第15話〜feat. YUKI KIJIMA #1 [翔羽と一筋の涙]〜 |
十月に入ると、急に空気の質が変わったように感じる。
風が冷たさを帯び始め、海沿い通りから見る海の景色も、何か変わって見えるようになってきた。
それ以外にも、十月に入ったことを確認出来る方法としては『学校の制服を見る』という方法がある。
……そう、衣替えでそれまでの夏服から冬服へと変化するんだ。
とは言っても、夏服の半袖ブラウス又はワイシャツが長袖になって、その上に白のジャケットが被さるだけで、実際に大した差はないんだけど。
そんな、秋めいてきた十月九日木曜日の佐々原高校。
だが、今俺の視界に映っているのは冬季用制服姿の学生たちではなく――。
「よ〜し、じゃあこれからリレーの練習やるわよ〜!」
耶枝橋先生の威勢の良い声が響く。
……今、俺がいるのはグラウンドの真ん中。
ちょうど今は体育の時間で、今度の月曜日――体育の日に行われる体育祭に向けての練習をすることになっているんだ。
(ついこの前『さざなみ祭』やったばかりなのに……ちょっとは日程考えて欲しいよ)
まぁ、いくら愚痴ったところで日程が変わるわけでもなく、ただそんなことを思っている自分がむなしくなってくる。
体育祭で行われる競技は様々あるが、男子の数が圧倒的に少ない佐々原高校では、他の高校とは少し違っているところがある。
例えば、どこの高校の体育祭でもやると思われる騎馬戦。
佐々原高校の場合、この騎馬戦に男子が参戦することはない。
また、女子の応援団員が男子の制服を着て応援するなんてことも、佐々原高校では無い。
昨年度まで女子高だったから、そういった伝統みたいなものが無いんだ。
他の競技でも、細かい点で違うところがいくつかある。
まぁ、逆に佐々原高校独特な点をあげると、女子の応援団員は皆、チアリーディングの格好をして応援をするらしい。
……何でチアリーディングなのかはサッパリわからないけど。
「橘君! ボーっとしてないで早く準備に入りなさい!!」
耶枝橋先生の怒声が響く。
「あっ、はい」
……さて、準備運動でもしとこうかな。
体育の授業は二クラス合同で行われる。うちの場合は、いつもA組と。
そのせいで、周囲にいる女子生徒の数は六十人を超えている。
……正直言って居すぎだ。
少しは俺のことも考えて欲しいと愚痴りたくなるが、体育祭の日程同様、そんなこと愚痴っても何の意味も成さない。
っつ〜か、日奈子以外は女性恐怖症のことを知らないんだから、それこそ意味がないし。
当然の如く、体育の授業の際に着るのは体操服。
トップスの方は男女とも似たようなものなんだけど、ボトムスは違っている。
他の高校ではクォーターパンツを義務付けているところがほとんどなのに、佐々原高校では違うのだ。
男子はいわゆる短パンで、女子は未だにブルマ。
……なんでそうなのかは全くわからない。
まぁ、とりあえず今はほとんどの学生が上下ジャージ姿で準備運動を行っているが、実際に走るときにはジャージは脱ぐことになっている。
目のやり場に困りそうなのは、きっと俺だけではないはずだ。
最初は各々単独で準備運動をしていたが、耶枝橋先生の指示で二人ペアとなって準備運動をすることに。
より、効率よく柔軟体操をするためだ。
準備運動のペアは、リレーの順番によって分けられた。
……とは言っても、全学生が体育祭のリレーに参加するわけではないから、参加しない学生たちは別に集まって待機している。
残念ながら、俺はリレーに参加する組だ。
俺は六人いるリレー参加メンバーの中で、五番手に走ることになっている。
耶枝橋先生は、準備運動のペアをその順番――一番手と二番手、三番手と四番手、五番手と六番手――で組むように指示していたから、俺は六番手――アンカーである由紀とペアを組むことになった。
(やっぱりそういう展開になるよなぁ……)
俺は女子とのペアという予想通りの結果に、走る前からグッタリしてしまう。
「さて、ちゃっちゃと柔軟、終わらせるぞ〜」
しかし、由紀は元気いっぱいだった。
由紀はスポーツが大好きみたいだから、きっと体育祭が楽しみで仕方がないんだろう。
「……へいへい」
俺はやる気の無い言葉を呟きながら、由紀と柔軟体操を始めた。
ペアでやる柔軟体操の種類は限られている。
具体的にどれほどの種類があるのかを知っているわけではないけど、少なくとも今ここでは二種類の柔軟体操しか行わない。
一つは相手の手を持ち、足を合わせて、その手足の軸を中心軸にしてお互い伸脚をするというもの。
これは……まぁいい。
そして、もう一つは――。
「ほら、早くしろよ〜」
由紀は背中を俺に向けながら、そう言って俺に催促してきた。
もう一つの柔軟体操。……それは、お互いの背中を合わせた状態で腕を組んで行う。
片方が上体を前に倒して、相手の背筋を伸ばすという……アレだ。
由紀は結構身長が高い方だから、その柔軟体操が実行不可能ということはない。
……そんなことはわかっている。だけど……そういう問題じゃない。
(なんでそんなに密着しなきゃいけないんだよ……)
……やっぱり俺の前に立ちはだかるのは女性恐怖症なわけで。
「おぃ! いつまで待たせる気だよ!?」
「………ハァ」
……ま、やっぱ耐えるしかないよな〜。
俺は覚悟を決めて由紀の背中に自分の背中を合わせる。
途端、小さな脱力感を覚える。
でも、それほどキツい状態ではない。
まぁ、一ヶ月ちょいの間にいろんなことがあったから、俺の女性恐怖症に対する恐怖心が少なくなってきた表れだろう。
……とは言っても、やっぱり少しは気分が悪くなるけど。
由紀の体温を感じながら、ゆっくりと手を伸ばして由紀の腕に組む。
そして、上体を前に倒――そうとしたら、俺の上体は勢い良く後ろへと傾いていた。
「それっ!」
「うわっ!!」
由紀は不意打ちをかけるように上体を前に倒していた。
ものすごい力で一気に引っ張られる。
「いででででで!!」
腰部から臀部にかけて、耐えがたい痛みが襲い掛かってくる。
「ちょっ! ちょっと待ってくれ!!」
そう叫ぶが、由紀はまったく止めようとしない。それどころか、
「ダ〜メ! 柔軟はちゃんとやっとかないと!」
そう明るい声で返してきた。
由紀の力はホントにすごかった。
自分よりも身長が高い男の俺を、いとも容易く背に乗せているんだから。
……いったいどっからそんな力が湧いてくるんだか。
でもまぁ、思い起こしてみれば、転校初日に日奈子とぶつかって気絶した俺を学校まで運んだのは由紀。
それ相応の力があって、当然といえば当然か。
俺は密かに納得したが、そんなことを考えている場合ではない。
「た、頼むから一回降ろしてくれ〜!!」
そう言って足をバタバタさせるが、俺の身体が由紀の背中から降ろされるのは、もう少し経ってからのことだった。
グラウンドでは、すでにリレーの選手が走り始めていた。
A組とB組での練習だから、走っているのは二人。
二人とも三番手の選手で、その差はそれほど開いていない。
『頑張れ〜!』とか『負けるな〜!』といった声が、リレーに参加しない学生たちから掛けられているが、『体育祭』としてはA組とB組は敵同士じゃない。
体育祭は四つの組――赤組、白組、青組、緑組に分かれて行われる。
――A組とB組は同じ赤組なんだ。
でも、それはあくまでチームとしてのこと。
学生としては、やっぱり同じチームであっても負けたくはないんだろう。
……俺も同じ考えだ。
「接戦だな!」
隣にいる由紀が、興奮した様子で言う。
どうやらこういった、運動をするときの独特の雰囲気が好きみたいだ。
「……そうだな」
俺は由紀の言葉に力の無い言葉を返す。
……まだ、柔軟体操でのダメージが全然抜けていないんだ。
俺と由紀は今、グラウンドの内側――バトントスが行われる場所の近くにいる。
近くにはA組の五番手と六番手の選手もいる。両組の四番手の選手は、すでにバトントスが行われる場所で待機済みだ。
三番手の選手たちが最後のストレート部分に差し掛かり、一気に応援の声が強まる。
そして、俺たちの目の前で四番手の選手へとバトントスが行われた。
――A組の方がややリードしている。
「あちゃ〜、リードされてるじゃん。橘、足引っ張るなよ〜」
「……へいへい」
由紀の言葉にそう返して、ゆっくりとバトントスの場所へ。
隣に来たA組の五番手も男子だった。
面識のない人だけど、体格だけでも速そうに見える。
俺は特に走るのが速いわけじゃない。まぁ、メチャクチャ遅いわけでもないと、自分では思ってるけど。
……とにかく、ホントに足を引っ張ってしまいそうで不安だ。
不安感を紛らわせるために、軽く屈伸と伸脚をする。
今日の空は快晴で、秋の日差しが燦々とふりそそいでいる。
時折吹く風は冷たさを帯びているが、それにしても十月にしては暑いくらいの気温だ。
自然とにじみ出てくる汗が、緊張感と相まってうざったい。
――急に声援の声が大きくなった。
見ると、四番手の選手が最後のストレートにさしかかっている。
俺はゆっくりと、バトンを受け取る体勢をとった。
佐々原高校のグラウンドの外周は、約四百メートル。
俺は走りながら、その四百メートルの長さを痛感していた。
別に大したことはないだろうと思っていたが、大間違い。
自分では結構な距離を走ったと思っていても、実際はまだ半周しか走っていなかったりする。
四番手の選手からバトンを受けたときには、B組の方がリードしていた。
四番手の選手の頑張りを無駄にしてはいけない……とは思っていても、身体が思ったように進まない。
……それでも、だいぶ差が開いていたのか、まだ俺はA組に抜かされずに済んでいた。
「ハァ…ハァ…ハァ……」
……呼吸が苦しい。
腕を振る力が弱くなる。
――最終コーナー。
ピッチが遅くなっていくのが、思いっきり自覚できた。
気がついた頃には、背後にA組の選手が近づいてきていた。
「橘! もう少し頑張れ〜!!」
視線の先に、バトンを待つ由紀の姿が見えた。
そして……すぐ背後にA組の選手が。
俺はとにかく全力を込めて走った。
(残りはたった数十メートルじゃないか!)
心の中で叫びながら走る。
(もう少し……もう少しっ!)
もうすでにA組の選手は俺の真横にまで来ていた。
……だが、まだ抜かれてはいない。
ただの練習だけど、何だかものすごく負けたくなかった。
渾身の力を込める。……由紀はもう、目の前だ。
そして、素早くバトンを前に――。
――――瞬間、俺の身体は地面を離れていた。
足で蹴るものがない。
……どうやら、俺はあと少しというところで足を滑らせてしまったらしい。
俺は……異変に気付いて身体をこちらに向けている由紀の下へ一直線だった。
「避けてくれっ!!」
「えっ!?」
……まさにヘッドスライディング状態だった。
目の前の光景が、スローモーションのように見える。
俺の手から離れ、宙を舞っているバトン。
あまりに急なことで、身体をこちらに向けた状態から次の行動に移せないでいる由紀。
――そして身体はぶつかった。
「っつ〜!!」
由紀の苦痛の声で、俺はゆっくりと閉じていた目を開く。
――――紺色。
(………紺色?)
紺色の物体の正体がわからず、手に力を込めて起き上がろうとしたが……何故か柔らかな感触が。しかも、何か布みたいなものを握っているみたいだ。
そういえば、さっきからまともに息ができないな。……あぁ、この紺色の物体に顔をうずめた状態になっているからか。
瞬時に理解できたのは、自分がうつぶせの状態で倒れていることと、自分の顔が謎の紺色の物体にうずめられた状態になっているということだけだった。
何とか状況を把握しようと、とにかく紺色の物体からの脱出を試みる。
「んっ……」
……何故か由紀の高い声が聞こえてきたが、とりあえず成功。
閉じられていた目を、ゆっくりと開く。
すると、目の前には白い物で覆われた山が二つに、その白い物の端っこを握っている俺の手が――――。
(@*▼■&$#♭○×!!)
――――状況確認……完了。
ん? ちょっと待て……。っつ〜ことはこの紺色のって……。
……この、あごから感じる柔らかさと温かさで、俺は全てを理解した。
紺色の物体……それは、由紀のブルマだった。
そして、俺が掴んでいるのは体操服の端っこ。
見えた二つの山は……もう言わなくたって良さそうだ。
全てを認識すると、自然と意識が遠のき始める。
体操服の端っこを握る手にも、力が入らなくなってきた。
柔軟体操の時のダメージも効いてるのかもしれない。
朦朧とする意識の中、ようやく状況に気付いた由紀が叫び始める。
「あっ、ああ……た、たたた橘〜!! 早くどけ〜!!」
由紀の必死さは良くわかるが、すでに俺の身体は言うことを聞かない。
首に力が入らなくなり、再びブルマに顔をうずめた状態になる。
「なっ! ……橘っ!! 早くどけって言ってる……って、まさか貧血かぁ!?」
……そんな由紀の悲痛な叫びを最後に、俺の意識は完全に途絶えた。
「ん……うぅ……」
気付いて目を開くと、そこには毎度おなじみな天井が。
――いつもお世話になってる保健室だ。
「大丈夫? 橘君……」
聞こえてきた声につられて左側を向くと、そこにはいつも通りに瞳を潤ませた真中先生の姿が。
「だ、大丈夫です。……はい」
……やっぱり真中先生は苦手だ。
「ホントに?」
「え、えぇ」
「そう、良かった。とりあえずケガしてるところはなさそうだけど……」
「はい。とりあえずは――」
そこまで言って、俺は由紀のことを思い出す。
「あ、あの、由紀……貴島さんは――」
「私がどうしたってぇ?」
驚いて右側を向くと、そこには両手を腰に当てて引きつった表情を見せる由紀の姿があった。
「あっ、いや、その……大丈夫だったかな〜……って」
「大丈夫……なわけないだろっ!! あんなタイミングで貧血起こすか普通!? おかげで周りから変な目で見られっぱなしだよ!! リレーの練習はは中止になるし! それに――」
「まぁまぁ。そんなに怒らないで。……何があったのかは知らないけど、あんなに心配そうに橘君を担いできたのはあなたでしょ?」
真中先生の言葉で、由紀は怒声を浴びせ掛けてこなくなる。そして、俺から視線をそらして小さな声で話し出す。
「そ、それは貧血で倒れたやつを放っとけなかっただけで……別に橘だから心配したわけじゃ……」
「あら、誰も『橘君だから』なんて言ってないじゃない」
「あっ、いや、その……変に誤解されたくないから言っただけで……」
「ふふ、そうなの?」
……どうやら、由紀もあまり真中先生が得意ではないみたいだ。
真中先生は口を閉ざした由紀から視線を俺に戻すと、朗らかな笑顔で話しだす。
「まぁ、とりあえずまだ昼休み中だから、ゆっくり休んでいってね」
「はい。ありがとうございます」
「それじゃ、私はちょっと出てくるから。……後はお願いね、貴島さん」
「えっ? あっ……はい」
由紀はキョトンとした表情で答える。
真中先生はそれを確認すると、「それじゃ〜ね」と言って保健室から出て行った。
「わ、悪かったな……いろいろと。……また保健室まで運んでくれたみたいだし」
真中先生がいなくなり、沈黙状態となった中でようやく放つことができたのは、そんな言葉だった。
完璧に全て俺が悪いんだから、ホントはもっとちゃんと謝らなければいけないはずなんだけど、どうも相手が由紀だと上手く謝れない。
普段から冗談ばかり言い合っているような仲だから、そうなってしまうのかもしれないな。
「ホント、勘弁しろよな〜。……まるで新学期早々のヒナと同じ立場になった気分だよ、まったく。……ま、結局あんたを運んだのはまた私だったけどさ」
由紀は呆れた様子でそう言ってくる。
……どうやら……まぁ怒ってはいるだろうけど、根に持つほど怒ってはいないようだ。
だから、つい冗談が口から出てきてしまう。
「マジで悪かった。……俺だけオイシイ思いさせてもらっちゃったしな〜」
「コイツめっ! 人を何だと思ってんだよ〜」
予定通り、由紀は俺の冗談に乗ってくれている。
……こういうところが、由紀のいいところだと思う。
これがもし他の人……例えば日奈子だったりしたら、冗談を言った時点で沈黙状態になるのは必至だろう。
でも、このまま冗談で会話を終わらせるのは、ちょっと悪い気がする。
由紀に非はまったく無いんだから。
「まぁ冗談は置いといて、ホントに悪かった。わざとじゃないんだ……っつってもそうなっちゃったんだから言い訳にしかならねぇけど、とにかく悪かった」
「……ふぅ。わかってるって。橘には狙ってあんなことする度胸なんて無いもんな〜」
「へいへい。それは悪うございましたね」
何だか、結局冗談っぽくなってしまったけど、由紀は笑顔で返してくれていたから、きっと許してくれたんだろう。
キーンコーンカーンコーン……。
――昼休み終了のチャイム。
「……そろそろ教室に戻らないとヤバいな」
「そうだな。……橘はどうする? もう少し休んでるか?」
「いや、俺も行くよ」
俺はそう言うと、ベッドから降りて軽く伸びをする。
腕に小さな痛みを感じて確認してみると、そこにはパッと見じゃ気付かないような小さな擦り傷が。
きっと、倒れたときに出来たものだろう。
まぁ、別に気になるほどのものではないから無視してドアへ向か――おうとしたら、不意に由紀が何かを差し出してきた。
「ほれ、一応貼っとけって。無いよりはマシだろ、きっと」
由紀が差し出してきたのは『ばんそうこう』だった。
「おっ……サンキュ……」
……由紀って案外気の利くやつなんだな。
ありがたく頂戴して傷口を保護。
「さて……。それじゃ、行きますか」
「そうだなっ!」
俺は笑顔で頷く由紀を確認すると、今度こそドアへ向か――おうとしたが、ドアの外からの声で足を止めてしまった。
「――それにしても、B組の転校生、やってくれるよな〜」
「ホントホント。貧血で倒れたらしいけど……狙ってたんじゃないのか?」
「ハハハ。だったらサイコー。俺たち男の鏡だな!」
……どうやらA組の男子みたいだ。
ちょっと頭にくるが、変にもめたくもないからとりあえず我慢する。
「――まぁ、それもそうだけど貴島もすげぇよな〜。自分より背の高い転校生を軽々と担いじまうんだから」
「あぁ。ホント男勝りの力、持ってそうだしな」
「ハハ。実は男なんじゃね〜の? 女装して忍び込んだ男スパイ……なんつってな!」
「バ〜カ、さすがにそれはないだろ。……でも、あながちありえない話でもないかもな」
「なんだよ。お前だってそう思ってるんじゃないかよ〜」
……俺は、怒りよりも呆れを感じていた。
よくもまぁ、あんなこと考え付くよ、ホントに。
そう思って、ドアに視線を向けたまま、軽い気持ちで由紀に冗談を言う。
「男勝りだってよ。……ま、ホントにすっげぇ力あるもんな〜」
『……………』
……しかし、いつもの冗談返しがなかった。
拍子抜けしながら由紀の方を向く。すると――。
――そこには、顔をうつむかせている由紀の姿があった。
そこにいる由紀が、普段の姿からは想像できないくらいに小さく見える。
その身体は……小刻みに震えていた。
「どうせ……」
「えっ?」
「……どうせ……どうせ私は男みたいな女だよ!! 男勝りの力を持ってて悪いか!?」
……正直、俺にはその光景を理解することが出来なかった。
あまりにも……考えられない光景。
――――由紀は悲痛な表情をあらわにしていた。そして……一筋の涙。
俺は、もう後悔することも出来ないほど、今の状況に混乱していた。
目の前で由紀が泣いている。……これは、俺のせいなのだろうか。
……いや、『誰のせい』とかいう問題ではない。
由紀は……何故泣いているのだろうか。
その答えが、まったく今の俺には見出せなかった。
「バカッ!!」
由紀はそう叫んで保健室から飛び出していった。
俺は由紀の後を追いかけることすらできないまま、保健室の中でただ呆然と立ちつくしていた――。
===あとがき=====
第15話です。
楽しみに待っていてくださった方がいらっしゃれば……お待たせしました♪
本話から『貴島由紀』編に突入です。
前話のあとがきで書いたとおり、私にとって由紀は結構微妙なキャラ。
だから、中々書くのが大変で(汗)
でもまぁ、書いていくうちにだんだん由紀のことを好きになることができました。
あなたも由紀のことが好きになってくれると、とても嬉しいです♪
さて、次話では、由紀が保健室を飛び出していってしまった理由が、なんとなくわかることになります。
翔羽と由紀、互いの心情の変化を楽しんでいただければと思っています。
今までの由紀のイメージとは、変わって見えるかもしれません。
由紀は明るくて活発……なだけではないみたいですよ。
第16話、お楽しみに。
2004/05/25 13:35
何とか週一ペースを守れていることにホッとしている状態にて。