第5話〜終宴。そして……〜

 俺は今、多少の苛立ちを感じながら右手を上下させている。
 手が下がるたびに聞こえる小気味良い効果音が、軽快なリズムでメロディーを奏でる。
――俺は今、キッチンで料理を作っているんだ。

 * * * * *

 耶枝橋先生による乾杯の音頭で始まった『転入歓迎パーティー』だが、配られたカクテルを飲み終えてしばらくしたころ、ふと思いついたことがあった。
(お酒があるのはいいけど、何か食うものはないのか?)
 早速泉川に聞いてみると……。
「あっ……お酒のことで頭がいっぱいだった〜。…あっ、おつまみならあるよ〜。『さきいか』とか『ビーフジャーキー』とか〜♪ ……まぁ全部、高遠さんが持ってきてくれたんだけどね〜」
 ……ある意味予想通りの答えが返ってきた。
 でも、高遠さんが持ってきたていうのは意外だった。
 気になって後で聞いてみたら、どうやら高遠さんちは酒屋をやっているらしく、割と簡単にお酒類を手に入れることが可能らしい。
 まぁそれはともかく、まともな食い物がないことが発覚して、全員でダイニングテーブルを囲んで対策を練ることになった。
 ……といっても対して案が出たわけではなく、『買出し案』『調理案』と、出てきた案は二つだけ。
 とりあえず多数決を採って決めようと思ったんだが……。
「それなら〜、いつもみたいに翔羽が作れば良いじゃない♪」
 たまたま自分の部屋へ着替えをしにいっていた姉貴が、珍しく私服というまともな格好で戻ってきたと思ったらいきなりそう言ってきたんだ。
 姉貴の言葉を聞いたクラスメイト達は、皆一様に驚きを見せていたが、すぐに興味津々といった表情に変わっていった。
 ……まぁ、クラスメイト達がそういう態度をとったのはなんとなく理解できる。でもまさか――。
「橘君って料理するんだ。…『いつもみたいに』っていうことは、結構得意なの?」
 ……耶枝橋先生までのってくるとは思わなかった。
 俺が控えめに頷くと耶枝橋先生は感心したように、
「それはぜひ橘君の料理、食べてみたいなぁ。ねぇみんな」
 なんてことを言うもんだから、クラスメイト達は……その気になってしまった。
「ショウが料理作ってくれるの?」
「何作ってもらおうか〜」
「私、スパゲティがいいなぁ♪」
「おっ、いいねぇ!」
 ……瞬時に話しが展開されていく。
「ちょっと待て! 何で俺が作んなきゃいけねぇんだよ! …俺は祝ってもらってる方だろ?」
「えぇ〜、別にい〜じゃん。堅いこと言わないでよ〜」
 俺は慌てて反論するが、エイミーが速攻で返してくる。
「堅いことって……はぁ、藤谷さん、こいつに何とか言ってやってくれよ」
 俺はすがるように振るが、日奈子は困ったような表情を見せる。
「……ゴメン。私も橘君の料理、食べてみたいかなぁ・・・・・・なんて」
「残念だったね〜、ヒナも私達の味方みたいよ」
 由紀は嬉しそうに日奈子の肩を抱く。
 ……もう俺に反論権は無かった。
「わかったよ! 作ればいいんだろ、作れば!」
 俺は半ばヤケになって叫んだ。
 それを聞いた皆は大喜び。
 少しは『悪いことをしたかなぁ』とか思わないのかよ……。
 まぁそんな感じで料理を作らなければならない羽目になったわけだ。
 ……とは言っても、俺を含めたココにいる十三人分の料理を作ることが可能なほど、うちの冷蔵庫の中身は充実してはいない。
「…とりあえず、うちにあるものだけじゃ全員分の料理なんか作れやしないから、誰か食材を買いに行ってくれよ」
「じゃあ時間的に急がないとお店が閉まってしまいそうですから私が行ってきますよ。…えっと、とりあえずスパゲティってことでいいんですかね?」
 親父の言葉でクラスメイト達が相談しだし、結局メニューはスパゲティで四種類作ることに。
――ペペロンチーノとカルボナーラと明太子とボンゴレだ。
「じゃあパスタとニンニクと鷹の爪と…あっ、鷹の爪は結構あるからいいや。あと卵とベーコンと生クリームと粉チーズに……明太子は面倒くさいからペーストで。あとはアサリと……パセリもあった方がいいな。……あっ、オリーブオイルは絶対に忘れないで」
 キッチンのを確認していた俺は、早速親父に必要な食材を伝える。
 親父は一つ一つ紙片にメモを。そして、全部書き終えると車の鍵を持って玄関へと向かっていく。
 ん……まてよ、ボンゴレ作るなら……。
「親父、あと白ワインも頼むわ」
 俺がそう言うと、突然ダイニングからしっかりとしたアルトの声が聞こえてきた。
「白ワインなら持ってきてあるよ。……料理に使うようなものなのかは知らないけどね」
 ……声の主は高遠さんだった。
 ちゃんと声を聞いたことがなかったから思わず驚いてしまったが、『酒屋の娘が持ってきた白ワイン』の存在が気になり、驚きの表情もそこそこに実物を見せてもらえるよう頼む。
 すると、高遠さんは例の残っていたビニール袋を持ってきた。
 中を覗くと、高遠さんの言った通り白ワインが。更には赤ワインや焼酎、日本酒やウイスキーやジンも入っている。
(おぃおぃ、こんなに飲むつもりかよ……)
 呆れを通り越してうんざり感すら覚えるが、今は白ワインのことが先だ。
 サッと手に取りラベルを見てみる。
 あまり詳しいことはわからないが、どうやらドイツ産のものらしい。
 キッチンへ戻ってコルク抜きでコルク栓を抜き、コップに少し注いで香りを確認すると、フルーティーで仄かな甘さが香る。
 軽くコップを揺らしてから口に含むと、予想通りフルーティーな酸味と甘さが広がってきた。
――アサリの旨みを引き出してくれそうだ。
 俺はダイニングの高遠さんに向かってOKサインを出し、親父にはGoサインを出す。
 親父はそれを確認すると、「それじゃあ行ってきます」と言い残して玄関から出ていった。

 親父が帰ってくるまでの間、俺はとりあえずキッチンで料理をするための準備をしていた。
 フライパンや鍋や包丁など、簡単な準備しかできないが。
 クラスメイト達と言えば、耶枝橋先生と姉貴を加えて話で盛り上がっているみたいだ。

「それにしても、先輩ってやっぱりモデルやってるだけあってスタイルいいですよね〜!」
 泉川がそう言うと姉貴は手を左右に振って「そんなことないって〜」と否定する。
 ……でも表情はとっても嬉しそうだ。
「そんな、謙遜しないでくださいよ。…私もよく『AfteR SchooL』拝見させてもらってますけど、とても綺麗で羨ましいです。それに私生活も充実されているご様子ですし」
 春日井さんの言葉を聞いた姉貴はやっぱり嬉しそう。満面の笑みを返している。
(春日井さん、見た目のことは認めるけど私生活はヒドいぞ。ダマされちゃダメだっ!)
 心の中で密かに呟く。
「…そう言ってもらえるのは嬉しいよ。でも、みんなも十分に魅力的じゃない♪」
 その言葉で一気に盛り上がりが増した。
 泉川に春日井さん、由紀やエイミーが揃って目を輝かせている。
 ……さすがに高遠さんはその輪の中に入ってはいなかった。
 まぁ、何となくわかる気がする。……そんなタイプじゃなさそうだし。
 あと、森野さんもあまり団体行動が得意じゃなさそうな気がしてたから納得できる。
 ただ、日奈子が入っていないのは意外だった。
 日奈子は特に偏った性格の持ち主ではないと思っているから、モデルとしての姉貴に多少なりと興味を持っているのではないかと思っていたんだけど……。
 でもまぁ、思い起こしてみれば姉貴と一緒に保健室にいた時――『女性恐怖症』のことがバレた時――に姉貴を見ても何にもモデルのことについて言っていなかったから、元々あまりファッション雑誌とかを見ないのかもしれないな。
 そんなことを思っているうちに、いつのまにか話題はモデルからコスプレのほうに変わっていた。
「あっ、私、先輩のホームページ見てますよ〜。コスプレも可愛いですよね〜!」
「あっ、ズミちゃんもコスプレ好きなの?」
 姉貴は嬉しそうに返す。
 そう、姉貴はコスプレがメインのホームページを作っている。
 デジカメを使って自分のコスプレ姿を収め、ホームページ上で公開しているんだ。
 確かハンドルネームはMAIHA。…本名そのままだったりする。
 まぁ姉貴はすでにモデルとして名前が知れてるから、別に本名使っても問題はないみたいだけど。
 モデルとしての人気も相俟ってホームページは盛況なようで、アクセスカウンタも一日五百〜六百くらい回っているらしい。
 つまりは、モデルとしてだけでなく、コスプレイヤーとしても人気があるわけ。姉貴は。
「えっ、まぁ…興味があるっていうか……。実際にコスプレしたことはないんですけどね。ただ…ホームページで可愛いゲームキャラのコスプレ写真とか見せてもらって、ちょっと着てみたいな〜って思って♪」
 泉川はちょっと恥ずかしそうな表情を見せながらも、快活に言葉を続けた。
「あっ、そうなんだ〜。何のキャラがお好み?」
 姉貴はとっても嬉しそうに聞き返す。
「えっと〜…『First Fantasy 7』の『ルーナ』とか、『Excalibur Online』の『聖女』とか、『Salon ストロベリーへようこそ!4』の『中井あやか』が着てた『夏季イベント用制服』とか…あ〜っ、言い出したらキリがないかも」
 まるで懺悔をするかのように軽く見上げて両手を組み、泉川は目を輝かせている。
 ……なんか瞳に星でも写ってそうだ。
 ちなみに、『First Fantasy 7』は家庭用ゲーム機用の人気RPGで『FF』の愛称で親しまれている。『ルーナ』というキャラはこのゲームのヒロイン的な存在だ。
 『Excalibur Online』はパソコン用の人気オンラインゲームで、『聖女』というのはこのゲーム内での職業の一つ。
 『Salon ストロベリーへようこそ!4』は元々パソコン用の人気18禁美少女恋愛シミュレーションゲームで、後に家庭用ゲーム機に全年齢対象となって移植されたゲームで、『中井あやか』というキャラはこのゲームの中で恋愛対象となるキャラの一人で、このゲームの中では一番人気があるらしい。
「あっ、じゃあ着てみる? 『聖女コスチューム』はレンタルで借りたやつだから持ってないけど、『ルーナ』と『サロスト』の衣装は持ってるよ〜。ズミちゃんは私と身長同じくらいだし、きっと似合うと思うよ♪」
 姉貴はそう言うと、泉川以外のクラスメイト達にも同じ質問をしていった。
 結局、泉川とエイミーがコスプレを楽しむことになった……と思ったら、意外にも春日井さんまで参加することになったみたいだ。
 あんまりコスプレとかに興味を持つようには見えないんだけどな……。
 とにかく、三人ともとても嬉しそうだ。
「翔羽〜、そんなわけでちょっと着替えに行くから〜」
 姉貴は俺が話を聞いていたことをお見通しなようで、俺のいるキッチンに向かってそう言ってから三人を引き連れて階段を上っていった。

 料理の準備は簡単に終わってしまい、俺はかなり手持ち無沙汰な状態だった。
 とりあえずキッチンから出て皆のいるリビングルームへ。
 沢山のお酒が入ったビニール袋を見てしまった俺は、(もしかしたらもう誰か出来上がっちゃってたりしてないだろうな…)という不安感を感じていたけど、幸いまだビニール袋の中に入っているお酒は出されていなかった。
 皆はというと、最初のカクテルの影響もあるのか、一様にリラックスした様子で各々くつろいでいるようだ。
 とりあえず俺もソファーに寄りかかってくつろぎ状態に入る……が、
「準備は終わったのか? 料理人の橘」
 ……『くつろぐ』というキーワードからはかけ離れている誠人が、隣に座って何故かひそひそ声で話しかけてきた。
「あぁ。大して出来ることも無いしな。……器具の準備くらいだよ」
 とりあえず俺も小さな声で誠人にしか聞こえないように話す。
「そうか…じゃあ少し時間が出来ているわけだな」
「まぁな」
「じゃあ……」
 誠人はゆっくりと耳打ちしてくる。
「これから上に行ってみようではないか」
「…は? …上って……二階か?」
「そうだ」
「…何しに行くんだよ」
「わからないのか? …男のロマンを遂行しに行くのさ」
「…はぁ?」
 ……俺には誠人が何を言いたいのかが全くわからなかった。
 男のロマンを遂行? …相変わらず意味不明だ。
「…わからんか……まぁいい。行けばわかることだ」
 誠人はそう言うとゆっくりと立ち上がってリビングルームから出ていく。
 何だかよくわからないけど、放っておくわけにもいかないからとりあえず俺も後を追った。
 階段を上っていくと、先に上っていった姉貴達の声が聞こえてくる。

「じゃ〜ん! ココが私の衣装コーナーなのだっ♪」
「ワォ! スッゴイいっぱいだぁ!」
「すっご〜い!!」
「綺麗に揃えてありますね。…素晴らしいです」

 誠人は階段を上りきると、迷うことなく声の聞こえる方へ。
 そして声が聞こえてくる場所――引っ越ししてきた日に、親父との長期戦を制して手に入れた姉貴の部屋のドアに、静かにピタッと耳をつける。
「お、おい、何やってんだよ」
「だから男のロマンだって言っているではないか」
「だから男のロマンって何なんだよ」
 俺が困惑しながらも誠人の横に並ぶ形になると、部屋の中から聞こえてくる会話がより鮮明になる。

「じゃあズミちゃんは『サロスト4』の衣装ね。えっと、エイミーちゃんは身長がいい感じに高いから『ルーナ』の衣装、とっても似合いそうだね。春日井ちゃんは清楚で清潔感に溢れたナースかな♪」
 ……姉貴の弾んだ声が聞こえてくる。
 どうやら姉貴が衣装を三人に渡しているところみたいだ。
「…それじゃあ着替えようか♪ …何かわからないことがあったら言ってね〜♪」
『は〜い!』

 三人の揃った声の後、『シュルシュル』という重なった音が聞こえてくる。
 あくまで…あくまで予想だけど、多分部屋の中では着替えが始まっているのだろう。
 多分あの音は制服のリボンかなんかを取っている音なんじゃないだろうか。
 ……いつのまにか自分が、部屋の中の情景を想像しながら聞こえてくる声に聞き入っていることに気付くと、何だか急に顔が熱を帯びてくる。
 そんな俺の様子に気付いたのか、誠人はにやけながらそっと呟いてきた。
「ふふ、ようやく橘もわかってきたようだな、男のロマンを」
「………」
 くそっ、素直に否定できない自分が情けない……。
「よしっ、そろそろ頃合だな。橘、これから本隊は内部への侵入を試みる。……しくじるなよ」
 誠人はもう完全に自分の世界に浸ってしまっているらしい。
(『本隊』? …『内部への侵入』? ……俺らは軍隊か? …っつ〜か侵入って……覗く気かよ。……あぁ、『男のロマン』ってこのことだったのか)
 疑問を浮かばせながらもすぐに納得してしまい、何だか変な気分になってしまう。
 ……俺は迷った。……一瞬のことではあるが本当にものすごく迷った。
 そりゃ俺だって男だから、いくら『女性恐怖症』であっても女性の身体に興味がないわけではない。
 この、姉貴やクラスメイトの女子たちがいる部屋の中を覗いてみたいという気持ちも、もちろん持っている。
 ……でも、それはあくまで本能的な部分での話。
 いくらそれが誠人の言う『男のロマン』であっても、理性を持って抑制すべきこともある。
 『のぞき』もその中の一つなはずだ。
 俺は『本能よりも理性を優先する』と決めた。……が、俺の決断は遅すぎた。
 誠人はすでに部屋のドアをゆっくりと開け始めていたんだ。
 俺は……本能に負けた。

 姉貴の部屋には何度か入ったことがある。
 もちろん勝手に入ったわけではなく、姉貴に呼ばれてのことだ。
 姉貴の部屋は右側が壁になっていて、左側にスペースが存在している。
 入ってすぐ左側には姉貴が沢山持っている様々な衣装を収納するためのクローゼットが存在していて、よほどドアの近くにいないかぎりは中からドアを確認することは不可能。
 つまりクローゼットの陰は、中からは死角になっているんだ。
 そのことを手短に誠人に告げ、俺と誠人はその死角へ。
 死角からゆっくりと中のスペースを覗きこむと、こちらに全く気付いていない様子の女子たちが皆一様に笑顔で与えられた衣装に着替え中だった。
 制服のブラウスやスカートを脱いで下着姿になっている。
 ……情けないことに、俺はその様子に釘付けになっていた。
 泉川は朝に見たばっかりのライトグリーンの下着。一般的な女子高生と比べたら申し分のない整った体躯だ。
 ……だが、今に限っては特出しているように見えない。
 何故ならば、泉川の周りにいる面子も素晴らしい体躯の持ち主だからだ。
 春日井さんは白いレース付きの下着を上下着けている。背はこの中で一番低いけど、思ってたよりもバストが豊満に見える。着痩せするタイプなのかも。ウエストも細く、くびれがバッチリ出来ている。
 エイミーはオレンジの下着を上下着けている。背が高く、ボディラインも綺麗で姉貴に引けを取らないモデルのような体躯だ。
 よく見ると、姉貴も何やら衣装を持っている。
 どうやら姉貴もコスプレする気満々みたいだ。
 そう思っていたら、案の定着ていた私服を脱ぎだす。
 姉貴が着ているのはディープブルーのフリル付きリボンキャミソールで、胸元が大きくV字にあいているドット柄のものだ。
 そのキャミソールを脱ぎ、ボトムスのジーンズも脱ぎだす。
 その一つ一つの行動に全員の視線が集中していた。
 ……自分の姉貴ながら、やっぱりクラスメイトの三人とは格が違う。
 素直にそう思ってしまうほどの体躯だった。
 黒の下着を上下着けている姉貴の姿は、まさにモデルそのもの。
 ……女子生徒たちに人気があるのもなんとなく頷ける気がした。
「ワォ、さっすがにナイスバディですね!」
 エイミーは舐めまわすように姉貴の身体を凝視している。
 泉川も春日井さんも、姉貴の身体から注意を逸らすことができずにいるようだ。
「ふふ、アリガト。…でも皆とそんなに変わらない気がするんだけどな〜。私はモデルやらさせてもらってるんだから、それなりのボディラインなのが当たり前なんだけど……ホント、皆もモデルになれちゃうんじゃない♪」
 ……姉貴は人をおだてるのが上手い。
 絶対に将来、世渡り上手になるタイプだと思う。
 でも、今のはあながち、おだてだけではないのかもしれないな。
 本当に皆、ただの女子高生とは思えない体躯だから。
 姉貴の言葉で場が盛り上がり、皆、笑いが耐えないまま着替えを進行し始めた。

「素晴らしいボディのオンパレードだな、橘隊員」
 誠人は満足そうに囁き、荒い息をしている。
 ちょうど俺の後ろにいるため、その息が後頭部に吹きつけられて気持ちが悪い。
「…おぃ、お前興奮しすぎだろ。……少し落ちついてくれ」
 俺は背後を振り返ることなく呟く。
 誠人の顔を見たくなかったというのもあるけど、眼前の光景から目が離せなかったというのが一番の理由だ。
 目の前では女性たちの着替えショーが繰り広げられている。
 必然的によりその光景が見やすくなるように、体の重心が前へ前へと移動していた。
 ……今思えば、落ちついていないのは俺の方だったのかもしれない。
 自分でも気が付かないうちに、俺の体はクローゼットによる死角から抜けてしまっていたらしく、気が付いたときには、
「キャッ!!」
 ……偶然こちらの方を向いた春日井さんと目が合ってしまった。
 春日井さんはナース服をギュッと掴んで自分の体を隠している。
 相当驚いているみたいだ。
「ん? どうしたの?」
 泉川が春日井さんの様子に気付いて尋ねる。
 ……終わったと思った。
 幸い、泉川は俺達のことに気付いていないみたいだけど、春日井さんにバレてることに変わりはない。
 春日井さんに俺達のことを言われて、ジ・エンドだ。
 ……と思ってたんだけど、春日井さんは俺の予想に反した言葉を泉川に呟いた。
「あっ、いえ、何でもないです。ちょっと服の中に虫がいたように見えてしまったもので。……よく見たらただの縫い目でした」
「な〜んだ。急に驚いてるみたいだったからビックリしちゃったよ」
 泉川は特に不信感を覚えることもなく、そのまま着替えの作業に戻る。
 春日井さんはホッとした表情を見せ、再び俺達の方を向く。
 そして、周りに覚られないように自分の身体で手を隠しながら、指で俺達に脱出を促すしぐさを見せた。
 ……俺には春日井さんが『白衣の天使』どころか『本物の天使』に思えた。
 俺は静かに両手を合わせて春日井さんに感謝し、物音を立てないようにゆっくりと後づさる。
 誠人はまだ諦めきれないらしく死角から離れようとしなかったが、さすがにこれ以上はまずいから無理矢理に室内から引きずりだした。
(あぁ、本当に春日井さんはいい人だ!)
 ……でも、後で謝っとかないとな。
 とは思うものの、良いものを見ることが出来たという気持ちが心の中で渦巻いていて、しばらく謝れそうにはなかった。

 リビングルームに戻ってからしばらくすると、着替え終わった四人が各々選択した衣装を纏って現れた。
「じゃ〜ん! コスプレ完了! どう、皆似合ってるでしょ〜♪」
 姉貴が登場がてらそう言い、皆の注目を集める。
 ……確かに似合っていた。
 泉川は水色を基調としたウェイトレス姿――『サロスト4』の衣装――をしている。
 ファミレスのウェイトレスという設定のくせに、美少女シミュレーションゲームなためか大きく胸元が開いた造りになっていて、首には青と白で構成されたチョーカーが巻かれている。
 エイミーは黒を基調としたチューブドレス――『ルーナ』の衣装――をしている。
 腰の辺りにはオレンジ色っぽいパステルカラーのストールのようなものが巻かれていて、全体的に見てなんだか大人っぽい印象を受ける。
 春日井さんはナース服を着ているんだけど……何故か色がピンク。
 しかもやけに丈が短く、なんだかちょっとアブナイ雰囲気をかもし出している。
 ……でも、春日井さんにナース服というのは大正解な気がした。…いろんな意味で。
 姉貴は見慣れたチャイナドレスを纏っている。
 引っ越しした日にも着ていた青を基調としたものだ。
「すっご〜い! 皆似合ってるじゃん!」
 壁にもたれかかっていた由紀は、視線を軽快に動かしながら感嘆の声をあげた。
 由紀に限らず、日奈子や高遠さん、耶枝橋先生や幸樹も同じ様子。
 森野さんは…なんか気になってはいるみたいだけど、感情を表に出すことに抵抗があるような……そんな様子でことの進行を見守っていた。
 俺もただ単に感心していた。姉貴は普段から見慣れてるから新鮮なイメージはないし、春日井さんはいつも感じているイメージ通りだから納得するだけだけど、泉川とエイミーはいつもと雰囲気がだいぶ違って見える。
 とにかく我が強いイメージのある泉川は、このウェイトレス姿だと妙に優しく純情そうに見えてしまう。
 エイミーも普段の明るいイメージとは異なり、あらゆることに熟練した大人の女性の雰囲気でいっぱいだ。
 ……コスプレというのも、あながちナメたものではないかも。
 思わずそう感じていると、隣でソファに座っていた誠人がここぞとばかりに立ちあがり、幸樹に向かって話し出す。
「おい、そこで女性たちのコスプレ姿に見とれているミスター三鷹! …今日はデジカメを持ち合わせているか?」
 唐突に声をかけられた幸樹は、一瞬体を強く震わせて驚いていたが、軽く頷いて学校指定のカバンからデジタルカメラを取り出す。
 携帯に便利そうなコンパクトタイプの物ではなく、本体とレンズが分かれている明かに高性能そうな一眼レフで組みたて式のものだ。
「おぉ、あいかわらず素晴らしいデジカメだな。さぁ、早速そのデジカメで撮影会と洒落込もうではないかっ!」
「えっ、一応これは風景を撮るのに特化した物なんだけど……」
 幸樹は露骨にイヤそうな表情をしている。
 ……そりゃそうだ。
 いくら普段、周囲に嫌悪感を与える可能性があることを避けているであろう性格の幸樹でも、誠人に…しかもあんな言い方で詰め寄られればイヤそうな表情にもなってしまうだろう。
 一瞬気まずい雰囲気がリビングルームを漂ったが、静かに幸樹の方を向いた姉貴の言葉で空気が変わる。
「…できれば私は三鷹君に撮ってもらいたいなぁ。それだけ良いデジタルカメラを持ってる人ってそうはいないし、それだけの物を持ってるってことはよっぽど写真撮るのが好きなんでしょ? そんな人に撮ってもらえたら、私はとっても嬉しいよ♪」
 ……姉貴の言葉の威力は絶大だった。
 まずは幸樹。モデルをしている姉貴に「撮ってもらいたい」と言ってもらえることは、たとえ普段は風景を専門に撮っているとしても嬉しいことだろう。
 単純にめったにない機会だろうし。
 そしてコスプレをした他の三人。……『姉貴と一緒に写真に写れる』ということだけで大満足だろう。
 結局、気まずい雰囲気はあっという間に消えうせ、『コスプレ撮影会』が始まった……。

 ガチャ

 ……のと同時に、玄関のドアの開く音が。
 どうやら親父がようやく買い物から帰ってきたようだ。
「すいません、遅くなっちゃいましたか……おっ、これはまた随分と華やかになりましたね〜」
 親父は四人のコスプレ姿に賞賛を浴びせながらダイニングへ向かい、買ってきた食材が詰まったビニール袋をダイニングテーブルの上に並べる。
 俺はすぐに反応してダイニングテーブルの元へ。
 ビニール袋の中を覗きこむと、注文していた食材がしっかりと入っていた。量も申し分ない。
「ありがとう。これだけあれば問題なさそうだ」
 俺の言葉に親父は笑顔で返す。
 俺はそれを見届けると皆に料理を始めることを告げ、ビニール袋を持ってキッチンへと向かう。
 キッチンでビニール袋の中身を取り出し、頭の中で料理の工程を想定する。
 まぁ料理は慣れてるから、だいたいのことは頭の中にインプットされている。
 工程を決めると、俺はキッチンの脇に掛けてあるエプロンを着て料理モードに入った。

 * * * * *

 何だか『転入歓迎パーティー』が始まってから大して時間は経っていないのに、ずいぶんいろんなことがあったような気がしてしまう。
 まぁこれだけの大人数が集結しているんだから、いろんなことが起こって当然かもしれないな。
 とりあえず意識を過去の記憶から現在に切り替えて料理を続ける。
 すでに全てのパスタの具は完成していた。
 あとは肝心のパスタを茹でて具と和えるだけだ。
 めったに使わない大きめの寸胴鍋を取り出し、水をたっぷり注いで火にかける。
 お湯が沸いたら塩を満遍なく加えよく沸騰させて、いよいよパスタの登場だ。
 寸胴鍋に回し入れて、スパゲティトングでパスタが浸るように軽くかきまわす。
 五〜六分待ってから茹で具合を確認。
 ……よし。いい感じにアルデンテだ。
 火を止めあらかじめシンクに用意しておいたザルにパスタを流しこみ、よく水を切る。
 これでパスタを茹でる工程は終了。
 これをあと三回繰り返し――作る種類が四種類だから――フライパンでそれぞれの具と和えて各スパゲティの完成だ!

「スパゲティできたぞ〜。…誰か取り皿とか並べるの手伝ってくれ〜」
 俺は『コスプレ撮影会』が続いているリビングルームに向かってそう言ったが、皆、撮影会のほうに夢中なようで返答は中々返ってこなかった。
 けど、声はやっぱり聞こえてみたいで、数秒後、森野さんと耶枝橋先生が手伝いに来てくれた。
 親父も俺の声に気付いて手伝いに来てくれる素振りを見せていたけど、二人がキッチンに向かっていくのを見て止めたみたいだ。
「わぁ! 橘君、本当に料理上手なのね〜」
 耶枝橋先生はそう言うと、森野さんに向かって賛同を求める。
 森野さんは一瞬困ったような表情を浮かべてたけど、出来あがったスパゲティを見て笑顔でうなずいてくれた。
 まぁ満足してもらえる自信はあったけど、実際に誉めてもらえるとやっぱり嬉しい。
「よかったら皆より先に味見してみますか? …手伝ってくれる特権ってことで」
 耶枝橋先生はその言葉を聞くと「ホントに!」といって子供みたいにはしゃいで喜んでくれた。
 早速フォークを渡す。
「森野さんもよかったら…」
 そう言ってフォークを差し出すが、素直に受け取ってくれない。
 なにか躊躇しているみたいだ。
 その様子を見かねたのか耶枝橋先生が、
「また『皆に悪い』とか思っちゃってるの? そんなの気にしなくていいのよ。私達は『手伝う特権』で味見させてもらえるんだから。このスパゲティ本当に美味しいわよ♪」
 そう言って、俺の手からフォークを取り上げて半ば無理矢理に森野さんに渡す。
 森野さんの表情から躊躇する様子はもう窺えなかった。
 どうやら先生の言葉が効いたようだ。
 満面の笑みを浮かべながらフォークをカルボナーラに向けている。
「………美味しい」
 聞き耳を立てないと聞き逃してしまいそうな小さな声だったけど、それでも俺は大満足だった。
 森野さんの表情を見れば、その言葉の信憑性が一目瞭然だったから。
 二人は一通り味見をしてから、ダイニングテーブルの上に取り皿やフォークや粉チーズなどを並べ始める。
 一通り並べ終えたら、最後にスパゲティをダイニングテーブルの中央付近に並べて全ての作業が完了した。
 ……全員分の椅子がないため『立ち食いスパゲティ』になってしまうのがとても心残りだが。
 それにしても……。

「お〜い、いいかげん撮影会ストップしろっ! うちらだけで勝手に食っちまうぞっ!!」


 スパゲティの売れ行きは好調だった。
 皆の表情を見てるだけで美味しく食べてくれているということが分かり、俺としても嬉しい。
 ……ただ、これだけ同じ場所に密集してしまうと、ちょっと意識を保つことを考えてしまう自分が情けなかったりもする。
 でも、ただ密集しているだけだったら、学校にいるときも同じような状態だからいくらでも対処のしようがある。
 だけど今はただ密集しているだけではないんだ。
 それは、ダイニングテーブルの上に並んでいるものを見てもらえば分かる。
 ……そこにあるのはどっからどう見てもお酒。
 そう、あの高遠さんが持ってきたビニール袋の中に入っていたものだ。

 始めにそのお酒がテーブルの上に現れた時には、さすがに耶枝橋先生も止めにかかったんだけど……それも一瞬のことだった。
 様々な種類のお酒が次々と出てくると、自分自信の『お酒が飲みたい!』という気持ちに負けてしまったようで、
「…まぁここまで来たら無礼講ってことにしちゃいましょう!」
 と言って、自らグラスの用意を始めてしまう始末。
 そして、グラスに料理で残った分の白ワインを注いでクイッと一気に飲み干す。
 周囲から「おぉ〜!」と歓声が上がり、耶枝橋先生は余計にいい気分になってしまった様子で、
「さぁ、皆も飲みなさ〜い!」
 な〜んてことまで言ってしまっていた。
 こうなってしまえばもう誰も止める人はいない。
 皆、思い思いにお酒をグラスに注いで飲み始める。
 ……本当は親父が止めるべきなのかもしれないけど……親父は結構こういう雰囲気が好きみたいだ。

 そんな感じで、今やほとんどのボトルが半分以上無くなる状態にまでなっている。
 その結果……。
 幸樹は完全にソファの上でダウンしている。
 元からそんなに飲めるほうじゃないみたいだ。
 泉川もかなりグロッキーな状態らしく、幸樹の隣で横たわっている。
 春日井さんも完全に戦線離脱していた。
 とは言っても、『飲みすぎて気持ち悪くなった』とかいうわけではなく、単に『気持ち良くなってそのまま寝ちゃった』という状況。
 椅子に座らせて寝かせている状態なんだけど…ちょっとあのナース服が超ミニだから油断してると危うそうな感じがする。
 ……幸い、一番危険因子を持ち合わせていそうな誠人も幸樹同様ダウンしてくれたので、『最悪の事態』はまぬがれそうだ。
 日奈子や由紀や森野さんは、さほど飲んでいないみたいで、今のところは割と余裕そう。
 高遠さんは酒屋の娘というだけあって、結構飲んでるみたいだけどまだまだ余裕がある。
 エイミーも沢山飲んでる割には大丈夫そうだ。
 耶枝橋先生といえば、姉貴と親父を巻き込んで自身の経験談を披露していた。
 もう完全に酔っぱらっているみたいで、さすがの姉貴も押され気味なようだ。
 ……頼むからこれ以上、悲惨なことにはならないでほしいよ。…まったく。

 ……どれくらいの時間が経っただろうか。
 気が付いたときにはもうお酒はほとんど空になっていた。
 あれだけの量があったのによく無くなったもんだ。
 周りを見渡せば、所々に崩れ落ちている人達が。
 誠人と幸樹はあれからずっとダウンしっぱなしだし、春日井さんも椅子の上で気持ち良さそうに寝ている。
 そんな中、耶枝橋先生が酔いつぶれたおかげて解放された姉貴が、突然わめきだした。
「あ〜! たいくつらよ〜!! ……ちょっとしょ〜は〜、らんからいろらんかっ!!」
「おぃおぃ、姉貴酔いすぎだぞ〜」
「よってらんからいっ!」
 ……明かに酔ってるじゃないか。
「そんらことよりらんからいろ〜! ……あ〜、そうら〜! みんら〜、ろれからしょ〜はろへやりなぐりこも〜じゃらいか〜!!」
 ……翻訳しよう。姉貴は、
『そんなことより何か無いの〜! ……あ〜、そうだ〜! 皆〜、これから翔羽の部屋に殴りこもうじゃないか〜!!』
 と、言っているんだ。
 ……ってちょっと待て!?
「おぃ、殴りこむってってどういう…」
 俺は慌てて反論に入ろうとしたが、そんなのお構いなしとばかりに姉貴は参加者を募りだす。
 ……っつ〜か強制的に参加者を決定していった。
 日奈子、由紀、森野さん、エイミーが選出される。
 ……って、結局酔いつぶれていない面子が選ばれただけなんだけど。
 当然の如く俺の意思は無視されて、『殴りこみ』参加メンバーは揃って二階へと向かっていく。
「……ハァ」
 俺は素直に諦めて後を追っていった。

 俺の部屋の中は、自分で言うのもなんだけど結構片付いているほうだ。
 ベッドや本棚、パソコンデスクなどが部屋の角に接するように設置されている。
 パソコンデスクの上には愛用のノートパソコンが置いてあって、その横には各種周辺機器が並んでいる。
 俺はDTM――属にコンピュータ音楽と呼ばれるもの――を趣味でやっていて、周辺機器の中には音源モジュールといったDTM用の機器も含まれている。
 そんな俺の部屋に入った『殴りこみ』参加メンバーは、一様にノートパソコンに注目していた。
 ……他に注目すべきものが無いというのもあるけど、ノートパソコンの電源がつけっぱなしだったことが一番の原因だろう。
 朝、軽くいじってから消すのを忘れてたみたいだ。
「へぇ、橘ってパソコンやるんだ〜」
 由紀が入り様にそう言って、パソコンデスクの方に近づく。
 それを聞いた姉貴が、しどろもどろな口調で追説する。
「そ〜らよ〜。しょ〜ははおんらくつくんの〜♪ ほ〜むぺ〜じもあるもんれ〜」
 ……因みに今のは、
『そ〜だよ〜。翔羽は音楽創るの〜♪ ホームページもあるもんね〜』
 と、言っている。
「へぇ〜。…ねぇ、私、パソコンのことよくわからないんだけど、今写ってるのって何?」
 日奈子がノートパソコンのディスプレイを見て尋ねてくる。
「あぁ、これはシーケンサーっていう音楽を創るためのソフトなんだ。さっき姉貴も言ってたけど、一応ホームページを持ってて…まぁその音楽がメインのホームページなんだけど、そのホームページに公開する音楽をこれで創ってるんだ」
「ふぅ〜ん。…じゃあ今創ってるのも、そのホームページに公開するためのものなんだ」
「いや、今回はちょっと違うんだな〜」
 俺は日奈子の言葉を聞いて、『待ってました!』といった気分になる。
 何故かというと、これから言う話が、ちょっと自慢したくなるような話だからだ。
 俺はパソコンの目の前に移動して、皆の姿が見えるように振りかえる。
「実はさ、ちょっと前にホームページを見てくれた人から音楽制作依頼のメールが来たんだけど、その人が『bonheur(ボヌール)』っていうインディーズバンドのボーカルをしてるらしくてさ〜。なんでも、最近バンドの中で音楽制作が煮詰まっちゃってるらしくて、インターネットで良いサウンドクリエイターを探してたんだってさ」
 あぁ、そのメールを見たときの喜びを思い出してしまう。
 どんなクリエイターでも、誰かに頼ってもらえることはとても嬉しいことだ。
「そのメールを見たときは、ホント飛びあがるくらいに嬉しかったね!」
 俺が感情表現たっぷりに話すと、皆一様に『驚き』の表情を浮かべた。
 あの姉貴までもが驚いているんだから、俺としては何かやったわけではないけど『してやったり』といった気分になる。
 ……でも言った俺自身も驚いてしまった。
 普段、感情をあらわにしたところをほとんど見たことの無い森野さんが、目を見開いてあからさまに驚いていたんだ。
(……音楽に興味あるのかなぁ)
 そう思いながらも、会話をしたことがほとんど無いからそのことを問う気にはなれなかった。
「橘、すごいじゃん! bonheurってこのあたりじゃあ結構有名だよ。ねっ、ヒナ」
「あっ、うん。バンドメンバーの人が、夏休みが始まった頃くらいに駅前の音楽店でライブしてたよね」
「へぇ〜、そうなのかぁ」
 由紀と日奈子の会話に頷いて答える。
 駅前の音楽店でライブやってるってことは、ここらへんを拠点にしてるバンドなんだろうな。
「エイミーそのライブ見にいったよ〜! その時のライブじゃないのも見に行ったことあるしネ。……でも、なんでかわからないけど、いっつもボーカルの人は現れないんだよ〜。そんな人とコンタクトとってるなんて、ショウはラッキーだね♪」
「へぇ、ボーカルがライブに顔を出さないなんて、変わってるなぁ。……じゃあ映像とかだけ流すとか?」
「ん〜ん、映像も流れないよ〜。流れるのはボーカルの人の声だけ。他のバンドメンバーの人はちゃんと来て、その声に合わせて演奏するんだよ〜」
 エイミーの言葉を聞けば聞くほど、おかしく思える。
 そんな中途半端なライブをするくらいなら、いっそライブ自体やらない方がいいんじゃないか?
 ……まぁその辺はバンド内で考えがあるのかもしれないけど。
「あっ、そうだ。昨日、そのボーカルの人から今までの楽曲を送ってもらったんだけど、聴いてみるか?」
 ふと思い出して皆に尋ねる。
 森野さんは何故かうつむいていたけど、他の皆は聴きたがっていたからノートパソコンに入っているbonheurのオーディオデータを開く。
 すると、ノートパソコンのスピーカーからアップテンポなサウンドが流れ出す。
 送ってもらった楽曲を一通り聴いたときに感じたことなんだけど、基本的にbonheurの楽曲はアップテンポなものばかりだ。
 中にはアップテンポではないものもあるが、それはものすごくダークな感じの楽曲。
 いわゆる『バラード調』の楽曲は、少なくとも送ってもらったものの中には存在していなかった。
 ……もしかしたら、バンドの中で何か『ためらい』みたいなものが存在しているのではないかと俺は感じている。
 まぁ、実際どうなのかはわからないが。
 ……なんかネガティブなことばっかり挙げてしまったけど、一つ一つの楽曲そのもののレベルはすごく高いと思う。
 演奏技術もしっかりしているように感じるし、ボーカル…まぁ女性ボーカルなんだけど、この人も歌唱力がある。音域も広く、様々なジャンルの楽曲に対応できそうだ。
 流したbonheurの楽曲を、皆は思い思いの体勢で聴いている。
 なんだか各々、自分の世界に入っちゃってるみたいだ。
「……ふぅ」
 とりあえずは俺も皆に習って自分の世界に入ることにした。

 ……結局、しばらくの間俺の部屋でbonheurの楽曲を聴き続けた。
 とは言っても一つの曲を何度も聴いていたらさすがに飽きるから、送ってもらった楽曲を全て流す形に。
 そんなこんなで、いつのまにかだいぶ時間が経ってしまった。
 現在時刻は午後十一時。
 そろそろ帰る人は帰らないと終電に間に合わなくなってしまう。
 俺は現在時刻とその旨を周りにいる皆に伝えると、皆と一緒に一階リビングルームへ。
 そこでは親父が一人食器類などの後片付けをしていた。
 他の皆は完全にくたばっている。
「……おぃおぃ」
 思わず口から漏れる。
 すると、その声に気付いたのか耶枝橋先生が辛そうな顔をしながら目を覚ました。
「う〜ん……橘君…今……何時?」
「あっ、十一時ちょい過ぎですけど……」
「……えっ!? もうそんな時間!!」
 俺の言葉を聞いた耶枝橋先生は相当驚いたようで、大きな声をあげてソファから起きる。
 その声で、周囲で寝ていたグロッキー軍団が一斉に起きだした。
 耶枝橋先生は起きた生徒たちに向かって現在時刻を伝え、六人までは車で送ることができることを告げる。
 一瞬、『飲酒運転じゃないかよ』と思ったけど、あえて口には出さないようにした。
 とりあえず日奈子と由紀、誠人と春日井さん、高遠さんと幸樹が耶枝橋先生の車に乗って帰ることに。
「それじゃあ橘君、なんだかお酒飲んで騒いだだけになっちゃったけど、皆、歓迎してるのは確かだから。…明日も遅刻しないようにね」
 耶枝橋先生はそう言って、帰宅組と共に玄関へと向かう。そして、

『それじゃあまた明日!』

 皆、一斉に別れの挨拶をして外へと出ていった。
 俺は手を振って帰宅組を見送っていた…が、ある一人の後姿を見た瞬間、一行の帰宅を引きとめた。
 ……お〜い、春日井さん! その格好のまま帰るのか〜!?


「じゃあ、残った方々は私が送っていきますよ」
 耶枝橋先生御一行が帰っていった後、親父が残った皆に向かって告げる。
 残っているのは泉川と森野さんとエイミー。
 泉川は自転車だから、送っていくのは森野さんとエイミーか。
 ……そう思っていたら、森野さんが唐突に呟きだした。
「あの……申し訳ないんですけど、今日泊まらせてもらってもいいですか?」
「えっ? …まぁお家の方の了承を得てくれれば、うちは構いませんけど……」
「あっ、そうですか。…良かったです。…ちょっとこの時間じゃ終電に間に合わないんで」
「あぁ、そういうことなら仕方がないですね」
「あっ、じゃあ私も泊まらせてもらえますか?」
 すると、森野さんと親父の会話を聞いていた泉川が便乗しだす。
 また、それを聞いたエイミーも、
「じゃあエイミーも泊まりたいな〜♪」
 ……結局、三人とも家族の了承を得て、家に泊まることになった。

「それじゃあお休み。…なぁ、本当にココで良かったのか?」
 俺は泊まることになった三人に尋ねる。
 全ての片付けを終えた後、もう時間も遅いから寝ようということになった。
 俺は、さすがに三人とも雑魚寝というのはマズイと思って、俺の部屋のベッドを使ってもらうことを提案したんだけど、
「あっ、いいよ気を使ってくれなくても。泊まらせてもらってるのはうちらなんだし。……ねぇみんな」
 泉川の言葉に森野さんもエイミーも頷く。
 せっかくそう言ってもらったんだから、無理に誘っても仕方がない。
 俺は素直に了承して、自分の部屋で寝ることにした。
「あっ、とりあえず泉川とエイミー……その格好で寝るのだけは勘弁してくれ」

 なんだかものすごく長い一日だった気がした。
 お酒が入ったこともあって、かなりの疲労感を感じる。
 ベッドに入るとなおさら感じる疲労感。
 ……でも、イヤな気分ではなかった。
 皆で転入を祝ってくれたんだから。
 それに、得たこともあった。
 ……あれだけの女性がいたのに気絶しなかったんだ。
 これは、俺の中では奇跡に近いこと。
 もしかしたら、自分でも意識しないうちに女性に慣れてきたのかもしれない。
「……ホント、佐々原高校に来て正解だったのかもしれないな」
 静かにそう呟く。
 疲れた身体は、いくら女性に触れていなくても意識を遠のかせる。
 俺はゆっくりと夢の世界へと向かっていく……はずだったのだが、

 コンコン

 突然、ドアをノックする音が聞こえてきた。
 こんな時間に一体誰だろうか。
 俺はゆっくりと立ちあがってドアを開ける。
 するとそこには……。
「ゴメン……寝てたかな?」
 そこには意外にも森野さんの姿が。
「えっと…何?」
 森野さんとの会話に慣れていないから、なんとなく話しづらい。
「あっ、ちょっとどうしても話しておきたいことがあって」
「えっ? …別にこんな時間じゃなくても……」
「ゴメンナサイ。…でも、二人っきりの時じゃなきゃ話せないことなの」
 なっ!? …何を言いだすんだよいきなり!!
「わ、わかった。じゃあ…とりあえず中…入る?」
 突然の意味深な言葉に俺はものすごく困惑したが、このままの状態でいるのもまずいから森野さんに室内に入ってもらうよう促す。
 森野さんは返事をすることなくサッと部屋の中へと入ってきた。

 そして、森野さんは静かに部屋のドアを閉める……。


 ガチャッ


 ===あとがき=====

 ふぅ、やっとこさ5話を書き終えることが出来ました〜。
 期待して待っててくれた方がいらっしゃいましたら……
「お待ちどうさまで〜す♪」
 …ただ、例によってあんまり期待しないで下さいね(汗)

 さて、この5話ですけど、いつもより文字数が多くなってしまいました。
 …なんか途中で切っちゃうとキリが悪かったんで、多くなるのを覚悟の上で通しちゃったんです。
 まぁ…あんまり気にしないでもらえれば幸いです。

 とりあえず、『転入歓迎パーティー』は終了です。
 う〜ん、あんまり大したイベントは起こらなかった……かな?(汗)
 私の中では精一杯やったつもりなんですけどね(コスプレとか)。
 まぁそれはともかくとして、最後、結構意味深な終わり方にしたつもりなんですけど、続きが気になってくれてますかね?
 もし気になってくれてたら、私の作戦大成功です。

 それでは次話も…さ〜びすさ〜びすぅ♪(汗)

 P.S. 前話のあとがきでも書きましたけど、やっぱりラブコメっぽくなってないような気が……(泣)
 なってますか……ねぇ?
 なってないと思った方は、対処法を教えてください〜(願) ← 結構切実…。

 2004/02/19 5:30
 飲み会帰りでかなりマイっている状態にて。



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