第19話〜feat. KAORI IZUMIKAWA #1 [とんだ再会劇]〜

 俺は今、この学校の制度を呪いたい気分でいっぱいだった。
 十月十七日、金曜日のホームルーム。
 教壇では、耶枝橋先生が話を続けている。
 その内容――それは、先生の背後にある黒板を見ればわかる。

 ――後期中間テスト。

 さざなみ祭があって、体育祭があって、次は中間テストと来たもんだ。
 まったく、今月の日程はどうかしてるよ。
 後期中間テストは、次に学校に行く日――二十日から二十二日までの三日間行われることになっている。
 一日に三教科ずつやるから、全部で九科目。
 正直あんまりまともに勉強に取り組んでいない俺にとって、それは地獄のような数だ。
 特に、社会系の科目――地理Aや世界史Tは苦手だから、今から気がめいってしまう。
「それじゃ、行事続きだから勉強できなかったなんていいわけしないですむように、しっかりテスト対策しといてね」
 耶枝橋先生は、俺の感情を読み取っているかのような言葉を最後に、ホームルームを終わらせた。

(テスト対策かぁ。……そんなもの、これっぽっちもやってないな)
 ホントに、俺はそんなもん何もやってなかった。
 さざなみ祭の前は、演劇のことで頭がいっぱいだったし、体育祭の前は、由紀のことでごたごたしてたし。
 はっきり言って、テスト対策なんてしてる暇なかったっつ〜の。
 ……そうは言っても、後期中間テストは嫌でも三日後にやってくる。
「……ハァ」
 これじゃあ、ため息を吐かないでいられるわけがねぇよ。
「ど〜したのぉ? ため息なんて吐いちゃってぇ」
 やる前から後期中間テストの重圧に押しつぶされそうになっている俺に、そんな言葉を掛けてきたのは泉川だった。
 ゆっくりと近づいてきて、俺の席の側まで来ると、イジワルめいた笑みを見せかけてくる。
「へいへい、悪うございましたね」
「ハハハ、ゴメンゴメン。……テストのことで今からまいっちゃってるの?」
「そ〜ゆ〜こと。……まったく、行事続きで勉強なんてまともに出来てないっつ〜の」
「あら、別に行事続きじゃなくたって変わらないんじゃない?」
「んなこと……ね〜よ」
「ど〜だか」
「うっせ」
 ぶっきらぼうな言葉を返しながらも、泉川の事実をついてくる言葉で、余計に気がめいってしまう。
 確かに、行事続きじゃなかろうが勉強なんてしてなさそうだし。
「……ハァ」
 何だか勝手にため息が出てくる。
 イジワルめいた笑みを向けていた泉川は、そんな俺の様子を見ると、表情を変えて一つの提案を出してきた。
「……そんじゃ〜さ、橘が嫌じゃなかったら、勉強見てあげようか? 多分、そこそこ教えられると思うけど」
「えっ、あぁ……」
 泉川の提案は、俺にとってプラスの材料と成り得るものだった。
 泉川は口は悪いけど、委員長をやってるだけのことはあって、結構頭が良い。
 たまに授業中に抜き打ちで行われる小テストでも、いつも好成績をあげている。
 俺の苦手な地理Aや世界史Tでも、確かそうだったはずだ。
 でも――。
「そりゃ、俺にとってはありがたいことだけど、お前の場合、何か見返りを要求してきそうで怖いからな〜」
「……人の親切に対する返答とは思えない内容ね」
 ……何か泉川の顔が少し引きつっているように見えるのは気のせい……じゃないだろうな。
「い、いや、その……お前だって忙しいだろ? だから……そ、そうだ、とりあえず幸樹に勉強教えてもらうことにするよ」
 そう、幸樹もメチャクチャ頭が良い。
 体育以外の教科は、全て得意なんじゃないかと思えるくらい、うちのクラスではずば抜けている。
「あらそう、でも……すでに予約いっぱいみたいよ」
「えっ?」
 言われて幸樹の席の方を向くと、その周囲には軽く人だかりが出来ていた。
 ……皆、考えることは同じってことか。
「ちっ、しゃ〜ね〜な。お前で我慢すっか」
「へぇ〜。……それが人に物を頼む態度かしら?」
 ……視線が怖い。
「……よろしく……お願いします……泉川先生」
「よろしい」
 泉川は満足気に満面の笑みを浮かべて頷く。
 何かその笑顔の裏に、怪物かなんかが潜んでいるように思えてならないんだけど……。
 ……でもまぁ、あいつは俺のことを心配して、このことを提案してくれたんだろう。
 何だかんだ言って、いつも泉川は周りのことを気にして、心配してくれるようなやつだから。
「それじゃあ、今日はちょっと予定が入っちゃってるから、明日……橘の家でってことでいい?」
「あぁ、それでかまわない」
「オッケ。……あっ、そうだ。ねぇヒナ、良かったらヒナも一緒にどう?」
 泉川は隣の席に座っている日奈子に向かって、誘いの声をかける。
 日奈子は瞬間嬉しそうな顔をしたが、すぐに申し訳なさそうな顔に変わって、言葉を返してくる。
「ゴメン、泉川さん。すっごく行きたいけど、明日はもう予定が入っちゃってて」
「そっか〜、残念だなぁ。……じゃあ、厳戒態勢をしいて行かないとダメね」
「はぁ? なんだよそれ?」
「だって、単身橘の家に乗り込まなきゃいけないんだよ? 身の危険を感じるのは、当然のことじゃない。あんなことやこんなこと。はたまたそんなことまでされちゃうかも……あぁ! 考えるだけでも恐ろしいわ!!」
「何だか知んねぇけど、変なこと考えるなっ!!」
 泉川の言葉に、俺は慌てて言葉を返す。
 日奈子は泉川の言葉を聞くと、顔を赤らめながら言葉を放つ。
「あ、あんなことって……何?」
「やだぁ、そんなこと聞かないでよ〜。私に放送禁止用語、言わせる気ぃ?」
 日奈子はその言葉を聞くと、目を見開き、顔を真っ赤にしたまま黙ってしまった。

 ……おぃおぃ、いったい何を想像してるんだよ、泉川と日奈子は。


 ――そして次の日。
 泉川は、俺が昼食の後片付けを終えてしばらく経った頃にやってきた。
 テーラードジャケットを纏ったパンツスタイル。
 手には小さめのバッグを持ち、腰にはいくつもホールの開いたベルトが。
 ……なかなか似合っている。
 玄関先で泉川の姿を確認した俺は、そんなことを思いながら言葉をかける。
「よう、タイミングばっちりだな。ちょうどやること終わったところなんだ」
「ちぇっ、なんだ〜。それは残念。……もうちょっと前に来てれば、私を待たせた罪を着せることができたのに」
「……何だよそれ」
「ハハ、冗談だって。とりあえず、あがっていいかな?」
「おぅ」
 言って、泉川を中へと誘う。
 泉川は玄関に入るのと同時に、「おじゃましま〜す!」と、大きな声をあげるが、それに対しての反応は無い。
「あれ? 誰もいないの?」
「あぁ。親父は外に居るけど、中には誰も」
「先輩は?」
「姉貴はモデルの仕事で出かけてる。……今日は撮影だけじゃなくて、インタビューみたいなのにも答えなきゃいけないって言ってたから、多分帰りも遅いんだと思う」
 そう、姉貴は女性向ファッション雑誌『AfteR SchooL for Senior』の専属モデル。
 今日は写真と一緒に、その『AfteR SchooL for Senior』に載せる対談も、こなす予定になっているらしい。
 姉貴は学生だから、平日は中々予定が組めない。
 だから、いつも土・日に撮影をするスタジオに出かけることが多いんだ。
「へぇ、やっぱり売れっ子モデルは忙しいんだね。……って、もしかしたら私たちが暇しすぎなのかもしれないけど」
「ハハ、そ〜かもな」
 俺が軽く返すと、泉川は突然真顔になって、言葉を続けだす。
「じゃあ……私たち、二人っきりなんだね」
「…………は?」
 な、何を言ってるのかな〜、この人は。
 『二人っきりなんだね』って……まさか、俺のことを意識してる――って、そんなことあるわけないな。
 昨日も『厳戒態勢』がどうのこうの言ってたし。
 でも、そんなこと言われると……俺の方が変に意識しちまうじゃねぇか。
「な〜んてね! ……はっ! もしかして変に意識して妙なこと考えてないでしょ〜ね〜」
「なっ! んなわけね〜だろ! ……ほら! とっとと勉強始めよ〜ぜ!!」
 笑顔でイタズラっぽく言ってくる泉川に、俺は平静を装ってそんな言葉を返す。
 でも、意識しないでいられるはずないじゃなか。
 ――相手が誰であれ、誰も居ない家の中で、女の子と二人きりだっていうのは確かなんだから。


 俺と泉川は、揃って俺の部屋のフローリングの床に座っていた。
 教科書のみを使う科目の勉強だけなら、別にリビングルームでも問題ないんだけど、情報Tとかはパソコンを使ったりする。
 うちのリビングルームには……ってゆ〜か一階にはパソコンが無いから、結局、俺の部屋で勉強をすることになったんだ。
 俺の部屋ならノートパソコンがあるし。
 足がたためるタイプの小さなテーブルを一階の物置から拝借し、その上に教科書類とノートパソコンを置く。
 泉川は、俺のすぐ隣に座っていた。
 ホントは、あんまり接近していたくはないから向かい合う形で座れればよかったんだけど、それだとノートパソコンの液晶画面をお互いに見ることが出来なくなってしまうから、しかたがない。
 しかたがない……んだけど、どうしても気になってしまう。
 すらっと流れるセミロングの黒髪。
 漂う爽やかな香り。
 正座状態の脚線をしっかりと浮かび上がらせるチノパン。
 俺の視線は――理性に反して泉川の姿を捉え続けているわけで……。
「お〜い、やる気あるのか〜?」
 ……気が付くと、泉川は俺の顔の前で手を振りながら、そんな言葉をかけてきていた。
「えっ? ……あっ! わ、わるい」
「まったく、人の話もろくに聞けないの? そんなんじゃあ、勉強教えようが無いんだけど」
「わるかったって。……で、何から勉強する?」
「あんたに勉強教えるために来てるんだから、あんたが決めてよ」
「そ、そうだな。……そんじゃあ、とりあえず苦手な世界史Tからで」
「オッケー。ちょっと待ってて」
 泉川はそう言うと、上体を背後に向け、ベッドの上に置いてあるバッグから何かを取り出そうとする。
 しかし、無理な体勢だったからか中々取り出せず、しまいにはベッド上からバッグが落ちてしまった。
 そして、見事にバッグの中身が散乱する。
「あっちゃ〜」
「……おぃおぃ、何やってんだよ」
 俺は呆れて言いながら、周囲に散乱したものを拾い始める。
 ハンカチ、ポケットティッシュ、携帯電話、くし、鏡、数冊のノートと教科書、それと――。

 ――ベッド上から落ちた衝撃でか、フタが開かれた状態のロケットがあった。
 その中には、一人の男の写真が入っている。
 見た感じは同年代。
 ……少なくとも、俺の知っている人ではない。

 誰なんだろうと思いながら、拾うことなく見つめていると、それに気付いた泉川が慌ててロケットを掴み取った。
 そして、ものすごく凶悪な顔で俺を睨む。
「み〜た〜な〜!!」
「ひ、ひぃ!!」
 その声に殺意を感じ、思わず変な声で叫びながら後ずさる。
 ……が、泉川はすぐに表情を元に戻していた。
「うそうそ。私がバッグ落としちゃったのがいけないんだから」
 言いながらも、ロケットをバッグの中に素早くしまう。
 ……あの男、誰なんだろう?
 泉川の態度を見ると、何だか妙にそのことが気になり始めた。
 あの慌てよう……泉川が、あんなあからさまに慌てることなんて滅多にない。
 俺が知るかぎりでは、以前、教室前の廊下で下着丸見え状態だった時と、さざなみ祭の演劇でのハプニングの時ぐらいだ。
 ……少なくとも、あのロケットが見られたくないものだったのは確かだろう。
 俺は、俺に背中を向けた状態でバッグの中に散乱したものをしまっている泉川に向かって、そのことについて聞いてみた。
「なぁ、あの男って誰なんだ?」
 泉川は俺の言葉を聞くと、一瞬ビクッと身体を震わせてから、ゆっくりとこちらを振り向く。
 そして、何故かうつむいた状態で、か細い声で答える。

「橘には……関係ないでしょ」

「あ、あぁ……そうだな」
 瞬時に、気まずい雰囲気が室内を包む。
 何か……聞いてはいけないことだったみたいだ。
「と、とにかく早く勉強やろうぜ、勉強」
 何とか気まずい雰囲気から逃れるために、素早く話題の切り替えにかかる。
 ……しかし、泉川はうつむいたまま、言葉を返してこない。
 何か、物思いにふけっているような……そんな感じだ。
「泉川?」
「……えっ? あ、あぁ。勉強ね。とっととやっちゃお」
 やっぱり、相当動揺してるみたいだな、泉川は。
 ……ホントに、何だったんだろうか?
 でもまぁ、これ以上このことを突っ込むわけにはいかなそうだな。


 ――正直、意外だった。
 泉川は、ものすごく教えるのが上手かった。
 『こんなこともわからないの?』とか『さっき教えたばっかじゃない!』とか言う言葉の連呼が続くと思っていたけど、そんなことはなく、わからないところを何度でも丁寧に教えてくれた。
 おかげでその内容を、それなりに理解することが出来た。
 ……ただ、接近しすぎてて、あんまり集中することはできなかったけど。
「……ふぅ、だいぶわかってきたじゃん、橘」
 泉川は、お手製の簡易テストをそこそこ解くことが出来るようになった俺に向かって、そんな言葉をかける。
「あぁ、おかげさまでな。ホント、助かったよ。これで少しはまともな点、取れそうだ」
「うんうん、良かった良かった。……ま、私が教えたからには、それなりの点数を取ってくれないと、私の名誉にかかわるからね〜」
「うっ……頑張ります」
「物分りが良くて、よろしい」
「ハァ……。じゃあ、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか?」
 現在時刻は六時ちょっと前。
 もう、辺りも暗くなり始めるころだ。
 あまり遅くなってしまっても悪いと思い、そんな言葉を泉川にかける。
 ……しかし、泉川は微妙な表情を見せていた。
「あの……さ。出来ればちょっと時間潰したいんだけど」
「は? 何で?」
「いや……その、今帰っちゃうと、家で色々手伝いやらされちゃうから、それがちょっと嫌で」
「……おぃおぃ、手伝いくらいやってやればいいじゃないか」
「まぁ、そう言わずにさぁ。……勉強も教えてやったんだし」
 ハァ。結局、見返り要求してんじゃね〜かよ。
 なんてことを思ったりしたけど、何だかんだ言って助かったのは事実だし……しかたないか。
「しゃ〜ね〜な。……で、何して時間潰すんだよ? うちじゃあ何もできねぇぞ、きっと」
「え〜! ゲームとか無いの?」
「無い」
「マジで? ……そんなんで、友達来たときとかどうすんのよ?」
「えっ? いや、その……まぁ、テキトーに……な」
 俺は、詰まりながらも何とか言葉を返す。
 そんなこと聞かれたって、友達が遊びに来ることなんて滅多にないんだからよ……。
 女性恐怖症のせいで、何度も引越しを続けていた俺には、友達と呼べる人はそれほど出来なかった。
 それこそ、家に遊びに来る友達なんて、片手の指で数えられるくらいしかいない。
 まぁ、転入歓迎パーティーを開いてくれたみんなを友達として数えるのなら、もっと増えることになるけど。
 自然と表情が暗くなっていたのか、泉川は俺の表情を見ると、少し焦った様子で言葉を続けだす。
「あっ、ん〜と、じゃあ……ヒューチャーランド行こうよ!」
「えっ? ……別にい〜けどよ、前みたいに出費がかさむのは御免だぜ?」
「わかってるって。UFOキャッチャーはやらないからさ」
「……ま、それならいいけどさ」
「よし! じゃあ決まりね!!」
 泉川は嬉しそうにそう言うと、素早く辺りに散らばった教科書やノートをバッグにしまい始める。
 まぁ……前も何だかんだ言って結構楽しかったから、いっか。


 ヒューチャーランドは、いつも通りにそれなりの賑わいを見せていた。
 土曜日ということもあってか、前に泉川と来たときよりも、来客が多いように感じられる。
 泉川はヒューチャーランドに入った途端、「私、やってみたかったのがあるんだ〜!」って言いながら、走って奥のほうへと進みだす。
 俺が慌てて追いかけると、そこには『新入荷』と書かれたプレートが付けられた、一つのゲームがあった。
 ――ダンス・ダンス・ジェネレーション。
 それは、設置されている台の中央部分に乗り、正面にある画面に映る指示にあわせて、台の前後左右にある矢印を踊るような感覚で踏んでいくゲーム。
 二人で対戦したり、協力しながらプレイできるように、画面も台もピッタリ並んで二つセットになっている。
 新入荷なだけあって、そこでは数人の人が並んで待っていた。
 泉川は、その最後列に並んでいる。
「橘! 早く〜!」
「おぅ」
 言いながら、ようやく泉川の隣に辿り着く。
 ゲームをプレイしている人を見ているかぎり、中々このゲームは難しそうだ。
 画面上で上から下に落ちてくる矢印が、プッシュポイントという場所に差し掛かったときに、タイミングよく台にある対象の矢印を踏む。
 その動作は難しいようで、プレイしている本人は必死なんだろうが、傍から見ていると、とてもダンスとは思えない動きをしている。
 こんなの、俺がまともに出来るのか?
 ……何だか不安だ。
 泉川と談話しながら待っていると、すぐに順番は回ってきた。
 台に乗ると、泉川はバッグを荷物置き場に置き、準備態勢バッチリ。
 始めにモード選択の画面が表示され、シングルモードか対戦モードか協力モードかを決める。
「ホントは対戦モードがいいけど、お互い初挑戦みたいだから、協力モードでいいよね?」
「あ、あぁ。そうだな」
 協力モードに決定。
 モード選択を終えると、次に曲目セレクト画面が表示される。
 難易度ごとに別れた、二十曲以上のラインナップがあり、泉川はその中から難易度の低い『サクランボ』をセレクトした。
 そして、いよいよゲームスタートだ。
 ポップなメロディに合わせて、上から下へと矢印が落ちてくる。
 最初の方は一つずつ落ちて来てくれたから、わりと楽にこなすことが出来たんだけど、少しすると二つ同時に落ちてきたりして、だんだん対処しきれなくなってくる。
「うわっ! 何これ? 結構難しい〜!」
 右隣から泉川の声が聞こえてきて、タイミングを計って様子を見てみる。
 すると、ぎこちない動きながらも、何とか対処している泉川の姿が。
 余裕があれば『すげぇ変な動きになってるぞ〜』とか言ってやりたいけど……残念ながら、俺の方がみっともない動きになっていそうだ。
 更にここで、協力モードならではの展開が訪れる。
 ――矢印が三つ同時に落ちてきたんだ。
 言うまでもなく、人間に付いている足は二つ。
 もちろん、一人では対処のしようがない。
 画面の下にある説明書きによると、こういう場合は隣のプレイヤーが足を出し、手助けをして三つ同時踏みを実現させるようにするらしい。
 もちろん、俺と泉川はゲームを始める前に、その説明書きをチェックしていた。
「泉川! 左足ヘルプ!」
「オッケ!」
 あうんの呼吸……とまではいかないかもしれないが、結構スムーズに泉川が足りない一つをカバー。
(おっ、結構イキ合ってるじゃん、俺たち)
 何てことを思っているうちにも、今度は泉川の方からヘルプが。
「橘! 片足よろしく!」
 すかさず自分の方の画面を一瞥してから、泉川の方の画面をチェック。
 そして、足りてない所に足を置く。
 ……よし、完璧。
 その後も何とかこなしていき、メロディも終わりの部分に近づいてきた。
 泉川の方はどうなってるかわからないが、俺の方の画面では、もうそれほど困難な矢印の落ち方はなかった。
 動き続けて火照った身体をクールダウンしながら、確実に一つ一つをこなしていく。
 ――でも、最後の最後に、泉川から助成を求める声が発せられる。
「橘! 最後っ!!」
「オッケー!」
 俺は瞬時に、右足を泉川の台――左向きの矢印の部分――に乗せる。
 そして自分の方の画面に矢印が落ちてきていないことを確認すると、余裕を持って泉川の方の画面をチェックする。
 ……が、余裕なんてこれっぽっちもなかった。
「橘、片足じゃなくて両足!!」
「なぬっ!?」
 なんと、最後の最後に四つ同時踏みが待ち受けていたんだ。
 しかも、プッシュポイントに到達するまで、もうちょっとの余裕しか無い。
「最後の最後で失敗してたまるかよっ!!」
 俺は右足を軸にして、半ば無理矢理身体をひねり、左足を泉川の台――上向きの矢印の部分――に乗せた。
 ……ギリギリセーフ。
「やった! ステージクリアだっ!」
 泉川は嬉しそうに笑顔を見せていたが、俺は……その笑顔に一直線だった。
 身体をひねった反動で、俺の身体はそのまま泉川に倒れかかり始めていたんだ。
 ――声をあげる余裕も無く、そのまま接触。
 俺は、泉川にしっかりと抱きとめられた状態になってしまっていた。
「…………えっ?」
 泉川は、あまりのことに、声もまともに出ない様子。
 ただ、泉川の柔らかな膨らみと、動作を速めている鼓動を感じ取ることが出来、俺の頭は一瞬にしてパニック状態に陥った。
 ……何だか、ものすごく柔らかくて、温かい……というよりも熱い。
 これは、動き続けてたからか? それとも……それ…と……も……。
(はっ! ……マ、マズイ。落ち着け俺! 落ち着け俺! 集中しろ!!)
 そう心の中で叫び、何とか意識の喪失を避ける。
「た〜ち〜ば〜な〜!!」
 間もなく、泉川の表情が豹変し、戦闘モードに突入。
「ま、まて、泉川。これは……そう、事故だ。だから落ち着いて……な?」
 重心が安定して、ようやく泉川から身体を離すことに成功すると、俺は両手を上げて降参のポーズを取りながら、慌てて自己弁護に入る。
 泉川は、その顔を真っ赤にしていた。
 そして、わなわなと震わせた拳をあげていた。
 ――だが、周囲を確認するとすぐに拳を下ろし、怒りを無理矢理押し込めたような表情で言葉を放つ。
「……とりあえず、他の人の邪魔するわけにもいかないから、一度ここから離れるわよ! いいわね!!」
「は、はいっ!!」
 こ、こうなったらもう……平手打ちの一つや二つ、覚悟しておかなきゃいけないだろうな。


 ヒューチャーランドの一階と二階を繋ぐ階段。
 その脇にあるベンチに、俺と泉川は座っていた。
 ……俺は、泉川の顔を見ることが出来ずにいた。
 ――恐ろしくて、とてもじゃないけど見られない。
「……橘」
「はいっ!」
 泉川の鋭い声に、俺は素早く反応する。
 ……声はかなり上ずっちゃってるけど。
 これから泉川にどんなことを言われ、どんなことをされるのか、それが……かなり怖かった。
 ――――けど、
「ハハ、別に怒ったりしないって」
「えっ?」
 予想外の言葉だった。
 まさか、泉川がそんな言葉をかけてくるなんて……。
 泉川は、苦笑しながら言葉を続ける。
「わざとじゃないのは、わかってるからさ。……ま、かなり恥ずかしかったけど」
「わ、わりい」
「まぁ、とりあえずあのまま倒れたりしないですんで良かったじゃん。あのまま倒れたりしたら、ぜったいケガしてたよ、私たち」
「そ、そうだな。……助かったよ。その……支えてくれて」
 何だか、ホッとした……と言うより、嬉しかった。
 泉川が、それなりに俺のことを信用してくれてるんだなぁって、思えたから。
「あっ、別に気にしないでいいよ。ここに誘ったの私だし。それに……あのゲーム、なかなか面白かったしね」
「あ、あぁ……そうだな」
 そう……嬉しかった……んだけど、泉川がこんなに優しいと、何か調子が狂う。
 何か……普段の泉川と違うような……。それとも、今の姿が本当の泉川なのか?
 俺のことを信用してくれたから、本当の姿を見せてくれたってことなのか?
 う〜ん……わからない。
 でも……良かった。
 何か落ち着くと、急にノドが乾いてきた。
 あのゲーム、結構キツい運動だったから、それも当然かもしれない。
「なぁ、ノド乾かねぇか? お詫びっつ〜のもなんだけど、おごってやるよ」
「あ、うん。ちょっとノド乾いたかな。……じゃあ、お言葉に甘えますか。私、レモンティーで」
「オッケー! そんじゃ、ちょっと待ってろ!」
 俺は、弾んだ声でそう返すと、サッと立ち上がってその場を離れる。
 そして、少し離れた場所にある自動販売機へと向かっていった。
 ジーンズのポケットから財布を取り出し、素早く小銭をチェック。
 五百円玉を投入して、レモンティーとスポーツドリンクを購入。
 ――缶の冷たさが、様々な要因で火照った身体に心地良かった。

 飲み物を持って泉川のもとへ戻ると、そこには知らない男女のペアがいた。
 明るい茶に染めた髪の男と、いかにもギャルといった感じの格好をした女。
 手を繋いでいる様子を見る限り、多分カップルなんだと思う。
 その二人の視線は泉川の方に向いていて、何やら会話をしている途中なようだった。
 泉川が俺に気付いて顔を向けると、そのカップルも一斉に俺の方を向く。
 あれ? この男の人……何か、どこかで見たような気がする。
 どこで見たのかは思い出せないけど。
 カップルの表情が妙にニヤけているように見えて、何か訝しく思えたけど、とりあえず泉川の居るベンチの前に向かう。
 そして、買ってきたばかりのレモンティーを渡した。
 泉川は、何故だか居心地の悪そうな表情を見せながら、申し訳なさそうに俺からレモンティーを受け取った。

「へぇ、そいつ香織の新しい彼氏か?」

 そんな言葉を泉川に向けて放ったのは、カップルの男だった。
 人を見下すような笑みを浮かべているように見えて、何だか無性に腹が立つ。
 ん? ……『新しい彼氏』って、どういうことだ?

「…………そうよ」

 …………は?
「そりゃ良かった。お前と別れてから三ヶ月近く経つけど、久々に会ったと思ったらこっちは彼女連れてるじゃん? だから、もしお前に彼氏いなかったら気まずくなっちまうところだったからな〜」
 ……間違いなく、コイツは嫌味を言っている。
 あの卑しさすら感じる目つきと口調で、すぐにそう解釈することが出来た。
 ――あっ! そうだ。……コイツ、泉川が持ってたロケットの中に入ってた写真の男だ!
「そう、心配かけて悪かったわね。……でも、わかってるなら邪魔しないでくれる?」
 泉川は、そんな内容の言葉を予想していたのか、いたって冷静に言葉を返していた。
 ただ……何だか辛そうに見える。
「おぃおぃ、そんな冷たくあしらうなよ香織。……そうだ! 良い機会だから明日、遊園地かなんかでダブルデートでもしねぇか? 久しぶりに会った記念にでもよぉ」
 男は、あからさまに演技的な口調でそんなことを言いだし、泉川の表情を引きつらせる。
「い、嫌よ。はっきり言って邪魔なの!」
「へぇ〜。……ひょっとして、『邪魔されたら何にも出来ない』みたいな、そんな冷めた仲なのかな〜?」
「なっ!? そ、そんなこと無いわよ!!」
 男の皮肉めいた言葉に、泉川は顔を強張らせながらも何とか言葉を返す。
「へっ! じゃあい〜じゃね〜かよ、別に。楽しく行こ〜ぜ、楽しくよぅ。なぁ?」
 男が女に振ると、女も「面白そう」と言って首を縦に振る。
 泉川は……虚勢を張っているようだった。
 どう見ても、本心で男の言葉に返答していたようには思えない。
(何の……話だ?)
 俺は、今目の前で繰り広げられている会話の内容を理解することが出来ずにいた。
(ダブルデートって……どのカップルと、どのカップルが? っつ〜か泉川って、コイツと付き合ってたんだ)
 少しずつ内容を理解できてくると、俺にとって一番重要な内容も、自然と理解することが出来た。

 ……ん、まてよ? 『新しい彼氏』って、もしかして……俺のことを言ってるのか!?

「そんじゃ、明日の朝十時に駅前で集合な!」
「わ、わかったわよ」
「――逃げるなよ」
 男は皮肉たっぷりな言葉を投げかけると、何とも楽しそうに俺の横を通り過ぎていく。
「彼氏君もよろしく〜」
 すれ違いざま、そんな、まるで気持ちのこもっていない言葉を投げかけられた。
 …………コイツ!
 俺は怒りをあらわに、通り過ぎていった男に文句の一つや二つ言ってやろうと振り返るが――。
「やめて、橘!」
 着ていたトレーナーのすそを掴んだ泉川が、俺の行動を抑止した。
 『何でだよ!』という気持ちを前面に出すつもりで、俺は泉川の方を向く。

「えっ……」

 ……とてもじゃないけど、そんな気持ちを前面に出すことなんて出来なかった。
 泉川は、とても悔しそうな表情を見せながらも……瞳に涙を溜めていた。
 そして、溜まっていた涙が雫となって、頬を伝っていく。
 何だか……あまりに突然のことだから、何が何なのか、あんまりよくわからない。
 あの男が泉川の元カレで、そいつは俺のことを泉川の新しい彼氏だと勘違いした。
 泉川は何故かそのことを否定せずにいたから、男はダブルデートの話を持ちかけた。
 最初は拒否していた泉川も、男に皮肉めいた言葉をかけられると断るに断れなくなって、結局ダブルデートをすることになってしまった。
 ……って、ところだろうか。
 正直、納得がいかない。
 でも、泉川をこのまま泣かせるわけにはいかないから、とりあえず肩の力を抜いて、うつむいた泉川の隣に座る。

 ――いつもは強気なのに、ものすごく弱々しく見える。

 軽く泉川の背中を叩いて、気持ちを落ち着かせる。
 そして、涙が止まったのを確認すると、俺は泉川に出来る限りの優しい声で囁いた。


「説明して……くれるよな?」


 ===あとがき=====

 第19話でございます〜♪
 なんだかんだで結構続くなぁ、らぶぱ(笑)

 本話から『泉川香織』編がスタートです。
 委員長ファンの方(もしいらっしゃれば)お待たせしました!
 泉川は、私の中で結構しっかりとしたイメージのあるキャラの1人なので、書いていて、中々楽しいです。
 ただ、しっかりとしているせいで、逆に深く考えてしまうことが多くて、頭がこんがらがっちゃったりしてます(汗)
 それに、何だかどの編でもとりあえず泣いてる気がするし……(汗)

 ダンス・ダンス・ジェネレーション。
 協力モードとか、ホントにあったら凄いことになりそうですよね(笑)
 傍から見るぶんには面白そうですけど。

 さて、次話では泉川の過去がちょっと明らかになります。
 元カレとの関係とか……ですね。
 個人的には、結構好きなシーンを書くことができましたよ。
 そんなわけで、第20話をお楽しみに〜♪

 2004/06/24 21:05
 毎日、神経を使いすぎてて、擦りきれちゃうんじゃないかと思ってしまっている状態にて。



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