第3話〜謎の計画進行中?〜

 朝の日差しは嫌らしいほどにイジワルだった。
 まだカーテンが取り付けられていない窓から断りも無しに侵入し、室内に局所的高温地帯を形成する。
 また、それと同時に強烈な照明と化して室内を照らし続ける。
 新しく我が物となった空間にあるベッドで寝ていた俺は、その侵入者による暑苦しさと眩しさに苦しめられていた。
 ただでさえ夏の暑さはまだまだ現役だというのに……おかげで掛け布団なんかとっくにメチャクチャになっている。
 頼むから、もう少しゆっくり寝かせてくれよ……。

 ピピピピ…ピピピピ…ピピピピ……。

 ……そんな俺の願いもむなしく、目覚し時計が元気良く電子音を鳴らす。
 しかし、今日の俺は…っつ〜かいつも俺はこの程度で諦めたりはしない。
 うつぶせの状態で寝ている俺は、器用に手だけを動かして目覚し時計のある場所を捜索する。
 もちろん自分でセットした目覚し時計なんだから、どこにあるのかはすぐに分かる。
 俺は数秒で目覚し時計を発見し、すぐに解除作業を行う。
 けたたましく鳴っていた電子音が止まり、俺は再び眠りにつく。
 ……これであと三十分は寝ていられるだろう。
 この一連の行動は毎日行っていることだったから、俺は自然とそう認識した。
 しかし、その認識は一瞬で覆されることになる……。

「おっはよ〜翔羽。朝だぞ〜♪」

 ……聞こえてきたのは朝からやけに元気な姉貴の声。
 きっとまだ起きていないだろうと思った姉貴が起こしに来たんだろう。
 でも、はっきり言って俺はまだ全然寝足りない。
「……あと十分」
 とりあえず少し控えめな希望を伝えるが…返事はない。
 ……了承したのだろうか?
 だが…それは間違っていた。

「ねぇ、しょうはぁ〜♪ …起きてよぉ〜。…うふ♪ …起きないとぉ、抱き着いちゃうぞぉ♪」

「うわぁ!!」
 いきなり聞こえてきた妙に色っぽい姉貴の声で全身に充満していた眠気など一気に吹き飛び、俺はうつぶせの状態から勢い良く起きあがった。
 身構えてから周囲を見まわす。
 ……しかし、室内に姉貴の姿はない。

「…まだ起きないのぉ〜。…ねぇ……しょうはってば〜♪ …もぉ…ねぼすけさんなんだからぁ♪ ……ホントに抱き着いちゃ」

 カチッ。
 俺はようやく姉貴の声の正体に気付き、その声を断つことに成功した。
――声の正体は目覚し時計だったのだ。
 声を録音してアラームとして利用できるタイプのものらしい。
 ……思い出した。これは『翔羽は朝に弱いから』って姉貴が昨日くれた目覚し時計だ。
 色がピンクだったからちょっと気が引けたけど、朝に弱いのは事実だったからありがたく頂戴したのを覚えている。
 迂闊だった……。
 ちょっと考えれば、あの姉貴がこういう『イタズラ』をすることは想像できたはずだ。
 俺は自分の未熟さを悔やんだ後、伸びをしてからハンガー掛けに掛けてある制服を取り出して着がえる。
 ゆっくりと部屋を出て一階へと向かいリビングルームに入ると、システムキッチンの近くに置かれたダイニングテーブルセットの椅子に親父と姉貴が座っていた。
 親父は白がベースで赤紫――彩度の濃いものと薄いものによる――のチェックの半袖カッターシャツにジーンズといった格好。姉貴は学校の制服を着ている。
 ……二人は朝食を取っているわけではない。…その証拠に、ダイニングテーブルの上には何も置かれていない。
 待っているのだ。……俺が朝食を作るのを。
 二人は俺の姿を見ると、笑みを浮かべて朝食を催促してきた。
 残念なことに俺が朝食を作るということが日常化してしまってて、その光景を見てもなんとも思わなくなってきている。
 俺は軽く溜め息を吐いてキッチンへと移動し、朝食を作り始める。
 ……とは言っても、朝から手間のかかるものを作る気にはなれない。
 とりあえず今日はハムエッグにトースト、あと簡単なサラダを作ることにした。
 システムキッチンはカウンタートップ付きで、ダイニングの状態を常に確認することができる。
 カウンター越しに親父と姉貴の様子を窺う。
 ……二人は相変わらず俺に向かって笑顔を見せていて、一向に自ら動こうとする様子はない。
 俺は手際良く三人分のハムエッグとサラダを作り終え、背後にある食器棚から取り出した皿に盛り付けてカウンタートップの上に並べる。
 ティーポットにティーバッグを放り込み、前日からタイマー予約しておいた電動ポットのお湯を注ぎ込む。
 とたん、紅茶の良い香りがキッチンとダイニングを包み込み、まだ寝起きの身体を覚醒へと誘う。
 ダイニングテーブルの上にティーポットとティーカップを置き、カウンタートップに置いておいたハムエッグとサラダもダイニングテーブルの上へ。
 同じくカウンタートップに置いてあるトースターと食パンを用意して、再びキッチンへ。
 冷蔵庫からマーガリンとブルーベリーのジャムを、食器棚から箸とスプーンとバターナイフと小さめの皿を取りだしてダイニングテーブルの上に。あっ、角砂糖も忘れてはいけない。
 ……ここまでやって、俺はようやく落ちついて椅子に座れるようになる。
 トースターに食パンをセットし、ティーカップに紅茶を注ぐ。
 ……全員がこの行動を起こすと、お決まりと文句と共に朝食が始まる。

『いただきま〜す!』

「そういえば、そろそろ学校にも慣れた?」
 俺が焼きあがったトーストにハムエッグを乗せたものに噛り付いていると、姉貴が唐突に聞いてきた。
 ……何が『慣れた?』だ。…姉貴のおかげでこっちは散々な目にあってきたというのに。
 転入初日のことはもちろん――数日経ってから気付いたことだが、姉貴に「八時までに登校しなければならない」と聞いたからあの日は慌てて家を出ていったというのに、実際は八時三十分までに登校すれば全然問題なかった――翌日には俺の姉貴のことを知ったクラスの女子生徒達の過半数以上が、俺に姉貴を紹介してくれるよう迫ってきた。
 ……実は、姉貴はちょうど一年くらい前から女子学生を対象としたファッション誌『AfteR SchooL』の専属モデルをやっているんだ。
 『AfteR SchooL』は三つの種類――中学生向きの『Junior』、高校生向きの『Senior』、四年制大学生や短気大学生向きの『Adult』にわかれていて、姉貴はその中の『AfteR SchooL for Senior』の専属モデル。
 男の俺はよく知らないが女子学生には中々人気のある雑誌らしく、買うまでに至らないとしても自分の年齢に合った『AfteR SchooL』をよく立ち読みしたりしているらしい。
 しかも厄介なことに、その雑誌だけが人気を集めているわけではなく、モデルとしての姉貴も結構人気があるらしい。
 ……それはうちの学校のうちのクラスでも同じようで……結局、姉貴にうちのクラスまで来てもらってなんとか収拾がついた。……まぁ姉貴がうちのクラスに来る前に俺の保健室行きは決定してしまっていたが。
 その後も姉貴を紹介してほしいという声は中々絶えそうになく、毎日不安と緊張の日々に追われているのだ。
「……まぁそこそこ」
 変に反論して話を長引かせたくはなかったから適当な言葉を返す。
 目の前にいる姉貴はティーカップに注がれた紅茶をすすりながら満足そうな笑みを浮かべている。
「そういえば、舞羽さん今日は学校早く終わるんでしたっけ?」
「えぇ。今日は午後から就職説明会があって、私には関係ないから午前中で終わりよ」
 ダイニングテーブルの対角線上にいる親父の言葉に、姉貴がとても嬉しそうに返事をする。
 三年生は今日の午後から第一回目の就職説明会がある。
 これは、就職を希望とする生徒を対象に行われるもので、進学を希望する生徒は無理に出席する必要のないもの。
 姉貴は専門学校に進学するかモデルの仕事に専念するかのどちらかにするつもりらしいから、就職説明会には出席しないでそのままうちに帰るみたいだ。
「それじゃあ帰ってきたら仕事の手伝いをしてくれませんか? 今日はちょっと忙しくなりそうなんですよ」
 うちの花屋はつい二日前から営業をスタートさせていた。
 海岸沿いの花屋というのが珍しいのかそれとも近場に花屋が無いのか、開店当日からそれなりの客足を見せていて、『Flower Garden TACHIBANA』の出だしは順調。
 とはいえ、もちろん花は日用品ではないから、これからもずっとこの調子というわけにはいかないだろう。
 それは親父も同じ考えなようで、「何かお客さんの気を引けるようなことを考えないと…」と思考錯誤を繰り返しているようだ。
 姉貴は親父の頼みを快く了承すると、俺の用意した『ノルマ』をクリアして立ちあがり、「ごちそうさま〜♪」と言って二階へと向かっていった。
 その様子を見ていた親父もゆっくりと立ちあがり、微笑を浮かべながら、
「ご馳走様でした。今日の朝食もおいしかったですよ」
 そう言って玄関へと向かっていく。
(………結局、後片付けも俺なのかよ)
 心の中でそう思いながらも、やっぱりこれも日常化されているので、ティーカップを空にすると早速後片付けに取りかかる。
 ……そのうち当番制にしてもらえるように頼んでみよ。

 朝の日差しは幻覚ではなかったようで、外では直視など絶対に出来ないほどに太陽がその力を存分に発揮していた。
 マウンテンバイクのサドルが異様なほどの熱を持ち、またがるとスラックス越しでも熱い。
 自然と立ちこぎ体勢になり、いつもの通学路を進む。
 曰く付きの十字路は慎重に通過し、程なく学校へと到着。
 登校日、学校の正門では見知った顔に会うことになる。
「おはよう、橘君」
「よっ! 今日はわりと早いじゃん」
――藤谷日奈子と貴島由紀。
 二人は風紀委員に所属していて、学校が通常日程のときはこうして生徒たちの登校をチェックしている。
「おはよう、藤谷さん。……ついでに由紀」
「『ついで』って何だよ、『ついで』って!」
 登校初日、日奈子とぶつかって気絶した時に俺を学校まで運んでくれたのがこの由紀で、次の日に一応お礼を言っておいたが、それから六日経った今ではそんなことお構いなしにお互いタメ口で話すようになっている。
 なんかそういうキャラなんだよな〜由紀って。
「『ついで』だから『ついで』なんだよ。……そんじゃ、せいぜい頑張ってくれお二人さん」
 俺は由紀が眉間にしわを寄せ拳を握り締めているのを気にすることもなくそそくさと駐輪場へ。
「こらまて橘〜!!」
 由紀が叫んでも、いつものことだから気にしない。
 念のために振り返ってみると、日奈子が由紀を必死になだめていた。
 ホント、いつ見ても仲が良さそうだ。

 駐輪場はいつもながら空いている。
 なぜかといえば、佐々原高校の生徒は電車通学の人が多いから。
 元が女子高だったから、結構特殊な人……と言うと言い方が悪いけど、特別な理由がある人じゃないかぎりは近所に住んでる中学三年生が佐々原高校を進学先にすることはなかったらしい。
 そのおかげでだいたいの生徒は電車通学ってわけだ。
 まぁ、自転車で通っている俺からしたら駐輪場が空いていることは悪いことではない。
「…にしても『VIP止め』しても問題なさそうなくらいに空いてるなぁ」
 俺が、実際にそれを行っている状況を思い浮かべながら呟いていると、
「あんたねぇ、そんなことしていいわけないでしょ〜に。しかも自転車で『VIP止め』って、よくそんなどうでもいいこと思いつくねぇ」
 聞き覚えのある声が自転車を押す音と一緒に背後から近づいてくる。
 振り向くと、そこでは我がクラス『1−B』のクラス委員長である泉川香織が呆れた顔を見せていた。
 コイツは容姿こそ委員長っぽいが、委員長のくせに口がやけに悪い。
 なにせ、あの登校初日に俺に対して質問をしてきたのがこの泉川なんだから。
 黒でセミロングのストレートヘアーで、本来キリッとしている目にメガネを掛けている香織は、クラスの皆からは『委員長』とか『ずみちゃん』とか言われているが、どうも俺はそう呼ぶ気にはなれない。
 まぁそもそも俺自身があまり人のことをあだ名で呼んだりしないからかもしれない。
 例えば日奈子だって『ヒナ』って呼ばれてるし、由紀は『ユキ姉』って呼ばれているが、二人のことをそう呼んだことなんて一度もない。
 ……まぁ、まだ佐々原高校に通いだしてから一週間しか経っていないんだから、そう簡単にあだ名で呼び合う関係になんかなれやしないか。
「わるかったな。……それはそうと珍しいじゃん。泉川がこの時間に登校だなんて」
「まぁね。ちょっと忙しくて昨日寝るの遅かったんだ〜。だから朝起きるの遅くなっちゃって慌てちゃったよぉ」
 ふと泉川の髪を見ると……確かに慌ててたんだなぁと確信できる。
 俺の視線に気付いたのか泉川は自分の髪に手を当て、
「げっ、もしかして寝癖ある?」
 と、ちょっと顔を赤らめながら聞いてきた。
 俺が頷くと泉川は必死になって寝癖を直そうとするが、寝癖の位置をつかめないらしく一向に直る気配はない。
「ねぇ、ちょっと寝癖の位置教えてくれない?」
 泉川がいきなりだったがとても真剣に聞いてきたから、俺は仕方なしにマウンテンバイクに鍵を掛けてから泉川の正面に立ち、寝癖の位置を指差してやる。
 ……だが、俺が指差しても泉川からは見えないらしく、結局、泉川の提案で『俺が泉川の手を寝癖の上に乗せる』という作戦を決行することになった。
 俺は意識を最大限に集中する。
 なにしろこれから女性の手に触れるんだ。何とか意識を保てるようにしなければならない。
 ゆっくりと泉川の腕を持って、手を寝癖の位置へと誘導する。
 所要時間――十秒。
 なんとか作戦は無事終了。
 泉川も無事寝癖を直すことが出来て満足そうだ。

 キーンコーンカーンコーン……。

「やばっ!!」
 突如聞こえてきたホームルーム開始5分前の予鈴に俺と泉川は慌てて校舎の中へと向かっていく。
 なんだかんだで結構長い間話してしまっていたみたいだ。
「まったく、橘のせいで走らなきゃいけなくなっちゃったじゃない!!」
「何で俺のせいなんだよ!?」
 走りながら昇降口に入り、急いで上履きに履き替える。
 周りでは、いつもギリギリで登校してくる生徒たちが同じく急いで教室を目指していた。
「橘が私の寝癖なんか見つけるからじゃない!」
「なら寝癖ついたまま教室に入りたかったか?」
「うっ……それはイヤかも……」
 一段抜かしで階段を上り、目指す1−B教室までは後少し。
 背後を確認するが、まだ泉川は階段を上りきっていないらしく姿を見ることは出来ない。
 このまま教室に入ってもいいけど……どうしようか……。
 迷ったが、結局泉川を待つことにした。
 まぁ、大して待つわけでもないし、そのせいで遅刻するほど残り時間が少ないわけでもないし。
 意を決すると、階段のある場所から徐々に泉川の姿が見えてきた。
 息を切らしながら階段を上りきり、こちらへと向かってくる。
「ハァ、ハァ。…橘、早すぎだって」
 泉川は両手を両膝に乗せて前かがみになりながら、上目遣いで俺を見ている。
 俺も泉川も着ている制服は汗で濡れていて、皮膚にピタッとくっついた状態になっている。
 泉川を見下ろすと、背中にライトグリーンのブラジャーのラインがバッチリと確認できてしまい、なんだか恥ずかしくなってしまう。
 ……自分で言うのもなんだが、『女性恐怖症』である俺は女性と接触することを避けつづけてきたせいで、女性に対する免疫がほとんど無い。
 だから今みたいなちょっとしたことでも、何だかイケナイことをしてしまっているように感じてしまうんだ。
「どうしたの? …もしかしてまた寝癖?」
 背中を見ていたのを寝癖を見つけたと勘違いしたのか、泉川は身体を起こして髪の毛を気にしている。
 直立状態になると、胸の膨らみを覆っているブラジャーが背中ほどではないが確認でき、俺は思わず後ろを向いて目をそらしてしまう。
 泉川は俺の不自然な行動を見ると、訝しげな表情を浮かべながら俺の方に向かってくる。
「何、どうしたの?」
「い、いや、なんでもない」
「…ホントに?」
 俺の言葉に不安を覚えたのか、泉川は俺の肩に手を乗せて聞いてきた。
 身体がビクッと震え、瞬時に冷汗が湧いてくる。
「ホントだって!!」
 俺は思わず声を荒げて泉川の手を払いのける。
 しかし、勢いが良すぎたのか泉川を跳ね飛ばす形になってしまい、足場を失ってその場に倒れてしまった。
「イタタタ……」
 俺は慌てて振りかえって泉川の無事の確認を試みる。
 ……しかし、無事じゃなくなったのは俺の方だった。
 倒れた泉川は横向きに倒れていて、頭の向きは階段方向――つまり俺のいる位置から反対方向。メガネは外れて少し離れた場所に飛んでいたがレンズは割れていない。パッと見て外傷は無さそうだ。
 だがそのことに対する安心感を得る前に、俺にとっては強烈なインパクトを脳裏に焼き付けられることになったんだ。
 泉川の制服のスカートがめくり上げられた状態になっていて、見事にブラジャーと同じライトグリーンのショーツがあらわになっていた。
 太くもなく華奢でもない脚線と相俟って艶かしくも見える。
「わ、悪い。大丈夫か?」
 俺は気が遠くなるのを何とか押さえながら声をかけた。
 泉川は体勢をうつぶせの状態に変えて、膝と両手を床に突いて顔だけをこちらに向ける。
「うん、大丈夫。…ちょっと肘がズキズキするけど…多分打撲」
 自分の状態を説明してくれているが、俺の頭には全然入ってこない。
 お尻を突き出して顔だけこちらに向けた格好だなんて、まるでちょっとヤバめなグラビア雑誌でグラビアアイドルがしている格好みたいだ。
 狼狽している俺をよそに、泉川は自分のあられもない姿に気付いていないらしく、片手を動かしながらメガネがどこにあるかを尋ねてきた。
 俺が急いでメガネを拾って渡すと、泉川はホッとした様子で受け取って早速着ける。
 そして、そのまま外傷がないかどうか自分の身体を確認し始めた。
 程なく泉川は自分があられもない格好をしていたことに気付いたようで、サッとスカートを下ろし、顔を真っ赤にして俺を睨みつける。
「………サイテー」
 泉川は小さな声だが重い言葉を残すと、そそくさと1−B教室へと入っていった。
「……ハァ」
 軽くうなだれて溜め息を吐く。
「朝から散々なことになってるな」
 突然の背後からの声。
 振り向くと、そこには1−Bの数少ない男子生徒の一人である辰巳誠人の姿が。
 誠人は男の俺から見てもパッと見カッコイイと思える、いわば『美形』と呼ばれる類の男だが、今の誠人は顔をにやつかせていて何だか気色が悪い。
 まぁ確かにコイツは見た目はカッコイイけど、性格はちょっと変なんだ。
「ホントついてないぜ、朝から」
「は? …何言ってんだよ橘。朝から我がクラスの委員長、泉川香織嬢の下着を拝むことができるなんて、相当ついてるじゃないか!」
 ……やっぱり変なヤツ。っつ〜か一部始終見てたのかコイツは。
 ホント、この性格が無ければ学校中のアイドルになってただろうに……。
「…何だその呆れ顔は。いいか、あの委員長のファンは結構居るんだぞ! 確かに強気で口が悪いところはあるが、容姿の面で見ればまず『美人』の部類に入るし、なにより重要なのはあのメガネだ! 『めがねっ娘』好きはこの日本に…いや、この町内だけでも五万といるんだぞ! つまりだなぁ……」
 俺は「町内に五万はいないだろ…」と反論したくなる気持ちを押さえつつ、これ以上誠人のペースに巻き込まれると俺自身までおかしくなりそうだから、力説してる誠人を横目に1−B教室へと逃げ出す。
「おい橘! まだ話は終わってないぞ!」
 誠人は自身の銀髪を振り乱しながら叫んでくるが、かまってはいられない。

 キーンコーンカーンコーン……。

 ふぅ、なんとか遅刻せずにすんだ。
 着席して周囲を見まわすと、風紀委員の日奈子と由紀、それと廊下にいる誠人以外の生徒はみんな着席していた。
 数分後、耶枝橋先生が教室に入ってきてホームルームが始まる。
「おはようございます。今日は特に学校のことで話すことはありません。……ところで、橘君」
「は、はひ?」
 窓外の景色を眺めていた俺にとっては予想外の呼びかけだったから、思わず変な声色で答えてしまう。
 周囲から小さな笑い声がこぼれる。
「ふふ、何て声だしてるのよ。…えっと、突然だけど橘君って今日の放課後空いてる?」
「え? ……まぁ空いてますけど」
 俺が不安になりながらもそう答えると、
「だってよ〜泉川さん。良かったわね〜」
 その言葉に泉川は満足そうな顔で頷く。
 ……………は?

 どういうことだ? …放課後が空いてることと泉川と、一体どんな関係があるというんだ。
 ……も、もしかしてさっきのことを気にしてて、放課後に俺をツブす気か!?
 あ、ありえる。『委員長』の権力を利用すれば仲間を集めることは容易いはず。
 きっと泉川は体育倉庫から金属バットを調達してくるだろう。
 そして、体育倉庫の裏で俺はその委員長軍団に……。

 ……なんてことを勝手に想像している間にも、耶枝橋先生は泉川との会話を続ける。
「で、結局参加するのは何人?」
「えっと、とりあえず先生を入れて十人です」

 なっ!? 泉川は耶枝橋先生まで味方につけているのか!!
 耶枝橋先生は小柄だけど体育を担当してるだけの力は持っているだろうし……って、それより10対1かよ!?
 ………勝ち目なんてこれっぽっちもないじゃねぇか。

 俺はもう、完全に失意のどん底に落ちていた。
 机の上に突っ伏して大きな溜め息を吐く。

「それで、どこでやるの?」

 耶枝橋先生の言葉が俺の身体に突き刺さる。
 『どこでやる』って……やっぱり『殺られる』のか……。
 ……逃げ出したい気分でいっぱいになる。

「あっ! ……すいません、決めてませんでしたぁ」
「えっ、そうなの? う〜ん…困ったわねぇ」
 泉川の言葉に、耶枝橋先生はあごに手を添えて悩んでいる。
 頼むからそんなに真剣に悩まないでくれよ……。
 俺がそんなことを思っていると、風紀委員の仕事を終えた日奈子と由紀が帰ってきた。
 それを見た耶枝橋先生は、現在進行中の話題を二人に伝える。
 すると、それを聞いた由紀がとんでもないことを言い出した。
「じゃあ、橘の家でやればいいんじゃないですか?」
 それを聞いた耶枝橋先生と泉川は「なるほど!」と頷く。
 俺は慌てて、
「ちょ、ちょっと待ってください! うちでやるって……い、いったい何をですか?」
 恐る恐る耶枝橋先生に向かって尋ねる。
「ふふ、気になる? …まぁそれは後のお楽しみってことで、それより橘君のお家にお邪魔しても大丈夫かしら?」
 意味深な笑みを浮かべながら答える先生に、更なる不安感を抱く。
「…まぁ大丈夫だとは思いますけど……でも家の場所がわからないんじゃないんですか?」
「あぁ、それならあたしとヒナが知ってるから大丈夫だよ」
 泉川はそう言って日奈子の方を向く。
 日奈子は俺の方を向いて、遠慮ぎみな笑顔を見せる。
「それじゃあ決まりね。参加者は放課後教室に残っているように。それじゃあホームルームを終わりにします」
 耶枝橋先生はそう言うと、素早く教室を出ていき、教室内はにわかにざわめきだす。
 ふと泉川と目が合うと、泉川は俺に向かって、
「あ〜楽しみ〜、早くやりたいなぁ」
 と、満面の笑みで言ってきた。
 ……俺には笑顔の裏に何かを隠しているように見えて仕方がなかったが。

 俺のコンディションは朝から一気にグリーンからレッドに移行しつつあるようで、全く気力が湧いてこない。
 泉川には嫌なイメージもたれちまったし、その泉川を中心に何かたくらんでるみたいだし……。
 もしかしたら女子の方がこういうときの団結力は強いのかもしれない。
 なにせ先生まで味方につけているくらいだからな。
 それにさっきの話し振りからして、日奈子や由紀も参加するみたいだった。
 もしや今になって登校初日の接触事故の恨みを晴らそうとしてるのか!?
 しかもそれを家でだなんて……。
 まさか、俺を女子たちの奴隷にするつもりなのか!?
 圧倒的な数的有利に立っているのだから、それくらいのことは容易いはずだ。

* 「ねぇ橘君、悪いことは言わないから私たちの奴隷になりなさい」
*  泉川がそう言いだして、
* 「可愛がってあげるわよ〜」
*  耶枝橋先生がそれに合わせる。
* 「言うこと聞かないとこのムチで叩きまくるぞ!」
*  と、由紀がSMチックな格好で現れ、俺の背中を気持ち良さそうに叩く。
*  そして……。
* 「奴隷にならないっていうなら、『あのこと』ばらしちゃうわよ〜」
*  と、日奈子が決定的なダメージを俺に与えるんだ……。

 い、嫌すぎる〜!!
 だ、誰か俺を助けてくれ〜!!


 ===あとがき=====

 やっと第3話をお届けすることができました〜。
 …はっきり言って、最後の方かなり適当気味です(汗)
 中々区切るところが見つからないうちに文字数だけが増えていっちゃったので、なんとか1万文字に到達する前には区切れるようにしようと努力した結果がこれです(泣)
 卒業論文に追われる毎日で、テンパってるのかもしれません。
 も、もしかしたら最後らへんの部分、そのうち修正するかもしれません(汗)

 まぁ、それはともかくとして、新しいキャラがまた登場しました!
 泉川香織と辰巳誠人。
 どちらもそれなりに個性のあるキャラにすることが出来たんじゃないかな〜って思ってます。
 泉川は委員長でめがねっ娘だし、誠人は数少ない男キャラだし…でも変なやつだけど(汗)
 とにかくストーリー自体もそうですけど、アナタにとってのお気に入りなキャラクターが存在してくれると、私としては嬉しいです♪

 さて、泉川による謎の計画……いったいその正体は!?
 そして翔羽は女子たちの奴隷にされてしまうのだろうか!?
 はたして、運命やいかに!!
 ますます面白くなっていく(…といいなぁ〜)らぶ・ぱにっく、第4話を請うご期待!!

 2004/01/09 17:40
 あらゆるもので散らかり放題の自室より。



ひとことメールフォーム
(コメント未記入でも、送信可能です♪)
※返信は出来ません。ご了承ください。




>>前のページへ<< ■ >>次のページへ<<