第6話〜feat. MANA MORINO #1 [翔羽の衝撃と苦悩]〜 |
俺は目の前で起きている事の真意を理解することが出来ずにいた。
視線の先には、今までほとんど会話をしたことのない森野 愛の姿が。
帰りの電車に間に合わないという理由でうちに泊まることになった森野さんは、突然、俺の部屋に一人で訪ねてきたんだ。
しかも訪ねてきて早々、意味深な言葉を放ち俺の頭中を混乱させる。
――二人っきりの時じゃなきゃ話せないことなの。
ドアを開けたまま、廊下で立ちっぱなしにさせとくのもマズイと思った俺は、とりあえず中に入ってもらうよう促したけど……いったいどんな話が繰り広げられるのだろうか。
まさか……。
* * * * *
とりあえずベッドに戻って座りなおした俺に向かって、森野さんはゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「ホントに突然ゴメンナサイ。どうしても…どうしても言いたいことがあって……」
「な…何?」
ゆっくりと迫ってくる森野さんの真剣な表情に、俺はベッドの上から動くことが出来ない。
また、声も裏返ってしまう。
「わ、私…橘君がうちのクラスに転入してきてからずっと…その……気になってて……。その…つまり……私、橘君のことが好きなのっ!!」
普段は聞くことのない感情的な声が室内に響き渡る。
声を発した森野さんは、明らかに頬を紅潮させている。
声を向けられた俺はというと、ただただ驚くばかりでその場ですくんでしまう。
そりゃあ、ほとんど会話したことの無い相手からいきなり告られたりしたら驚きもする。
……とにかく、俺は森野さんの告白に答えを返せずにいた。
ってゆ〜か、全く放つべき言葉が浮かんでこない。
困惑している俺の様子を見た森野さんは、手を伸ばせば届くくらいの距離まで近づいてくる。
「ねぇ…橘君は私のこと……どう思ってる?」
俺は急速に早まる鼓動とあふれ出る冷汗を自覚していた。
目の前には顔を突き出し瞳を潤ませながら、顔を紅潮させて聞いてくる森野さんが。
森野さんとの間隔は、もはや三十センチくらいしかない。
「ど、どう思ってるって……それは……」
俺は言葉に詰まる。
だって、いきなりそんな事言われても……正直困ってしまう。
「そう……だよね、いきなりそんなことを聞かれても困っちゃうよ……ね」
森野さんはそう言うとゆっくりとうつむく。
……しかし、すぐに顔を上げて、
「でも…今、橘君がどう思っているかなんてどうだっていいの」
「えっ?」
俺がその言葉の意味を理解出来ずにいると……。
「……!? …も、森野さん何を!?」
俺はもう完全に硬直してしまった。
……目の前で森野さんが制服のリボンをはずし始めたんだ。
「何って……わかるでしょ?」
森野さんは言いながら制服を脱ぎ始める。
ブラウスのボタンを一つ一つはずしていく光景を、俺はただ呆然と見つめていた。
「もし橘君が私のことをなんとも思っていないのなら……これから意識してもらうしかないから……」
制服が脱ぎ捨てられる音が、嫌味なほどに俺の耳から離れない。
――そして、森野さんの肢体があらわになる。
「ちょっ、ちょっと落ち着いて! …ねっ!」
俺の口からひねり出せるのは、せいぜいこの程度の言葉しかなかった。
当然のごとく、その言葉は何の効果も発揮しない。
森野さんは制服を脱いだだけでは止まらず、ゆっくりと…でもしっかりとブラジャーのホックをはずす動作に入る。
妙に艶かしい視線をこちらに向けたまま、両手を背中にまわしてホックをはずす。
森野さんはブラジャーを完全に胸元からはずすことはなかった。
ホックだけをはずした状態で、両手を交差しながら胸元に添えている。
「橘君……」
森野さんはそう言うとゆっくりとベッドの上にあがり、俺の身体にその肢体をあずけてきた………。
* * * * *
まさか……なぁ。
……って、俺は何てことを想像してるんだ〜!!
俺が自分に対してツッコミをいれていると、ドアの方から乾いた効果音が聞こえてくる。
――それはドアの鍵をかける音だった。
一瞬、脳裏についさっきまで想像していたことがよぎる。
森野さんは、ただこちらをじっと見て黙っていた。
……俺からの言葉を待っているのだろうか。
「…え、えっと……何?」
とりあえず適当な言葉をかける。
「あっ、あの……bonheurのことなんだけど……」
森野さんはうつむきながらそう呟く。
………ホッとした。
どうやら想像していたようなことをしに来たわけではないみたいだ。
……そっと胸をなでおろす。
(でも……ちょっと残念かも)
……なんてことを思えるくらいには、俺は気持ちを落ち着かせることが出来ていた。
「…ん? もしかしてbonheurが気に入ったとか?」
俺は余裕を持ってそう聞き返す。
――しかし、返ってきた言葉は違った意味で衝撃的なものだった。
「あの…そうじゃなくって……。驚かないでほしい……っていうのも無理かもしれないんだけど……その…私が『MANA』なの」
「『まな』?」
俺は一瞬何のことだかサッパリわからなかった。
(『まな』って何だ?)
「だから…私がbonheurのボーカルなの!」
珍しく感情的な返答が返ってくる。
「……………」
――数秒の沈黙。
そして……。
「……えぇ〜っ!?」
俺は思わず大きな声で叫んでしまった。
(そうだ、bonheurのボーカルの名前が『MANA』だった!)
……文章でその名前を『見た』ことしかなかったからピンとこなかった。
「あまり大きな声出さないで……下に聞こえちゃう」
森野さんは慌ててそう言っているけど、俺にはその言葉が曖昧にしか伝わってこない。
……ハッキリ言って、かなり動揺している。
「ちょ、ちょっと落ち着かせて」
たまらず少しの猶予を要求する。
そして、軽く深呼吸。
「……OK。その、森野さんがbonheurのボーカルだってことは俺宛にメールを送ったのも……」
「…そう、私」
「……マジかよ」
「……マジ」
……森野さんの言葉の内容は理解していても、どうしてもそれが『真実』だと受けとめることが出来ない。
アップテンポな楽曲を歌っている『MANA』と、目の前にいる、感情を表に出すことの少ない『森野 愛』が同一人物だとはどうしても思えないんだ。
「…ゴメン。その…どうしても同一人物だとは思えないんだけど」
思わず思考が口から漏れる。
「くすくす…そうだよね。普段の私しか見たことがないんだからそう思われても仕方ないね」
森野さんは微笑んでいる。
その様子を見て、俺は森野さんの主張を信じることにした。
――森野さんが『声を出して』笑っている姿を見たのは今が初めてだったから。
そうと決まると、俺の中に『嬉しさ』がこみ上げてくる。
「ハハ…。俺、森野さんのことを信じるよ。……でも、嬉しいよ。あのメールを送ってきてくれて」
俺は今の正直な気持ちを伝えた。
『音楽制作の力量を認めたうえでメールを送ってきてくれたこと』っていうこともあるけど、それよりも『森野さんが本当の素顔を見せてくれたんじゃないかと思うこと』が嬉しかった。
それに、学校で会える相手ならいつでも制作する楽曲について相談することが出来るし。
「そんな…私の方こそ信じてくれて嬉しい……」
――再び、数秒の沈黙。
……でも、今度の沈黙は心地の良いものだ。
……しかし、さすがにずっと沈黙しているのも気まずい。
「あのさぁ……森野さんがbonheurのボーカルだってこと、他の人には言ってないの?」
俺はふと気になったことを質問として投げかけた。
森野さんは、一瞬表情を暗くして小さく首を縦に振る。
「そっか……やっぱりその…言いづらいんだろうな」
俺は妙に…というより必然的にそのことを納得することが出来た。
――俺も、自分が『女性恐怖症』である事実を誰にも言えずにいるから。
それから、俺と森野さんはいろんな話をした。
それこそ、昨日までの会話項目を合計したものよりもたくさんの話を。
まぁ、内容はたわいのないものばかりなんだけど。
……でも、話しているうちに森野さんの口が活発に動くようになったのを見ると…なんだか『今の姿が本来の森野さんなんじゃないか』って思う。
普段の姿からは想像出来ないような、屈託のない笑みを浮かべている森野さんを見ると。
「ねぇ、そういえばお姉さんたちと一緒に来たときノートパソコンに表示されてたのってbonheurのために創ってくれてる曲なんだよね?」
森野さんが弾んだ声で尋ねてくる。
「あぁ、そうだよ。一応、送ってくれた楽曲を全部聴いてそのイメージで創ってる。…あともうちょっとで完成ってところなんだけどね」
「へぇ! …どんな曲なの?」
「……良かったら聴いてみる? …途中までだけど」
「うんっ!」
その笑みを受けて、俺はすでに電源を切っていたノートパソコンを起動し、シーケンサーを立ち上げる。
制作中のその楽曲を開き、再生モードへ。
すると、アップテンポなメロディーがスピーカーから流れ出す。
……森野さんは流れてくるメロディーに、壁に寄りかかりながら静かに聴き入っていた。
俺も改めて確認するために、森野さんにならって聴き入る。
この曲はまだ完成していないけど、曲のタイトルや歌詞はもう決めていた。
中途半端な終わり方をしたこの楽曲が流れ終わると、俺はそのことを森野さんに告げる。
森野さんはそのことを詳しく知りたがったから、ノートパソコンのディスプレイに、タイトルと歌詞が入力されているテキストファイルを表示した。
……曲のタイトルは『シグナル』。
その曲調と同じように、明るいイメージの歌詞にしてある。
森野さんはその歌詞を見ると、一度流しただけなのに頭の中で思い出しながらメロディに合わせて口ずさみだす。
……その声は、間違いなくbonheurのボーカル、『MANA』の声だった。
声を聴いて、俺も頭の中でメロディに合わせてみる。
曲の創作中に想定した通り、声とメロディは上手く調和している。
森野さんの声が途切れるのを確認すると、俺は自然と拍手を送っていた。
「…さすがだなぁ。一度聴いただけでもう口ずさめるなんて」
「ふふ、ありがと。…でも、橘君の方がすごいよ。こんないい曲が創れるんだもん」
「はは、俺はまだまだだよ。…でも、そう言ってもらえるとすっごく嬉しい」
自然と笑みがこぼれる。
――すでに時刻は深夜二時を過ぎていたが、全く眠気を感じることはなかった。
……どれくらいの時間が経過しただろう。
まぁ、大して経ってはいないはずだが、ベッドとは反対側の壁際では森野さんが寄りかかりながら気持ち良さそうに熟睡していた。
どうやら、いつのまにか俺もうとうとしてしまっていたらしい。
目覚し時計で時間を確認する。
――AM 3:15。
そりゃ眠くもなるわけだ。
一瞬、森野さんを起こすべきか迷ったけど、その表情があまりにも気持ちよさそうだったから無理に起こすのはやめることにした。
そのかわりに、ベッドにセットされてある掛け布団を掛けてやることに。
「……ふぅ」
俺は今日の衝撃を振り返りながら、目覚し時計をセットして睡眠モードに入る。
……さすがに少しはまともに寝ておかないと学校で寝てしまいそうだ。
ベッドに寝転がると、あっという間に睡魔が意識を支配し始める。
九月も中旬に差し掛かると熱帯夜地獄に陥ることも少なくなり、快適な室温の中、俺は数分で熟睡することとなった。
『おっはよ〜翔羽。朝だぞ〜♪ ……ねぇ、しょうはぁ〜♪ …起きてよぉ〜。…うふ♪ …起きないとぉ、抱き着いちゃ』
カチッ。
……朝はあっという間に訪れた。
あんまり寝た気がしない。
朦朧とした意識の中、器用に腕だけを伸ばして目覚し時計を止め、時刻を確認する。
――AM 6:00。
まぁ……寝た気がしなくて当然だな。
まだ寝ていたくて、つい掛け布団の中にもぐってしまう。
……ん?
何で掛け布団がここに………!?
「う、うわぁ!!」
周囲を確認しようと顔を掛け布団から出し右側――ベッドと隣接している壁とは反対方向――を向くと、何故かそこには熟睡している森野さんが。
しかもこちらを向いた状態で、両腕で俺を抱き枕のように抱きかかえている。
すぐにでも気絶してしまいそうな状態だが何とか意識を保つ。
(いやぁ、俺もだいぶ女性恐怖症に耐えられるようになってきたんだなぁ…)
なんて、一瞬感慨にふけりそうになるが、今はそれどころじゃない。
とにかくこの状態を何とかしなければ。
そう思い両腕からの脱出を試みるが、思いのほか両腕はキッチリと腹部に巻きついていて、なかなか思うように脱出することが出来ない。
「くっ、くそっ」
思わずうなるが、当然何の意味もなさない。
(そ、そうだ!)
「森野さん! 森野さんっ、起きてくれっ!!」
俺は『森野さんを起こす』という画期的な案をひねり出し、即実行する。
……しかし、森野さんは全く反応を示さない。それどころか、
「ん……ん〜……もっとぉ〜♪」
そんな、意味不明な寝言で返答される始末。
(あぁ〜! どうすりゃいいんだよ!!)
ついに思考能力が低下し始めた頃、ドアの向こうから突然声が聞こえてきた。
「橘〜、起きてる〜? …森野さんが見当たらないんだけど……」
……泉川の声だ。
「起きてる……」
俺は『これぞ天の助けっ!』と思いながら泉川に返答しようとしたが、ふと思いとどまる。
(…ま、まてよ。こんな光景見られたりしたら……)
……明らかにマズイ。
「いやっ、起きてないっ!!」
完全にテンパってしまったのか、ついそんなことを言ってしまう。
……俺はバカだ。
「なに言ってるの、起きてるじゃん。開けるよ〜」
声と同時にドアが開かれる。
「っ!! …な…なな……」
「お、おはよう泉川……」
……かなり寝癖が目立つ泉川の驚きに満ちた表情を見ながら、出せたのはそんな言葉のみ。
その言葉は泉川の感情を逆なでしたようで、泉川の額には軽く青筋が浮かび上がっていた。
俺の頭の中で、自然とカウントダウンが始まる。
3……2……1……。
「何てことしてるのよ〜!!」
……泉川の感情が爆発した。
「…ん〜? ……ふにゃあ〜……まだまだ〜♪」
そんな中でも、森野さんは相変わらず意味不明な寝言を呟いていた……。
「グッモーニンショウ! ……あれっ、ほっぺたが赤くなってるけどどうしたの〜?」
……リビングルームに下りた俺は、そんなエイミーの言葉に全く返答出来ずにいた。
(言えるわけね〜よ……)
……あの後、青筋を浮かべた泉川はベッドで上体を起こした状態の俺に一目散に近づき、
「まさかそんな奴だとは思わなかったわ!」
パンッ!!
――平手打ち一閃。
俺はそれを、避けるそぶりを見せるわけでもなくもろにくらう。
ものすごく痛かったけど、そんなことを気にしている場合ではない。
「ちょっと待て! とりあえず話を聞いてくれっ!!」
俺は必死に懇願するが、
「問答無用っ!!」
パンッ!!
……平手打ちの第二弾が、容赦なく俺の左頬にヒット。
イ…イタイ……。
「だから待てって! 絶対に誤解だからっ!!」
「この状態で何が『誤解』なのよっ!!」
「だからそれを説明するからっ!!」
「……い〜わよ。聞いてやろうじゃないの」
……ようやく泉川の攻撃から解放された俺は、これまでの経過を簡潔に説明した。
あっ、さすがにbonheurのことは言わなかったけど。
「う〜ん……何かにわかに信じがたいんだけど……」
「そうかもしれないけど、事実は事実なんだって!!」
俺が必死になって自分を弁護していると、ようやく森野さんが虚ろな状態ながら目を覚ました。
森野さんはゆっくりと掛け布団の中にうずくまっていた頭を出すと、俺の顔を見つけてそっと呟く。
「ん〜ん……おはよう…橘君。……気持ち良かったね♪」
(なっ! …なんてことを!?)
「……た〜ち〜ば〜な〜〜!!」
……結局、本日三回目の平手打ちをくらうことに。
いったい何で森野さんの口からあんな言葉が飛び出したのかはわからなかったけど、その後完全に目を覚ました森野さんから泉川に色々説明してもらい、何とか俺の面目は保たれた。
「……まぁ、ちょっとな」
俺は何とかエイミーに適当な言葉を返して、どっとソファーに腰掛ける。
何か、すでに一日に消費する体力の80%を使い切ってしまったかのようだ。
周りを見回してみると、泊まり組の三人と姉貴と親父の姿が。
……つまり全員集合してるわけだ。
ふと姉貴と目が合った瞬間、俺は無言で立ち上がる。
そしてゆっくりとキッチンへ。
『翔羽、ご飯♪』
姉貴の無言の訴えが手に取るようにわかる。
悲しいけど食事のことに関する姉貴とのアイコンタクトは完璧だ。
俺の考えは正しかったようで、姉貴はこちらに向けて笑みを飛ばしている。
――キッチンに立っているときが、一番落ち着くのかもな。
……なんて感じてしまう自分が、何故か妙にいとおしく思えた。
『ごちそうさま〜』
即興で作ったサンドウィッチをたいらげた皆の言葉を確認すると、俺はいつも通りに速攻で片付けに入る。
ダイニングテーブルの上に放置された食器類をかき集めてシンクの中へ。
そして、食器洗いをスタートさせ……ようとしたら、皆がリビングルームで話に花を咲かせている中、森野さんが一人ひょっこりとキッチンに姿を現した。
森野さんは、そっと俺のそばに近づき囁く。
「あの……さっきはゴメンナサイ。…その…朝はちょっと弱くて……」
……普段の森野さんだった。
「…いや、いいよ。もう過ぎちゃったことだし、気にしないで」
俺は率直にそう答える。
……けど、正直あまり気持ちはこもっていない。
なんか拍子抜けというか…残念でならなかったんだ。
――『普段の森野さん』に戻ってしまっていたことが。
まだ知り合って間もなく、森野さんのことを詳しく知っているわけではないけど、昨日の深夜に見せたあの笑顔や弾む声を目の当たりにした者としては、何とか『その森野さん』を『普段の森野さん』にしたいと思ってしまうんだ。
……まぁ俺のわがままな考えなのかもしれないけど。
でも、自らの判断で食器洗いの手伝いをしてくれたのを見ると、俺はそこそこ森野さんに信用してもらえる存在になれたのかもしれない。
……って、これも俺の勝手な解釈なのかな。
片付けと登校の準備は順調に進み、親父以外の登校組は一斉に玄関のドアから外の世界へと飛び出す。
今日は空がどんよりと曇っている。
海から吹いてくる潮風がこれまでよりも冷たく感じ、今が季節の変わり目であることを改めて自覚させた。
――現在時刻は七時三十分。
普段よりも早い出宅。
森野さんとエイミーが徒歩であることから、いつもより少し早めに家を出ることにしたんだ。
……まぁ、はっきり言って徒歩ペースで行くんだったらもっと早く出ないと危険なんだけどな。
『だったらもっと早く出れば良かったじゃないか』
……と、思われるかもしれないが、これにはちゃんとした理由がある。
……何故かというと、女性陣…特に泉川の身支度にかなりの時間を費やしてしまったからだ。
更に言えばその身支度の時間のほとんどを、泉川は寝癖直しに費やしていた。
相当な癖っ毛なんだろうな。
まぁそんなわけでこの時間になったってわけ。
徒歩組に合わせて自転車を押しながら歩いていると、すでに見慣れたと思っていた海の景色もいつもとは違って見える。
ところどころに存在する遮蔽物の位置によって様々な表情を見せてくれることを知り、何だかちょっと得をした気分に。
……でも、あまり観察に時間を費やしている余裕はない。
俺は半分冗談、半分本気で自転車にまたがり、ゆっくりとペダルをこぎだす。
「徒歩ペースじゃ遅刻しちまうから先行くな〜」
「うわっ、ショウが裏切る気だ〜!」
「ふっ、させないわよっ!」
エイミーの言葉に素早く泉川が反応し、俺の自転車のサドルを掴んで自転車の機能を停止させる。
「やった〜! ショウの作戦は失敗だぁ♪」
「翔羽だけ余裕で登校なんてことは許されないってことね♪」
エイミーと姉貴は手を取りあって喜んでいる。
泉川もサッと拳を作ってガッツポーズ。
「ちっ、失敗したかぁ」
俺はそう言いながらも、内心では喜んでいた。
もともとこういう状況になることを狙ってやった行動だったから。
……けど、その喜びも微妙なものになっていた。
まぁある意味予想通りなことではあったけど、森野さんは軽く『微笑んだような表情』を見せるにとどまっていたから。
(……ふぅ)
俺は内心でため息を吐く。
……このため息が解消される日は来るのだろうか。
ハァ、やっぱり曇り空ってのは気持ちの良いものじゃないなぁ……。
===あとがき=====
だ、第6話…です。
いや、ちょっと疲れているもので(汗)
さて、今回から『森野愛 編』がスタートです。
何話構成になるのかは未定ですけど、まぁ三話構成くらいになるんじゃないかなぁって思ってます。
森野さんがbonheurのボーカルだったってことに気付いた方は、どれくらいいらっしゃったんでしょうかね〜。
まぁ、キャラ紹介のページを見た方はわかったと思いますが(汗)
あっ、そうそう、本文中に出てきた『シグナル』という翔羽が創っている曲ですけど、次話かその次の話で歌詞も公開できると思います。
もう歌詞自体は出来上がっていますので。
もしかしたら他の曲も出てくるかもしれません。
気になった方は……請うご期待ってことで(笑)
森野さんがbonheurのボーカルだと知り、がぜん音楽製作に熱が入る翔羽。
だが、翔羽の胸中には『普段の森野さん』というシコリが出来上がっていた。
……渦巻く感情。……『殻』に覆われている実状。
しかし……『殻』は強固であると共にもろくもあった……。
果たして森野さんは『殻』を破り、『本来の姿』を見出すことが出来るのだろうか……。
作者泣かせの『らぶ・ぱにっく』、第7話を請うご期待っ!!
2004/02/29 3:45
お疲れ指数がMAXに近い状態にて(汗)