第20話〜feat. KAORI IZUMIKAWA #2 [彼女の事情]〜 |
すでに、太陽は完全に沈みきっていた。
陽光で暖まっていた空気が、いつのまにか冷たいものになっている。
帰路の途中にある曰く付き十字路を、海を正面に見て左に曲がって、しばらく進むと在る小さな公園。
俺と泉川は、その公園にあるブランコに乗っていた。
――特に漕ぐわけでもなく、ただ座っているだけの状態だ。
俺は軽く夜空を見上げながら、ヒューチャーランドでのことを想起していた。
* * * * *
『説明して……くれるよな?』
――そんな俺の言葉に、泉川はうつむかせていた顔を更に落として、小さく頷いてくれた。
程なく、泉川が弱々しい声で説明をし始める。
「何となくわかったと思うけど、さっきの男と……私、付き合ってたの。……まぁ、アイツが言ったとおり、三ヶ月前くらい……そう、ちょうど橘が転入してくるちょっと前くらいに別れちゃったんだけどさ」
「……あぁ。……あのロケットに入ってた写真の男……だよな?」
「……うん。……ハハ、ホントはあまり見られたくなかったんだけどね」
「何か珍しく慌ててたから、『何かあるな』とは思ってたけど……。でも、何で別れたりしたんだ? ……あっ、その……別に言いたくなかったら言わなくてもいいんだけど、ちょっと気になるから……さ」
「あっ、そんな気を使わないでいいから……」
泉川は歪んだ微笑を見せながら、ゆっくりと言葉を続ける。
「アイツとはね、中学三年生のころに知り合ったの。……偶然、同じクラスになってさ。でも、別にアイツが気になり始めたとか、そういうのは全然無かったの。何ていうか……ホントに、ただのクラスメイトって感じにしか思ってなかった」
ふと、泉川の表情が少し緩む。
「――でもね、だんだん受験勉強とかで忙しくなってきた時期に、アイツが突然、告白してきたのよ。……その時はビックリしたよ。だって、そんなに仲が良かったってわけでもないし、それどころか話すこともあまり無かったし。正直、あんまり好きなタイプでも無かった。
……でも、私、その告白を受けとめたの。
それまで男の人と付き合ったこと無かったから、そういうのに興味があった――って、その時は思ってた。……でも、今思えば受験勉強とかで疲れてたから、『心のより所』みたいなのが欲しかっただけなのかもしれない。
そんな不純な動機で付き合い始めたんだけど、それでも最初は楽しかったの。ホントに……楽しかった。受験勉強の合間に、遊園地に行ったり、映画を見に行ったり、ショッピングしに行ったり……。お互い違う高校に通うことになっても、それは変わらない。……そう、信じてた。でも――」
泉川の表情は、一気に曇る。
「――アイツは変わったの。アイツ……アイツは……私の身体を求めてきたのよ」
……その声に、嗚咽が混ざりはじめていた。
ひしひしと、その悲痛さが伝わってきて、俺は何の言葉も返すことが出来ない。
ただ出来るのは……しっかりと、その言葉を聞いてやることだけ。
「普通のキスは中学の頃にもしてたから、別に抵抗は無かった。でも……アイツは、それだけじゃ満足……できなかったみたい。付き合ってたんだから、身体を求めてきてもおかしくはない……とは思ったよ。むしろそれが普通なんだって、思ったよ。――でも、口の中にアイツの舌が入り込んできたとき……初めて私は拒絶した。……そして、気付いたの。
――私は、ただ『付き合ってた』だけで、アイツのことが『好き』というわけではなかったんだってことに。
ハハ。……バカだよね、私。付き合って半年近く経った頃に、ようやく気付くなんて。ホントに……バカなんだよ! ……好奇心なんかで付き合ったりして!!」
泉川の瞳には、止まっていたはずの涙が再び溜まり始めていた。
……そして、耐え切れなくなったのか、両手で顔を覆い隠す。
もう、錯乱状態と言ってもいいほど、泉川は声を荒げ始めていた。
「だから……自業自得なのよ! アイツの家で……私、胸……触られたり、他の…ところも……。私…バカだから、『アイツのために』とか勝手に思って我慢したわ! ホントは……ホントはものすごく嫌だったのに!! そして、アイツはもっと先のことを――」
「もういい!!」
……もう、これ以上は限界だった。
これ以上、泉川の悲痛な叫びを聞き続けることは……出来ない。
それに、この後に続く言葉なんて……聞きたくない。
『もっと先のこと』っていったら、きっと『アレ』のことだろう。
――すでに泉川は、嫌々ながらも『女』になっているんだ。
そう、簡単に想像のつくコトだから、尚更……聞きたくない。
そして何より、泉川にこれ以上辛い思いをさせたくなかった。
俺は立ち上がり、泉川の前へ。
そして、溜まっていた涙を流しながら呆然と俺を見つめる泉川の肩に、そっと手を乗せる。
「もう……いいよ泉川」
泉川は俺の言葉を聞くと、涙を拭うことなく表情を歪ませる。そして、
「橘……橘ぁ!!」
叫びをあげながら、俺の腹部辺りに腕を回して抱きついてきた。
止まない嗚咽が、身体に直接伝わってくる。
眼前に居るのが泉川であることを認識しかねるほど、その姿が弱く小さいものに見える。
正直、俺は泉川が説明してくれた内容を、うわべでしか理解していないと思う。
こんなこと突然言われても、『へぇ、そうなんだ』なんて簡単に受け止めることはできねぇよ。
でも、事実……なんだよな、きっと。
泉川は、冗談は言っても嘘をつくようなやつじゃないし。
……っつ〜か、もし事実じゃなかったら、こんな姿にはなっていないだろうし。
『ねぇ見て、あれ――』
『あっ、あれってB組の橘君じゃない?』
『一緒に居る子、誰だろう? ってゆ〜か、こんなところで……。見せ付けてくれるよね〜』
多少の悪寒を感じながらも聞こえてきた声に慌てて振り向くと、そこでは数人の女の子がこちらを向いてヒソヒソと何かを話していた。
『B組』っていう単語が出てきたからには、佐々原高校の学生なんだろう。しかも、同学年の。
幸い、クラスメイトではなく、面識の無い人たちだった。それに、俺に抱きついているのが泉川だということに気付いていない様子。
でも、かといってこのままの状態で居るのは、とても危険な予感がする。
俺は素早く周囲を確認すると、視線を泉川に戻して呟く。
「……なぁ、泉川。……とりあえず、場所変えねぇか? ちょっとここは……マズそうだし」
嗚咽はまだ止んでいなかったが、泉川は小さく「うん」と答えてくれた。
泉川がある程度落ち着くのを待ってから、俺と泉川はヒューチャーランドを跡にした。
* * * * *
ブランコの金具がきしむ音で、無意な想起から我にかえる。
どれくらいの時間を、俺は想起に費やしていたのだろうか。
…………わからない。
ただ、泉川はブランコに乗った時からかわらず、うつむいて何にも話さないでいる。
泉川の心境――それはきっと、俺の想像では追いつかないほど過酷なものなんだと思う。
あの男に対する気持ち。……今は、どう思っているんだろうか。
まだあの男に対する『想い』は残っているのか? それとも、今は『憎悪』の気持ちでいっぱいなんだろうか。
……少なくとも、複雑な心境であることに違いはないだろう。
でも、そのことに関わってしまった俺としては、心境を察してただ黙っているわけにはいかない。
俺には……泉川に聞いておかなければいけないことがあった。
「……なぁ、泉川。お前は……どうしたいんだ?」
「えっ?」
泉川はうつむかせていた顔をこちらに向け、はれぼったくなっている瞳を見せる。
「お前……あの男が俺のことを彼氏って言った時、否定しなかっただろ? それに……明日ダブルデートをする約束もしちまって」
「……………」
「何か……理由があるんだろ?」
俺の言葉に対する返答は、中々返ってこなかった。
泉川は再び視線を俺から離し、うつむいた状態に戻っている。
……だが、泉川はゆっくりとブランコを漕ぎ始め、それと同時に話しだした。
「……許せなかったのよ。アイツの、あの態度が。……アイツは、やっぱり私のことを求めていたんじゃなくて、私の『身体』を求めていただけなんだってことが、改めてわかった気がしてさ。……『好き』っていう気持ちなんて、お互いどこにもなかったんだなぁって。
…………ん〜ん、やっぱり許せなかっただけじゃないのかもしれない。
アイツ、彼女連れてたからさ、最初に橘のこと『新しい彼氏か?』って聞いてきたとき、私……ものすごく見栄を張りたい気持ちでいっぱいだったのよ。あんな嫌味ったらしい口調で言われたから……。だから……否定しなかった。否定なんて……したくなかった。
ダブルデートのことを言われたときは、橘も聞いてたと思うけど、すぐに断った。……でも、アイツ『ひょっとして、『邪魔されたら何にも出来ない』みたいな、そんな冷めた仲なのかな〜?』なんてこと言ってきたじゃない。何か……嫌だったの。
――橘のことまでバカにされてるみたいで。
そう思ったら、勢いでつい受けちゃったの。……ハァ、ホントに私ってバカだね。それに、どうしようもない見栄っ張りだし」
泉川は、言いながら表情を曇らす。
思わず目を背けたくなってしまうほどに、泉川がやつれているように見えた。
俺は……そんな泉川の辛さを、少しでも拭い去ってやりたい気分でいっぱいになっていた。
こんな泉川は……嫌だ。
「……それで、どうするんだよ明日」
俺が聞くと、泉川は明らかに無理して作ったものだとわかる笑顔を俺に向け、ブランコを漕ぐのを止めてから、変に力の入った声で言葉を放ちだす。
「一人で行くよ。アイツに何言われるかわからないけど、橘に迷惑かけるわけにはいかないしさ。……って、もう十分に迷惑かけちゃってるよね。……ホントにゴメンナサイ。橘には、全く関係の無いことなのに……」
「――違うだろ?」
俺は瞬発的にそう返していた。
俺は今、泉川を軽く睨んでいる。
「それは……違うだろ、泉川。……関係ないわけないだろ。 俺たち、友達だろ? 少なくとも、俺はそう思ってる。……違うか?」
泉川は俺の表情に少し驚いている様子だったが、慌てて首を横に振る。
俺はそれを確認すると、表情を和らげて言葉を続ける。
「だったら、『関係無い』なんて言わないでくれよ。……いつも、お前は俺のこと何気に心配して助けてくれてるだろ? ほら、今日だって勉強教えてくれたし。……だからさ、たまには俺にも手助けさせてくれよ」
その言葉を、自分の意思で言ったのは確か。
……でも、言い終わった瞬間、何だかこっぱずかしくなってくる。
焦りながら、会話の内容を柔らかなものに変えようと試みる。
「ま、まぁ、そ〜は言っても何にも出来ねぇかもしれない――」
……しかし、俺の言葉が完結することはなかった。
「――――アリガト」
泉川はブランコから降りていた。
そして、今度は全く無理をしているようには見えない、心からの微笑を見せながらその腕を俺の肩に回していた。
やましい気持ちなんてこれっぽっちもない、心からの感謝の気持ち……と、俺は解釈した。
俺は自然と笑みを浮かべながら、ゆっくりと泉川の腕を離す。
「……礼を言わなきゃいけないのは、俺の方だって」
「橘……」
「……けど、もう『関係ない』なんて水くさいこと言うなよ〜」
「うん……そうだね」
泉川はそう言った後、何やら躊躇しているような表情を見せるが、すぐに決意のこもった表情に変えて言葉を放つ。
「じゃあ……私のお願い、聞いてくれる?」
「あぁ。俺に出来ることだったらな」
「明日一日、私の彼氏のフリをしてほしいの。……もちろん、橘さえ嫌じゃなければ……だけど」
「…………は?」
予想してなかった言葉に、つい間抜けな声を返してしまう。
……ちゃんと考えていれば、泉川がそういうことを頼んでくることは、間違いなく予想できたはず。
あの男には、俺が泉川の彼氏だと勘違いされてるわけだし、それに、明日にはダブルデートをする予定も組まれている。
……そうなれば、俺が泉川の彼氏のフリをして一緒に遊園地に行けばいいと考えるのは、いたって普通なことだろう。
泉川は俺の声を聞くと、浮かない顔で苦笑する。
「……やっぱり嫌……だよね」
「い、いや、そういうわけじゃなくて、別にフリをするのは構わないんだけど……その――」
……俺は、次に言うべき言葉を放つのを躊躇していた。
あんまり、人前で言いたいことではないんだ。
でも、泉川だってちゃんと自分のことを教えてくれたんだ。――だから、言える範囲で言うしかない。
「俺、今まで彼女がいたことないからさ。だから……明日、どんな風に泉川に接すればいいのかとか……わからないんだよ。正直、自信がないんだ」
……そう、俺は今まで恋愛経験が全く無い。
理由は……まぁ、言わなくてもわかると思うけど……女性恐怖症だ。
『女性』という存在自体が、俺にとっては『恐怖』そのものだったから、女性に対して恋心を抱くということなんて、それこそ無かった。
……最近は、ちょっと変わってきている気もするんだけど。
泉川は俺の言葉を聞くと、安堵の表情を見せた。
そして、優しい口調で言葉を紡ぐ。
「……そうなんだ。ゴメンね、何か言いたくないこと言わせちゃったみたいで。……でも、大丈夫。こんな風に私のことを心配してくれる気持ちがあれば、絶対に上手くいくよ。――私のことを大切に思いながら接してくれれば」
「そういうもん……かぁ?」
「そういうものなの。……あっ、でもお互い名字で呼び合うのはやめたほうがいいかもしれない」
「えっ? ……じゃあ、どう呼べばいいんだ?」
「名字じゃなかったら、残ってるのは一つだけでしょ?」
「名前……かぁ」
ということは、俺は泉川のことを『香織』と呼ぶことになるわけで。
……何故だか、妙に恥ずかしく感じる。
「そ〜ゆ〜ことだよ、翔羽♪」
泉川は少し前かがみになった状態で、未だにブランコに乗った状態のままの俺に向かって、ウインクをして微笑んでいた。
――訂正しよう。俺が泉川のことを『香織』と呼ぶことより、泉川が俺のことを『翔羽』と呼んでくることの方が、よっぽど恥ずかしく感じる。
また、何と言うか……泉川の仕草がやけに可愛く見えてしまい、恥ずかしさ倍増。
俺の顔は、みるみるうちに紅潮していった。
「何、そんなに赤面しちゃって。……もしかして――」
「ち、違う!!」
「ふふ、まだ何も言ってないじゃない」
「そ、そうだな……ハハ」
泉川が何て言おうとしていたのかはわからないけど、何だかそれを聞いてしまうのが怖かった。
別に、俺にとってマイナスになる言葉をかけてくるかもしれないから、というわけではない。
そうじゃなくて、むしろ俺にとってプラスになりすぎる言葉がかけられる可能性があるんじゃないかと思って……それが怖く思ったんだ。
――今の俺にとってはまだ、そのプラスになりすぎる言葉は恐怖の対象だったんだ。
「そ、それより、まだ他にないのか? その……正しい接し方みたいなのって」
「そうねぇ……あとは、互いに手をつないだりするべきかなぁ」
「手をつなぐって……そんなことでいいのか?」
「あら、結構それって大事なことなんだよ。……互いのことを実感できる、いちばん簡単なスキンシップなんだから。それに、好きでもない人と普通、手をつないだりなんかしないでしょ? だから、逆に手をつないでいれば、それだけでも周りから見たらカップルに見えると思うし」
「まぁ、言われてみれば確かにそうかも……」
確かに……そうだよな。
ホントに、俺は何にもわかっていないみたいだ。
そういう些細なことも、結構大事だったりするんだな。
何か本番で、そんな些細なことでしくじってしまいそうな気がして、今から不安だ。
「……でも、そういう見た目のことよりも、一番大事なのは気持ちが通じあってるかどうかだと思う。いくら接し方に気をつけてても、二人のイキが合ってなかったら何にもならないからさ」
「そ、そうだな」
何だか、泉川の話を聞くたびに、責任の重大さに潰されそうな気がしてしまう。
今からもう、あがってしまっているのかも……。
俺のそんな様子に気付いたのか、泉川は俺の肩をポンと叩いて、
「ふふ、大丈夫だよ。ヒューチャーランドであの矢印を踏むゲームやった時、私たちすっごくイキが合ってたと思わない? きっと、橘と私、相当相性がいいんだと思うよ!」
「えっ? それって……」
泉川は、始めは俺の言葉の意図を理解していないようだったが、少し経つと、軽く顔を赤らめる。
……どうやら、気付いてくれたみたいだ。
「あっ、べ、べつにそういう意味じゃなくて、その……と、とにかく大丈夫だってことよ!」
「ハハ、そうだな。……確かにあのゲームやった時はイキが合ってたと思うし、きっと上手くいくよな!」
「そうそう! 絶対に上手くいくって!! ……あっ、でも元はといえば私のせいだから、そんなに気負わなくていいからね」
「あぁ。折角だから、これも勉強の一つと思って、楽しませてもらうよ」
――って言うくらいの余裕が、本番でもあればいいんだけど。
……と、心の中で付け足しておく。
俺は泉川を想って、なるべく気軽な言葉を返したつもりだったんだけど、泉川は何だか微妙な表情に変わっていた。
「うん。……私も、なるべく楽しめるように努力する…からさ」
「あ、あぁ」
……そうだった。
泉川にとって、明日のダブルデートが楽しいものになる要素は、ほとんど無い。
元カレのカップルと、即席の偽者カップル。
たとえ行く場所が遊園地であっても、とても楽しめる状況にはならないだろう。
なにせ、泉川にとってはデートですらないんだから。
何だか酷なことを言ってしまったみたいで、言葉に詰まってしまう。
でも、こんな嫌な雰囲気のまま明日を迎えるわけにはいかない。
せめて、少しでも気持ちよく明日を迎えられるようにしないと。
「なぁ、今何時だ? ……そろそろ帰んないとヤバい気がするんだけど」
「えっと……ちょっと待って」
泉川は、言いながらバッグの中をあさり、携帯電話を取り出す。
「えっ! もう十時過ぎちゃってる。……結構、話してたんだね」
「そうだな。……じゃあそろそろ帰ろうぜ。今日、お前自転車じゃないんだよな」
「あ、うん。手提げバッグだからバス乗っちゃって。……ヒューチャーランドに行くのにも、橘にバス使わせちゃったしね」
その言葉を確認すると、俺は早速、明日のための行動に移る。
ずっと乗っていたブランコから降り、そして――
「じゃあ、家まで送ってくよ。……香織」
――眼前に居る泉川の手を掴みながら、なるべく自然さを意識してそう言った。
泉川は予想外の言葉だったのか、顔を仄かに赤く染めながら、驚いて声も出せない様子。
静まりかえってしまい、何だか次の行動に移りずらい。
「ほ、ほら、練習だよ、練習。……やっぱり、今から実践しといたほうがいいだろ?」
「う、うん……そうだね。……でも、さすがに家まで送ってもらうのは悪いから、バス停まで――」
「バ〜カ。今日は土曜日だから、もうバス残ってね〜の。……おとなしく俺に送られろっつ〜の」
照れを隠しながらそう言い、返事を待つことなく泉川を引っ張って、公園の出口へと向かう。
泉川は申し訳なさそうな顔をしていたけど、しばらくすると、観念したのか微笑を見せだす。
「……ありがとう」
そんな一つの単語が、俺に安堵を与えてくれた。
正直、泉川の申し訳なさそうな顔を見たときは、失敗したかなぁとか思ったりしてたんだ。
「おぅ。……でも、道案内だけは……頼むな」
「ふふ、わかってるよ……翔羽」
恥ずかしさでむずがゆくなってくるが、これも練習。
何とか平静を装って公園を出る。
泉川の道案内に合わせて歩みを進めていると、ふと視線を感じる。
見ると、泉川が妙に艶っぽく見える視線を向けていた。
何だか……公園に居た時とは違って、大人っぽく見える。
「な、何?」
……思わず声が上ずる。
「ん? ……何でもないよ」
泉川はそう言いながらも、その身体を俺に寄せてきていた。
必然的に、寄り添って歩く形に。
……ちょうど俺の肩辺りに、泉川の頭が乗せられている状態だ。
「お、おぃ……」
ついそんな言葉が漏れるが、泉川は言葉を返してこない。
そして、体勢も全く崩さない。
(これは練習! これは練習! これは練習なんだ!!)
そう心の中で叫びながら、意識を保つ態勢に入る。……よし、大丈夫だ。
……とは言うものの、泉川に触れている俺の右半身は、まるでカイロでも貼っているかのように熱を帯びている。
やっぱり……大丈夫じゃないかも……。
なんてことを思っていると、無意識のうちに一つの疑問が生まれてきた。
(それにしても、泉川は練習とはいえよくこんなことしてられるよな〜。俺だったら好きでもないやつにそんなこと――)
――言葉から生まれた想像のために、思考は瞬時に中断される。……が、すぐに再開。
(泉川は……どんなことを思いながら、こんな行動をとっているんだろう。それに俺も……嫌がっていないじゃないか……)
考えれば考えるほど、頭に血が上っていく感じがした。
……ものすごく顔が熱い。
(ダメだ。……そのことを考えるのはやめよう。それよりも明日のこと! 明日の……こと……)
俺は本当に、こんな状態で明日を乗り切ることが出来るんだろうか――
===あとがき=====
「こちらは第20話になっておりま〜す」
「はい、いらっしゃいませ〜」
……と、トリビア風に(笑)
そんなわけで、『泉川香織』編、第2話をお贈りしました。
いかがだったでしょうかね?
個人的に、あくまで個人的にですけど、私は『公園+ブランコ』みたいなシチュエーションが、結構好きだったりします。
だから、今回は非常に書きやすかったです。
……それにしても、毎回泣きすぎなきはしてますけど(笑)
さて、次話は泉川編クライマックスに向けての通過点……みたいな感じになると思います。
最近忙しかったので、展開的にどうなるかは、まだ続きをあまり書けていないので不明です(汗)
まぁ……公開をお待ちくださいませ(滝汗)
2004/07/02 17:15
五月・六月ときて、次は七月病か!? ……な状態にて(笑)