第7話〜feat. MANA MORINO #2 [翔羽の決意と真価]〜

 ……そこは、様々な旋律で構成された空間。
 空間内で意識を移動させると、それだけで違った旋律が常に流れこんでくる。
 ボリューム、テンポ、音色……。それぞれ微妙に違っているが、俺が目指す旋律には中々出会うことが出来ない。
 ……どれくらいの時間が経過しただろう。
 まぁ…そもそも『時間』という概念自体がそこに存在しているのかどうかがわからないが。
 とにかく、随分の間さまよっていると、俺の意識に自己主張してくる旋律を発見することに。
 その旋律は……悲しくも優しく、俺はすんなりとその旋律を受け入れることが出来た。
――俺の心の中の隅々に浸透していく。
 心の中で出来あがっていた『シコリ』を、その旋律はゆっくりと癒してくれた。
 俺は特に集中する必要もなく、その旋律を頭の中に記憶する。
 旋律はしばらくの間、俺の頭から離れることはなかった………。

「……くん…橘君…橘君っ!」
 右側から聞こえてくる声で、俺の意識は現実世界へと引き戻される。
 声の方を向くと、こちらを向いて心配そうな顔をしている日奈子の姿が。
(そうだ、そういえば今は帰りのホームルームの真っ最中だったはず……)
 そう思い起こして周囲を見まわす。
 ……が、周囲の席に座っているはずの生徒たちの姿はほとんど無い。
「あれっ? ……ホームルームは?」
「もうとっくに終わっちゃったよ。…耶枝橋先生、相当呆れてたよ〜」
 ……なんとなく、その光景が想像できる。
 俺は、あまり寝ていないこともあって授業中はもちろんのこと、ホームルームの時間までも睡眠の時間として費やしてしまったんだ。
「お〜い、ヒナ〜! そんなヤツのことはどうでもいいから早く行こ〜!」
 ……教室のドアが開かれ、そこから由紀の声が聞こえてくる。
「今行くよ〜。……ゴメン。これから部活があるからもう行くね」
「あぁ、こっちこそゴメン。わざわざ起こすのに時間取らせちゃって」
 俺は日奈子に軽く礼を言って、ゆっくりと立ちあがる。
 その様子を見た日奈子は、「それじゃあ」と言って由紀の方へと向かっていった。
「……ふぁ〜あ」
 自然とあくびを出しながら窓外を眺める。
「……げっ、雨かよ」
 ……見ると、天から大粒の雫が絶えず舞い落ちていた。
――こっちに引っ越してきてから初の雨だ。
「ったく、傘なんか持ってきてね〜っつ〜のに……」
 ……思わず呟く。
 とはいっても、このまま教室に居座っていても仕方が無い。
 『雨宿りでもしようか』とも考えたけど、空の様子を見るとしばらく雨が止むことはなさそうだ。
 とりあえずカバンに荷物をまとめて、とっとと教室から出る。

「……森野さん」
――廊下には、両手で手さげ型のカバンを持った森野さんの姿が。
 森野さんは俺の姿に気付くと、周囲を確認し始める。
 そして、周囲に誰もいないことを確信すると、俺に向かって話しかけてきた。
「あの…今日、傘持ってきてる?」
「いや…持ってきてないんだ。…だから帰りど〜しよっかな〜って思ってるけど……なんで?」
 俺は困った表情を見せながらそう答える。
「あっ、ホントにっ!」
「……なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
 俺は軽く微笑みながら、冗談混じりにそう呟く。
 なんか、ホントに嬉しそうな表情をしているから、つい笑みがこぼれてしまったんだ。
「あっ、ゴメン。…別に変な意味で言ったつもりはないんだけど……」
「ハハ、わかってるって……それで?」
「あっ、うん。…あの……今日、これから時間空いてるかな?」
「えっ…まぁ得に用事はないけど……」
「じゃあ……ちょっと紹介したい人がいるんだけど……」
「紹介したい人?」
 ……俺はちょっとビックリしていた。
 森野さんには申し訳ないけど、正直言ってあんまり友達がいるようには思えなかったから。
(森野さんが紹介したい人って、いったいどんな人なんだろう?)
 そう思っていると、森野さんが周囲を再び確認した後に、その答えを簡潔に伝えてくれた。
「あの…bonheurのメンバーを紹介したくて……」
(あぁ、そういうことか)
 思いっきり納得出来た。
「そういうことだったら、こっちからお願いしたいくらいだよ。楽曲のことも相談したいしね」
「良かった〜。じゃあ、とりあえず迎えに来てもらえるように連絡はしておいたから、もう少ししたら正門のところにくると思う」
「えっと…車?」
「うん、そう」
「じゃあさぁ、もし大丈夫そうなら一度うちに寄ってもらえないかな? …荷物とか置いておきたいし。それに、曲のデータも持っていければ持って行きたいしさ」
「うん、わかった。…多分大丈夫だと思う」
 ……そこまで言って、いったん会話が途切れる。
 ……でも良かった。bonheurのメンバーとこんなに早く対面することが出来るようになって。
 出来るだけ早く会って、曲のこととか話し合いたいと思ってたんだ。
 正直言って、俺はbonheurのことをほとんど知らない。
 一応、bonheurのオフィシャルホームページも存在しているらしいんだけど、俺はまだ拝見していないし。
 ……bonheurが何人で構成されたグループなのかすら把握していないんだ。
(…楽しみだけど……ちょっと不安だな)
 ……俺がそんなことを考えていると、ふと、森野さんのカバンの中から何かの振動音が聞こえてきた。
 森野さんが慌ててカバンを開き、中から取り出したのは携帯電話。
 どうやら振動音の正体は携帯電話のバイブレーションだったようだ。
「はい、もしもし。…うん。わかった。…これからそっちに行くね」
 森野さんは簡単に用件だけ告げて、すぐに通話を切る。
「あっ、ついたみたいだから正門の方に行こっ!」
 ……見るからに森野さんの様子は変化していた。
――昨日の深夜に見せた、あの明るい様子に近づいている。
 多分、森野さんが『森野 愛モード』から『MANAモード』へと移行しつつあるんだろう。
 俺は、前を行く森野さんの後をゆっくりとついて行く。
 心の中では好奇心と不安感が渦巻いていたが、そんな中、寝ている間に頭の中に刻み込まれたあの旋律が、常に俺の中で流れ続けていた。

 正門前の大通り――正門から数メートル離れた場所に、その車は停車していた。
 シルバーでミニバンタイプのものだ。
 カバンで雨を抑えながら車の前まで走って行くと、ゆっくりとウィンドウが開かれる。
 そして、そこから助手席に座っている女性が顔を出し……。
「よっ、おまたせ……お〜!?」
 ……森野さんと俺の姿を見た瞬間、わざとらしくとも思えるほどの驚きを見せた。
「ま、愛にもついに男が出来たかっ!!」
「えっ!? …ち、違うって!!」
 森野さんは突然の言葉に、動揺しながらも慌てて反論するが、
「そうかそうか〜。いや〜こりゃめでたいっ!」
 ……この女性には全く聞こえていないみたいだ。
 ものすごく嬉しそうな表情で森野さんと俺の顔を交互に眺めている。
 ……俺は、ただその行く末を見守ることしか出来なかった。
「…おいおい、そのくらいにしとけよ。…愛が困ってるだろ」
 運転席に座っている男性のそんな言葉のおかげで、ようやく女性の表情は落ちついたものになる。
 森野さんは……相当疲れた表情を見せていた。
「……で?」
 運転席の男性は、一瞬俺の方を見た後、森野さんに尋ねる。
「あっ、えっと……彼は橘君っていうんだけど……実は、例の音楽制作を依頼した相手だったの。それで、一緒にミーティングに参加してもらおうと思って」
 それを聞いた車の中の二人は揃って驚いていたが、すぐに表情を戻して俺の方を向く。
「そうだったのか。そりゃ驚きだな。…まさかこんな近くに住んでる人だったなんてな。…しかも高校生ときたもんだ」
「ホントね〜。でも、その方が好都合ではあるけどね♪」
「は、はぁ…」
 俺はとりあえず適当に相槌をうつ。
「…あっ、そうだ。自己紹介しなきゃね。…私は板倉奈央。bonheurでは『NAO』って名前ね。基本的にはキーボード担当。…曲によっては他の楽器を演奏することもあるけど。あと作詞もする。十九歳の現役女子大生だよ〜。それでコイツが……」
「向井俊哉だ。…『TOSHI』って呼ばれてる。ギター担当で、奈央と同じで他の楽器を扱うこともある。一応、作曲担当でもあるんだけど……まぁ知ってるだろうけど最近ちょっと行き詰まっててな。二十歳で奈央と同じ大学に通ってる」
 奈央さんはベージュのキャスケットを被っていて、トップスには黒の、衿からフロントラインにかけて縦にフリルの入ったノースリーブシャツ、ボトムスにはだいぶ色のあせたジーンズをしている。…ちょっと今日の天候からすると寒そうだ。
 帽子を被っているから詳しいことはわからないけど髪型はオレンジでロングのウェーブ、瞳もオレンジ色、肌は健康的に見える控えめに焼けた小麦色だ。
 俊哉さんはトップスに薄いグレイのストライプになっている長袖クレリックシャツ、ボトムスに紺のジーンズをしている。
 髪型はマット系のやや茶色でレイヤーを駆使した空気感のあるもので、瞳は茶色だ。
「俺は橘 翔羽です。森野さんとはクラスメイトで、昨日森野さんがbonheurのボーカルだって知って、かなりビックリしたんですけど……。えっと、まぁそれはいいとして……」
 ……何か、変に緊張して上手く話すことが出来ない。
「ふふ…そんなに緊張しなくていいから♪」
 奈央さんの言葉に甘えさせてもらい、俺は軽く深呼吸をする。
「えっと、一応趣味で音楽制作……まぁ主にMIDI制作をやってます。楽器に関しては…基本的に実際に演奏したことはなくて、知識だけ持ってるって感じです」
 ……何とか無難に自己紹介を終える。
 学校での自己紹介とはえらい違いだ。
 一通り自己紹介が終わると、放つべき言葉が見つからずに沈黙の時間が始まってしまう。
「……まぁ、とにかく乗れよ。立ち話じゃ疲れるだろ」
 俊哉さんの言葉で、俺と森野さんは車に乗せてもらうことに。
「あっ、申し訳ないんですけど…一度うちに送ってもらっていいですか?」
「あぁ、それは構わないよ」
 俊哉さんの了承を得て、一路我が家へ。

 我が家へ向かう間、俺は俊哉さんと簡単な会話を交わした。
 まず、我が家へ向かってもらう理由。
 ……まぁ、カバンを置きたいのと着替えをしたいというのが主な理由だ。
 そして、制作中の楽曲のデータを持っていきたいということ。
 この後向かう目的地には、ちゃんとした音楽制作の設備があるらしいから尚更。
 ただ、絶対ではないけど出来れば俺が使っているシーケンサー――『Magic』が使える環境であってほしい。
 そう思って俊哉さんにそのことを聞いてみると、
「あぁ、シーケンサーなら大抵の物は揃ってるから。…Magicもちゃんとあるよ」
 そう言って俺を満足させてくれた。
 ……そして、あっという間に我が家が見えてくる。
(…やっぱり車だと早いな)
 そんな当然のことを実感していると、奈央さんがふと思い出したかのように呟き出す。
「…そ〜いえば翔羽君って結構珍しい名前だよね〜」
「そ、そうですかね〜」
「そうよ〜。……そうだ俊哉、中学の頃に似たような名前の女の子がいたよね〜♪」
 奈央さんの何故かイジワルめいた言葉を聞いた俊哉さんは、一瞬顔をしかめる。
「あ、あぁ。…いたな」
「二つ下だったよね〜。……俊哉に猛烈アタックしまくってた子♪ ……何ていう名前だったっけ〜?」
「……わかってるくせに聞くなよ」
 俊哉さんは何だか、思い出したくない過去を無理矢理思い出させられているような、うんざりとした表情を見せている。
「確か名字も翔羽君と同じだったわよ。……まさか…翔羽君ってお姉さんいる?」
 ……そんな奈央さんの質問に答える前に我が家に到着。
「えっ、いますけど…」
 ……と言いながら車から降りる。
 そしてゆっくりと玄関へと向かおうとすると、ドアから姉貴の姿が現れた。
「あっ、おかえり翔羽〜って……あれっ、車?」
 姉貴はそう言って俺の方に近づくと……。
「……えっ!? …奈央姉さんっ!?」
「あ〜っ! やっぱり舞羽ちゃんだ〜!!」
 助手席にいる奈央さんを見て、姉貴はゆっくりと車に近づく。
 ……なんか姉貴と奈央さんは知り合いみたいだ。
 と、いうことは……。
 俺が振りかえって車の中を覗くと、俊哉さんが必死に車の中で隠れようとしていた。
 しかし、ハッキリ言って『頭隠して尻隠さず』状態だ。
 姉貴は車の中でうごめいている謎のお尻が気になり、より車に近づいて中を覗きこむ。
「…あ〜!! トシ兄ちゃんだ〜〜♪」
 お尻の正体に気付いた姉貴はものすごい喜び様で、開いた助手席側のウィンドウから頭を突っ込んで叫ぶ。
 ……姉貴に見つかった時の俊哉さんの顔ときたらもう……カッコイイ顔が台無しになるほどのしかめっ面だった。

 ……結局、姉貴の強い要望で皆家に上がってもらうことになった。
 俊哉さんは心底家に入ることを嫌がっている様子だったけど、奈央さんがなんとかなだめて半ば無理矢理に家の中へと誘う。
 姉貴と俊哉さんと奈央さんがリビングルームで談笑している中、俺と森野さんは俺の部屋に向かっていた。
 そして、二人揃って部屋の中へ。……って、
「あの…とりあえず着替えるから……」
「あっ、ゴメンナサイっ!」
 森野さんは慌てて部屋の外へ。
(…ふぅ。やっぱり基本的に人と接するのに慣れてないって感じ……だよな)
 森野さんの行動に、ついそんなことを思ってしまう。
 ……何となくわかる。
 やっぱり、俺も似たようなものだから。
 でも……こんな俺でも、なにげに結構女性たちと気軽に話せるようになってきている。
 だから、森野さんもきっと……。

 カバンを置いて着替えを済まし、『シグナル』のデータをUSBメモリーに入れ終えると、ノートパソコンの電源を切って外へ。
 ちなみに着替え後の俺は白と紺のボーダーシャツにジーパンという格好。
 外では森野さんが退屈そうに待っていた。
「わるい、お待たせ」
 俺がUSBメモリーを持った手を上げてそう言うと、森野さんは不思議そうな顔でUSBメモリーを見つめてきた。
「……それって…何?」
「えっ…あぁ、これはUSBメモリーだよ」
「『ユー・エス・ビー』? ……『ユニバーサル・スタジオ・ブラジル』?」
 ……素で言っているとしたら、かなり天然ボケの素質があるな。

 気を取りなおして一階へと戻ると、リビングルームでは……姉貴が俊哉さんに抱き着いていた。
 俊哉さんは一応抵抗しているけど、下手に振り払おうとすると姉貴がケガをしかねないと思っているんだろう……俊哉さんは我慢していた。
 そんな様子を奈央さんは心底面白そうに見て笑っている。
「おい姉貴、俊哉さんが困ってるだろ。いいかげんにしろよな」
 呆れてそう言うが、姉貴は全く動じない。
「だいじょ〜ぶ! 私とトシ兄ちゃんはラブラブなんだから〜♪ …ねっ、トシ兄ちゃん♪」
「いつどこで俺とお前がラブラブになったんだ!?」
 俊哉さんは必死になって叫んでいる。
「ホント、中学時代の再現になってるね〜」
 ……奈央さんはゴキゲンだ。
「姉貴が中学の時もこんな感じだったんですか?」
 俺は何となく気になって奈央さんに聞いてみる。
「えぇ、そりゃあもう学校中で知らない人はいないってくらい有名なカップルだったから♪」
「だからカップルになった覚えはねぇ!!」
「でも舞羽ちゃんすっごく綺麗になったじゃない。『AfteR SchooL』の専属モデルになっちゃうくらいだし。…いっそのことホントに付き合っちゃえばいいんじゃないの♪」
「…綺麗になったのは認める」
「やった! トシ兄ちゃんに認められちゃった♪」
「だからってそれとこれとは話が別だっ!!」
 ……何かやけに新鮮な光景だった。
 姉貴がこんなに幼く見えたことは今までにない。
 俊哉さんには申し訳ないけど、見ている側としては面白い光景だ。
「くすくす、何かお姉さん昨日とは全然イメージが違うね」
 ……森野さんも俺と同じ意見なようだ。
 にしても……。
「姉貴! ホントにいいかげんにしろって!!」

 俊哉さんを何とか姉貴から解放し、ようやく再び車に乗り込むことに成功した俺とbonheurメンバーは、一路bonheurの音楽制作拠点を目指す。
 車は快調に走り、奈央さんや森野さんとたわいもないことを話しているうちに目的地に到着した。
 そこは学生の一人暮らし向けに造られているアパート。
 その二階にある一室だ。
 ここは俊哉さんが一人暮らしをしている部屋らしい。
 部屋の中に入ると、まず目に入ってくるのが様々な音楽制作のための機器。
 音源モジュール、MIDIキーボード、オーディオインターフェース、シンセサイザー……などなど。
 さながらレコーディングスタジオの様だ。
 様々な楽器も置いてある。
 自身の担当であるギターはもちろんのこと、ベースやドラムなんかもあった。
 ただ、部屋自体はそれほど広くないから、ほとんどこういった機器で埋め尽くされている。
(…いったいどこで寝てるんだ?)
 なんて疑問を浮かばせながらふと見上げると、そこにはロフトが。
 ……どうやらロフトで寝てるみたいだ。
「……すごい」
 俺は思わず呟いていた。
 そりゃ、趣味で音楽制作をしている人がこれだけの機器を見れば、普通は驚くだろう。
 ……少なくとも、高校生である俺が手を出せる代物たちではない。
「ふふ、そうだろ。結構大変だったんだぜ、これだけ集めるのは」
 俊哉さんはまんざらでもない様子。
 とりあえず、ただこの光景に見とれているだけでは何の意味もなさないから、ジーンズのポケットからUSBメモリーを取り出して話を切り出す。
「あの、とりあえずこの中に創ってる楽曲のデータ入れてきたんで」
「OK、ちょっと待ってろよ」
 俊哉さんはそう言うと、壁際に設置されたパソコンデスクの上にあるデスクトップパソコンを起動する作業に入る。
 そして、俺からUSBメモリーを受け取ると素早くUSBハブに差し込み、中のデータを参照。
 俺が使っているものと同じシーケンサー――『Magic』が起動し、内容が表示される。
「えっと、まだ未完成なんですけどほとんど完成してるんで、とりあえず聞いてみてください」
 俺の言葉を確認すると、俊哉さんは早速再生モードへ。
 そして、流れ出すメロディーに、ココにいる全員が各々壁に寄りかかって耳を傾け始めた……。

「うん! すっごく良いじゃない♪」
 曲が流れ終えて、まずそんな言葉を言ってくれたのは奈央さんだった。
「そうだな。…これなら軽く編集するだけで大丈夫そうだ」
 続けて俊哉さんも。
 とりあえず気に入ってはもらえたみたいで、正直かなりホッとした。
 でも……ホッとはしたけど、何故だか『満足感』は得られないでいる。
 その原因が何なのか……頭の中を整理して考えてみるが、答えは導き出せない。
 ……答えを導き出すのを諦めかけたとき、ふと、頭の中で一つの旋律が流れ出した。
 これは――学校で寝てた時に聴こえてきた旋律だ。
 その旋律を聴いて、俺は一つの『答え』を導き出した。
「あの…この『シグナル』は……これはこれでアップテンポな曲として良いんですけど、もう一つ…どうしても創りたい曲が出来たんです」
「ほぉ、いいじゃないの。bonheurとしては、新たな曲の候補が増えることは良いことだからね」
 俺の言葉に、俊哉さんは嬉しそうな表情を見せる。
 しかし、俺はこれからbonheurのメンバー…特に森野さんにある一つのことを『要求』しなければならなかった。
「……ただ、そのためには……多分、皆さんに…特に森野さんに協力してもらわなければならないんです」
――沈黙が走る。
「えっと…それってどういう意味?」
 奈央さんが、いまいち理解していない様子で尋ねてくる。
「……半分は俺の想像になっちゃうんですけど、今のbonheurの楽曲って、アップテンポな曲かもしくは思いっきりダークな感じの曲ばかりですよね。森野さんが送ってくれた曲を全部聴いてそう思ったんですけど、多分……こっからは俺の想像になっちゃうんですけど、これには何か理由があるんじゃないかって思ったんです」
――妙に緊迫した空気が心に痛い。
「…それで、その理由っていうのが森野さんの中にあるんじゃないかって……そう思ったんです」
 ふと森野さんの方を向くと、何か息苦しそうな感じでうつむいている。
 ……それでも…ここで止めるわけにはいかない。
「…森野さんが何を心の中に抱え込んでいるのかは知りません。ただ…少なくともこのままではいけないのは確かだと思います。だから…」
 ……そこまで言い終えたところで、俊哉さんが割って入る。
「翔羽君、悪いけどその話はそれで終わりに……」
「………待って!」
 俊哉さんの言葉は森野さんのことを気遣っての発言……だったんだと思う。
 でも、その発言に割って入ってきたのは森野さんの声だった。
「大丈夫…橘君が言いたいことが何なのか……なんとなくわかるよ。多分これからのbonheurにとって…ん〜ん、私にとってすごく大事なことだと思うから……だから続けて」
 森野さんの声はか細いものだったけど…でも、ちゃんと意思のこもったものだった。
 俊哉さんはその言葉を聞いて一瞬困ったような様子を見せたけど、すぐに意を決したような表情に変えて俺の発言を受ける構えに入る。
 奈央さんも同じ様子だった。
「…ありがとう。…じゃあ続けさせてもらいます。まず俺がどんな曲を創りたいかっていうと、バラード調のゆったりした優しい感じの曲です。これは、今までのbonheurには無いタイプの曲だと思います。これの制作っていうのが俊哉さんや奈央さんに協力してもらいたいことです」
 俺の言葉に、俊哉さんと奈央さんはゆっくりと頷く。
「……そしてもう一つ。むしろこっちの方が重要なんですけど……それは……ライブです」
 俊哉さんと奈央さんは何となく想像していたみたいで、『やっぱり』と読み取れるような表情を一様に見せる。
 森野さんはというと……ただ俺の言葉を受けとめることで精一杯みたいだ。
「知り合いから聞いて、bonheurがいつもボーカル…つまり森野さん無しでライブをしてるってことを知りました。……それじゃあダメなんです。そのままのスタイルでいったらいつまで経っても森野さんが『変わる』ことはない……と思います」
――自分の意思で発言をしている。
 ……それは間違いないんだけど、やっぱり言ってて胸が痛い。
「昨日、偶然森野さんが家に泊まることになったんですけど…その時に森野さんから自分がbonheurのボーカルだということを伝えられました。……正直、全然信じられなかったです……最初は。…でも、話しているうちに…だんだん森野さんの口調が変わっていったんです。……『あぁ、この人がbvonheurのボーカルなんだ』って、素直に理解することが出来ました」
 森野さんは相変わらず苦しそうな表情をしていたけど、時折見せてくれる喜びの表情が俺を勇気付けてくれた。
「……あのとき見せた笑顔や弾む声はbonheurの……いや、森野さんの大きな魅力です! ……俺は…俺はbonheurの楽曲に携わることになった者として…そして……何より森野さんの友人として、森野さんに『変わって』もらいたいんですっ!! …だから……」
――ものすごいことを言ってしまった。
 俺はそのことを理解しているつもりだけど…自覚しきれていない。
(俺にこんなことを言える資格なんて無いんじゃないのか)
 そういう感情が心の中で霧のように漂っていた。
 ……実際、そんな資格はないのかもしれない。
 でも……言わなければならないことではあるはずだ。
 俊哉さんと奈央さんは俺の発言に理解を示してくれている様子だった。
(あとは……)
 俺はゆっくりと森野さんの方を向く。
 森野さんの表情は、うつむいているため確認することが出来ない。
 ただ、わかったことが一つ……。
 ………森野さんは泣いていた。
 一瞬にして俺の心を『後悔』という感情が支配し始める。
「……え、えっと」
 俺には放つべき言葉が見当たらなかった。
――俺はホントにとんでもないことを言ってしまったのかもしれない。
 そう思って落胆しかけたとき…森野さんがゆっくりと顔を上げて口を開き始めた。
「…ごめん…なさい……ちょっと……」
「ゴメン! …俺が変なこと言っちゃったから……」
「…違う! …違うの。……多分…嬉しいんだと……思う。多分…私には……ずっと『キッカケ』が必要だったんだと思う。……橘君が言ったことは大事なこと。……私がしっかりそれを受けとめなきゃいけないんだよね」
 必死に涙を拭いながら話す森野さんを見ていると、俺はもう何とも言い難い気分になる。
 俊哉さんと奈央さんは年上らしく、しっかりと状況を受け止めている様子だった。
「私ね……わかってると思うけど人見知りしちゃうタイプだから…ずっと…怖かったの。……bonheurのことを言うのも……怖かった。でも……ホントはいろんな人と楽しく喋りたかった! ……もっと自分のことを知ってもらいたかった!!」
 ……森野さんは溜め込んでいた『モノ』を一気に吐き出しているんだ。
 だから……泣くほどに苦しいんだ。
 ……俺はそう感じた。
――今の俺には、森野さんにかけるべき言葉は無いだろう。

 俺はただ、静かに森野さんの嗚咽が止むのを待つことしか出来なかった……。


 ===あとがき=====

 よっしゃ! 第7話だっ!!
 なんか今日はノリノリ(笑)

 『森野愛 編』の第2話ですね。
 今回はメチャクチャ、ハイペースで書くことが出来ました!
 なんか調子が良かったみたいです♪

 まぁそれはともかくとして…また新しいキャラがぁ(汗)
 向井俊哉と板倉奈央ですね。
 bonheurのメンバーです。
 それと…何気に舞羽とは中学時代の知り合いだったりするんですね〜。
 ……また、いろいろと設定が大変そうだぁ(笑)
 まぁ、機会があれば舞羽と俊哉のラブラブ話?も書いてみたいな〜なんて思ってます。

 さて、翔羽の決意のこもった言葉を森野さんは何とか受けとめようとします。
 翔羽にとってはここからが正念場!
 果たして森野さん…そしてbonheurの運命やいかに!?

 森野さんの真価が問われる第8話をお見逃し無くっ!!

 2004/03/02 22:55
 書きたいモード全開な状態にて(笑)



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