第22話〜feat. KAORI IZUMIKAWA #4 [危機+微笑=?]〜 |
それはまるで、アリの行列のようだった。
規則的に二列に並び、皆同様の目的地を目指している。
――行列は、中々先に進まない。
――トゥモロー・パーク。
それが、今俺たちがいる遊園地の名前。
いや、正確に言えば、まだトゥモロー・パークの中には入っていない。
入り口に並ぶ長蛇の列の後方で、ずっと待っているんだ。
休日ということもあってか、トゥモロー・パークは大混雑状態だった。
子供から老人まで、様々な人が長蛇の列を形成している。
「ったく、全然進まね〜な」
篤史がウザったそうに吐く。
コイツの言う言葉には、何度も苛立ちを感じてきているけど、今回に限ってはその言葉に賛同する。
ホントに、中々進めないんだ。
こうやって待っている間も、俺は泉川の手をしっかりと握っていた。
最初はやっぱり恥ずかしさがあったけど、いつのまにか、そんなものは無くなってきている。
もちろん、『手を繋ぐ』という行為に限っての話だけど。
泉川も、俺と手を繋ぐことに対する違和感が無くなってきたみたいで、手を握る力がしっかりしてきたように思える。
時折見せる微笑も、徐々に無理が無いものになってきているようだ。
「ねぇ、とりあえず中に入ったらお昼しない?」
篤史の彼女が、空腹を主張するかのようにお腹をさすりながら、ルーズな声で言い出す。
現在時刻は十二時二十分。
確かに、そろそろお腹が空いてくるころだ。
泉川も篤史も同じように思っていたようで、揃ってその意見に賛同する。
行動方針が決まったところで、ようやくトゥモロー・パークの入り口を通過した俺たちは、一路食事の取れる場所を目指して歩みを進め出した。
トゥモロー・パークは中々広い敷地を持っていて、三つの地域に分けられている。
入り口から入ってすぐの地域――ピースフル・ゾーン。
ピースフル・ゾーンから左奥の方にある地域――アドベンチャラーズ・ゾーン。
ピースフル・ゾーンから右奥の方にある地域――ファンタスティック・ゾーン。
その中のピースフル・ゾーンに、今、俺たちは居る。
ピースフル・ゾーンにはお土産などの買い物が出来る施設や、食事をとることの出来る施設があり、俺たちはそこにある『トゥモローズ・カフェ』というレストランで食事をとることにした。
トゥモローズ・カフェは、カフェということで基本的には喫茶店なんだけど、ランチなどの軽食も出している。
テーマパークの情報誌に限らず、様々なグルメ情報誌などでも紹介されていて、結構人気のあるお店らしい。
どうやらその情報は正しかったようで、店内はそれなりの客入りをみせていた。
店内の窓際に設置されている四人用のテーブルの上には、すでに俺たちが注文した料理が並んでいる。
ローストした肉に茶色いソースのかかったものや、一口サイズのパンに生ハムやチーズが乗っているもの。トマトがふんだんに使われている冷性スープや、ハーブの香り漂うサラダなど、結構な種類を注文した。
評判どおりどれもおいしかったけど、テーマパークのレストランだから、それなりの値がはってしまうのが玉にキズ。
……まぁ、今はそんなことを気にしていられる状態ではないんだけど。
「なぁ、そ〜いえばお前っていつからコイツ……えっと、橘だったよな? ――と付き合い始めたんだ?」
それは、トゥモローズ・カフェに入って一通り注文をし終えた後に放たれた、篤史の言葉だった。
質問を投げかけられた泉川は、そのいきなりの質問を予想していなかった様子。
「え? え、えっと……」
言葉に詰まりながら、バレない用に俺に視線を向けて、焦った表情を見せる。
――だが、俺の方がよっぽど焦っていた。
(そんな表情見せられても……。何て返せばいいんだよ……)
それが、今の素直な気持ちだった。
俺が引っ越してくるちょっと前に別れたって言ってたよなぁ。
別れてからすぐにっていうのも、何だかおかしな気がするし、かといって最近過ぎても変だよな……。
……って、この『間』が一番不自然じゃねぇか!
「……ちょうど一ヶ月くらい前からだよ」
数秒の沈黙の後、何とかその言葉を返す。
……緊張からか、何だかやけにノドが乾く。
そう感じて、注文していたアイスティーをゆっくりとノドに――
「ふ〜ん。……で、お二人さんはもうヤッたの?」
「ゴハッ! ゲホッ! ゲホッ!!」
「だ、大丈夫!? ちょ、ちょっと何言いだすのよ!」
思いっきりむせている俺の様子をうかがいながら、泉川は顔を紅潮させて声を荒げる。
だが、篤史は全く罪悪感など感じていないようだった。
「ど〜やら、その反応じゃまだみたいだなぁ。もっと積極的にスキンシップしなきゃ。……なぁ、香織」
そんな言葉を、身を乗り出している泉川に向かって返している。
その、妙に意図が込められているような言葉に、俺は怒りが込み上げてくるが、その怒りよりも、凄い勢いで猛烈な不安感が込み上げてきていた。
それは、泉川に対する不安感。
泉川は過去に篤史と……色々あったみたいだから、そんな内容の言葉を掛けられた時の心境は、どう考えても穏やかなものではないだろう。
しかも、よりにもよって、あまりにも直球な言葉。
……泉川にとっては、一番聴きたくない内容のものだろう。
案の定、泉川は青ざめた表情を見せて――はいなかった。
「……アンタの場合は行き過ぎなのよ。……ハァ、まったく」
――むしろ呆れているような、嘆いているような、そんな表情で言葉を返している。
そんな泉川を、俺は驚きを何とか隠しながら見ていた。
(何でそんな、落ちつきを見せていられるんだ)
そう、思っていた。
……少し前までは、あんなにも不安定な心情を見せていたのに。
今の泉川の表情からは、そのことを確認することはできない。
少し安心しながら、アイスティーの入ったグラスを戻そうとテーブルに視線を向けると、泉川の手が視界に入った。
その手を見た瞬間……俺は、また考えを改め直すことになる。
――泉川の手は、全てを物語るように小刻みに震えていた。
改めて泉川の姿を見ると、スラっと伸びた足も、やはり震えている。
(泉川は……ずっと、耐えているんだ。そう……当然じゃないか。きっと、アイツと一緒に居るだけでも辛いんだろうに……。そのくらい気付けよ、俺!)
……何だか急に、自分が情けなくなってきた。
家から駅に向かうバスの中で、『泉川を救ってやりたい』と心から想ったはずなのに、いざ本番になったらこのあり様。
結局、まだ俺は泉川に対して、何の救済処置もしてやれないでいる。
結局、俺はただただ現状に流されているだけで、泉川は、ひたすら我慢をし続けている。
結局……俺は、何をしているんだ?
――今の俺は、まるで言葉を発すことが出来るだけの人形のようだ。
篤史の、ある種危険な発言はあったものの、何とか無事に食事を終えた俺たちは、様々なアトラクションを体験すべく、アトラクション要素が沢山あるアドベンチャラーズ・ゾーンへと向かった。
アドベンチャラーズ・ゾーンには、その名の通り、『冒険』をイメージしたアトラクションが点在している。
洞窟の中を探検するかのように走るジェットコースターや、ジャングルの川を巡るかのように進む船。
西部劇のガンマンになりきって楽しむ事の出来るガン・アトラクションや、宇宙空間を巡洋する宇宙船を操作しているような雰囲気を体験できるものなど、その種類は様々だ。
俺たちはまず、アドベンチャラーズ・ゾーンに入ってすぐにあるジェットコースター――ケイブ・エクスプローラーに乗ることにした。
……まぁ、ある程度は予想していたことだけど、そこはかなりの混雑を見せていた。
行列の最後尾に、『待ち時間四十分』という立て札を持った従業員が立っている。
多少うんざりしながら並ぶが、試しに聞いてみたところ、待ち時間四十分というのは、休日にしては短い方らしい。……長い時には二時間近いときもあるそうだ。
掲示された待ち時間――四十分を少し過ぎたころ、ようやく俺たちの番がやってきた。
辺りには岩山がくり貫かれたような空間が洞窟のように続いていて、その中にジェットコースターのレールがひかれている。
奥の方が暗くなっていて確認できないのが、逆に好奇心をそそる。
そして、目の前にあるのがトロッコのような形をしたジェットコースターの本体。
一度に大人数が乗れるタイプではなく、まるで計っているかのような、前後列二人ずつの四人乗り。
俺と泉川が前列、篤史とその彼女が後列という形で乗り込み、発進を待つ。
「や〜ん、こわ〜い篤史〜」
な〜んていうノロけた声が、背後からたびたび聞こえてくるが、さすがにもう慣れてきたような気がする。
いや……違うか。
それが意図的なものなのか、自然に出てくるものなのかはわからないけど、正直、今の俺にはその声に対して怒りを覚えたりする余裕がなかったんだ。
――トゥモローズ・カフェを出てからずっと、泉川の状態が気になってしょうがなかったんだ。
あの、小刻みに震えていた手や足。……そして、それとは裏腹に、異様なほどに普通な表情。
――明かな、矛盾。
そして、それは今に至るまで続いている――
「何? 人の顔じっと見たりして。……何か付いてる?」
「い、いや……別に何も」
「ふふ……変なの」
泉川の当たり障りのない笑顔は、あまりにも自然で、余計に不安感が増す。
俺は……心配性すぎるのだろうか。
『それでは、ただ今よりエクスプローラーの皆様に、洞窟内を探検していただきます。トロッコにあるシートベルトがきちんと装着されているか、改めてご確認下さい。――それでは、ケイブ・エクスプローラー、スタート!』
元気の良い女性のアナウンスが流れ終え、ゆっくりとトロッコが動き出す。
洞窟に近づいていく度に、視界に入る闇の領域が広がっていく。
そして洞窟に入った瞬間、泉川の表情を確認することができなくなった――
「……ねぇ、翔羽」
トロッコがレール上を進む音や、風をかき分ける轟音の中、聞こえてきた泉川の小さな声を何とか聞き取る。
そして、トロッコのスピードが上がってくる中、何とか泉川に相槌を返す。
「今日は本当にゴメンね。翔羽が居てくれてるから、今まで何とかなってる。でも――」
――気のせいか、その声はやけにかすれて聞こえた。
「――正直、もうそろそろ限界……かも」
それは、トゥモロー・パークに来てから始めて放たれた、泉川の本音……なんじゃないかと思った。
一瞬、背後に居る篤史たちに聞こえていないだろうかと思ったが、さすがにこの轟音の中なら大丈夫だろう。
ジェットコースターは、そのスピードをぐんぐん加速していく。
前から吹きつけてくる風に耐えながら、何とか泉川の方に視線を移すと、今度こそ案の定、落ちこんだ表情を伺うことになる。
――それは泉川の現状を、はっきりと物語っていた。
やっぱり、ずっと耐えていたんだ、泉川は。
まだトゥモロー・パークに来てからそんなに時間は経っていないけど、泉川にとっては、実際の経過時間よりも相当長い時間をこの場で過ごしているように思えているんじゃないだろうか。
嫌な時間っていうのは、やっぱり長く感じるものだと思うし。
……俺はいったい何をやってるんだ。
泉川はすでに、こんなにも追い詰められてしまってるじゃないか。
「悪い……俺、全然助けてやれてないもんな」
「ううん、翔羽は何も悪くないよ。……結局、私が関係ないことにまき込んじゃったんだし……」
「水くさいこと言うなって……言っただろ?」
「……そうだったね。……ゴメン」
――俺には、こんなものすごいスピードの中でも、強い風でなびく泉川の黒髪が、自嘲のこもっているような微笑みと合わせて一つの静止画のように見えた。
……何だろう。何だか、俺の中で何かが絞めつけられるような、そんな感情がひしひしと湧いてくる。
何だか……やけに苦しい。
「ふふ……何でそんな顔してるの?」
「えっ? そんな変な顔してる?」
「うん……何だか無理矢理に笑顔を見せようとしてるみたい。それに……何だか苦しそう」
泉川は、その表情を曇らせていた。
心配そうに、なびく髪を手で抑えながら言葉を放っている。
……ハハ……ホントに、俺はいったい何をやってるんだよ。
泉川を救うどころか、余計な心配までかけちゃてるじゃないか。
――――情けない。
この絞めつけられるような感情が湧いてくるは、自分に対する情けなさ・不甲斐なさのせいだ。
きっと……そうだ。
「……俺は大丈夫だから。……だから、香織も限界だなんて言わないで、もうちょっと頑張ろうよ。……な」
表情は変わらなかったけど、泉川はその言葉に確かに頷いてくれた。けど――
――正直、俺の方がそろそろ限界なのかもしれない。
俺の感情の変化など知る由もないジェットコースターは、何のくるいも無くレールの上を進み、定められた景色を俺たちに見せ続けていた。
ケイブ・エクスプローラーを降りた俺たちは、そのままアドベンチャラーズ・ゾーン内にあるいくつかのアトラクションを周り、少し身体に疲れを感じ始めたころ、ところどころに設置されているベンチの中の一つに座り、小休憩を取ることに。
そのすぐ目の前に在った移動式のポップコーン売り場でポップコーンを人数分購入してから、ベンチに腰掛ける。
やっぱり疲れが溜まり始めていたのか、みんなして深く座りこんで息を吐く。
それは俺も同じで、腰を降ろすのと同時に、深く息を吐き出した。
……でも、俺は他のみんなとは違った『疲れ』を感じているんだと思う。
鏡なんて見なくてもわかる。ケイブ・エクスプローラーを降りてから、ずっと俺はあからさまにならない程度に抑えながらも、表情を暗いものにしていた。
それは、自分自身の情けなさ・不甲斐なさから出てくる表情。
そのことは、間違い無かった。
――泉川に対して、何の手助けも出来ていない。
そのことが、ずっと俺に重くのしかかっているんだ。
もちろん、何か行動を起こす努力をしなければとはずっと思っていた。
……でも、出来たのは泉川の手を絶えず繋ぎ続けることと、簡単な会話をすることくらい。
結局、完全に経験不足だってことだろう。
泉川は、そんな俺の表情を見るたびに心配そうな表情を見せ、また、気遣う言葉を投げかけてくれていた。
そんな泉川の気持ちは嬉しかったけど、正直、その行動は俺の中で更なる『重み』と化している。
だから、余計にそれが表情となって現れ、またそれを確認した泉川が俺のことを心配しだす。
……まさに悪循環だ。
そして、その状態はまだ続いている。
いいかげん、そろそろこの無限ループから抜け出さなければならないな。
「ねぇ翔羽、ホントに大丈夫なの? ホントに、無理しなくて……いいからさ」
「だから、ホントに大丈夫だって。……香織がそんな表情をすることの方が、今の俺にとっては辛いからさ」
泉川はそんな俺の言葉を、やっぱり心配そうな表情で受けとめていた。
いくらそれっぽい言葉を取り繕っても、内に秘めた気持ちは見透かされているんだろうか。
俺の心情をいとも簡単に見抜く、姉貴のように。
その考えは正しかったようで、泉川は新たに言葉を呟き出す。
「……嘘。わかるよ、翔羽が無理してるの。私……嫌だよ。……私のためにそんな無理しないで。……お願いだから」
泉川は、今にも泣きそうな表情になっていた。
そんな……そんな表情を見せられたら、俺は……俺は――
――もう、どうすればいいのかわからなくなっちまうよ。
「……なぁ、さっきから何ブツブツ言ってるんだよ?」
思考が混乱し始めた時にかけられたのは、そんな篤史の不信げな言葉だった。
どうやら、小さなささやき声で会話をしていたから、その内容は聞き取られていないようだが、突然割り込んできた言葉に、俺は思いっきり動揺してしまう。
「い、いや……別に何でもねぇよ」
「本当かぁ? ……何かお前らを見てると不自然なところが多い気がするんだけどよぉ。お前ら……何か隠してねぇか?」
(き、気付かれたのか!?)
「そ、そんなことないわよ! ねぇ、翔羽」
「あ、あぁ」
泉川と共に、ぎこちない笑顔を作りながら、何とか明るさを強調した声で返す。
……だが、それは余計に篤史の不信感をあおってしまったようだった。
「……何か怪しいな。……だいたい、お前ら本当に付き合ってんのか?」
『えっ!?』
(し、しまった……)
篤史の真実を突く言葉に、つい揃って声をあげてしまった。
明かに……不自然じゃね〜か。
泉川と顔を見合わせながら、思わずハッとした表情をしながら手で口を押さえてしまう。
「更に怪しいなぁ」
「い、いやねぇ、何言ってるのよ。私たちはちゃんと付き合ってるわ」
「ふ〜ん。……なら、証拠を見せてみろよ」
「証拠……って?」
篤史のニヤついた表情を軽く睨みながら、泉川が不安感を漂わせて呟く。
篤史は心底面白そうに俺と泉川の表情を一瞥すると、「こ〜れ」と言いながら自分の彼女の肩に手を回し、そしてゆっくりとキス。
長めのキスが終わると、篤史は視線を俺たちに戻して言葉を続ける。
「これくらいのこと、付き合ってるんなら当然出来るよなぁ」
篤史に視線を向けられているものの、当然、俺はその言葉に対する返答をすることが出来ずにいた。
焦りながら、泉川に視線を向ける。
すると泉川も、少しうつむきながら困った表情を見せていた。
お互いの表情を伺う状態のまま、数秒の沈黙へ。
「……おぃ、ど〜したよ。まさか出来ないなんて、言わねぇよなぁ。たかがキスだぜ?」
篤史の追い討ちをかける声が、容赦無く降り注がれる。
マズイ……これ以上、沈黙の時間を続けているわけにはいかない。
ただでさえ怪しまれてるのに、このままじゃあ完全にバレちまうよ。
でも……泉川とキスだなんて出来るわけ――
(―――――えっ?)
……瞬間、俺は広がる光景を察知している目を疑ってしまった。
――ポップコーンを買った移動式の売店。
――その背後に在るアトラクションスペース。
――行き交う来園者たち。
そして――すぐ目の前に居る泉川の、軽く顔を上げて目を閉じ、唇を委ねようとしている姿。
「お、おい」
篤史たちに気付かれない程の小さな囁き声を泉川に向かって掛けるが、それに対しての反応は無し。
泉川はただ黙ったまま、その体勢を崩さないで居る。
(ど、どうする? これはキスしてもいいってこと……だよな?)
そう思いながらも、そう簡単に行動には移せない。
(ホントにいいんだよな。キス……しちゃっても。けど……泉川はどういう気持ちで……)
思考すればするほど、頭の中がパニック状態になっていく。
……でも、これ以上時間をかけて篤史の不信感を増幅させるわけにもいかない。
でも……でも、泉川はこれでいいのか?
このまま俺とキスすることに、嫌悪感を覚えたりしないのか?
俺と泉川は、即席の偽者カップルなんだぞ!?
(…………やっぱりダメだ。こんなの……こんな――)
――絶え間無く展開されていた思考は、次の瞬間、その働きを停止することに。
泉川は、閉じていた目を開いていた。
そして、今日の中で一番のものではないかと思えるような、何か包み込んでくれるような微笑を見せている。
――その微笑は、何ともあっけなく、俺の中にあった躊躇心を完全に拭ってくれていた。
俺は、再び目を閉じた泉川の肩にゆっくりと手を回す。
ふと、トゥモローズ・カフェに居た時の、身体を小刻みに震わせた泉川の姿を思い出し、手が泉川に触れるときの反応が気になったが、泉川の身体に震えは感じられなかった。
感じられたのは、確かな体温と、肩に手を回し終えて完全に抱きしめた形になったときに感じた、少し早めな鼓動。
目と鼻の先にある泉川の顔は、変わらず穏やかな表情をしている。
正直、どうしてこんなにも穏やかな表情をしていられるのか、俺には全くわからなかった。
元カレカップルとのダブルデートで、こちらは即席の偽者カップル。
そんな中発せられた、元カレである篤史による、泉川のプライドを崩壊させかねない不信感のこもった言葉。
そして、偽者カップルだということがバレるかもしれない現状。
……にもかかわらず、今の泉川は何の不安感も感じていないように見える。
いや、そう……見えるだけなんだろう。
きっと、今も泉川は必死に耐えているんだ。
だから……俺はその頑張りに答えなければならない。
泉川だけに頑張らせるわけにはいかないんだ!
俺は合図をするように抱きしめる力を強め、瞬間、急速に早くなった泉川の鼓動を確認すると、ゆっくりと泉川の唇に唇を向け始めた。
――――もう、迷いは無い。
===あとがき=====
第22話、無事公開です。
無事……かな?(汗)
ついに遊園地に舞台を移し、ダブルデートがスタートしました。
……でも、私自身、ダブルデートの経験なんてないんで、それっぽく書けているのかどうか、実は結構不安だったりします。
まぁ、ダブルデートという状況よりも、翔羽と泉川の心境の方を重点的に書いている(つもり)ので、あまり私自身の経験は関係ないのかも(笑)
とにかく、翔羽の心情はめまぐるしく変化しています。
そこいらへんを感じ取っていただければ、嬉しいです。
さて、次話は『泉川香織』編の最終話になります。
この後、いったい遊園地でどんなことが起こるのでしょうか。
まぁ、泉川の気持ちを感じ取れる内容になっていると思います。
即席偽者カップルの結末やいかに!?
……ってな感じの第23話を、お楽しみに〜♪
2004/07/23 17:05
最近の猛暑で、夏バテ最高潮! ……な、状態にて。