「会輪倶楽部『紅茶のおいしい喫茶店が出すロイヤルミルクティーの話』」

書き込み寺共同企画 第11回作品 テーマ:「茶(紅茶)」 

 私立佐々原高校は、昨年度まで女子高で女子生徒の数が全学生の九割を占めるということを抜かせば、ごくごく普通の高等学校だった。特に秀でている部分があるわけでもなければ、極端に劣っている部分があるわけでもない。――そう、普通の高等学校なのだが、そんな佐々原高校では少し変わった噂が学生たちの間で流れていた。

『――誰が発起人というわけでもなく、極上の会話を求めて夜遅く学校に集まる生徒がいて、各々が仕入れた話を披露し合っている』

 何とも面白みに欠ける内容ではあるが、何故かこの噂が耐えることはなく、また、ほとんどの生徒が事実であると信じていた。その要因は二つあり、一つは実際にその現場を見たという証言が多くあること。そしてもう一つは、生徒たちが披露しているらしい会話の内容が、事細かに噂の中で語られているということ。
 噂の中で語られる、会話を求める生徒たちの集まり。その集団のことを、噂を信じる生徒たちはこう呼んでいた。


 『会輪倶楽部』と――――。


 * * * * *


「R'xの近くに喫茶店があること、知ってる?」
 佐々原高校三年F組、南 夏希は、常夜灯に照らされた佐々原高校正門に寄りかかっている数名からなる集団に向けて、そう切り出した。その声は夜気に溶け、瞬時に霧散する。
 だが、声は確かに届いていたようだ。無言の集団が、首を振ることで各々回答を表現している。首を縦に振る者は、一人もいない。
 夏希はその様子を見ると、満足げに微笑んだ。夜気を軽く吸い込み、仄かに白い息を吐く。
「あそこは小さな路地を通らないと辿り着けないから、わかりにくいのよね。ちょうどR'xの裏手あたりにあるんだけど」
 R'xは、佐々原高校正門前を通る駅前大通り沿いにあるライブハウス。地元出身のインディーズバンドたちの活動の場だ。音楽好きの若者にとっては楽しめるスポットだろうが、その裏手にあるという喫茶店の経営者にとってみれば、そこから流れ着く大音量は環境問題と化しているだろう。そんな場所に喫茶店など存在するのだろうかと、集団は各々微妙な表情を見せている。
 それに気付いたのだろう。夏希は小さく間を置いてから、言葉を続ける。
「その喫茶店、あまりお客さん来ないみたいなんだよね。休日でも、一日通して十人以上来たら良いほうみたい。でも、けして味に問題があるわけじゃないのよ。やっぱりちょっと場所が悪いんだと思う。そこのご主人が、すっごく紅茶にこだわる人でね――」
 夏希は快活に口を動かしながら、自らの体験談を披露する。


 * * *


 別に目的なんてものはなくて、ただ、休日の昼、穏やかな日差しを浴びたくて、あわよくば何か新たな発見を期待して、私は手ぶらで駅前大通りをふらっと歩いていたの。風が無くて、日差しの暖かさを常に感じられる日だったわ。ただ、人通りの激しさが気分を盛り下げる材料になっちゃってて。まぁ、駅前大通りじゃなくて他の場所に行ってれば良かったんだけど……まぁそこらへんは気にしないで。本当に何の考えも無しに出掛けてたから。
 R'xの前で「今日のライブは夕方からかぁ」なんて呟きながら、私は雑踏から逃れられる道を探していたの。そしたら、すぐ目の前に小さな路地があるじゃない。もう誘われるように入っていったわ。
 路地に入ると、何だか一昔前の世界に迷い込んだかのような光景が広がってた。木造平屋建ての家々、軒先に並ぶ植木鉢、そそくさと道を横切る野良猫。もちろん、辺り一体全てがそんな景色なわけじゃないんだけど、それでもそんな風に思わせたのは、駅前大通りとは明らかに違う匂いがそこにあったから。

 ――思わず目を瞑って嗅覚に全神経を集中したくなるような、鼻腔をくすぐる爽やかで少し甘い紅茶の香り。

 大げさに聞こえるかもしれないけど、すごく衝撃的だったの。『こんなにも魅力を感じる香りに出会ったことは無い』って思うくらいに。
 体は正直で、当然のように香りの発生源を目指して歩いてた。そして、すぐにその場所は見つかった。
 そこは民家に挟まれひっそりと建つ、小さな喫茶店だった。お客さんが帰るときに閉め忘れたのか、扉は見事に開け放たれている。香りは、間違いなくこの喫茶店の中から流れ出ている。私は香りに導かれるまま、何の躊躇いも無く喫茶店の中に足を踏み入れた。
 喫茶店に入ると、紅茶の香りはより強くなって私の身体を包み込んだ。扉を閉め、喫茶店という名の紅茶風呂に身体を浸す。
「――申し訳ないんだけど、扉の前で立ち往生は勘弁してくれないかな」
 突然の声に、私は慌てて奥の方へと小走りに移動。周囲に注意を払う余裕が無くて、気が付いたときには誰かに思いっきりぶつかっちゃってたの。何かが割れる音が、喫茶店内に響き渡る。
 体勢が崩れたのを認識していた私は、間違いなく床に倒れて身体のどこかを打ったと思っていたけど、痛みを感じることは無かった。むしろ、何かに包まれているような感触が――。
「大丈夫かい?」
 至近距離から声が聞こえた。ゆっくりと、閉じていた瞳を開く。
 視界に映ったのは、白い長袖シャツの上にベージュのエプロンを着た男性だった。年齢は、外見から判断するに二十代半ばといったところ。中々のイケメンで、私は頷きながらも思わずその顔をぼんやりと眺めてしまう。
「あの、大丈夫なら、そろそろ身体を起こしてもらえるかな? さすがにそろそろキツいんだ」
 思えば、何かおかしかった。さっきから男性の顔を眺めているんだけど、何だか見下ろされているような感じだし、それにずっと背中に感じる温かさはいったい何なんだろうか。
 ふと視線を逸らす。そこに見えたものを認識した瞬間、私は今自分が置かれている状況を理解した。
「ご、ごめんなさい。すぐどきます!」
 視界に映ったのは一面に広がる天井だった。
 この男性にぶつかってしまった私は、その反動で体勢を崩してしまう。だが、この男性が素早く私の背中に腕を回して支えてくれたおかげで、床への激突を免れた。――これが、一連の経過だろう。
 しっかりと自分の力で立ち上がった私は、とにかく男性に向かって頭を下げるしかなかった。どう考えても、非があるのは私の方だったから。――と、そのとき、私は新たな非を見つけてしまう。床上には、割れたティーカップと良い香りを今も放ち続ける紅茶が散っていた。
 制御の利かない焦りが、私を強制的に混乱へと導いていた。数秒の沈黙の後、なんとかとるべき行動を見出し、男性に謝罪を繰り返しながらティーカップの破片を拾い始める。
「あ、僕がやるから大丈夫だよ」
 男性はそう言ってくれるが、そういうわけにはいかない。
「いえ、私が悪いんですから。……本当にごめんなさい!」
「でもお客さんにやらせるわけには――」
「私がやります!」
 有無を言わさない勢いで放った言葉が聞いたのか、男性は観念した様子で、
「……わかった。それじゃあ、せめて素手でやるのは止めてくれるかな。怪我をさせるわけにはいかないからね」
 そう言って、私に雑巾とバケツを用意してくれた。
 床の清掃をしながら、おもむろに周囲を見回してみる。全体的に茶系の色で統一されている店内。壁面や卓上にはアンティーク調の物品が並び、座席数は少ないけど落ち着いた雰囲気があって、まさに喫茶店という場にふさわしいように思える。
 店の内装に気を引かれながらも、私は発見した事実に少なからずホッとしていた。不幸中の幸い、数席の座席に客の姿は見当たらない。どうやら、新たな被害者が増えることはとりあえず無さそうだ。

 十数分後、床上を綺麗な状態に戻した私の元に届いたのは、一杯の紅茶だった。男性が、遠慮の言葉を聞き入れずに「床を綺麗にしてくれたお礼」と言って差し出してくれたものだ。お礼もなにも原因を作ったのは私なわけで気が引けたが、そう思ったのも一瞬のこと。あの衝撃を与えてくれた香りが、カウンター席に座る私の目の前にある。その事実が、いとも簡単に思考を断ち切っていた。
 男性の「冷めないうちにどうぞ」という言葉に従いそっとティーカップを近づけると、期待通りの香りに、まるで紅茶との会話が成立しているような錯覚を覚える。少し口に含んだだけで、至福の空間がここに生まれた。
「おいしい……」
 そうとしか、言いようがなかった。曖昧な言葉でしか、この至福を表現することはできない。
「ありがとう。気に入ってくれたみたいで、嬉しいよ」
 カウンター越しに、男性が満足そうに言った。無邪気ささえ感じる笑みに、思わずつられて微笑む。
「本当においしいです。それに、この香り。私、紅茶のことに詳しいわけじゃないですけど、こんなに良い香りのする紅茶に出会ったの初めてです。……やっぱり、何か特別な良い茶葉を使ってたりするんですか?」
「いや、別にそんなにたいそうな茶葉を使ってるわけじゃないんだ。良い茶葉を使えば必ず良い味・香りになるわけじゃない。入れ方一つで、いくらでも変わってしまうものなんだよ」
 私の質問に、男性は明瞭快活に答えた。そして使用したと思しき茶葉をカウンターに乗せて、さらに楽しそうに話を続ける。私は、お詫びの気持ちで嫌々というわけじゃなく、本心から男性の言葉に耳を傾けた。
「これがさっき使った茶葉なんだけど、これはわりと広く出回ってる。これを使った紅茶を出してる店はいくらでもあると思うよ。それでも、やっぱり店によって差が出る。その要因が、入れ方なんだよ。
 大事なのは温度と時間。少し差が出ただけで、驚くほど味にも香りにも違いが出るんだ。ティーポットは茶葉を入れる前に必ず温めて、後に注ぐお湯の温度を下げないようにする。お湯も沸騰してすぐのものじゃないと、紅茶の旨みと香りの成分を効率良く出せない。ティーポットにお湯を注いでからは、蒸らしの時間。うちの場合は、必ず四分間蒸らすことにしてる。紅茶の成分をちょうど良い具合に出すには、この時間を守ることが必須条件だね。それに、使う水も大事。水によっても、紅茶の成分を引き出す効率が変わるんだ。例えば、ヨーロッパの水源はほとんど硬水なんだけど、この硬水は抽出効率が悪い。ただ、けして硬水を使うことが悪いというわけじゃなくて、硬水には硬水の良さがある。抽出効率が悪いっていうのは、抽出される成分にむらがあるってことで、もともと癖の強い茶葉なんかには、この硬水を使ったほうがむしろ良かったりするんだよ」
 男性の専門的な話を、私は曖昧にしか理解することができない。でも、そのことを嫌に感じることはなかった。むしろ、壮大で心癒されるクラシックを聴いているような気分。紅茶の香りを楽しみながら、自然と目を瞑る。
「……あ、ごめんごめん。こんな話聞いても楽しくないよね」
 でも、その動作を誤認したのか、男性はカウンターに出していた茶葉をしまいながらそう言う。私は慌てて否定しつつ、誤解を解くために自ら質問を投げかける。
「あの、この紅茶は何ていう名前なんですか?」
「あぁ、これはヌワラエリヤっていう紅茶だよ。聞いたことないかもしれないけど、結構セイロン茶系のティーバッグに使われてたりするから、知らぬ間に飲んでたりしてるかもしれないね」
「へぇ。でも、本当に良い香り……」
 私が呟いていると、男性はふと気づいたように質問を投げかけてきた。
「……そういえば、何か飲みに来たんじゃないの?」
「え、あっ、その……ごめんなさい。ふらっと歩いてたら良い香りが漂ってて、つい入っちゃったっていうか……」
「はは、それは光栄だな」
「本当に今まで出会ったこと無い香りで、いったいどんなすごい紅茶なんだろうって――」
「――ま、その結果出会ったのが、こんな紅茶だったってわけか」
「こんなだなんて、そんなこと……」
「ふふ。でも、本当に嬉しいよ。まぁ、自分で言うのもなんだけど、あまりお客さん来ないからさ。しかもこんな可愛い子と話せるなんて、今日はツイてるみたいだな」
「えっ? あ、そ、そんな」
 男性の意表を突く言葉に、私はそんな言葉にもなっていない声を放つのが精一杯。笑顔を絶やさない男性を、直視することができない。
「そうだ、これも何かの縁だろうから、うちの『とっておき』を吟味していただこうかな」
「――とっておき?」
「そう、とっておき。……君はミルク嫌いだったりする?」
「いえ、そんなことはないですけど」
「良かった。それならきっと喜んでもらえると思う。じゃあ、早速準備するから――」
 そう言ってカウンターの奥へと消えようとする男性を、私は慌てて呼び止める。
「あのっ!」
「ん、何? 『とっておき』が何なのか気になる?」
「いえ…あ、いや、それも気になりますけど、それより私、今更ですけどお金持ってきてないんですけど……」
「あぁ、そんなこと。僕が勝手にしてることだから、気にしないで」
「でも……」
 私が渋っていると、男性はカウンターに身を乗り出して、私の唇にそっと指を添えてきた。
 驚く私に、男性は子供を諭すような声で囁く。
「僕の城に迷い込んできたからには、しっかり僕の言うことを聞いてくださいよ。……ね、可愛いお姫さま」

 ――何にも言えずに目を見開く私。そっと空のティーカップを持って、男性はカウンターから離れていく。喫茶店に新たな来客が訪れる様子は、未だ無い。


 どれだけの時間が経過したのか、全くわからない。何故か治まらない鼓動の高鳴りだけが、確かな時間の経過を知る要素だった。
 喫茶店内には、最初に出た紅茶の香りとは明らかに違った香りが漂っていた。何か、幻想の世界に入り込んだ錯覚さえ覚えるような、まろやかな感じ。……ん〜、やっぱり上手く表現できない。でも、心地良い香りだということは確かだ。紅茶の香りだというのに、眠気すら覚える。
「――だいぶ待たせちゃったみたいだね」
 ふと聞こえてきた声に、いつの間にか閉じていた瞳を開く。眼前には、優しい微笑みを見せる男性の姿が。そして男性の手にあるのは、きっと『とっておき』だ。
「い、いえ、そんなことないです!」
「そう? それならいいんだけど」
 男性はそう言いながら、『とっておき』をカウンターの上に。漂っていた香りが、まるで自分から発生しているんではないかと思うくらいに私を包む。
「これが、うちの『とっておき』。――ロイヤルミルクティーさ」
「ロイヤルミルクティー……名前は聞くけど、普通のミルクティーと何か違うんですか?」
「ミルクティーっていうのは、その名のとおりミルクを使った紅茶、その総称だよ。ミルクティーには入れ方によっていくつか種類がある。ストレートティーに直接ミルクを注ぐオーソドックスなのがイングリッシュミルクティー。まぁ、一般に言うミルクティーはこれのことだね。そして、茶葉そのものをミルクで煮込む入れ方のものをロイヤルミルクティーって呼ぶんだ。正確に言うと、ロイヤルミルクティーっていう言葉は日本にしかなくて、実際はシチュードミルクティーって呼んだりする。……ごめん。また難しい話になっちゃってるね」
「あ、いえ、私が聞いたことですし」
「ありがとう。さぁ、早速飲んでみて」
 男性に勧められるままに、私はロイヤルミルクティーを口にした。――途端、私はティーカップをカウンターの上に戻した。
「ん? どうしたの? ……もしかして、口に合わなかった?」
「あ、いや、そうじゃなくって……」
 そう、そんなんじゃない。もったいなかったんだ。ティーカップの中にある一滴の集まりを、簡単に涸らしてしまうのが。
「おいしい……です」
「そう、良かった。――そうだ、君に一つ、良いことを教えてあげるよ」
「良いこと?」
「あのね、ロイヤルミルクティーには不思議な力があるんだ。……ちょっとカップを持たせてもらうね」
 男性はそう言いながらティーカップを手に持ち、どこからともなく剥き出しの角砂糖を取り出す。角砂糖は湿気のせいか、二つがくっついた状態だ。
「ちょっと甘くなっちゃうけど、大丈夫?」
「え? はい、大丈夫ですけど……」
 私がそう呟くと、男性は少しホッとした表情を見せる。そして、ゆっくりと角砂糖をロイヤルミルクティーの泉へ。――波紋がとろける。
「角砂糖を入れて、こうやってゆっくりとかき回すんだ。――さぁ、改めて。今度は最後まで飲んでみて」
 男性は、またまたどこからとりだしたのか、ティースプーンでゆっくりとロイヤルミルクティーをかき回し、私の前へと差し出す。甘い香りに、頭が軽く麻痺しているかのように感じた。
 今度は躊躇うことなく、私はロイヤルミルクティーを口に含む。結構な糖分が混入したはずなのに、甘ったるく感じないのは何故だろうか。
 ロイヤルミルクティーはみるみるうちに私の身体に染み渡り――――。
「あっ……」
「――どう? 不思議な力、あったでしょ?」
 私は、カウンターに戻したティーカップの中を、夢見心地に眺めていた。

 ――ティーカップの中には、控えめながらもしっかりとした光沢を見せるパールのイヤリングがあった。

 どういった言葉を放てばいいのか、どういった行動を起こせばいいのか、私にはサッパリわからなかった。いや、そういったことを思考することなどできなかった。
 呆然としている私に、男性はティーカップから取り出したパールのイヤリングを差し出す。
「これは、僕からのささやかなプレゼント。こんな小さな喫茶店に迷い込んでくれた君へのね」
「……わ、私、もらえませんよ」
 ぼやけた意識の中何とかそう返すが、男性が引くことはなかった。
「まぁ、そう言わずに。……君に、受け取ってもらいたいんだよ」
 断ることなんて、できなかった。男性の、全てを見透かしているような笑みを真正面に受けてしまっては。私は差し出されたイヤリングを、しっかりと受け取った。


 何というか、現実にいる心地がしない。もう、この喫茶店は異世界だ。そう断言したくなるほどに、私の意識は浮いていた。ゆっくりとカウンター席から離れる行動に、力が入らない。ロイヤルミルクティーの甘い香りは、未だ店内に漂い続けている。
 それでも何とか扉の前まで辿り着き、現実への入り口を開く。入り込む外気が、急速に世界を塗り替えていく。
 私が外の世界へ一歩足を踏み出したとき、店内から男性が慌てて近づいてきた。その手には、何やら小さな包みが握られている。
「これ、おみやげに持っていって。君が気に入ってくれた、ヌワラエリヤの茶葉だよ」
「そんな……これ以上もらえません。ただでさえお金ぜんぜん払ってないのに」
「いいから……ねっ」
 男性のどこか懇願しているような表情に、私は断ることを諦めた。そうせざるを得なかった。
 男性は、私が茶葉を受け取ったのを確認すると、始めて見せる真剣な表情をした。思わず、ピッと姿勢を正してしまう。

「えっと、もし良かったら……今度また、いつでもいいからうちに来てくれないかな。その……もう片方のイヤリングを取りにさ」

 男性の照れた表情が、やけに微笑ましく見えた。気持ちが、ゆらゆらとゆらめく。――私は、微笑を返しながらこう返した。

「はい、またおいしいヌワラ何とかとロイヤルミルクティーをいただきに来ます!」


 男性に別れを告げ、私は上機嫌に路地を歩く。駅前大通りに出るのは気が引けたが、このまま路地を歩き回っていたら、いったいどこに辿り着くのかわかったもんじゃない。
 仕方なしに、私は駅前大通りへと足を向けた。あっという間に辿り着き、あの気分を盛り下げる雑踏が、私の眼前を往来する。
 さっきまでの体験を全否定するような、その光景。それが、嫌だった。何とかあの喫茶店の残滓を見出したくて、私は男性にもらった包みを開く。
 途端、あの衝撃を与えてくれた香りが漂い、私の気持ちを落ち着かせてくれる。――と、
「……あれ? なんだろう、これ?」
 包みの中にはヌワラエリヤの茶葉だけではなく、丁寧に折られた一枚の紙が入れられていた。気持ちがはやるのをしっかりと感じながら、私はその紙を開く。
 そこには、『おいしい紅茶の入れ方』が手書きで丁寧に書かれていた。イラストも描かれていて、とてもわかりやすい。
 紙の最下部には、あの男性と喫茶店の名前が書かれていた。『そういえば名前も知らずにいたんだっけ』と、今更になって気付く。
 ――けど、書かれていたのは、それだけではなかった。紙の、本当に端の端に、何とも控えめに書かれた言葉。私はその言葉に、今まで感じたことのない感情を抱く。

 そこに書かれた言葉は――――。


 * * *


「――私の話はこれでおしまいよ」
 夏希は軽くはにかみながら、そう言って話を閉めた。中途半端に終わった会話に、正門に寄りかかる集団は揃って不満を漏らす。
 だが、夏希は全く動じなかった。集団に向けて、緩やかな言葉を差し出す。
「まぁ、何が書かれてたかなんてどうだっていいことよ。それより、皆、あのロイヤルミルクティーを飲みに行ってみな。――きっと、不思議な力で何かが起こるからっ!」

 ――そっと夜風が通り過ぎる。夏希の身体から、甘いロイヤルミルクティーの香りが流れていった。


 * * * * *


 会輪倶楽部。
 それが、本当に実在するものなのかはわからない。
 だが、確かなことはある。

 まだ、学校に集まる生徒たちによる会話は続いていく――――。







 ってことで、書き込み寺企画作品、第2弾です。
 テーマが『茶(紅茶)』……ま、オーソドックスな感じになったのかな?
 えぇ、まぁ今回もいろいろな要素を盛り込んでみたつもりではあります。
 某作品の世界観をつかってみたり……ね(笑)

 『会輪倶楽部』。
 これは、シリーズ化いたしま……しょうか?
 全く持って未定でございます。
 まぁ、要望しだいってところ……ですかね。
 そんな要望、来るのか?
 ま、まぁそんな感じです。(汗)

 2005/04/05

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