……そこはまるでゴミ捨て場のようなところだった。
ここは『家の中の一つの部屋』なんだけど……とても部屋には見えないんだ。
あたり一面に鉄屑みたいなのが散らばってて、足の踏み場もないように思えちゃう。
一応『テーブルらしきもの』や『ベッドらしきもの』や『クローゼットらしきもの』はあるんだけど、鉄屑みたいなのの中には変な形をした機械みたいなものばっかりある。……なんに使うものなのかはさっぱりわからないけどね。
そんな部屋に、今、人が四人も入っているんだ。
僕とエリアとクレストとティン。
…ラーデさんは「エルフィンとラダの復旧作業を一日も早く完了させたい」っていう理由でエルフィンで別れてきた。
まぁそれはともかく、広い部屋だったらまだいいけどさっきから言ってる通りにすっごい部屋だし、それほど広くもないし……
ものすご〜〜く窮屈。
この窮屈な部屋で、僕たちは『説明攻め』に合っていた。
「これはですね、『マジックハンド君』って言う物なんですけど、見た目は普通の『マジックハンド』、でもこの『マジックハンド君』はただの『マジックハンド』違うんです!!なんと、この『マジックハンド君』は曲がるんですよ!!しかも普通の『マジックハンド』の約五倍リーチがあるんです!!」
「はぁ、そうなんですか」
「そうなんですよ!で、こっちのほうはですね、『風マシーン1号』って言う物なんですけど、これもすごいんです!上下左右、好きな方向に好きな程度の風を発生させることが出来るんですよ!!ほら、見ててください!!」
ブォォォン!!
風マシーン1号は勢いよく上に向かって風を発生させた。
「キャアアア!!」
「……おっ♪マリリンモンローも真っ青♪」
……風はクレストの、スリットのついたスカートを見事に舞い上がらせていた。……中身もバッチリ見えちゃった。
バコッ!ドカッ!!
何だかわけのわからないことを口にしていたティンに、どこからともなく容赦ない突っ込みが入っていた。
「ひぃぃぃ!!……イテテテテ……で、これは……」
「いいかげんにしてくださいよ!ティン!!」
突っ込みをくらってもめげずに一生懸命、機械みたいなものの説明をしていたティンをフォーテが叫び止めた。
「えっ?何ですか、フォーテ?」
「『何ですか』じゃないですよ!…いいですかティン!セイルやエリアやクレストはあなたの"ワガママ"のためにわざわざレナン国への入国を遅らせてくれているんですよ!!それなのにあなたは!自分が作ったガラクタの説明ばっかりして!!」
「別にいいじゃないですかフォーテ。せっかく皆さんに来てもらったんですからこれくらいの事はしてあげないと……」
「だからそれがありがた迷惑だっていってるんですよ!!何でそんなこともわからないんですかティンは!!だいたい『どうしても持っていきたいものがあるから一度私の家によってくれませんか?』だなんて、身勝手すぎますよ!!あなたはこのメンバーの中で一番年上じゃないですか!!少しはそれらしい態度を取ってくださいよ!!!」
「い〜かげんにしなさいよ〜!!二人とも〜〜!!!」
ティンとフォーテの二人を止めたのは、やっぱりセレスだった。
「!!!……は、はい」
二人の声がぴったり合う。
……ティンとフォーテの二人と一緒に行動するようになってから、セレスが『オニババ化』する回数が増えてきてる。ってゆ〜か『オニババ化』するようになったのは二人が来てからなんだけどね。
「で、お兄ちゃんは何を持っていく気なの?」
…こう言ったのはエリアだ。
何故か知らないけど、エリアはティンのことを『お兄ちゃん』って呼ぶ。
まぁ一番年上だし、問題はないと思うけどね。
「あぁ、それはもう決めているんですよ」
ティンはそう言うと鉄屑の中に向かって叫びだした。
「ラック1号〜!!」
……すると、鉄屑の中から丸っこい機械が飛び出してきた。
そして、いきなり喋りだしたんだ!!
「はいな〜!!お呼びですか?ティン様」
『ラック1号』と呼ばれた丸っこい機械は、まるでボールみたいだった。
人間でいう体の部分が球体になっていて、その球体に猫のような耳と、同じく球体の手(手といっても手首から先だけ)と、足(足といっても足首から下だけ)が着いている。そして、体の球体にはそれぞれ円形の目と鼻と口が着いている。後ろには尻尾も生えていた。
「あぁ、お呼びだよラック1号。私たちはしばらく出かけなきゃいけなくなったんだ。だからこの家にもしばらく来なくなる。…君には一緒に来てもらいたいんだよ」
「……ティン様〜〜!!私はとっても幸せ者です!!どこまでもお供いたしますよ〜!!!」
………これってホントに機械なのかなぁ?
ってなわけで、新たにラック1号が仲間になったのでした。
結局、僕たちがレナン国に入国したのは通行証が発行されてから四日後のことだった。
目指すは都市シャント!
……でもそのシャントってどこら辺にあるんだろう?
国境門から近いのかなぁ?
そう思って、そのことをクレストに聞いてたら、
「シャントはレナン国の東端の方にあるの。だからここからシャントに向かうにはレナン国を横断しなきゃいけないのよ」
そうクレストが教えてくれた。
エリアが「う〜、そうなの〜?」と、うつむきながらうめいていると、
「でも、ここからすぐ近くの場所にある『クレッシェンド』という町に、思いを込めた花束を投げ入れると願いが叶うことで有名な泉があるらしいですよ。よかったらそこに寄ってみませんか?」
「行く!絶対に行く!!」
ティンのその言葉を聞いてエリアは一気に元気いっぱいになっていた。
まだ行くって決まったわけじゃないのに、もう行く気満々みたい。
僕達のとりあえずの目的地は『願いの泉』の町『クレッシェンド』に決まった。
……でも、すぐ近くってどれくらいなんだろう?
ポタッ、ポタッ、ポタッ、
着用している衣服から滴り落ちる水滴の音を嫌というほど聞きながら、ひたすら山道を歩く人影があった。
ボルドー色の衣服は、水を吸収してなお濃い色になっている。
……ティンの『タイダルウェーブ』をもろに受け、津波と共に流されていたダークエルフのディーネである。
ディーネは人の気配が全くしない山道をひたすら歩いていた。
木々に囲まれているせいか、衣服はなかなか乾かないようだ。
『フライ』の魔法を使って空から移動すれば、早く移動できるし衣服も乾きやすくなっていいんじゃないか、と思うかもしれないが、『フライ』の魔法は精神力の消費が激しい。浮いているうちは常に精神力を消費している状態なのだ。魔法を専門に扱うものにとって、精神力の枯渇は最も恐れるべき自体なのである。
だからディーネはなるべく精神力を消費しないようにしているのだ。
「あの青髪の男!次に会った時にはただじゃ済まさないからね!!」
ディーネは決意みなぎる表情で言った。
「…クシュン!」
……だがその前に風邪をひきそうなディーネだった。
…僕はすごくびっくりしていた。そして緊張している。
クレッシェンドに向かう途中の林道。
眼前には巨大な蟻、ジャイアントアントの集団が現れていた。
ジャイアントアントは体長が1m60〜70pくらいあって、赤茶っぽい色をしている。
普通の蟻が、瘴気などによって巨大化、凶悪化したものがこのジャイアントアント。
別にジャイアントアントが現れたことにびっくりしたわけじゃないんだ。
ジャイアントアントが現れることは、今となってはそんなに珍しいことじゃないから。
でも………ちょっと多すぎだった。っていうか、集団になっていること自体が異常なことだった。
普通、ジャイアントアントは…というより、いわゆる魔物は単体で行動している。
それは本来『集団で行動するということを元からしないから』という訳じゃなくて『集団で行動をするほど仲間がいないから』なんだ。
でも実際そんな魔物が、今回はジャイアントアントが5匹も集団で行動している。
「…瘴気の量が急激に増えているのかもしれないわね」
クレストは苦虫を噛むような表情で言う。
…実際、そうとしか考えられない。
瘴気が増えない限りこんなに異常発生することなんてありえないんだから。
瘴気が増えて、魔物の数が増えたってことは……
「…『世界を脅かすもの』の力が全快に向かってきているということでしょうね」
セレスがリュックの中から震える声でそう答えた。
会話をしている間にも、ジャイアントアントはその鋭い牙をガチガチと鳴らしながら僕達の方にゆっくりと向かってくる。
「とにかく、こいつらを何とかしなきゃね」
「そうですね」
クレストは剣を構えジャイアントアントに向かって飛び出し、ティンは何やら詠唱を始めた。
「エリア!僕達もっ!!」
「わかってる!!」
僕はクレストの後を追うようにジャイアントアントへ向かい、エリアはティンの横で詠唱を始める。
最初に攻撃を仕掛けたのはクレスト…ではなくジャイアントアントだった。
近づいてくるクレストに向かって、自慢の牙で攻撃を仕掛けたんだ。
牙はクレストの首めがけて襲いかかってきたんだけど、クレストはそれをすかさずかがんでかわし、その態勢のまま剣をふるう。
キィィィン
………一閃。
クレストは見事にジャイアントアントの足を一本切断した。
キシャァァァァ!!
足を切断されたジャイアントアントはなにやら気色の悪い緑色の体液を撒き散らし、奇声を上げながら暴れ出す。
その間にも、クレストは続けて攻撃を仕掛けていた。
下から上へとジャンプしながら剣を凪ぎ斬り、反動で上から下へと剣を振り下ろす。
ジャイアントアントは大量の体液を撒き散らしながら暴れていたけど、次第に動かなくなって、やがては完全に止まり、絶命した。
それとほぼ同時にティンの詠唱が終わる。
「フリーズネス!!」
天に向けて上げられたティンの両手の上に冷気の塊が現れた。
そして、その塊はある程度の大きさになると4つに分かれて、それぞれがジャイアントアント一体一体にめがけて飛んでいった。
フリーズネスの塊は、ジャイアントアントに当たるとひびが入り、そのひびから物凄い冷気がジャイアントアントに降り注いだ。
そして、ジャイアントアントは見る見るうちに固まってしまった。
4匹全部動かない。
ティンのフリーズネスが決まったところで、エリアの詠唱も終る。
「パワードハンマー!!」
エリアの叫びと同じに、ジャイアントアントの上に巨大なハンマーが現れていた。
ハンマーは勢い良く、固まっているジャイアントアントに振り下ろされ、ジャイアントアントは一瞬のうちに砕け散る。
続けて残りのジャイアントアントにもハンマーが下ろされ、ジャイアントアントは全滅した。
見事なコンビネーションだった。
みんなは戦いの勝利を喜び、明るい表情をしていたけど、僕は……そんな気分にはなれなかった。
クレッシェンドに着くまでの間、僕はずっとうつむいていた……と思う。
……なんていうか……すごく自分が情けなくて……悔しかったんだ。
みんなはそれぞれの役目をちゃんと持っていて、そしてそれを果たしてる。
なのに……僕はと言えば……何も出来ずにただ見てるだけ………
僕は……いったい何のために居る≠だろう。
……勇精者だから?僕は勇精者っていうことだけでここに居るの?
勇精者って……そんなに偉いの?
じゃあ僕じゃなくたって……僕が勇精者じゃなかったら、僕が居る必要なんて……
………なかったんじゃないのかな。
林道での戦いの後、クレッシェンドに着くまでだいたい1時間くらいかかった……と思う。
クレッシェンドは観光の町だから、人がいっぱい居る……と思ったんだけど、そんなことなかった。
むしろ、エルフィンよりも人通りが少ない。
っていうか、全然人が見当たらなかった。
あるのはレンガ造りの家と一応観光地だから立て看板がいくつか。
ちょっと拍子抜けした感じがしたけど、僕たちはとりあえず、立て看板を頼りに『願いの泉』に向かってみることにした。
立て看板によると、『願いの泉』は町の入り口からただひたすら一直線に進んでいけばあるみたい。
ただ、結構距離があるみたいで、『町の入り口より徒歩30分』って書いてあった。
今の僕たちからしたらうんざりしそうな距離だったけど、エリアがど〜しても行きたそうだったから、仕方なく直進。
道は結構大きな道で、ところどころに出店が並んでた。
……けど、その店には主がいない。
本当にどうなってるんだろう?
全然人がいないなんて………
そう思いながら歩いていたその時、
ドンッ!!
突然、何かがクレストにぶつかってきた。
見ると、それは僕より年下に見える男の子だった。
金色の長髪をゴムで束ねた、後姿だけ見ると女の子なんじゃないかと思うような髪形をした男の子は、
「ごめんなさい!」
そう言って足早にその場を去っていく。
クレストは「何、あの態度!」ってちょっと愚痴ってたけど、しばらくした後、
「あ〜〜〜っ!!」
突然クレストが叫んだ。
「な、何!?」
ティンが思わずクレストの方を向いて驚声をあげる。
「財布が無い!!」
……………
「え〜〜〜〜〜〜!?」
と、一同。
「ど、どこかに落としたとか?」
ティンが荒れ狂うクレストに問う。
「そうそう!ティン様のゆ〜と〜り!」
ラック一号も無意味に賛同する。
「そんなことない!」
しかし、クレストは一瞬でその説を崩す。
「じゃあいつもと違う場所にしまってるとか……」
「それもない!だって、財布しまえる場所ってトートバックの中しかないんだもの!!」
クレストはティンの問いに否定し続けていたけど、急に何か思い出したかのように、叫んだ。
「あっ!!」
「こ、今度は何!?」
「……あの子よ!あの子がスッたんだわ!!」
「あの子って……さっきぶつかってきた……あの子?」
「そう!それしか考えられないわ!!」
クレストはそう言うと、男の子が走り去って言った方を指差し、
「……待ってなさいよ、ひったくり〜!!」
今までのクレストのイメージからはかけ離れた言葉を連発して、エルフィンで会ったアサッシンの攻撃で出来たスリットを気にも留めず、勢いよく指差した方向へ走っていく。
とても王族の人には見えなかったけど、そんなクレストの姿を見てたら何かどんよりとしてた気持ちがすっきりしたような気がした。
不意に笑みがこぼれる。
「ハハハハハハハハ!!」
……ティンは爆笑していた。
「笑ってないで追おうよ!セイル!お兄ちゃん!!」
エリアのその言葉で、僕は笑みをやめ、クレストが走っていった方向――願いの泉への道の方を向く。
「そうだね!追おう!!」
そう言ってエリアと共に走り出す。
「ハハハハハハハハ……!ちょ、ちょっと待ってくださいよ〜!!」
……ティンも慌てて僕らについてきた。
ものすごいスピードで先を行くクレストの背中を見ながら、僕は自分の存在意義を考えるのをしばらくやめようと決意した。
『存在意義はこれから見つければいいじゃん!』
そう、思ったから。
僕たちがクレストを追っているとき、セレスは何やら懐かしい感覚に包まれていた。
*これは……何?やけに懐かしい感覚……
*でも……嫌な感覚じゃない。むしろ………
セレスを覆う感覚は、僕たちが走るたびに強くなっていく。
いったい、僕らが向かっている先に何があるんだろうか………
To Be Continued...