第4話〜計画決行!思わず涙?〜

 いつもは長く思えてしかたがない授業時間も、今日に限ってはものすごく早く感じられた。
 一時限目の数学T、二時限目の現代文、三時限目の情報T、四時限目の体育とあっという間に過ぎて昼休み。
 いつも通り速攻で購買の『スペシャルコロッケサンド』と『ボリュームハムカツサンド』をゲットして、本当は入ってはいけない校舎の屋上へ。
 屋上での昼食は気持ちが良い。
 九月の日差しをもろに受けるが、障害物のないところだから心地よい風が常に舞っていて暑さを和らげてくれる。
――誰も居ないところでの昼食。
 正直、誰かと一緒に喋りながらの昼食よりも一人で食べている方が落ちつく。
 女子生徒ばかりだし、まだ転入してから一週間しか経っていなくて、団体で昼食をとっているグループの輪に入りづらいということも原因かもしれない。
 屋上の敷地を囲う手すりにつかまりながら、ラップをはがしたスペシャルコロッケサンドを口に含み空を見上げると、引っ越してきてからずっと続いている晴天が、今日も変わることなく広がっている。
 雲一つない空と心地よい風は、これまで常に俺の心を癒してくれていたが、今日に限ってはその『癒し』が俺の『不安感』を越えることはなかった。
――泉川を中心とした『謎の計画』の存在による不安感だ。
 俺はその計画の内容を全く認識していない。
 だが、今までの経過から考えると、俺にとっては良くない内容なんじゃないかと予想することができる。
 朝、偶然とはいえ泉川の下着を見てしまったことや、家族以外で唯一『女性恐怖症』のことを知っている日奈子の存在。
 ……脅されればそれまでだ。
 あぁ、考えるだけで寒気がする。
 でも…本当にそうなんだろうか?
 ひょっとしたら相手が女子だから、悪い風に考えてしまっているだけなんじゃないだろうか?
 泉川にしても日奈子にしても、別に悪いやつじゃない。…それどころかいいやつだと思う。
 泉川は確かにちょっと口が悪いけど、許容範囲を越えるようなことは言わない。
 日奈子は……それこそ人に危害を加えるようなことなんて全くしそうにない。
「……はぁ、せめて何をやろうとしてるのかがわかればなぁ」
 スペシャルコロッケサンドを食べ終え、溜め息混じりにそう呟く。
 すると、突然背後から聞こえるはずのない声が……。
「やっと見つけた〜!」
「うわっ!」
 思わず声をあげ振り向いた先には泉川の姿が。
 泉川は走ってきたみたいで、両手を膝に乗せて肩で息をしている。
「何驚いてるのよ〜。っつ〜か屋上は許可無しじゃ入っちゃいけないの知ってるでしょ!」
「わ、悪い……」
 泉川の勢いに、つい謝ってしまう。
 泉川はそんな俺を見ると、なぜか手を口に当てて笑い出した。
「……あはは、な〜んちゃって。実は私もよくココに来るんだよね〜。ほら、ここって風がすっごく気持ちい〜じゃん」
 ちょっとは「何だよそれ!」とか言ってやるべきなのかもしれないけど、泉川があまりにも屈託の無い笑顔を見せていたから、とてもそんなことを言う気にはなれず素直に頷く。
 何か、朝の出来事で俺に向かって「サイテー」と言っていたのが嘘みたいだ。
 ………そうだ。朝のこと謝らないと。
「泉川」
「ん?」
「その……朝はホントに悪かった。わざとじゃないんだ。えっと……とにかく悪かった」
 俺はそう言って深々と頭を下げる。…そうすることしか思いつかなかった。
 ……ゆっくりと頭を上げる。
 始めはキョトンとしていた泉川だが、少し経つと何のことを言っているのかがわかったみたいで、
「あぁ、あのことかぁ。別に気にしてないから大丈夫だって」
 泉川は右手を左右に振って『気にしてない』ということをアピールしてくれた。
 ホッと胸をなでおろす。
 良かった。とりあえず泉川と悪い仲にはならずに済みそうだ。
 ……そう思っていたのもつかの間、泉川が意味ありげなことを話し出す。
「…で、それはいいんだけどさ、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
「……何?」
 一抹の不安感を覚えながら尋ねる。
「放課後、橘の家に行く前にちょっと買い物に付き合ってほしいんだけどいいかなぁ? ……っつ〜かいいよね。…ってか決定ね」
「……おぃ、勝手に決定しないでくれよ」
 俺がそう言うと、泉川は待ってましたと言わんばかりに追言してきた。
「あれぇ〜、私を払い飛ばして下着まで見たのはどこの誰だったっけ〜?」
「ぐっ……気にしてないんじゃなかったのかよ」
「それとこれとは別♪ …じゃ、そういうことでよろしくね〜」
 泉川はそう言うと、颯爽と屋上から去っていく。
「……はぁ。そんな強引に決めんなよ」
 俺はボリュームハムカツサンドのラップをはがしながら、手すりに寄りかかって呟く。
 でもまぁ、朝のことはホントに悪いコトしたと思うし、このくらい仕方ないか。
 一応はそう割り切ることにした。
 それにしても、ホントに泉川は何を企んでいるんだろうか……。

 何か気になることがあると時間が経つのが早く感じられるらしく、午前中の授業と同様に五時限目のオーラルコミュニケーションT、六時限目の地理Aもあっという間に終了。
 気が付いた頃には帰りのホームルームの時間になっていた。
 そのホームルームの時間もあとわずか。
 配布すべきプリントを全て配布し終えた耶枝橋先生は俺に、
「今日のこと、一応橘君のお父さんに連絡しておいたからね」
 と言ってきた。
 特に詳しいことは言わないところから察するに、親父はこのことを了承しているみたいだ。
「それじゃあ今日はこれで終わりにします。橘君の家に行く人は藤谷さんが場所を知ってるみたいだから一緒に行ってね」
 先生のその言葉でホームルームは終了する。
 ついに『その時』が近づいてきたわけだ。
 ……そういえば、泉川が「私とヒナが知ってる」って言ってたけど、何で二人は家の場所知ってんだ?
 ……ま、いっか。
「お〜い、橘〜。約束通り買い物に付き合ってもらうぞ〜」
 泉川の威勢の良い声が聞こえてくる。
 見ると、泉川はすでにプリント等の整理を終え、すでに教室を出る準備万端で入り口のところに立っていた。
「わかってる。今行くよ」
 ……ふぅ、約束したつもりはないんだけどなぁ。
 そう思いながらも、すでに諦めはついている。
 素早く配布されたプリントをカバンに詰め込み、入り口へ向かう。
「お待たせ。とっとと行こうぜ……って、そういえばどこで買い物するんだよ?」
「ここらへんで買い物っていったら、学校を出てすぐの大通り沿いのお店に決まってるでしょ」
 ……そういえばそうだった。
 学校周辺でまともな買い物ができる場所といったら、その大通り沿いにあるいくつかの店が挙げられる。
 大通りは最寄の駅から一直線に続いている道なので、お店が集中しているんだ。
「オッケ。じゃ、行きますか〜」
 俺がそう言って廊下に出ると、泉川も頷いて後をついてきた。
 まだホームルームが終わって間もないから、廊下には大勢の生徒が存在している。
 男女比1対9である我が校、もちろん廊下に存在している生徒の大半は女子生徒。
 しかも、皆今までの束縛から解放された状態にあり、もうそこらじゅうで雑談・移動のオンパレード。
 そんな下校時は、俺が最も神経を集中しなければならない時間なのだ。
 慌てずゆっくりと周囲を確認しながら廊下を進む。
 ……しかし、
「そんなにちんたら歩いてないで、とっとと行こうよ」
 俺の苦労など全く知る由もない泉川は、サッと俺の手を掴んで廊下を駆け出した。
「ちょっ! ちょっと待て泉川!!」
 静止を求める俺の声はまったく意味をなさず、泉川の成すがままに引っ張られていく。
(頑張れ俺、頑張れ俺! 頑張れ俺!! ……耐えろ、耐えろ! 耐えろっ!!)
 心の中でそう絶叫しながら、何とか意識を守りつづける。
 階段を降り、更に廊下を進んで下駄箱まで到達した時、ようやく泉川は引っ張る手を離した。
「ハァ、ハァ……。ふぅ〜、やっぱ廊下を走るのって気持ち良いね〜」
「ハァ、ハァ、ハァ……そう……だな」
 泉川はものすごく楽しそうだ。
 ……にしても、クラス委員長が言っていい言葉か、今のって。
 でも……なんかとても泉川らしい気がした。
 靴を履き替えて昇降口を出ると、ようやく密閉された空間から脱出できたように思える。
 外の空気が、いろんな意味で新鮮だ。
 駐輪場で、マウンテンバイクの束縛を解いて正門前へ。
 もちろん泉川もすぐ隣にいる。
 早速買い物に出発だ!
 ……って、そういえば泉川はいったい何を買いにいくつもりなんだろう。
 ようやく出てきた当たり前の疑問。
 早速泉川に聞いてみる。
「……で、何を買いにいくんだ?」
 しかし、泉川は急に戸惑いながら、無理矢理ひねりだしたような言葉を返してきた。
「え? ……えっと……何買いたい?」
「……は? …『買い物に付き合ってほしい』って言ったのはお前じゃないかよ」
「ま、まぁそうなんだけど…さぁ……」
「……はぁ。別に何も買うものが無いんだったら、とっとと家に行こうぜ」
「ま、待って! それはちょっと困っちゃうんだけどなぁ……」
 泉川は心底困り果てたような表情で訴えてくる。
 何なんだよ、いったい……。
 俺は泉川の考えを全く理解することができない。
 ……でも、うつむきかげんで片目をつぶりながら両手を合わせて「お願い!」と言ってくる泉川を見ると、帰宅を強行することはできなかった。
「……はぁ。何が目的なんだかさっぱりわかんねぇけど……とりあえずゲーセンにでも行くか?」
 俺が『暖かな溜め息』を吐きながらそう切り出すと、泉川は嬉しそうに拳を突き出し歓声を上げた。
 そうと決まれば善は急げ。
 勢い良くペダルを漕ぎ、目的地であるゲームセンターを目指す。
 学校の正門を出てすぐ左右に広がる大通り、右に曲がってしばらく進むと左手にゲームセンター『ヒューチャーランド』が現れる。
 ヒューチャーランドは二階建ての建物。
 一階にはUFOキャッチャーや身体を動かして遊ぶタイプのゲーム――音ゲー等――が、二階には座りながらジョイスティックとボタンを操作して遊ぶタイプのゲーム――格闘ゲームやシューティングゲーム等――が並んでいる。
 この近辺に競争相手となる他店がないためか、いつもヒューチャーランドはそれなりの賑わいを見せている。
 入り口付近の駐輪スペースに自転車を止めると、泉川は一目散に中へと入っていく。
 慌てて後を追うと、泉川は入ってすぐにあるUFOキャッチャーの景品を眺めていた。
 それはUFOキャッチャーの景品としては割と大きめなテディベア。
 一筋縄では取れそうにない。
 泉川はカバンの中から財布を取り出すと、百円玉を取りだしUFOキャッチャーに挑戦し始める。
 巧みにアームを動かしテディベアゲットを目指すが、アームはテディベアを撫でるだけで掴んではくれなかった。
「くっそ〜!」
 泉川はUFOキャッチャーを叩いて悔しがっている。
「へたくそ〜」
 その仕草が面白くて、つい呟いてしまう。
「何よ、そんなこと言うなら橘が取ってみてよ〜!」
 俺の言葉が気にくわない泉川は、口を膨らませてそう言ってきた。
――でも泉川の表情は笑顔だ。
 何だか今日はやけに泉川と友好的に話せるなぁ。
 普段はなるべく女性とかかわらないようにするため、こちらから話すことはほとんど無いし、泉川から話しかけてくるときも強い口調で俺を批難することが多かった。
 ……といっても、一週間の間での話だけど。
 まぁ何にしても俺にとってプラスなことであるのは確かだろう。
「しょうがないなぁ、見とけよ」
 泉川の言葉に、密かに燃えた俺は百円玉を投入し、中腰の体勢でボタンを操作する。
――しかし、テディベアを捕らえはしたが、アームは最後まで耐えることができず途中で落下してしまった。
「な〜んだぁ、橘だってへたくそじゃん」
 泉川はしかえしとばかりに、笑いながらがっくりと頭を垂れた俺を覗きこむ。
 ……何だかとてつもなく悔しい。
「今のは練習。本番はこれからさっ!」
「へ〜、言うじゃない」
 『さっきのトライは適当にやった』というわけじゃないけど、俺は本気モードでUFOキャッチャーに立ち向かうことを誓う。
 UFOキャッチャーのアームは、変わることない軽快さを見せていた……。

 ヒューチャーランド入店から退店までには90分の時間を要していた。
 並んでヒューチャーランドを出る泉川の腕には、UFOキャッチャーの景品であるテディベアが抱えられている。
 本気モードの俺がゲットしたものだ。
 だいぶ太陽が沈み込み赤みを帯びてきた空を見上げると、妙に痛切な空虚感を覚える。
 それは俺自身の心情からくるものだが、その原因はリアルなものだ。
 大した差は無いはずなのに、軽くなった感覚が強い。
――原因は財布の中身だ。

 UFOキャッチャーで本気モードになったのは確かだが、そもそも気持ちの問題で何とかなるものではない。
 本気モードを誓った二度目のチャレンジだが、結局テディベアをゲットすることは出来ず泉川に笑われる羽目に。
 今思えばその時点で諦めておけば良かったのだが、変にムキになってしまった俺はその後もチャレンジし続けた。
 百円玉は次々と吸い込まれていく……。
 結局、テディベアをゲットした時には千二百円も投資してしまっていた。
 始めは嘲笑に近い笑い声をあげていた泉川も、千円目の百円玉を投入した頃には身を乗り出して俺を応援してくれた。
 そして、テディベアをゲットできた時には声をあげて祝福してくれた。
 ……まぁ、テディベアは泉川の物になるんだから、それくらいのサービスがあってもおかしくはない気はするが。
 その後も数種のゲームを堪能し、所持金の最終残高は452円。因みに投資金額の合計は二千百円だ。

「いや〜、楽しかったね〜」
 泉川はヒューチャーランドを満喫したようで、笑顔でテディベアを両手で頭上に持ち上げている。
「そうだな」
 俺は素直に同意する。
 出費はきつかったけど、何だかんだ言って俺も楽しんでいたから。
 余韻を楽しむようにゆっくりと、マウンテンバイクを停めてある場所まで移動する。
「……で、もう家に帰ってもいいのか?」
 マウンテンバイクにまたがった状態で俺はそう切り出す。
「………ちょっと待ってて」
 泉川は一瞬何かを躊躇しているような表情を見せたが、カバンの中から携帯電話を取り出すと、素早くボタンを操作して誰かと電話し始めた。

「もしもし…そっちの状態はどう?
 そろそろ大丈夫そう?
 大丈夫そうならそろそろ行こうと思ってるんだけど……。
 うん…うん……あっ、ホント……うん……うん、わかった。
 じゃあこれからそっちに行くね〜。
 うん…それじゃあまた後で〜」

 話の内容からして、相手は今我が家にいるうちのクラスの生徒だろう。
 それに、どうやらもう帰ってもいいみたいだ。
 その考えは正しかったようで、泉川は指でOKサインを表現している。
「それじゃあ行きますか〜」
 泉川はテディベアをカバンの中にしまうと、素早く自転車にまたがって言う。
 俺と泉川は、ほぼ同じに橘家への道をスタートさせる。
――夕空はゆっくりと宵空へ移行しつつあった。

 我が家に到着すると、お店が営業中であることを示す『OPEN』と書かれたプレートを『CLOSE』のプレートに入れ替えている親父の姿があった。
 親父は俺と泉川に気付くと、笑顔で声をかけてくる。
「おかえりなさい、翔羽君。それと……貴女は昨日お店に来てくれた方ですよね」
 泉川は会釈をして答える。
「なんだ、昨日買い物しに来てたのか。…だから知ってたんだな、家の場所を」
「そうなんだよね〜。ほら、ここらへんに花屋さんって無いじゃん、だから一度見に行ってみようかな〜って思って来てみたら橘の家だったってわけ」
「なるほどね。…じゃあ藤谷さんもそれで知ってたのか?」
「そりゃそうだよ。ヒナと一緒に来たんだから」
 泉川の言葉に納得していると、
「学校のお友達はもう家の中で待ってますよ。…先生はまだ来ていらっしゃらないみたいですけどね」
 そう言って俺と泉川を家の中へと誘う。
 マウンテンバイクをいつもの駐車スペースの端に置いて、玄関へ向かおうとすると、突然泉川が俺の前に立ちはだかって行く手を遮った。
「橘はここで待ってて」
「……なんでだよ?」
「まぁ、いいからいいから。ちょっと準備があるの」
 そう言って親父と一緒に一足先に家の中へと入っていく。
 ……はぁ、いったい何なんだよ。
 そう思いながら玄関のドアに寄りかかって待つ。
――家の中がにわかに騒がしい。

『お待たせ〜』
『みんなちゃんと持ってる?』
『入ってきたらすぐにやるからね!』
『ちゃんと狙ってやってね。変な方向に向けちゃダメだよ』

 聞き様によっては恐ろしい言葉が混ざっている気がする。
 ……俺は家に入った瞬間に『やられる』のだろうか。しかもバッチリ狙いを定められそうだ。
「橘〜、もう入ってきていいよ〜」
 泉川の声が聞こえてくる。
 ついにこの瞬間がやってきてしまった。
――『謎の計画』の正体がわかる瞬間が。
 震える手でドアのノブに手をかける。
 ……こみ上げてくる恐怖心で、一瞬ドアを開くことを躊躇してしまうが…意を決して勢い良くドアを開いた。

 パァーン

 ……俺は驚きでしばらくその場で呆然としてしまっていた。
 突然聞こえてきた複数の何かが破裂するような効果音。
 そして、舞い散る色とりどりの紙片状の物体。
 一瞬それが何なのか全くわからなかった。
 だが、
『橘君、1−Bへようこそ〜!』
 合唱のようなその声を聞いて、ようやく事態を理解することが出来た。
 目の前には役目を終えた『クラッカー』を持った制服姿のクラスメイトたちと、私服に花屋のロゴが入ったエプロンという格好の親父と姉貴が。
 そして、クラスメイトたちの頭上には、『転入歓迎パーティー』と書かれた紙製の垂れ幕のようなものが下げられている。
 もう、何と言うか……安心して腰が抜けそうになった。
 それと同時に、今日一日の自分が恥ずかしくなってくる。
――何て無駄な心配をしていたんだろう。
「あ、ありがとう」
 俺は皆に向かって頭を下げた。
 今まで何度も転入を繰り返してきたけど、クラスメイトたちがこんなことを計画してくれたのは初めての経験。
 だから余計に嬉しい。
 迂闊にも泣きそうな表情をしているであろう俺の顔を見た泉川は、してやったりといった表情で笑っていた。

 今の俺の感情は、九割程度が『嬉しさ』で占められているが、正直、一割程度の『驚き』が存在している。
 それは、今我が家にいる九人のクラスメイトたちの顔ぶれによるものだ。
 日奈子や由紀、泉川や誠人はまぁそれなりに話したことのある面々だからわかる。
 でも、残りの五人とはほとんど用件等の交換などでしか話したことの無い相手なんだ。

 あまり集団で行動しているところを見たことのない、多分人見知りするタイプなんだと思われる『森野 愛』。
 俺が気絶して保健室で寝ていたときに、森野さんが耶枝橋先生に頼まれたらしく様子を見に来てくれたことがあったが、そのときも簡単な会話しかしていない。
 特徴という特徴はあまりないような気がする。髪は緑のショートカットで、目はちょっと大きめかも。
 強いて特徴を挙げるとするならば、大人びたイメージを受けるところかな。
 とにかく今のところあまり接点の見当たらない人だ。

 今まで全く会話をしたことのない『春日井 風音』。
 美術部に所属しているみたいで、昼休み中、スケッチブックに校舎を写生しているのを見たことがある。
 髪は青でミディアムのボブスタイル。
 おとなしそうなイメージがある。実際、友達と話している様子なんかを見ると『おしとやか』というキーワードが似合う感じがする。

 何か詳しく聞いていいのかわからないから聞いていないけど、どっかの国とのハーフである『加賀見 エイミー』。
 金髪でベリーショートに近いショートヘアーをしている。
 一応、エイミーとは何回か普通に話したことがある。
 話の途中で俺が『加賀見さん』って呼んだら「エイミーでいいよ〜」と言ってくれて、それから俺は『エイミー』と、エイミーは俺のことを『ショウ』と呼ぶようになっている。
 活発で誰からも好かれるタイプみたいで、ムードメイカー的な存在なのかもしれない。
 ただ、いつも周りに友達の女子生徒を引き連れているために、中々そのなかに入って話をしようという気にはなれないでいるのが現状だ。

 不良っぽいイメージがある『高遠 明日香』。
 高遠さんとも、まったく話したことがない。
 髪は黒のロングでストレート。
 何だか普段から威圧感のある眼差しをしているように思えるけど、実際はどうなんだろうか。
 聞いた話によると、タバコを常備していてよく喫煙をするらしいが、その光景を見たことはない。
 まぁ、今ここに来てくれているんだから、そこまで悪いやつではないんだろうなぁとは思う。

 そして、数少ない男子生徒のうちの一人である『三鷹 幸樹』。
 髪は緑で、とりあえず全体的にうざったくないようにした感じの髪型をしている。
 幸樹とも軽く話をしたことがある。
 ……一応、数少ない男子生徒だし。
 幸樹は背が低くて、中学生と言っても何の遜色もない。
 頭が良くて、体育以外の教科なら何でも得意みたいだ。
 そのおかげで、よくクラスメイトに勉強を教える羽目になっている。
 俺も一度地理のノートを写させてもらったことがあって、会話をしたのはそのときだ。
 特に理由があるわけじゃないけど、いつのまにか自然と『幸樹』って呼ぶようになったのは…なんでだろう?
 あまりにも自然にそう言うようになっていたから忘れてしまった。
 でも、付き合いやすそうなやつなのは確かかもしれない。

 ……やっぱり、『何で参加してくれたんだろう』と思ってしまう人が多い。
 もしかしたら泉川が巧みに誘い込んでくれたのかもしれないな。
 でも、理由はどうであれ嬉しく思う。
 願わくば、これをきっかけに話せるようになったらいいなぁなんて思ったり。
 そんなことを考えながら、俺は今リビングルームに設置されているソファーに座っていた。
 他の皆はというと、もちろんうちには全員をカバーできるほどの椅子は無く、姉貴や由紀や誠人や高遠さんのように椅子に座っている人もいれば、日奈子や春日井さんやエイミーのように壁に寄りかかっている人や、泉川や森野さんや幸樹のように立ったままでいる人もいる。
――俺や泉川が帰ってきて間もないということや、耶枝橋先生がまだ来ていないということで、とりあえず小休憩をとっているんだ。
 さっき泉川が携帯電話で電話してみたら『もうすぐ着く』と言っていたらしいから、到着までそれほど時間はかからないだろう。
 なんとなく周囲を見回してみると、一角に荷物がまとめられたスペースがあり、そこには複数あるビニール袋に入った何かが存在していた。
 見た感じからして硬そうなもの。そして、重そうなもの。
 ……いったい何なんだろうか。

 ピンポーン

 俺の疑問を忘れさせるかのように、呼び鈴の音が室内に広がる。
 親父がインターホンに出てから玄関のドアを開けに行く。
 挨拶をする声が聞こえて数秒後、リビングルームの中に耶枝橋先生が入ってきた。
「遅くなっちゃってゴメンね。橘君、驚いたでしょ〜」
 ……本当に驚きましたよ……良い意味で。
 俺は『参りました』という表情で頷く。
 先生は学校に居たときとは違う、黒い半袖ブラウスにカーキベージュのチノパンといった格好をしていた。
 どうやら一度自宅に帰ったみたいだ。
「さ〜て、じゃあ全員そろったことだし始めましょうか! えっと…ちょっと待って」
 泉川はそう言うと、俺がさっき疑問に思った複数のビニール袋を持ってダイニングテーブルの方に移動する。
 そして、全員をダイニングテーブルの周囲に集合させると、
「この中から好きなのを一つ取ってくださ〜い。あっ、今日の主役の橘君が最初の方がいいね」
 と言って複数のビニール袋をダイニングテーブルの上に置いた。
 『ゴトッ』という鈍い音がする。
 俺はゆっくりとビニール袋の中を覗いてみた。するとそこには……。

「……おぃ、これ酒じゃねぇかよ」

 ビニール袋の中にあったのは350ミリリットル缶のカクテル数種。
 当然ながら、『アルコールは二十歳になってから』という文字がはっきりと缶に記載されている。
 俺がカクテルを手に取るのを躊躇していると、
「まぁまぁ、今日だけは特別ってことでいいじゃん。ねっ、先生」
「…まぁ大した量じゃないし、今日だけならいいでしょう!」
 と、泉川が先生を味方につけてしまった。
 こうなってしまったらどうしようもない。
 俺も別にお酒を飲んだことが無いというわけじゃないし、嫌いなわけでもない。
 先生も了承してるんだし……いっか。
 俺は心の中で自分の方針を決めると、『カシスオレンジ』の缶を手に取った。
 俺が選び終えると、周りの皆も続々とカクテルを選び出し、それぞれの手元にカクテルがまわる。
 姉貴と親父の分も用意されていたらしく、ちゃっかり二人ともカクテルを手に持っている。
「それじゃあ耶枝橋先生から一言お願いしま〜す」
 泉川の司会進行の元、耶枝橋先生が口を開く。
「橘君…えっと、翔羽君も舞羽さんも転入したばかりで色々と大変かもしれないけど、周りにはこんなに仲間がいるってことを忘れないで、皆で学校生活を楽しんでいきましょうね。……それじゃあ皆、缶のフタを開けて」
 先生の言葉で、皆一斉に缶のフタを開ける。
「せ〜のっ!」

『カンパ〜イ!!』


 こうして始まった『転入歓迎パーティー』なんだけど……こんな大して広くないリビングルームに十三人も居て、しかもそのうちの九人が女性だなんて、絶対に何かヤバイ事態になりそうな気がしてならないんだよなぁ。
 しかもお酒がプラスされてるから尚のこと……ってか、さっきの荷物がまとめられてあるスペースにビニール袋がまだ残ってるんだけど……まさか…ねぇ。
 そんなことを思考しているとエイミーが、
「主役のショウが飲まないでどうするのさ〜!」
 と言って無理やり俺の手を掴み、持っていたカシスオレンジを口の中に流し込ませようとしてきた。
俺は慌ててエイミーに向かって叫ぶ。
「わかった! わかった、飲むからっ!」

飲むから俺の身体に触れないでくれ〜!!


 ===あとがき=====

 んにゃろ〜! 書いてやったぞ〜!!(謎)
 ……さて、謎な叫びはともかくとして、第4話を無事公開することが出来ました。
 いや、無事じゃない……かな?(汗)

 とにかく第4話ではキャラが一気に五人も増えて、次話からが大変になりそうです。
 『森野 愛』『春日井 風音』『加賀見 エイミー』『高遠 明日香』『三鷹 幸樹』の五人ですね。
 因みに『森野 愛』の『愛』は、『あい』ではなく『まな』と読み、『春日井 風音』の『風音』は『かざね』と読みます。
 一応、各キャラのイベントは頭の中に入っているので、徐々にそのストーリーを描ければいいなぁと思っています。

 さて、泉川を中心とした『謎の計画』の正体がついに明らかになりました!
 翔羽の転入を歓迎する『転入歓迎パーティー』だったんですね〜。
 ……えっ、期待外れだったですか?(汗)
 まぁ、そう言わずに。
 パーティーではお酒も入り、かなり各キャラの素の部分が出てくる可能性が高いです。
 って、350ミリリットル缶一つじゃ酔ったりすることもないかな?
 ……でも、例の残ってるビニール袋の謎もあることだしぃ〜♪

 まだまだどうとでも展開しようのある『らぶ・ぱにっく』。
 いずれ公開されるであろう第5話も、要チェックや〜!!(笑)

 P.S. 中々ラブコメっぽくするのはムズカシイ!そろそろラブコメっぽさを出せるようにしないとなぁ(汗)

 2004/01/19 1:40
 タバコの灰が散らばってしまったリビングルームのコタツより。



ひとことメールフォーム
(コメント未記入でも、送信可能です♪)
※返信は出来ません。ご了承ください。




>>前のページへ<< ■ >>次のページへ<<