第16話〜feat. YUKI KIJIMA #2 [翔羽と難解な心情]〜

 悩んでるときって、どうしてこんなに他のことが考えられなくなるんだろう。
 自分が呼吸してることも、歩いていることも、それに、視界に映っている景色も、何だかぼんやりとしか感じられない。
 見慣れた帰路だから、何気なく通り過ぎてしまっているだけかもしれない。
 でも……それにしてもぼんやりしすぎだ。
 けして、目の焦点が合っていないわけではないはず。
 ……ちゃんと今、こうやって歩道を歩いているんだから。
 ただ、それすらも疑わしく思ってしまう。
 ――俺は、ちゃんと今、歩けているんだろうか。
 ……大丈夫、歩けてはいる。
 曖昧にしか感じられないけど、確かに地面を踏んでいる感覚はある。
 ……あれ? 何で俺は歩いているんだ?
 マウンテンバイクがあるんだから、乗って帰ればいいじゃないか。
 なのに、何で俺はマウンテンバイクを手で押して進んでいるんだ?
 ……あっ、そっか。

 ――多分、俺は今『悩みたい』と思っているんだ。


 * * * * *

 保健室から1−B教室に戻ると、すでに由紀は自分の席に座っていた。
 由紀の周りには誰もいない。……多分、いられないんだ。
 何とも形容しがたい雰囲気が、由紀の周囲に渦巻いていた。
 由紀の目は腫れていて、いつもの明るさが微塵もうかがえなかった。
 視線を向けても、由紀は顔を合わせようとしない。
 俺は、かなり困惑していた。
 そして、由紀の現状を理解することが出来ないでいた。
 どう考えても普段の姿からは想像できない、悲愴感漂う由紀の姿を。
 ――いったい何が、由紀をこんな姿に変えてしまったのだろう。
 ……やっぱり、俺が何かマズいことでもしたんだろうか。
 俺は、内容は違うけど普段から言っている冗談を、由紀に向かって言っただけ。
 でも、それに返事は返ってこなかった。
 いつもの由紀なら、間違いなく冗談返しをしてくるはずなのに。
 それとも、体育の時間のことを、やっぱり根に持っているのだろうか。
 ……いや、それは無いな。
 もしそうなら、保健室で気付いてすぐのあの対応は見られないはずだ。
 じゃあ……じゃあいったい何が原因なんだよ……。

 * * * * *


「……あれ、翔羽? ……何で歩いてるの?」
 海沿い通りの歩道を歩いていた俺に声を掛けてきたのは、校則違反上等とばかりにカナリヤ色の原付スクーターに乗った姉貴だった。
 シルバーでダックテールタイプのヘルメットを着用している姉貴は、原付から降りて不思議そうな表情を俺に向けている。
「いや……なんとなく……」
 俺は適当にそんな言葉を返す。
 悩みを抱えている俺には、まともな言葉を返す余裕なんてなかったんだ。
 そんな俺の状態に気付いたのか、姉貴は微笑を浮かべながら話しだす。
「……また何か悩み事? 私でよかったら聞いてあげるわよ」
「…………別にい〜よ」
「あらそう。……そ〜いえば、由紀ちゃん体調でも悪いの?」
「えっ?」
「さっき由紀ちゃん見かけたんだけど、何か元気ないみたいだったからさ〜。……翔羽?」
 ――俺は今、いったいどんな顔をしてるんだろう……。


「へ〜。……それで、教室に戻ったらあんな状態になってたと」
 ――我が家のリビングルームでの、姉貴の第一声。
 ……結局、俺は姉貴に相談することにした。
 この前――日奈子との一件があった時――も、姉貴は俺を導いてくれた。
 だから、今回も姉貴の意見を聞きたかった……いや、もしかしたら姉貴にすがりたかったのかもしれない。
 姉貴は、俺からの説明にそう返すと、より真剣な面持ちになって話しだした。
「それはやっぱり……翔羽のせいね」
「そう……なのか?」
「そりゃそうよ。だって翔羽、『男勝りだってよ。……ま、ホントにすっげぇ力あるもんな〜』なんてこと言っちゃったんでしょ?」
「そりゃそうだけど……でも、ただの冗談だし――」
「……ハァ。それじゃあ、前から全然進歩してないじゃない。……いくら翔羽が冗談のつもりで言ったとしても、由紀ちゃんが冗談として捉えるかどうかはわからないでしょ」
「……でも、由紀とはいつも冗談ばかり言い合ってる仲だし――」
「そうだとしても、同じよ。翔羽が言った言葉を、由紀ちゃんが冗談として捉えるか。――もしかしたら、翔羽は地雷を踏んじゃったのかもしれないわね」
「………地雷?」
「そう。……例えば、誰かが翔羽に『そ〜いえば橘って、いっつも女と触れ合ってるときに気絶するよな〜』とか言ったとしたら、翔羽はそれを冗談として受け止められる?」
 姉貴の言葉に、俺は頭の中で想像してみる。
 ……恐ろしすぎて冷や汗が滲み出てきそうだ。
「……いや、多分無理だと思う」
「でしょ。……誰にだって、言われたくない言葉はある。それがたとえ、冗談で言った言葉だとしても……ね」
「……………」
 『由紀は、そんなことを気にするヤツじゃない』と、俺はずっと思っていた。
 でも、俺が言った言葉は、由紀にとって『そんなこと』という言葉でくくれるようなものだったのだろうか。
 姉貴が言いたいのは……そういうことだろう。
 ――由紀は、もしかしたら自分の『男みたい』なところに、コンプレックスみたいなものを感じているのかもしれない。
 ……それが、姉貴の言葉から導き出した、俺の答えだった。
「……まぁ、後は翔羽が自分で考えなさい。これからどうすればいいのか。この前みたいに悩みとおしてみなさいよ」
 姉貴はそう言って、俺との会話を終了させた。
 ――そうだ。悩まなければ始まらないんだ。
 俺はとにかく、これから由紀に対してどういう行動を取るべきなのかをひたすら考えることにした。
 少なくとも、こんな状態が続くのは絶対に嫌だ。


 ――次の日。
 俺はやっぱり寝不足状態に陥っていた。
 一晩中、悩みぬいた結果がこれだ。
 由紀が、自分の『男っぽさ』にコンプレックスを持っているのではないかという、見当はついていた。
 でも、結局俺はどういった行動をとればいいのか――それは、やっぱりわからないでいる。
 ――由紀が、どういった言葉を求めているのかは。
 とにかく、素直に謝っておくべきなんだろうか。
 それとも、何か別の言葉をかけてやるべきなんだろうか。
 ………やっぱりわからない。
 結局、ちゃんとした答えを見出せないまま、俺は学校へと向かっていった。


 学校の正門前に、日奈子と由紀の姿は無い。
 風紀委員としての仕事――朝の登校チェックは、毎月の当番制になっている。
 日奈子と由紀は九月の当番だったから、十月に入った今は、もう登校チェックをやる当番ではなくなっているんだ。

 教室に入ると、日奈子が近づいてきて小声で話し掛けてきた。
「おはよう橘君。……あのさ、昨日、由紀……何かあったの?」
「えっ?」
「あっ、ほら、いつも私、由紀と一緒に登校するんだけど、なんか今日も元気なかったから……」
「あっ、あぁ。……多分、あったんだと……思う」
 俺の返答に、日奈子は疑問符を浮かべながら、首をかしげる。
 まぁ、確かにこんな返答じゃあ意味不明だろうな。
「いや、実は俺も、あまりよくわからないんだ。昨日、体育の時間に気を失った後、保健室で少し話したんだけど――」
 ……昨日のことを思い出すと、何だか頭が痛くなってくる感じがする。
「――最初は普段どおりの由紀だったんだ。……でも、保健室を出ようとした時に偶然廊下を歩いてたA組の男子の話を聞いてさ。……で、その話の内容に合わせた冗談を由紀に言ったら……泣き叫んで保健室を飛び出していっちゃって」
 俺の話に、日奈子はそうとう驚いた様子を見せていた。
「えっ!? ……由紀が? ……いったい、どんな話をしたの?」
「実は――」
 俺は、日奈子に話の内容を説明した。
 A組の男子が話してた言葉の内容。俺の言った冗談の内容。……そして、その後の由紀の状態を。
 日奈子は俺の説明を聞くと、沈痛な面持ちで語りだす。
「……由紀とはね、小学校の頃からの仲なんだけど、小学校の時も、同じようなことがあったの。
 由紀は昔から運動が得意で、男の子たちにも負けないくらいすごかった。ケンカをしても、負けないくらいに。
 ……由紀自身、そのことがすごく自慢だったみたいなんだけど――」
 日奈子は言葉を選ぶような仕草を見せながら、言葉を続ける。
「――ある日、クラスの男の子たちが由紀をいじめるようになったの。……橘君が言ってた、A組の男子の言葉みたいな内容の悪口とか言われてたみたいで、しばらくの間、かなりおとなしくなっちゃってた。
 ……だから、もしかしたらそういうのにトラウマを持ってるのかもしれない」
「そんなことがあったのか……」
 呟きながら、昨日姉貴が言ってたことを思い出す。
(地雷……か。……ホントに踏んじゃってたみたいだな)
「……とにかく、由紀に謝っておいた方がいいと思うよ。由紀だって、橘君がわざと言ったわけじゃないってこと、わかってると思うし」
「そうだな。……ありがとう藤谷さん。とりあえず、タイミングを計って謝ってみるよ」
「うん。私も、それとなく聞けたら聞いてみるよ。……やっぱり、元気な由紀じゃないと、調子くるっちゃうしね」
「そうだな」
 ホント、由紀が由紀らしくいてくれないと調子くるっちまうよ。


 今日の由紀も、やっぱり落ち込んでいる様子だった。
 明るい要素が、全く見当たらない。
 ――昼休み。
 普段なら「ヒナ〜! 一緒に弁当食べよ〜!」っていう由紀の明るい声が聞こえてくるはずなのに、由紀は自分の席で頭を垂れている。
 そんな由紀の様子を見ていられないのか、他の生徒たちは教室から出て行ってしまっていた。
(……早く謝らないと)
 授業中、ずっと思っていたことを、俺は実行することにした。
 告げるべき言葉を模索しながら、ゆっくりと由紀の席に近づく。
「由紀……」
 声を掛けると、由紀はゆっくりと頭を上げて、俺を見据えてきた。
 暗い表情のまま、軽く俺を睨みつけているように見える。
「……なんだよ」
「あの……昨日は悪かった。……悪気があったわけじゃ無いんだ」
「……………」
「その……機嫌、直してくれないか? 何か……調子くるっちまうからさ」
 もう、とにかく必死だった。
 何とかして、いつもの由紀に戻したかった。
 俺の言葉を聞いた由紀は、向けていた睨みを解いている。
 ――チャンスだと思った。
 ここで、何かもう一声かけてやれば、きっといつもの由紀に戻ってくれる。
 ……そう、思った。だから……言ったんだ。

「由紀は男っぽくなんかないって。……誰が見たって女の子だろ?」

 ――言ってすぐ、後悔した。
 由紀は……より鋭い睨みを、俺に向けていたんだ。身体を、小刻みに震わせて。
「そんな……そんなこと言いに来たのかよ。そんな嘘を言われるくらいなら、まだ陰口を叩かれてた方がマシだ!」
「お……おい……」
 あまりの勢いに、一瞬、何を言われているのかがわからないような錯覚に陥る。
 そして、思わずそんな、力の無い言葉が漏れる。
 ――だが、由紀の叫びは止まらない。

「どうせ橘だって、『こんな男みたいな女、気色悪い』とか思ってるんだろ!? ……そうなんだろ!!」

 ……正直、かなり腹が立った。
 何で由紀にここまで言われなきゃいけないんだ。
 俺はただ、謝りに来ただけなんだぞ?
 原因すらハッキリしないことのために、由紀のことを心配して声をかけてやったっつ〜のに。
 それなのに、何で逆に怒鳴り返されなきゃならねぇんだよ。
 そんなの……おかしいじゃねぇか!

 ――どこかで何かの『たが』が外れた。

「……なんだよそれ!? 俺はただ謝りに来ただけなんだぞ!?」
 俺の怒声に、一瞬由紀はたじろぐが、すぐに睨みを利かせて返してくる。
「そ、それが迷惑だって言ってるんだよ!!」
「んだと!? 人の気持ちも知らないで!!」
「橘だってそうだろ!!」
「うっせ! お前の気持ちなんて、知るわけねぇだろ!!」
 ――もう、止まらなかった。
 特に思考することもなく、次々と意思が怒声となって噴き出てくる。
「……あぁ、そうだよ。お前みたいな暴力的なヤツ、誰が見たって女だとは思わねぇだろうよ!! A組の男子が言ってた言葉、ホントにその通りだと思うぜ!!」

 パンッ!!

 ……気が付いたときには、由紀の平手打ちが俺の左頬にヒットしていた。
「てめ――」
 叫びながら平手打ちを仕返そうとしたが……腕は途中で止まった。
 由紀はまたしても泣いていた。
 今度は一筋なんてもんじゃなく、ボロボロと。

 ガタッ!!

 椅子の倒れる音が、教室中に響き渡っていた。
 由紀は、涙を拭うこともなく、教室を飛び出していった。
 俺は、腕を振りかぶった体勢のまま、誰も居なくなった席を見つめていた――。


 結果から言えば、俺はあの後、授業をサボっていた。
 とてもじゃないけど、まともに授業を受けていられる状態じゃなかった。
 頭の中には六割の苛立ちと、四割の後悔。
 ただ、それすらも曖昧。ホントにそう思っているのかを思考することも、今の俺には出来ないでいる。
 四割も後悔の気持ちがあるのだろうか。そう思ってしまうほどに、苛立ちが前面に出ていた。
 屋上の手すりを蹴って、何とか意識の暴走を抑える。
 十月の冷たい風が、妙にうざったく感じられてしかたない。
 もう……何が何だかわからなかった。
(何なんだよアイツ。……人が折角、謝ってやったのに)
 思い出せば思い出すほど、苛立ちが増しているように感じられる。
(俺は何も悪くない。……悪いのは、勝手に逆ギレしたアイツじゃねぇか!)
 もう、どうでもよくなっていた。
 何だか、悩むことすら面倒くさい。

 キーンコーンカーンコーン

「……戻るか」
 五時限目終了のチャイムを合図に、俺はスッキリとしない気持ちのまま、1−B教室に戻ることにした。


「橘君、由紀見なかった?」
 教室に戻って早々、声を掛けてきたのは日奈子だった。
 何だか落ち着かない表情を見せている。
「……五限、出てなかったのか?」
「うん……。橘君も出てなかったから、何か知ってるのかなって思って……」
 ――もちろん、原因はわかっている。
 どう考えても昼休みのことが原因だろう。
 でも――。
「……知らねぇよ」
 ――俺はそんな言葉を放っていた。
 由紀がどこに居ようが、どう思っていようが、俺には関係ない。
 そういった思いが、その言葉を生んでいた。
「そ、そう……。なら……いいんだけど」
 日奈子は、俺のぶっきらぼうな言葉に違和感を感じたのか、訝しげに俺の表情をうかがっていた。
 そして、軽くため息を吐いてからその場を離れていく。――だが、

「ちょ、ちょっと待って!」

 ……それは、意識もせずに俺の口から出てきた言葉だった。
 日奈子は少し驚きながら、俺の方に振り返る。
(あれっ? 何で俺は藤谷さんを引きとめたんだろう?)
 ……自分でも、よくわからなかった。
 ただ、日奈子の表情を見ていたら、嘘を吐き通しているわけにはいかないと思えたのかもしれない。
 何だか、ホントに心配そうな表情をしていたから。
「ゴメン。……実は、心当たりがあるんだ」
 俺はそう言ってから、昼休みの出来事を説明した。
 説明している間、想起されていく事象のせいで苛立ちが甦ってくるが、そこは何とかこらえる。
 日奈子は俺の説明を聞くと、珍しく睨みを利かせた表情を見せた。
 ……まぁ、日奈子は童顔だから、威圧感は全く感じられないんだけど。
「……それは、橘君が悪いよ。由紀は……そんな言葉を望んではいなかったんだと思う」
「そんなこと言われても、わからないんだよ。……アイツがどんな言葉を望んでるかなんて。……どうすれば、いつもの由紀に戻ってくれるのかなんて」
 日奈子と話しているうちに、自然と俺の中を占める後悔の念が、どんどん膨れ上がってきていた。
 もう、後悔が八割くらいを占めているんじゃないだろうか。
 これは……日奈子の言葉のせいなのか?
「それは、私にもわからないよ。でも……少なくとも、嘘を吐いてほしいとは思ってないと思うよ。
 ……橘君は、由紀が『男っぽくなんかない』って、本当に思ってる?」
「………いや」
「……ふふ、そうだよね。……私もそう思うもん。でも――」
 日奈子は表情を和らげてから、言葉を続ける。

「――私は、そんな男っぽい由紀が好きだよ」

 それは、十秒にも満たない間に放たれた言葉だった。
 でも……でも、俺はその言葉で気付いた。
 アイツ――由紀は、『男っぽい』ことにコンプレックスを感じていたわけではないんだ。
 由紀は、自分のそういった部分を受け止めてほしかったんだということを。
 ……ま、それが本当かどうかは、やっぱりわからない。
 でも……きっとそうだと思う。
 俺は……どうしようもなくバカだな。
「……ありがとう。俺……ダメなやつだな」
 自分を批難する言葉を放ちながらも、気分はやけにすがすがしかった。
 ちょっと前まで苛立っていた自分が、嘘のようだ。
「ふふ、ホントに。……今度、由紀を泣かしたら私が許さないんだから」
「えっ? あっ、ゴメン」
「由紀の機嫌、ちゃんと取り戻してきてね。……私の大切な親友なんだから!」
「……そうだな!」
 日奈子の微笑が、俺の心を癒してくれているように思えた。
 また、日奈子の期待に答えなければいけないと思った。
 そしてなにより、由紀の機嫌を取り戻さなければ。
 ――いや、機嫌云々じゃなくて、俺自身の気持ちをちゃんと伝えなければならないんだ。
 ただ、由紀はまだ教室に戻ってきていないし、どこに居るのかもわからない。
 もしかしたら六限も姿を現さないかもしれないし、もしかしたらすでに学校を出てしまっているかもしれない。
 ……でも、なんとしても今日中に自分の気持ちを伝えたい。
 次に学校に来るのは三日後。――体育祭が行われる日だ。
 体育祭の日も機嫌が悪いままなんてことは、絶対に避けたい。
 だから、なんとしても今日中に――。


 ――とは思っているんだけど、由紀は結局、六時限目の授業にも姿を現さなかった。
 そして、最後のホームルームになっても。
 正直、かなり焦っていた。
 このままじゃ、由紀に気持ちを伝えられないまま、体育祭の日を迎えてしまうかもしれない。
「由紀……帰っちまったのか?」
 ホームルーム終了後、思わず呟くと、隣からそれを否定する声が聞こえてきた。
「多分、それは無いと思う。……だって、まだ机の横にカバン掛かってるし」
 声の主は日奈子。由紀の席を一瞥してから、俺にそう助言してくれる。
「そうか。……じゃあ、まだ校内にいるんだな」
「うん。……でも、校舎内には居ないと思う。ホームルームが始まる前に、由紀の下駄箱覗いてみたら、上履き入ってたから」
「じゃあ……どこに居るんだ?」
「わからないけど、グラウンドとか……かな?」
「……そっか。サンキュ。とりあえずしらみつぶしに当たってみるわ」
 俺はそう言うと、素早くカバンを持って走りだ――そうとした時、ふと窓外に見えるグラウンドの奥に、誰かの姿が見えた。
 遠目だからはっきりとはわからないけど、ショートカットの女子だということはわかる。

 ――もしかしたら、由紀かもしれない。

 単なる人違いかもしれないけど、全く可能性が無いわけではない。
 とにかく、善は急げだ。
「藤谷さん、もし時間に余裕があったら正門のところで待っててくれないか! もし由紀が通りかかったら、引き止めておいてほしい」
「わかった!」
 日奈子の返事を合図に、俺はカバンを持って走り出した。
 教室を出て、一目散に階段を下りる。
 律儀に下駄箱になど向かわず、体育館へと繋がる渡り廊下からショートカット。
 ……別に上履きが土で汚れようが、知ったこっちゃない。
 とにかく、今はグラウンドに向かって走るだけ。
 そして、そこに居るかもしれない由紀に、伝えるんだ。


 ――俺が、由紀のことをどう見ているのかを。


 ===あとがき=====

 第16話です。
 おまちどうさまでした〜♪

 由紀編の2話目ですね。
 とりあえず、本話は由紀の心情の変化をテーマにして書いたつもりです。
 そして、それに対する翔羽の心情の変化も。
 まぁ、そうは言っても、ただケンカしてるだけみたいな感じはありますけどね(汗)
 どう……だったでしょうか?(滝汗)

 さて、次話では、翔羽が由紀に自分の気持ちを伝えます。
 翔羽の言葉で、由紀の機嫌を取り戻すことは出来るのでしょうか。
 そして――ここに一つの争いが誕生する。
 ……そんな感じの第17話を、お楽しみに♪

 2004/05/31 00:00
 何だか執筆の手が進まなくて困っている状態にて(泣)



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