第3章〜努力の妖精”フォーテ”〜(下)


「……誰だい?」

ファイアリングの魔法をかき消され少しムッとした表情を浮かべながら、ディーネは詠唱の声が聞こえてきた方向を向いた。

そこには一人の…青年と思われる人が立っていたんだ。

髪の毛は青くて長く、服は…何かマジシャンが着ていそうな服を着ていた。……色は黒じゃなくて水色だけどね。

その人はその場から一歩前に踏み出すと、ゆっくりと口を開き始めた。

きっと自己紹介が始まるんだな、と思ってたら急にその人満面の笑みを浮かべ出して、

「やった!やったよフォーテ!ついに成功したんだよ!!……ねぇ、聞いてるかい?フォーテ」

「はいはい、聞いてますよティン。よ〜〜〜やく使えるようになりましたね、ウォーターストーム」

「『よ〜〜〜やく』ってゆ〜ほど長かったかい?」

「長かったですよ!なにせ、かれこれ練習を始めてから1ヶ月も経ってますからね。普通の精者なら、無理に練習なんてしなくてもその日のうちに使えるようになるはずなのに!!」

「……そ、そんなに怒らなくたっていいじゃないかフォーテ。私だって一生懸命努力してきたんですよぉ」

「…よく言いますね!毎日毎日練習もせずに変なガラクタばっかり作って!!いつどこで努力したって言うんですか!?」

青年は自己紹介をするどころか、青年の服の中から現れた、蒼青色で短めの髪の毛で同色の衣服を着た妖精ともめ始めたんだ。

「あ…あの……」

僕はとりあえずこのままじゃまずいと思って話しかけようとしたんだけど、

「ちょっと黙っててもらえますか!!」

僕はその妖精に強い口調でそう言われ、思わず、

「は、はい!!」

そう言って黙り込んじゃった。

「いいですかティン!あなたは仮にも努精者なんですよ!!あなたを含めた6精者には『世界を脅かすもの』から世界を救うというと〜〜〜〜〜っても大事な使命があるんです!!ですから少しは真面目に………」

青髪の妖精の口が絶え間無く動いていた。

なんだか青年がかわいそうに思えてきちゃう。

でも、そんな青髪の妖精の口を止める人物が現れた。それは………

「フォ〜〜〜テ〜〜〜〜!!!」

「ヒッ!!……そ、その声は……もしかして………」

青髪の妖精がゆっくりと声の元へと向く。そして…


「…や、やっぱり……オニババ……あっ!しまった!!」

「………もう遅いわよ……フォーテ君!!!」

……声の主はセレスだった。

セレスの顔は僕が知ってる冷静な顔ではなく、まるで鬼の形相…

「……セイル…何か言ったぁ?」

「い!言ってないよ!!」

心の中の声を聞くのは無しだよセレス……

「セ、セレス、今は、こ、こんなとこで争ってる場合じゃ、な、ないだろ?」

「……そうよね……もちろん精者と司者でもめてる場合でも…ないわよねぇ」

「は、はい!もちろんです!!」

「そう…まぁ、わかればいいのよ。わかればね」

……………………

「ちょっとあなたたち!!いつまで私のことを無視するつもりよ!!!」

ディーネのその言葉で現状を思い出した僕たちは一斉にディーネの方を向いた。

ディーネは少しホッとした表情で、

「…まさかこんなところで精者が3人も揃うなんてね…でもいい機会だわ!皆まとめてあの世に送ってあげるわ!!」

言ってからのディーネの行動は早かった。

まず手始めにと、ラーデさんに向かってファイアリングを放ってきた。

…おそらく一度戦闘を経験したことから、僕たちの中で一番のつわものと見たんだろう。

「お喋りはここまでだぞ!しっかりと相手の力量を見極めるんだ!!」

ラーデさんの言葉に僕たちは気を引き締められた。

身軽にファイアリングをかわしたラーデさんはそのままディーネに斬りかかる!!

……しかし、フライの魔法を使っているディーネはより高く浮かび、ラーデさんの攻撃を軽々と避けた。

「それならっ!!」

接近戦が不利だと感じたエリアは、すかさずファイアショットの魔法で攻撃をしかける!…しかし、

「その程度の魔法で私にダメージを与えられると思っているの?」

ディーネはそう言うとマジックウォールの魔法でファイアショットを打ち消した。

ファイアショットを打ち消したマジックウォールが消滅する。

その瞬間を青髪の青年が狙っていた!

「アイスニードル!!」

アイスニードルは、相次いでの魔法攻撃にさすがに反応できないディーネの頬と右足をかすめた。


ディーネの頬から血が滴る。

「…さすがに一人じゃ分が悪いみたいね。……来なさい!!」

そう言うとディーネはどこからともなく小さな鐘を取りだし、それを鳴らした……はずなんだけど音は全く聞こえなかった。

……一瞬、誰も声を発さなかった。

家々から燃え盛る炎の音しか聞こえない。

そんな空間に、見覚えのあるやつらが現れた。

目で追うのがやっとな、俊敏な動き。

深夜の闇と同色の装束をまとった3人。

「……ちっ!」

「……さっきのアサッシンね」

ラーデさんが舌打ち、クレストが苦渋の表情でアサッシン3人組を迎えた。

「…やっぱりあんたの仲間だったか」

ラーデさんが確信を持って言う。

「そうよ。…本当はあの時点で勇精者と想精者を葬ってたはずなんだけど…あなたがいるのを忘れてたわ」

「…ふっ、ありがたいな。そこまで俺を評価してくれてたなんてよ。俺はそこまで強くは無いぞ」

「……謙遜しちゃって♪……さて、どうするのかしら?おそらくこれで……私たちの方が有利よ♪」

……そうなんだ。ディーネだけだってめちゃくちゃ強いのに、それにくわえてあのアサッシン3人組。…ラーデさんとクレスト、それに青髪の青年はとにかく、僕とエリアは……はっきり言って役に立たないと思う。…レベルが違いすぎるよ。

そんなことを考えているうちに、戦闘は再開されていた。

アサッシン3人組が、家の中での戦闘の疲れも見せずに淡々と襲いかかってくる。

僕は慌ててダガーを構えた。

ラーデさんが隣で叫ぶ。

「セイルは俺と一緒にアサッシンの相手だ!クレスト王子とエリアとそこの青髪の兄ちゃんはダークエルフを頼む!!」

青髪の青年は『わ、私ですか!?』と動揺していたけど、エリアとクレストはすぐに頷いて戦闘態勢に入った。

周囲で燃え盛る炎だけが、始まったばかりの戦闘を見守っていた。



……やっぱりアサッシン3人組は強かった。

3対2ということもあるけど、僕は自分を守ることが精一杯で、攻撃をしかけることなんて到底できなかった。

どうすれば……

なにか…僕に出来ることは無いのかな……

*セイル!精晶術を使いましょう!

セレスが僕の心の中に話しかけてきた。

*そんなこといったって何の精晶術を使うの?

*…今のセイルの力では、攻撃に参加するのは無理でしょう!だからラーデさんに補助系の勇気の精晶術をかけます!!

*わかった!でも…どういう精晶術なの?

*『シャープ』という、対象の敏捷性を上げる勇気の精晶術を使います!

*………ラーデさんが身軽になってるのを想像すればいいの?

*そうです!……だいぶわかってきましたね!

僕は言われるがままに想像した。

ラーデさんが一瞬白く発光したような気がした。

すると、ラーデさんの俊敏な動きが、より素早いものになってアサッシンの動きを凌駕し始めた。

ラーデさんの細身の剣がうなる!!

剣閃はアサッシンの腹部をしっかりと捉えていた!

ラーデさんの攻撃を受けたアサッシンはその場に倒れこんだ。

………だけど、その後に自分の目を疑ってしまうような出来事が起こったんだ!

そのアサッシンは……塵になって…消えたんだ。

ただただ驚く僕を、ディーネが口元に笑みを浮かべながら見ていた。



「ど、どうなってるの!?」

エリアは塵となって消えていくアサッシンを見て驚きの声を上げていた。

そりゃそうだよね。だって本当に目の前で消えちゃったんだから。

「よそ見してていいの?お嬢ちゃん♪」

ディーネはよそ見をしているエリアに向かって魔法をかける。

「これで黙っててもらいましょうかねぇ、サイレンスマジック♪」

エリアは魔法を防ぐような魔法を覚えていない。

まぁ、きっと覚えていたとしてもディーネとの魔力の差が激しくて全く効果を示さないだろうね。

「あっ、あ、あぁ……」

エリアは声を絞り出そうとしてもほとんど出すことが出来なくなる、サイレンスマジックの魔法に見事にかかってしまった。

「エリア!…シンクル!何か私に使える精晶術は無いの!?」

クレストはなかなか戦闘に参加できずにいた。

だって相手のディーネはフライで浮かんでるから近接武器を使った攻撃が出来ないんだもん。

だから、魔法を詠唱できなくなったエリアを見て『私が何とかしなきゃ!』って思ったんだと思う。

なんだかすごく慌てていた。

「あ、ありますよ!どんな精晶術がいいですか?」

シンクルも慌ててクレストの問いに答える。

「おしゃべりしている余裕なんてあるのかしら?」

ディーネはそんなクレストとシンクルを、余裕の様相で見下していた。

「うぅ…なんか頭に来る!シンクル!も〜なんでもいいからすごい精晶術をお願い!!」

「わ、わかりました!!……じゃあ……とにかく強く念じてください!!」

「……何か想像しなくてもいいの?セイルはそうしているみたいだけど」

「あ、あれは念じやすいようにそうしているだけなんです。本来は特に想像しなくても問題ありません!」

「わかったわ!!」

そう言うとクレストは目をつぶり、意識を集中し始めた。

瞬く間にクレストがほのかに赤く光り出す。

そして、すぐ後に赤い光は四方へと飛び散った。

「………なに?何が起こったの!?」

クレストは自分が使った精晶術なのに、何が起こったのか全くわかっていなかった。

シンクルが何も説明してくれていないから当たり前だよね。

そんなクレストを見て、シンクルはゆっくりと説明してくれた。

「『エターナルフィーリング』っていう思想の精晶術なんですけど、これがすご〜い精晶術なんですよ!!なんてったって人間以外の動物と話せるようになるんですよ!!あっ、動物だけじゃなくて植物とも話せるんですよ!!この精晶術を使えば、いっそう森林浴が楽しめますよ!!」

「……………」

「あ…あの……どうしたんですか?」

「こんな精晶術使っても意味無いじゃない!!」

……シンクルの説明を聞いたクレストはシンクルに飛びついた。

もう我を忘れている感じすらする。

「だ、だって…『なんでもいいからすごい精晶術』って言ったじゃないですか……」

「状況を考えなさい!!状況を!!」

「ご、ごめんなさ〜い!!」

シンクルはひっきりなしにクレストに頭を下げている。

「ふふふっ、なにそれ?新種の芸なのかしら?」

ディーネは少し呆れも混じったような笑いを浮かべていた。

ディーネだけじゃない。

「ははははは!!おもしろい!おもしろいですよお2人さん!!」

……青髪の青年もしっかり笑っていた。

「あ、あなたも笑ってないで何とかしてよ!!」

クレストはあまりにも笑われたので、少し恥ずかしがりながら青髪の青年に向かって言った。

青髪の青年はその言葉で表情を一変させ、

「そうですねぇ……何とかしないといけませんね……フォーテ…『あれ』を使おうと思うんですがどうでしょう?」

「あ…あれって何?」

「あれですよ♪タ・イ・ダ・ル・ウ・ェ・−・ブ♪」

青髪の青年…って、もうさすがに『青髪の青年』って言うのもめんどくさくなったから、これからは『ティン』って言うことにするね。

そのティンが明るい声で言ったその言葉を聞いた青髪の妖精…こっちももう『フォーテ』って言うことにするね。そのフォーテはまさに顔面蒼白…引きつった表情をしていた。そして、なんとか言葉を紡ぎ始めた。

「な、何て事を言い出すんだよ!!タイダルウェーブだって!?そんな精晶術を使ったりしたらこの城下町ごと洗い流しちゃうじゃないか!!だいたいティン!あなたは一度もタイダルウェーブを成功させたことが無いじゃないですか!!!」

「成功するかしないかはやってみないとわかりませんよ♪それに、せっかく想精者さんがいらっしゃるんですから『ターゲット』の思想の精晶術を敵さんに向かって使ってもらえばいいじゃないですか♪そうすれば、町を洗い流すことはなくなるでしょ♪」

フォーテの怒りにも屈せず、むしろ得意げにティンは言い返した。

「……確かに。それなら試す価値はあるかもしれない……。…まったく、知識だけは豊富なんだよなぁ、ティンは」

言いながら、少しの『やられたっ!』という表情と『良かった』という表情を表した。そして、

*シンクル!想精者さんは『ターゲット』の思想の精晶術を使うことは出来るのか?

シンクルに心の中でそう問いかけた。

*……ん〜、使ったこと無いからわからないけど『エターナルフィーリング』が使えたんだからきっと使えると思うよ!!

*じゃああのダークエルフに『ターゲット』を使ってくれよ!その後はこっちがなんとか……すると思うから!

フォーテはちょっと自信なさげに言った。

*……わかった。何しようとしてるのかさっぱりわからないけどとにかくやってみる!!

フォーテにそう言うと、シンクルはクレストに、

*王子様!これから『ターゲット』の思想の精晶術を使います!!

*………今度はちゃんと意味のある精晶術なの?

……クレストは少し不安になっていた。

さっきの出来事があったからね。

*だ、大丈夫です!……きっと。

*きっと?

*あ、あのこれはフォーテ…あの青髪の妖精のことなんですけど、彼が提案したことなんです。使う理由は良くわからないんですけど『ターゲット』は魔法や精晶術の対象を『ターゲット』をかけた相手に限定する精晶術なんです。目標を限定する分、より効率的な魔法攻撃や精晶術攻撃が出来ます。…だから無駄にはならないと思いますよ!!

*……わかった。とにかく使ってみよう!

クレストはさっきのことを割り切って頷いた。

*それじゃあさっきと同じように念じてください!念じにくかったら、念じやすいようにディーネのことを想像してもいいですよ!

*わかった………

クレストは再びゆっくりと意識を集中し始めた………



キィーン!!

ラーデさんの細身の剣と、アサッシンのナイフがぶつかり合う音が甲高く鳴り響く。

すでに一人のアサッシンを倒しているから、残りのアサッシンは2人。

ラーデさんは一人でその2人を相手にしていた。

僕はというと、ここにいても何もすることができないからディーネによって沈黙の効果を受けたエリアのもとへと駆け寄っていた。

「エリア大丈夫!?」

エリアは僕の言葉に頭を縦に振って答えてくれた。

てっきり僕は、エリアは息苦しそうにしていると思っていたんだけど、そうじゃなかった。

『サイレンスマジック』の効果は呼吸困難をさそうものじゃなくて、ただ声を出しにくくするだけのものだった。だから別に呼吸が出来なくなって苦しむようなことはないみたい。

…でも声が出ないだけでもだいぶ辛いと思うよね。

何とかならないかなぁ……あっ!!

僕はその時思い出したんだ!

「セレス!リムーブスペルの勇気の精晶術でエリアにかかった魔法の効果を解くことって出来る!?」

「エリアにかけられた魔法の使用者の魔力にもよりますが、この前ディーネがセイルに使った動けなくなる魔法を解くことが出来たからきっと今回も解くことが出来るでしょう」

「じゃあ!!」

僕はさっそく意識を集中し始めた。

セレスも準備に入る。

そして、エリアは声を取り戻した…はずなんだけど……

「……………」

何故かエリアの口からは声が出てこなかった。

「エリア、まだ声出せないの?」

僕が心配になって聞くと、

「しっ!これからディーネに魔法をしかけるからっ!!…きっと私の声が戻ったことに気付いていないから今がチャンスかもしれないし!!」

と、小さな声で言った。

…確かにディーネはクレストの方を見て笑っていて、こちらのことには全く気付いていないみたいだ。

僕がディーネを確認し終わる頃には、エリアは呪文の詠唱を始めていた。

「数多の力を軽々と打ち消すその力を今ここに示せ!ディスペルマジック!!」

エリアが使った魔法はディスペルマジックという魔法だった。ディスペルマジックは、魔法の効果を打ち消す魔法なんだって!…『じゃあ勇気の精晶術『リムーブスペル』と同じじゃん!』って思うかもしれないけど(僕も最初はそう思った)それは違うんだって!どこが違うのかっていうと、リムーブスペルは対象の相手がリムーブスペルを使われるのを拒んでいたら効果が発揮されないらしいんだけど、ディスペルマジックはそんなこと関係なく効果を発揮するんだって!!

……やっぱりディーネは油断していた。

自分がディスペルマジックの対象になっていることに気付いた頃にはもうエリアの魔法は完成していて、ディーネは見事にディスペルマジックを受けた。

…でもディーネにディスペルマジックを使ってなんの効果があるんだろう?

と、思っていたら……ディーネは空中から墜落していた。

「そっか!フライの効果を打ち消したんだ!!すごいじゃんエリア!!」

と、エリアのほうを向いたらエリアは疲れきった顔をしていた。

なんでもついこの前覚えたばっかりの魔法で、しかも結構精神力を使う魔法みたいで…その結果がこの状態みたい。

でもそうまでして使ったディスペルマジックはディーネにすごい『ダメージ』を与えていた。

ディーネは腰から思いっきり地面の上に落下していた。

…ちょっとの間動かなくて、その後ゆっくりと腰をさすりながら立ち上がろうとしていた。そして、

「……ちょっとぉ…ひどいわよ…不意打ちじゃない!悪質だわ!訴えてやるわ!!」

な〜んてむちゃくちゃなことを言ってきた。

でも前かがみになって腰をさすりながらだから全然迫力が無いんだよね♪

そんな時だった。ディーネの身体が赤く光ったのは。

ディーネがまたなにか魔法を使ったのかと思ったけど、ディーネのほうがなんか慌ててるからそれは違うみたい。

それは、クレストが使った精晶術だった。

クレストが使った思想の精晶術『ターゲット』の効果をディーネが受けたのは確かみたい。

僕はその時ターゲットにどんな効果があるのか知らなかったから、何にも起きなかったから失敗したのかと思っちゃった。

でも次の瞬間、僕は…いや、他の皆もきっと同じことを思ったと思う。

『ターゲットがかけてあってよかったぁ〜!』って。



「青く深き偉大な海よ、そしてその海の覇者よ!あなたの聡明さと勇敢さに感服する。偉大なあなたに願う!今この私の思いと引き換えに、その広大な海の一部を分け与えたまえ!そして、私の前に姿を現したまえ!!」

ティンはさっき(クレストがエターナルフィーリングを使ってディーネに笑われた頃)から詠唱を始めていた。

精晶術にも詠唱が必要になるときがあるみたい。

高度な精晶術や特殊な精晶術を使うときに必要なんだって。

ティンは詠唱を終えると叫んだ。

「いきますよ!タイダルウェエェェェーブ!!」

敵味方含めて皆が一斉にティンの方を向く。

もちろん僕も突然の叫び声に思わずティンの方を向いていた。

…………………………

……何も起きなかった。

「やっぱり無理だったんだよティン!一度も成功してないのにあんな事提案するから!!全くなんでいつもそう……」

と、フォーテがティンに文句を言いまくってた時に……それは聞こえてきた。

ゴォォ!

大きな音が……

ゴォォォ!!

次第にこっちの方に……

ゴォォォォ!!!

近づいてきていた。そして、ついにそれはその姿を現した!

「エ、エリア、あ、あれって、何かなぁ?」

「ど、どう見たって、つ、津波じゃない!!」

そう、それは津波だった。

どっからどう見たって津波だった。

その津波が水飛沫をあげながら近づいてきていたんだ!

「う、うぞ……」

ティンは驚きのあまり口をあんぐりと開けてそう言った。

ラーデさんやクレスト、それにディーネは口が動かなくなっていた。

来る…来る!…来る…!!

「おいシンクル!ちゃんと『ターゲット』の効果は発揮されてるのか!?」

「だ、大丈夫…だと思うけど……」

「だ〜!!なんでお前はいつもいつもそんなに自信なさげなんだよぉ!!」

「ご、ごめんなさ〜〜い!!」

フォーテがシンクルを責めている間にも津波はどんどん近づいてきて、ついに僕立ちの目の前までやってきた!

目の前にある津波は、まさに『水の壁』のようだった。

……もう逃げようがない。

ターゲットの効果がディーネにかかっていることを知っているティンとフォーテ、クレストとシンクルはともかく、僕とエリアはもうその場にうずくまっていた。

……えっ?セレスやラーデさんはって?

セレスもラーデさんもなんだかターゲットのことに気付いていたみたい。

まぁセレスはまだわかるけど……やっぱりラーデさんって物知りだなぁ。

ついにその津波は容赦なく襲いかかってきた。

「うわ〜〜〜!!」

「きゃぁ〜〜〜!!」

僕とエリアは同時に叫んだ!

……だってめちゃくちゃ怖かったんだもん。

…でもなかなか衝撃が来ない。

またしっかりとうずくまり直す。

……でもやっぱり衝撃は来ない。

…僕は怖いけどゆっくりと目を開いてみた。

………よく見えない。

なんだかすごくぼやけていた。

…あと泡。

目の前には、ぼやけた世界と、その中に時々ある泡だけが広がっていた。

呼吸が………出来る。

僕はゆっくりと立ちあがった。

……よく見ると結構綺麗な光景だった。

でもそう気付いた頃にはもうその世界はなくなっていた。

目の前には、燃えつづける城下町が何もなかったかのように存在していた。



「エリア、もう大丈夫だよ」

僕はまず最初にエリアに安全を報告した。

エリアは僕の声を聞くとゆっくりと目を開け、そして立ちあがった。

「な、何?いったいどうなってるの?」

エリアは『何がなんだかわけがわからない』といった表情をしている。

僕はその後、周りを見まわして皆が無事かどうか確かめようとした。

セレス、クレスト、シンクル、ラーデさん、ティン、フォーテ……皆無事……あれ?

ふと思った。

ディーネは!?

そう、そこにはもうディーネの姿が見当たらなかったんだ!

前を見ても、左を見ても、右を見ても、後ろを見ても、どこにもいない。

「あのダークエルフなら津波と一緒に流されていきましたよ♪」

僕がディーネの姿を探していることに気付いたのか、ティンがそう教えてくれた。

……そういえばアサッシンの姿も見えないなぁ。

「それにアサッシンもあのダークエルフがいなくなったらどっかに行っちゃいましたよ♪」

ティンはそう付け加えてくれた。

それにしても……

「本当に何がどうなってるの!?」

僕もエリアと同じように叫ばずにはいられなかった。

だって、あんなすごい津波が襲いかかってきたはずなのに僕たちは全くその影響を受けていないし、なにより僕とエリア以外皆平然としてるのが信じられないよ!

そしたら僕の叫び声を聞いたクレストが事の説明をしてくれた。

「あのね、まずあのすっご〜い津波を起こしたのはあの青髪の人。これはわかるでしょ?で、何で私たちが無事なのかというと、私がディーネに『ターゲット』っていう思想の精晶術を使ったからなのよ。ターゲットには『魔法や精晶術の対象を『ターゲット』をかけた相手に限定する』っていう効果があって、そのおかげで青髪の人が使った……たぶん『タイダルウェーブ』っていうあの津波を発生させる精晶術の対象がディーネだけになって、私たちもこの城下町も何の影響も受けていないってわけ♪」

「……なんだかよくわかりにくいけど、ようするにクレストのおかげで助かったってことか!ありがとうクレスト!あとシンクルも!!」

僕はほんと〜に心から2人に感謝した。

「あ、ありがとうだなんて、そんな、私はただフォーテに言われたことをそのままやっただけですし…そ、それに……」

シンクルがなんか恥ずかしそうに話していると、

「はいはい!シンクルの話を最後まで聞いてたら夜が明けてしまいますよ!!こいつの話なんかより私たちの自己紹介を聞いてくださいよ!!」

フォーテがいきなり自己紹介をし始めた。

「え〜っと、私は努力の司者『フォーテ』といいます。で、この人が努精者の『ティン』です」

「よろしく〜♪」

「……見た目どおり、ちゃらんぽらんな奴ですけどね」

「『ちゃらんぽらん』だなんて!それはあまりにもひどいですよフォーテ〜!!」

「本当の事をいただけじゃないですか!!もし違うんだったらそれなりの行動をしてくださいよ!!」

「う〜〜〜(いじいじ)」

「いじけるな〜〜!!」

………よく喧嘩する2人だなぁ〜。な〜んて思ってると、

「……昔っからこんなお調子者なんですよフォーテは」

と、セレスがなんだか呆れ半分嬉しさ半分の表情で話してくれた。

僕たちがこんな感じで話していると、ラーデさんがちょっと怒ったような叫び声をあげた。

「おい!お前ら、ゆっくり話している暇なんてないぞ!!早く火を消さなければ!!」

!!!

そうだった!すっかり忘れてた!!なんとかして城下町を燃え盛る炎から救わないと!!

……でも、さっきの戦闘のせいで、消火活動を行っていたお城の兵士も逃げちゃったし…いったいどうすればいいの!?

「くそっ!大雨でも降ってくれればなんとかなるんだが……」

ラーデさんが悔しそうにしていると、ちょうど渡り鳥の群れが上空を飛来してきた。

「!!!」

その時突然クレストがまるで脅かされたようなびっくりした表情を見せた。

クレストの過剰な反応に、『どうしたんだろう?』と思わず見入ってしまっていると、突然クレストが頷いたり、また驚いたり、最後には喜んだりしていた。

「………この人壊れちゃったんですか?」

しまいにはティンがそう言ってしまう始末。

でも本当にどうしちゃったんだろう?

そんなクレストが笑顔で僕たちに話し出した。

「ラーデさん!炎は何とか食い止められそうです!!」

「何だって!?いったいどうやって?」

「私たちが何かやるわけじゃないですよ。これからこっちに向かってでっかい雨雲が近づいてくるらしいんですよ♪」

「………なんでそんなことわかるの?」

エリアが思わずそう言い返すとシンクルが、

「…あっ!『エターナルフィーリング』ですね!!」

「あったり♪さっき飛んできた渡り鳥が言ってたんだよ。『雨雲が来る前に早く雨宿りが出来る場所を探さなくちゃ』ってね♪」

?????

……何だか2人だけで納得しちゃってるけど、なんだか僕にはよくわからないや。

でも、クレストが言ってたことは確かだった。

しばらくすると、で〜〜〜っかい雨雲が現れたんだ!!

雨雲はフィンセルの上空まで来ると、勢い良く恵みの雨を降らせていった。

炎は初めこそ勢いを残していたものの、次第にその勢いは弱まって、あっという間に全部消えちゃった!!

僕たちはそれを確認すると緊張が取れたのか、急に疲れが出てきてその場に倒れ込んじゃった。

でも、クレストだけは違った。

「きゃぁぁぁ!!」

「いやぁぁぁ!!」

「ごめんなさぁぁい!!」

………何度も鳴り響く雷の音に一人耳をふさいで、叫びながら泣いていた。



何だかんだ言って、これで自称探検家と雷嫌いの女王子様とちゃらんぽらんな青年……違う違う!

勇精者と想精者と努精者の3人が揃った!!

早く残りの3精者を見つけないとね!!

とりあえず目指すはレナン国の都市シャント!

そこにフェアリーストーンがあるはず!!

頑張るぞっ!!

……ふぁぁ、でも今は早くふかふかの布団で寝たぁぁい!!



To Be Continued





……と、終わらせたいところだけどあともうちょっと。





漆黒の闇。

ここはまさにその名が1番良く似合うであろう場所。

そこには一人の人物がいた。

その人物は『ナニカ』に向かって話しかけていた。

「…奴らは再び結集しようとしている」

……………

「…そして、確実にこちらに向かってきている」

……………

「…辛いか?」

…………ウゥ

「…憎いか?」

…………グゥゥ

「………会いたいか?」

グゥゥァァァァァ!!!

生々しく気色の悪いその『声』は、獲物を探すかのように漆黒の闇の中を駆け出していった………



To Be Continued

>>前のページへ<< ■ >>次のページへ<<