカプカと煙が立ち昇っている。
「珍しいじゃないか。橘が授業サボるなんて」
「ま、まぁそれには複雑な理由が……って、そんなことより、それ・……」
思わずその手先を指差してしまう。
「あぁ、タバコ? ……橘も吸うか? 落ち着くぞ」
「い、いや、遠慮……しとくよ」
俺はそう言いながら、過去に聞いた高遠さんに関する噂が本当だったんだなぁと実感してしまう。
――タバコを常備していて、よく喫煙をする。
まさか、自分がその現場に遭遇するとは思っても見なかった。
「そうか? ……とりあえず、そんなところに居ないで、こっちに来てみろよ。結構、眺めが良いんだぞ」
何が『とりあえず』なんだかよくわからなかったけど、眺めが良いという言葉に惹かれて、建物の上へと昇ることに。
昇りきると……確かにその眺めは素晴らしいものだった。
街は一望できるし、その先には広がる海も見える。
「へぇ……確かにすごいね」
俺が思わずそう呟くと、高遠さんは「ハハ、そうだろ」と、自慢気に返してきた。
――しばらく、無言でその景色を眺めつづける。
「――それはそうと、橘、ちょっと頼みがあるんだけど、いいか?」
「はへ!?」
突然の言葉に、俺は思わず素っ頓狂な声を返してしまう。
「……なんて声出してるんだよ」
「は、はは……で?」
「あぁ、あのな、悪いんだけど、少し金貸してくれないか?」
「へ、お金?」
「あぁ。二千円くらいでいいんだけど」
その言葉を聞いてから、俺は少し考える。
(……あまり金無いから、出来れば出したくないんだけど……でも、転入歓迎パーティーの時も、さざなみ祭の演劇練習の時も、それなりにお世話になったし……しかたないか)
「……う〜ん、まぁすぐに返してくれるならかまわないけど」
そう言って、スラックスのポケットに入っている財布から千円札を二枚差し出す。
「悪いな。……なるべく早く返すようにするから」
高遠さんは、申し訳なさそうにそう言いながら千円札を受け取った。
そして、自らの財布に千円札をしまい込むと、
「……さて、じゃあそろそろ私は戻るわ。橘も、何で溜め息なんか吐いてたのかわからないけど、あまり物事は深く考えずに気楽にいったほうがいいぞ」
そう言って立ち上がる。
「あ、あぁ」
「それじゃあな」
高遠さんはその言葉を残して、軽快に建物から降りて俺の前から姿を消した。
今まで、そんなに高遠さんと話す機会が無かったからかもしれないけど、高遠さんって何か変な人だな。
……平気で学校でタバコなんて吸っちゃってるし。
ってか、学校だろうがどこだろうが、未成年がタバコ吸っちゃマズイんだけど。
まぁ、とにかく、まだまだ謎の多い人だな。
そんなことを思いながらも、この目の前に映るパノラマを素直に楽しんでいるのに気付くと、何だか物凄く都合の良い性格をしてるんじゃないかと思えた。
――ふと気付けば、さっきまでの慌てぶりを忘れてられている自分が。
十一月に入って最初の土曜日。
俺は、以前から欲しいと思っていたCDを買うため、最寄の駅から三つ目の駅の前にある大型CDショップを訪れていた。
この駅前は様々な大型専門店が点在している、近辺に住む人達が好んで訪れる場所。
俺が居るCDショップはもちろん、本屋やコンピュータ関連専門店、大型デパートや旅行代理店、各種金融機関やホテルなど、ホントに色々な店が存在する。
それだけ活気のある街なので、専門店の品揃えも良く、俺はお目当てのCDをすぐに発見することが出来た。
インストゥルメンタルの曲を集めたオムニバスアルバムなんだけど、これ系のCDは、地元だとあまり取り揃えられていないんだ。
まぁ、とにかく見つかって良かった。
俺は発見できたことにホッとしながらそのCDを手に取り、レジを目指す。
その途中、インディーズコーナーなるコーナーを発見し、ふと立ち止まる。
そこでは、bonheurのCDが最も目立つ位置に並べられていた。
『stArt』というミニアルバムだ。
人気があることだけでなく、地元出身のアーティストであることから、余計にヒューチャーされているのかもしれない。
(……そういえばこの前、森野さんが枚数限定でCDを売るって言ってたなぁ。……いきなり目の前に現れて告げてきたから、かなり焦ったけど)
なんて、先週の金曜日に聞いたことを思い出しながら、そのCDを手にとってみる。
曲目を確認すると、全ての曲がパソコンやMDで聴いたことのあるもので、思わず小さく笑ってしまう。
また、それと同時に、改めてbonheurと関わることが出来たことに、沢山の幸運を感じる。
――こんなにも凄い人達と、俺は知り合いになれているんだ。
俺は、近くに設置されていた視聴用のプレイヤーでbonheurのCDを少し聴いてから、レジで会計を済ませてCDショップを跡にした。
――折角安くない交通費を浪費してここまで来たんだから、それに見合った満足感を得て帰らなければ。
そう思った俺は、CDショップを出た後も様々な店を移り回った。
DTM関連の機器やソフトを見るためにコンピュータ関連専門店を、冬物を服を見るためにデパートを、そして、お気に入りの雑誌を見るために本屋を。
目的の雑誌を見終わり、フラフラっと本屋の中を周っていると、女性誌が集められたコーナーで知っている顔と名前を見つけ、思わず立ち止まる。
『特集――舞羽のオススメ秋冬ファッション――秋冬の主役になれるファッション、選べるツータイプ。アナタはカワイイ派? それともカッコイイ派?』
――そう、それは『AfteR SchooL for Senior』だった。
しっかりと、その表紙には着飾った姉貴の姿が。
女性向ファッション誌を立ち読みするのは物凄く恥ずかしかったけど、そういえば『AfteR SchooL for Senior』一度も見たことないなぁと思ったら何だかやけに気になって、周りの視線を気にしながらも開いて見てみる。
すると、確かに数ページに渡って姉貴オススメのファッションを紹介する記事が。
姉貴が実際に紹介している服を着ていて、その服装に対するチェックポイントなどが簡潔に記されている。
……何だか、目の前で展開される姉貴の『ファッションショー』を見ていると、この人は本当に俺の姉貴なんだろうかと、一瞬疑問に思ってしまう。
毎日見ている姉貴であることに間違いはないんだけど、『AfteR SchooL for Senior』に写る姉貴は、家に居るときの姿とは全く違うように見える。
どこが違うのか――一番わかりやすいのは、その視線だろう。
この姉貴の視線は、着ている服装に合わせて様々に変化しているんだ。
例えば、可愛い感じの服装の時。表情が明るい感じなのは当然だと思うけど、その視線がやけに『丸い』。
カッコイイ感じの服装の時は、表情をキリッとしたものにして、視線もクールで爽やか。
これが、プロの技ってやつなんだろうか。
とにかく、姉貴の『凄さ』を垣間見れた気がした。
そう……ホントに、凄いよ。
――ふと、何だか辛い気分になった。
(……俺の周りには、こんなにも凄い人達が居る。森野さんはタメだし、姉貴だって二つしか違わないのに……俺は、いったい何をしてるんだろ)
俺は、当たり前のように学校に通い、当たり前のようにバイトもせずに小遣いを貰い……当たり前のように過ごしている。
『まだ高校一年生じゃないか。別に深く考えることはないさ』と思ってしまえば、それまでかもしれないけど、それを言ってしまえば、森野さんだってそうだ。
森野さんは、ちゃんと自分が好きなことに一生懸命取り組んで、もちろん沢山の苦労もして、今の地位――インデーズバンドとしての人気――を手にしている。
それに比べて俺は、DTMとかホームページとか、好きなことをやってはいるけど、ハッキリ言って中途半端。
インターネット上で少数の人に知られているだけで、それだけで満足してしまっている自分がいる。
もちろん、それがいけないことなんじゃない。
ただ、それで満足してしまったら、結局は『そこまで』なんじゃないかって思うんだ。
(……って、なんで俺、こんなにヘコんでるんだろ)
ちょっとそんな自分を情けなく思いながら、『AfteR SchooL for Senior』を元の場所に戻して本屋を跡にした。
その後、俺は気分転換するために、本屋のすぐ近くにあるゲームセンターに入った。
そこはメダルゲームを主に取り扱う店で、とりあえず千円出せば、それなりに遊べるようになっている。
俺は、以前一度やってみて面白いと思っていたビンゴゲームをやることにした。
このビンゴゲームは、普通のビンゴカードを用いてやるものではなく、全て機械で構成されている。
まず、いくつか設置されている席のどれかに座り、目の前にあるメダル投入口に任意数のメダルを投入。
メダルを投入すると、席ごとに設置されているモニターに5×5のビンゴカードが表示され、あとは機械がランダムに選ぶ数字とビンゴカードを照らし合わせ、縦横斜めいずれかの列が揃えば当たり。
ただ、選ばれる数字は五つだけで、ただ照らし合わせるだけでは一列揃う可能性は物凄く低くなってしまう。
そこで、このゲームならではの機能が盛り込まれている。
まず、このゲームでは一列分全ての数字が揃わなくても、当たりになる可能性がある。
三つ揃うと『三つ揃え』、四つ揃えば『四つ揃え』、そして五つ揃えば『ビンゴ』と、全三つの当たりパターンがあるんだ。
ただ、もちろんその全てが同じ意味では、『ビンゴ』の意味がなくなってしまう。
だから、揃った数によって、配当の倍率が違うんだ。
そして、その倍率は投入したメダルの数によって変わってくる。
例えば、三枚投入していたならば、『三つ揃え』で五倍、『四つ揃え』で二十倍、『ビンゴ』で五十倍、といった感じ。
――当たれば、一気にメダルがガッポガッポってわけだ。
とりあえず一度やってみると、運良くいきなり『四つ揃え』が当たり、俺は調子付いて次々とメダルを投入していった。
今日は、かなりついているみたいだ――――
――ゲームセンターから外に出ると、いつのまにか辺りは真っ暗になっていた。
月明かりに勝るネオンの光が、辺り一面に広がっている。
(……調子に乗りすぎたか?)
携帯電話を取り出して、時間を確認すると、
「げっ! もう十一時過ぎてる!? って、もうすぐ十二時じゃないか!! ……ってか、うちの家族は連絡の一つもよこさないのかよ」
言いながら、財布にしまっておいた電車の時刻表を取り出す。
「終電は十二時十分か……走ればなんとか」
呟いて、歩みを走りに切り替える――
――が、俺はある地点まで辿り着いた時、思わずフル稼動させていた足を止めてしまった。
「今日は楽しかったです、オジサマ。……でも、オジサマとても激しくて、ミミ、壊れちゃうかと思いましたよ」
「ハハハ、そんなこと言って……ミミちゃん、随分と気持ち良さそうだったじゃないか」
「あん、そんなこと言わないでくださいよ〜」
「ハハ、そうだね。……それじゃあこれ、今日の分と帰りの電車代ね。気をつけて帰るんだよ」
「ありがとうございます〜♪ オジサマもお気をつけて」
「ありがとう。それじゃあ、またそのうちね」
視線の先には一組の男女――『ミミちゃん』と『オジサマ』。
二人は、ネオンが煌々と光る建物――ホテルの前に居た。
ネオンで描かれている文字や、建物の外壁に付けられている看板から、そのホテルがどんな『ホテル』なのか想像がつく。
『オジサマ』は見た感じ四十代半ばくらいのサラリーマン……だと思う。土曜日なのにスーツ姿なのは、休日出勤なのか、それとも元々土曜日も働く人なんだろうか。
そして『ミミちゃん』。
土曜日ではあるが学生服を着ていることから、彼女が学生であることがわかる。
まぁ、もしかしたら姉貴みたいな趣味を持った学生じゃない人が、好んで学生服を着用しているという可能性もあるかもしれないが、俺は彼女が確実に学生であること、更に、確実に高校生であることを認識していた。
彼女が着ている学生服――俺は、その学生服を見たことがある。……というか、毎日のように目にしている。
……そう、それは佐々原高校の制服だったんだ。
そして、俺はそれと同時に『ミミちゃん』が『ミミちゃん』ではないことも、確信していた。
まぁ、そもそも『ミミ』なんて名前の人なんて、普通に存在しないかもしれないが、そんな理由で確信したわけではない。
……俺は、『ミミちゃん』のことを知っているんだ。
――――『ミミちゃん』が発している声の口調は普段とは全く異なる、明るさと優しさが窺えるものだが、間違いなく『ミミちゃん』は・……高遠明日香、その人だったんだ。
『オジサマ』が、高遠さんに向けて控えめに手を振りながら、その場を去っていく。
そして、その『オジサマ』に同じく手を振り返していた高遠さんが、ふと視線を俺の方に向けた。
高遠さんは俺の姿を確認すると、一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに表情を普段見せるクールな感じのものに変え、ただ呆然と様子を見届けていた俺の方に、ゆっくりと近づいてくる。
「……まさか、誰かに見つかるとは思ってなかったよ。……しかも、同じ学校の……それも、同じクラスの橘とはな」
――何故か、高遠さんは口元に妖しげな笑みを浮かべていた。
その意図はわからないが、少なくとも今の俺にとってその笑みは、目の前に居る高遠さんの存在を、TVの映像が乱れた時の人の姿のように霞ませて見せた。
高遠さん……なんだよな? ……今、目の前に居るのは。
「どうして? ……えっと、制服だし、ミミじゃなくて高遠さんだし、あれは……その、ホテルだし――」
頭の中が錯乱して、出てくる言葉が何だか途切れ途切れになってしまう。
また、様々なことを想像してしまい、自然と顔も紅潮しだす。
そんな俺に、高遠さんは手で口を押さえながら嘲笑とも取れるような笑みを見せる。
「フフ、変なヤツ。そんなに動揺して……そんな、珍しかったか? 随分と橘はウブでシャイなんだな」
「…………何、してたんだ?」
「何って……あそこから中年オヤジと一緒に出てくるところ見てたんだろ?」
「……………」
「……ハァ……エンコーだよ、援助交際。知ってるだろ、エンコーくらい?」
――確かに、名前を聞いたことはある。
だけど、実際に知ってる人がそれをしているだなんて、何だか全く実感が湧かない。
(……援交って、どう考えても『いいこと』じゃないよな。ってか、確か法律で禁止されてるハズだし)
「知ってるけど……ってか、マズいんじゃないの? その……そういうのって」
俺がそう言うと、高遠さんは少し表情をきつくした。
「んなの私の勝手じゃないか。ギブ・アンド・テイクなんだから、私もオヤジたちも得るものがある。それのどこに問題があるっていうんだよ? ……結局、オヤジたちは『女子高生』とヤれれば良し、うちらは金を貰えれば良し。――つまり、良いんだよ」
高遠さんのストレートな言葉に少し怒りを感じたが、それに勝る恥ずかしさが、顔全体に表れだす。
そして、何にも言葉を返せなくなる。
高遠さんはそんな俺の表情を、今度は何か面白そうに眺めていた。
「フフ、ホントに橘はウブなんだな。……その分じゃ、まだドーテーなんだろ?」
「なっ!? 何言い出すんだよ、突然!?」
「……わかりやすいヤツだな」
「……………」
「アハハ!」
――――高遠さんの表情が、突然、『オジサマ』に向けていたものと同じものになった。
そして、同じく『オジサマ』に向けていたものと同じ口調の声で、俺に呟いてくる。
「――ねぇ、橘クン、このこと……秘密にしてくれないかな? 橘クン、タイミング悪いんだもん。普段はこんな近場なことないのに、たまたま近場だったときに現れるなんてさぁ。ホント、イジワルなんだからっ」
「秘密って……そんなこと、言われても――――」
俺が、高遠さんの表情と…なによりその口調の変化に戸惑いながらも、そんな言葉を呟いていると、その途中で、高遠さんが問答無用にしっかりと俺の片手を握ってくる。
そして、ピッタリと密着させるように俺の腕に身体を絡ませながら、そっと耳元に囁きかけてくる。
「もちろん、ギブ・アンド・テイクでねっ。この前お金も借りちゃったし、その分を返す意味でも……ねっ」
――俺はその時、放たれた言葉を聞き取る聴覚よりも、間違いなく視覚の方がより活発に活動していた。
視線を向けるのは、高遠さんの顔と、その高遠さんが向けている視線の先。その両方に交互に向けている。
高遠さんが向けている視線の先、そこにあるのは――
――――そこにあるのは、『ミミちゃん』と『オジサマ』が出てきたホテルだ。
「……………えっ?」
無意識に、口から漏れていた。
『ホテル』、『ギブ・アンド・テイク』、『金を借りた分のお返し』、『高遠さんの、何か誘うような声』。
これらから導き出されるもの。それは――多分一つしかないと思う。
そして、その考えは高遠さんが次に放った言葉で、確実なものとなった。
「悪い取引じゃないと思うんだけど、どうかなぁ? 私はこのことを秘密にしてもらえて、橘クンはドーテーから卒業できる。何か、一石二鳥って感じじゃない!」
「ちょ、ちょちょちょっと、待てって! その……終電に間に合わなくなっちゃうし……ってそう言う問題じゃなくて、えっと……そ、そう! つまりは俺がこのことを秘密にしておけばいいわけだし――」
かなり乗り気な感じの高遠さんに、俺は慌てて反論するが、
「――ダ〜メ。『貸し』ならいくら作ってもいいけど、『借り』は作りたくないの。世の中ってそんなもんでしょ? この前お金借りたのだって、ちゃんと返せるから借りたわけだし。それに……もう終電は発車しちゃったわよ?」
「えっ!?」
言われて、慌てて時間を確認する。
――十二時十五分。……アウトだ。
(でも、やっぱり……ってか当然ダメだろこんなの。高遠さんとホテルに入って、そして……)
次々と理性を押しのけて浮かんでくる妄想に、俺の頭はもうパンク状態。
ただただ呆然と立ちつくしてしまう。
(む、むむ、無理だ、ゼッタイ!! 高遠さんも、何考えてるんだよ!! ……だいたい、高遠さんは嫌じゃないのか? そんなこと。……もしかしたら、高遠さんはこういうのに慣れてるんだろうか。だから……こんな簡単に、あんなこと言い出したりしたんだろうか。そういえば、さっき『普段はこんな近場で』なんたらこうたらって言ってたよな? やっぱり、そういうことなんだろうか。いつも、『オジサマ』相手に……)
……メチャクチャ顔が熱い。心臓なんて、もうずっとバクバクだ。
――そんなうろたえてる状態の俺を、高遠さんは心底面白そうに見ている。
そして、どういう意味を持つものなのかはわからないけど、普段は見せることのない満面の笑みを見せながら、強引に俺をホテルの方へと引っ張っていく。
「もぅ、とにかく細かいことは気にしないで、せっかくなんだから楽しまなきゃ! お金だってさっき貰ったばかりだから、余裕で泊まれるよっ」
「そ、そんなこと言われてもっ!! って、ちょっと待ってって! 頼むから!! おぃ! 高遠さん! 高遠さんってば!!」
――叫び声には、無常にも周りを通りすぎていく人達を振り向かせる効果しか無く、俺の身体は容赦無くホテルへと近づいていく。
高遠さんはそんな俺に、無邪気に見える笑みを向け続ける――
――いや、今の俺にとって、この人は『高遠さん』ではなかった。
俺の全く知らない、『オジサマ』と一緒に居た『ミミちゃん』だ。
……そう、思いたかった。
ホテルの入り口の自動ドアが、まるで俺たちがここに来ることを予期していたかのように開く。
「なぁ! ホントに待てって! 自分が今、何をしようとしてるか、わかってるのか?」
俺は入り口で、最後の抵抗とばかりにそんな言葉を投げかけるが――
「わかってるわよ。一緒にここに泊まって、やることやって、それで帰る。それだけのことじゃない」
――――一蹴された。
奥に見える通路スペースはとても静かで、何だか独特な雰囲気をかもし出している。
高遠さんに引っ張られながら、無人のフロントへと向かっていく。
もう、叫ぶ気力すら無くなっていた。
(あぁ、なんで俺はあんな時間までゲーセンで遊んでたりしたんだろう。……全然ついてないじゃないかよ。ってか、ホントに俺はこのまま……?)
――俺の思いを嘲笑うかのように、自動ドアが静かに閉じられた。
===あとがき=====
第26話でございます。
ようやく……って感じですね。
……さて、まず最初に一つ。
正直、今回この『高遠明日香』編の内容を、このまま公開してしまって良いのだろうかと迷いました。
それは、『援助交際』などといった言葉が盛り込まれているからです。
少し前にアンケート調査させてもらった、『あなたの年齢は?』によると、『らぶ・ぱにっく』を読んでくださっている方は、中学生・高校生の方――つまり、18歳未満の方が多いという結果が出ています。
もちろん、『らぶ・ぱにっく』の内容が18禁の域まで達しているとは思っていませんが、それでも、あまり適切な表現ではないかもしれないと思ったんです。
……ですが、この『高遠明日香』編の内容は、一応以前から構想していたものなので、今から違った内容のものを考えていたら、この先の構想まで崩れてしまいかねないし、何より自分が構想していたものをそのまま公開したいという想いがあったので、こういった内容のものを公開させていただきました。
もし、不快に思われた方がいらっしゃいましたら、本当に申し訳ありません。
ですが、これが私の一つの『答え』ですので、これはこれとして受けとめていただければ幸いです。
あと、『高遠さんのイメージ、何か想像してたのと全然違うんですけど〜!』っていう意見もあるかもしれませんが、それは……マジで勘弁してください(汗)
高遠さんは、こういうキャラです。
さて、次話はいつ公開できるだろうか……。
どうか、気長にお待ち下さいませ(滝汗)
2004/09/05 18:13
高遠さんを表現するの、ホントに難しい(泣)な状態にて。