第18話〜feat. YUKI KIJIMA #4 [翔羽と成らない『仲直り』]〜

 体育祭の中で人気のある競技は、いくつかある。
 騎馬戦とか、リレーとかがそうだ。
 ……でも、それは基本的に見る側にとっての人気競技。
 実際に参加する学生にとっては、あまり乗り気になれないという意見が結構あったりする。
 でも、そんな中で参加する学生にも人気がある競技がある。
 それは――借り物競争だ。

 グラウンドの周囲に陣取る各組の陣地。
 その中の赤組の陣地に座りながら、俺はグラウンドに視線を向けていた。
 ちょうど今は、借り物競争の真っ最中。
 借り物競争はグラウンド半周――約二百メートルで競われる。
 その途中にある、様々な借り物の指示内容が書かれた紙の入った箱を拾って、指示内容の借り物を調達してからゴールするんだ。
 指示内容は教職員が決めるわけではなく、毎年編成される体育祭実行委員が決める。
 ……だから、結構毎年、突拍子も無い借り物指示が盛り込まれてたりするらしい。
 実際に今までどんな借り物指示があったのかは知らないけど、とりあえず選ぶ立場ではないことにホッとする。
 まぁ、逆に選ばれる可能性はあるから、心底ホッとしてはいられないんだけど。
 ――なんにしても、あんまり巻き込まれたくはない。
 そうそう、うちのクラスからは日奈子と由紀が参加することになっている。
 あまり運動神経が良くない日奈子が、運動神経以外の要素も必要な借り物競争を選んだのはわかる。
 でも、由紀は……と、思うかもしれないが、由紀が借り物競争に参加することになったのには、ちゃんと理由がある。
 クラスメイトの一人が、体育祭に出ないことになったんだ。
 ……まぁ、平たく言えばサボりやがったんだけど。
 そんなわけで由紀が代わり参加することになったんだ。
 スタートラインに視線を移すと、そこには日奈子と由紀を含めた四人の姿が。
 普通、同じ組が並ぶことは無いはずなんだけど……何かあったんだろうか。
 ……まぁ、どうだっていいけど。
 日奈子は、何だか緊張しているような様子だった。
 軽く柔軟運動をしているけど、どうもその動きがぎこちない。
 それに比べて、由紀は特に緊張することもなく、それどころかやる気満々な様子。
 キリッとした笑顔が、快晴の空の下で輝いている。
 何だか、先週のことが嘘のように元気な姿だから、ちょっと拍子抜けしてしまう感じもするけど……とにかく良かった。
 ――一時はどうなることかと思ったけど、とりあえずは元気な姿の由紀を見ることが出来て。


 耳に響く砲音と共に、スタートラインの四人はスタートを切っていた。
 スタートダッシュで前に出たのは由紀。
 やっぱり、運動神経は抜群だ。
 日奈子は何とか三番手につけている。
 その必死さは良く伝わってくるが、どうしてもぎこちない動きになってしまうみたいで、思ったよりもスピードが上がらないみたいだ。

『さぁ、各選手一斉にスタート! 前に出たのは赤組の貴島さん。すばらしいスタートダッシュで後続を離しにかかります!!』

 体育祭実行委員による実況放送が、グラウンド全体に響き渡る。
 ……何だか競馬中継みたいに聞こえるのは、気のせいだろうか。
 百メートル程度走ると、例の箱が置かれている地点に到着する。
 由紀は箱を素早く拾って、中にある紙を取り出した。
 そして、その紙に書かれている内容を確認すると、キョロキョロと周囲を見回し始める。
 ――しかし、中々次の行動に移せないでいる様子。
 いったい何が書かれているのか……それはもちろん俺にはわからない。
 何か、困るような内容でも書かれているんだろうか。
 その間にも、後続が次々と箱のある地点に到着する。
 日奈子も箱のある地点に到着していた。
 走ったせいで息苦しいのか、片手を胸に当てながら、なんとか箱を開けて紙を取り出す。
 そして、書かれている内容を確認すると、日奈子は迷うことなく視線をこちらに向けた。
 ……何か、視線が合った気がする。
 それが当たっていたのか、日奈子は一目散にこちらに向かって走ってきた。
 走ってくる日奈子の背後で、由紀が俺の方を……いや、もしかしたら日奈子の方かもしれないけど、とにかくこちらの方を見据えていた。
 やっぱり何か困っている様子だったけど、意を決したかのような表情を見せると、日奈子と同じくこちらに向かって走ってくる。
 何か、ちょっと……いや、かなり嫌な予感が。
 ……そんなことを思っていると案の定、日奈子と、日奈子に追いついた由紀が、揃って俺の前まで来て足を止めた。
 そして、二人して俺に向かって手を差し伸べてくる。

「ハァ、ハァ……橘君! ……私と一緒に来て!!」
「橘! 一緒に来いっ!!」

 その二人の声は、まさに同時にかけられた。
 っつ〜か二人同時に言われても……。
「ほ、他の人じゃだめ……なのか?」
 俺はうろたえながらそう言うが、返事は全く返って来ない。
 それどころか、二人の強い眼差しが、決断を迫らせる。
 もちろん、借り物競争では同一の借り物を複数の人が選んではならないルールになっている。
(どっちを選ぶ? ……日奈子か? ……それとも由紀か?)
 焦りながら思案しているうちにも、時間は刻々と経過していく。
『お〜っと、赤組の貴島さんと藤谷さんは、二人で一人の男子の争奪戦かぁ!?』
 そんな実況放送が、俺の頭を余計に混乱させる。
(どっちだ? どっちを選べば……。やっぱり、いつも助けてもらってる藤谷さんか? ……それとも、あのことを許してもらうためにも、由紀を選んだほうがいいのか?)
 俺が、二人の顔を交互に見ながら悩乱していると、一斉に催促の言葉がふりそそいできた。
「橘君! 早く!!」
「橘っ! 早くしろっ!!」
 二人は言った後、お互いの顔を見合って口論し始める。
「私の方が早く橘君のところに向かっていったんだからっ!」
「付いたのは同時だっただろ! 悪いけど、勝負事に情けはかけないからねっ!!」
「わ、私だって由紀に負けたくないもん!」
「……それは……私だって同じだよ!」
 言葉が切れると、二人はそのまま口をキッとむすんで、睨み合う状態に。
『はい、こちらは現場です。紙に書かれている内容はわかりませんが、貴島さんと藤谷さんはお聞きのように、言い争っています。どちらも借り物の男子を譲る気はない模様です!』
 マイクを持った体育祭実行委員の人が、いつのまにか二人と俺の間に現れ、口論をマイクで拾いながら実況をし始めていた。
 二人の口論はグラウンド中に響き渡っている。
 ……二人とも、何でそこまでするんだ?
 俺にはそのことが全く理解できなかった。
 何も、俺じゃなくたっていいじゃないか。
 だいたい、その前にいったい紙には何て書かれてたんだろうか?
『赤組陣内では、まだ争奪戦が続いています! ……えっと、こちらに入った情報によりますと、争奪戦の対象になっている男子は二人のクラスメイトである橘君だそうです。さぁ、橘君はいったいどちらを選ぶのかぁ!? 貴島さんか? それとも、藤谷さんか?』
 響き渡る実況放送は、いらないことまで放送してくれちゃっていた。
 ……いったいどこから俺の名前を引っ張り出してきたんだよ。
 自然と、周囲の視線が一斉に向けられ、ヤジにも似た歓声が湧き始める。
「橘! 早くどっちか選べ!!」
 由紀が業を煮やすが如き声で、詰め寄ってくる。
 どっちだ? どっちを選べばいいんだ!?
 もう……迷っている時間は無い。
 でも……俺には…………。
(えぇい! もう、どうにでもなれっ!!)

「えっ? ちょ、ちょっと橘君!?」
「お、おぃ、橘!?」

 俺には、どちらかを選ぶことなんて出来なかった。
 差し伸べられていた二人の手を掴んで、一気にグラウンド内へと進む。
 日奈子と由紀を引っ張ってグラウンドに入ると、まるで俺が借り物競争の選手になっちゃってるように見えるけど、そんなのもうどうだっていい。
 ――もう、やけくそだ!
 困惑する二人を半ば無理矢理引っ張って、そのままゴール地点へと到着する。
 すでに、一緒にスタートしていた他の二人はゴールしていた。残念ながらもう、ビリは決定だ。
 ゴール地点には耶枝橋先生が居た。先生は、紙に書かれた内容と借り物を照らし合わせる係りなんだ。
「あらあら、何だかすごいことになっちゃってるわね。ホントは一人に一つの借り物じゃないといけないんだけど……とりあえず、紙を見せてくれる?」
 何故か少し躊躇しながらも、日奈子と由紀は紙を渡す。
 耶枝橋先生は紙を受け取ると、俺たちに見えないようにしながら内容を確認する。
 そして……突然控えめに笑い出した。
「くすくす、そういうことかぁ。それで言い争ってたのね。……でも貴島さん、これはいくらなんでも、橘君がかわいそうじゃない?」
 由紀は先生の言葉を聞くと、俺と日奈子を一瞥してからうつむく。
 俺と日奈子は、先生の言葉の意味も、由紀の行動の意図もわからず、思わず首をかしげる。
「まぁ、いいわ。……二人ともOKってことにしとくわ」
 先生は日奈子と由紀に向かってそう言うと、優しく微笑みながら言葉を付け足す。
「二人とも、頑張ってね」
 俺はやっぱり、先生の言葉の意味がわからなかった。
 でも、日奈子と由紀は、その意味を理解したようだ。
 ――二人とも、何故か顔を少し赤らめながら、頷いていた。
 由紀は……気付いているのだろうか。
 今、自分が顔を赤らめていることに。

 ――何だかんだ言って、由紀だってちゃんと女の子らしいところがあるじゃんか。

 ん? でも何で顔を赤らめたりするんだ? 何か恥ずかしい内容でも書かれていたのか?
 ……ま、いっか。
 一瞬、強い風がグラウンドを舞い、先生の手から紙が落ちた。
 先生は、慌てて落ちた紙を拾うが……一つの紙に書かれていた内容を、俺は確認することが出来た。
 多分、これは由紀が先生に渡した紙だ。
 その紙に書かれていた内容。それは――。
(懐中電灯って……俺はただのライトかぁ?)
 ……いくらなんでも、これはひどいぞ。
(ん? ……でも、なんで懐中電灯で俺なんだ? それに、先生の言葉……)
 俺はそう思って由紀と日奈子を見やるが、二人は相変わらず顔を赤らめたままうつむいていて、何だか声をかけづらい。
 ――結局、理由がわかることのないまま、借り物競争は終了した。


 そして、ついに勝負の時――リレー競技の時間。
 俺はすでに、バトントスをする場所で待機している。
 リレーはA組からH組までの、八つの組で争われる。
 学年ごとに競われ、一学年のリレーはその中で最初に行われることになっていた。
 すでに、四番手の選手は最後のストレートまで走ってきていた。
 いまのところ、A組の順位は二位。
 総合的に見ればいいところに付けているが、俺にとっては一位以外だったら何位であっても大差はない。
 ――俺は、とにかく前に居る選手を抜かなければならないんだから。
 由紀とのあの日の約束。――バトンを受け取ったときに一位だったら、そのまま一位で由貴にバトントスする。二位以下だったら、一人以上の人を抜かして由貴にバトントスする。
 何が何でもこれを守らないと。
 そうしないと、由紀に完全に許してはもらえない。
 幸い、トップのD組とは、それほどの差は開いていなかった。
 俺のすぐ横で、D組の選手がバトントスを行う。
 そして、それから数秒後、俺は四番手の選手からバトンを受け取った。
 視線は前に。
 気持ちも前に。
 ――そして、全力を前に。
 俺は、渾身の力を込めて地面を蹴った。

 時折吹く向かい風が、グラウンドの砂を運んできてうざったい。
 額に巻いている紅いハチマキが、噴き出てくる汗を吸って気持ち悪い。
 ……でも、舞い飛ぶ声援の中を走るのは、中々心地いいものだった。
 それが誰の声なのかはわからない。
 でも、声援の中に『赤組』だとか『B組』だとかいう内容が含まれていれば、自分を応援してくれているんだということはわかる。
 それだけで、俺の力が増していくように思えた。
 自然と、腕を振る動作に力がこもる。
 俺の視線は、常に前方を走るD組の選手を捉えていた。
 だが、中々その距離は縮まらないでいる。
 すでに道のりは半周を過ぎていた。
 このままでは、追いつけそうにない。
 もう、かなり息が上がってきていた。
 そして、心臓もさっきからバクバクいっている。
 でも……ここで諦めるわけにはいかない!
「橘〜!!」
 バトントスの地点から、由紀の叫び声が聞こえてくる。
 両手を口に添え、必死に叫んでいる由紀。
 俺は……それに答えなければいけない。
 前を抜いて、一位でバトンを由紀に渡すんだ。
 固めていた決意を想起すると、不思議と呼吸が楽になったように思えた。
 腕を振る力も、足を上げる力も、地面を蹴る力も、全てが向上している気がする。
 気が付けば、もう前方のD組の選手は目と鼻の先だった。
 だが、残り距離もあとわずか。
 もう、最後のストレートに差し掛かっている。
(もう少し! 今度はこけるなよっ!!)
「由紀っ!!」
 俺は、最後の力を振り絞って、ストレートを走りきった。
 そして、今度はちゃんと、由紀にバトンを渡すことが出来た。
 ……そう、バトンを渡すことは……出来た。

 ――その結果、B組はトップでゴールすることが出来た。
 由紀の快走は、他を圧倒していたし。
 でも……結局、俺は一位で由紀にバトンを渡すことが出来なかった。
 つまり、由紀との約束を守ることが出来なかったんだ。
 俺は……由紀に許してもらえないことになってしまった。
 いくら悔やんでも、出てしまった結果を覆すことは出来ない。
 由紀はリレーで一番になれたことが嬉しいのか、常に笑顔を見せていた。
 そのことは、俺も嬉しい。
 でも、素直に喜べないでいる自分がいた。
 あと……あとちょっとだったのに……。


 体育祭は、その日程を全て終了していた。
 ――夕日の差す1−B教室。
 俺は、自分の席に座って片肘をつきながら、ただボーっと窓外を眺めていた。
 もう、教室内にクラスメイトの姿はない。
 きっと、皆疲れたからとっとと帰っちまったんだろう。
 俺も、もちろん疲れてはいる。
 でも……何だか動く気になれない。
 どうしても、あのリレーの結果が、悔やんでも悔やみきれないでいた。
 帰る気にもなれないのは……きっとそのせいだ。
「………ハァ」
 思わずため息が漏れる。
 ――その時、突然教室の入り口から声が聞こえてきた。
「あっ、橘。……やっぱりまだ居たんだ」
 声の主の正体。――それは、俺と同じくすでに制服姿に戻っている由紀だった。
「由紀……まだ帰ってなかったのか?」
「ま〜ね。……そういう橘こそ、まだ帰らないの?」
「あっ……あぁ」
 何だか……気まずかった。
 俺は約束を果たせなかったから、由紀に許してもらうことは出来ない。
 もちろん、あのリレーで全てが決まってしまうというわけではないと思う。
 金輪際、二度と由紀に許してもらえない、というわけではないだろう。
 ……でも、やっぱりあのリレーは、俺にとって特別なものだったんだ……きっと。
 ただ……許されないままじゃいけない。
 俺は、由紀との仲を今までどおりに直すために、必死で頭を下げながら言葉を叫んだ。
「なぁ、由紀。……その、リレーで結局、約束を果たすことが出来なかったから……ゴメン! もしよかったら、またもう一度チャンスをくれないか? 今度は絶対になんとかするから!! だから、その時こそは許してほしい。そして、今までの仲に戻ってほしい!」
 由紀は、そんな俺の言葉を目を丸くして聞いていたが、すぐに表情を柔らかい物にして、ゆっくりと近づいてきた。
 そして、俺の隣の席――日奈子の席に座って、ゆっくりと言葉を放ちだす。
「……ねぇ、橘。……私はもう、橘のことを許してるよ。……一生懸命リレー頑張ってくれたしな」
「でも……やっぱり結果は結果だし……」
「まぁ、確かにそうだったかもしれないけどさ。でも、あんなに頑張ってくれた橘を許さないんじゃ、バチが当たっちゃいそうだよ。それに――」
 由紀は小さく苦笑しながら言葉を続けた。
「――それに、あのbonheurの曲じゃないけど……一番じゃなくても、ちゃんとわかってるからさ。……橘が本気で頑張ってくれたことは」
「由紀……じゃあ、許してくれるのか?」
「だからぁ、もう許してるっていっただろ〜。……でも」
「えっ?」
 俺はその『でも』という言葉で、嫌な思い出を想起していた。
 あの日、この『でも』という言葉の後、由紀は俺に『やっぱり許してやんない』と言った。
 もしかしたら、今回もそうなんじゃないだろうか。
 ……でも、確かに由紀は『もう許してる』と言ってくれたはず。
 じゃあ……いったい……。
「でも……今までの仲に戻るのは……無理かもしれない」
「なっ、何でだよ!?」
「それは……まだ秘密にしとく」
「はぁ? 何だよそれ?」
「まっ、あんまり気にすんなって! そんじゃ、そろそろ帰ろう!」
 由紀は笑顔でそう言って、軽いステップで動き出す……が、突然、身体を屈めた状態になる。
「っつ〜!」
「どうした!?」
「あっ……実はリレーの時、足ひねっちゃってたみたいで……」
「なんだ、脅かすなよ。……にしても、そんなんでよくリレー走りきれたな」
「へへ。……だって、橘が頑張ってくれたんだから、私が頑張らないわけにはいかないからな」
 由紀は言いながらも足首を気にしていた。
 その表情で、それなりの痛みを感じていることを見て取れる。
「……ったく、しょうがないな。……ほらっ、乗れよ」
 俺は、嬉しさをかみしめながらそう言い、由紀の前まで移動して、屈む。
 『おんぶ』を誘う体勢だ。
 ……俺って変わったなぁって、自分でも思う。
 以前だったら、自ら女子と密着するような行為など、絶対にとらなかっただろう。
 でも、今はこうやって、由紀におんぶを促している。
 もちろん、由紀と密着したいからってわけじゃない。
 ただ、由紀が俺のことを許してくれた、そのお礼をしたかったんだ。
「えっ、でも……」
 由紀は屈んだ状態のまま、次の行動に移ろうとしない。
 ……躊躇でもしているんだろうか。
「遠慮するなって。……許してくれたことに、お礼くらいさせてくれよ」
「じゃ、じゃあ……乗ってやるか」
 由紀はそう言うと、ゆっくりと俺の背中に身体を預けてきた。
 背中にぬくもりを感じると、やっぱりちょっと脱力感が。
 ……でも、わりと大丈夫な感じ。
 由紀への感謝の気持ちが強いから、そうなのかもしれないな。
 俺はゆっくり立ち上がってから、軽くジャンプして由紀の身体を支える。
「そんじゃ、帰るか! ……とりあえず、家まで送ってってやるよ。ただ、お前んちの場所知らねぇから道案内は頼む」
「へへ、やったね」
「……今日だけだからな」
「…………ねぇ、橘」
「ん?」
 返答は、中々帰ってこない。
 何か、言葉を選んでいるんだろうか。
 少し間を置いた後、由紀は言葉を返してきた。
「……何でもない!」
 由紀は弾んだ声でそう言うと、肩に置かれていた手を首に回してくる。
「お、おぃ! っつ〜か、何だよそれ」
「何でもないの〜!」
 由紀は笑っていた。
 俺に掛かる『負荷』は増していたけど、そのことはあまり気にならなかった。
 何だか、今の状態がやけに自然に感じられたから。
 だから、ついいつものように冗談を言いたくなる。
「それにしても、もうちょっと体重落としたほうがいいんじゃないか?」
「なっ! コイツ〜!! どうせ私は男っぽくて太ってる女ですよ〜だ!」
 そんな冗談返しが返ってきてくれて、改めて許してくれたことを実感する。でも……。
「ハハハ、悪い悪い。……でも、由紀だって結構女の子らしいところあるじゃん」
「えっ?」
「ほら、借り物競争の時。……何でか知らねぇけど、顔赤らめてたじゃん。お前、気付いてなかっただろ?」
「………そ、そう?」
「やっぱり気付いてなかったのか。……その、まぁ……多分、自分で思ってるよりは女の子らしいんだと……思うよ」
「……アリガト」
 なんだか、由紀の返答は控えめだった。
 俺は、自分なりにその理由を解釈して、言葉を返す。
「い、言っとくけど、冗談じゃないからな」
 少し、間があいた。
 でも、その後に、しっかりと感情のこもった言葉が返ってきた。
「……うん!」
 俺はその言葉に満足すると、軽快に下駄箱へと向かっていく。
「橘」
「ん?」
「私……ヒナに負けないから」
 ……それは、下駄箱に辿り着く手前でかけられた、由紀の小さな囁きだった。
「は? 何か争ってるのか?」
「……橘って……かなり鈍感だな」
「はぁ?」
 俺には、由紀の言葉の意味がさっぱりわからなかった。
 でも、怒っているというよりは呆れている感じだったから、とりあえずはそのまま流すことに。
「……ま、そのうち嫌でも気付かせてあげるよ」
 由紀は何か言葉を続けたみたいだったけど、それはあまりにも小さな呟きだったから、俺の耳には届かなかった。
 しばらく待ってみたけど、由紀は新たな反応を示すことが無かったから、気にせず下駄箱に進むことにした。

(それにしても……ホントに由紀って可愛いやつなんだな)
 ……なんてことを、密かに思ってしまっている自分がいた。


 俺の頭の中では、由紀が言ってた『今までの仲に戻るのが無理かもしれない』っていう言葉が、ずっとひっかかっていた。
 仲直りできてない……んだろうか?
 それに、下駄箱に着く前に言ってた言葉って……。
 ……まぁ、どういう意味なのかはわからないけど、とりあえず許してもらえたのは確かみたいだから、良しとするか。
 外の空気は思った以上に冷たかったが、背中から伝わるぬくもりが、そんな冷たさなんて忘れさせてくれていた。

 ――背中に感じる柔らかさが、少しくすぐったく感じた。


 ===あとがき=====

 第18話でございます。
 やっと、ここまで来ましたね〜。

 えっと、本話で『貴島由貴』編は終了です。
 果たして、この『貴島由貴』編で、どれだけの人を由貴ファンにすることが出来たんだろう。
 ……ってゆ〜か、由貴ファンになってくれた人はいるんだろうか(汗)
 何だか微妙な感じがしますが、とりあえず由貴ファンになってくださった方がいらっしゃれば、とっても嬉しいです。

 さて、次話からは『泉川香織』編がスタートします。
 泉川編は、私の中では割としっかりとしたイメージが頭の中に浮かんでいます。
 まぁ、イメージが浮かんでいるのと、執筆速度の向上とは、結びつかないので、あしからず。
 どんな内容なのかについては、次話をお楽しみにということで。
 では、『泉川香織』編の1話目である第19話を、お楽しみに。

 2004/06/18 15:45
 宿免の合宿所から、何とか作品を送り出そうとしている状態にて。



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