2.抱 [ アゼル×ティルテュ ]

「――――運命を呪う?
 そんなこと、するだけ無駄なことだし、何より、そんなことで現実から逃げるなんてこと……するべきではないさ。そんなこと……」
 アゼルは、親友であるレックスの口から放たれたその言葉を、沈痛な面持ちで受けとめていた。
 レックスがその言葉を漏らしたとき、アゼルは久しぶりに彼の涙を見た。
 ――レックスは、父であるランゴバルト卿を、自らの手で亡き者にしていたのだ。
 アゼルは、レックスの気持ちを少なからず理解していた。
 それは、自らもある意味ではレックスと同じような境遇に立たされているから。
 ……まぁ、正確に言えばアゼル自身が立たされている境遇ではない。
 そうではなく、その正確な対象はアゼルの妻――ティルテュだ。
 ティルテュの父であるレプトール卿は、ランゴバルトと共にシグルドの父であるバイロン卿を落とし入れた張本人。
 ――レプトールもランゴバルトと同じく、シグルド軍が討つべき対象なのである。
(ティルテュ……やっぱり君は、シレジアに行くべきだ……)
 アゼルがそう願うのは、愛すべき人がいる者として……そして、守るべき人がいる者として当然なことだった。


 * * *


「――私は……私は絶対について行くから!」
 アゼルが驚きを全身で表しながらその言葉を聞いたのは、ザクソン城でランゴバルト軍との戦いに向けての準備をしていた時のことだった。
 アゼルの目の前には、決意に満ちた表情で必死に訴えかけるティルテュの姿が。
「……ダメだよティルテュ。何度も言ってるけど、このままでは必ずフリージ軍と戦うことになる。今はまだ目の前に姿が見えないから実感が無いかもしれないけれど、いざフリージ軍と遭い対した時、君は……」
 アゼルはそっとティルテュの頭を撫でながら、気落ちした表情で諭すように呟く。
 ――しかし、ティルテュの決意は堅かった。表情を変えることなく、すがるようにアゼルの手を握りながら叫びだす。
「わかってるわ、そんなこと! でも……それでも私はアゼルと一緒に居たいの!! 今の私にはアゼルが必要なの! アゼルが居ない状態なんて、考えられないもの!!」
 アゼルはそんなティルテュのことが、愛しく思えてしかたなかった。
 その華奢な身体を、これでもかというほどに抱きしめてあげたいと思っていた。
 ……しかし、そんなことをするわけにはいかなかった。
 もしアゼルがそんなことをしてしまえば、余計にティルテュの気持ちが揺らいでしまう。
 フリージ軍との戦いになったとしても、ついていくと言い出すかもしれない。
 下手をすれば、ティルテュが自らの父親と戦わなければならなくなるかもしれない。
 アゼルにとって、それだけはどうしても避けたいことだった。
 ――アゼルは本能と理性との葛藤の中で、一つの打開策を打ち出した。
「ティルテュ……仕方ないな。僕だって、少しでも長くティルテュの側に居てやりたい」
「それじゃあ!」
「……ただし、ランゴバルト軍との決着がつくまでだ。フリージ軍と戦うことになったら、すぐに離軍するんだ。・……いいね」
「…………わかったわ」
「ありがとう。……愛してるよ」
 そう言って、アゼルはティルテュにそっとキスをする。
 アゼルにとって、そのキスは耐えがたい悲しさを帯びたものだったが、何とかこらえてティルテュの元から離れていく。
 二人が居た空間を、何とも言えない複雑な雰囲気が包み込んでいた。


 * * *


 アゼルは辛さを噛み締めながら、リューベック城内――ティルテュの居る部屋へと向かっていた。
 これから、シグルド軍はレプトール卿率いるフリージ軍と戦うことになる。
 ――もう、これ以上ティルテュをこの戦場に居つづけさせるわけにはいかない。
 部屋に辿り着き扉を開くと、そこにはまるでアゼルが来るのを待っていたかのように扉の方――アゼルの方を向いているティルテュの姿があった。
 ティルテュはアゼルの姿を見ると、何にも言わずにそっとアゼルへと近づいていく。
 そして、そのまま問答無用でアゼルの肩に腕を回す。
「ティルテュ……」
「お願い……私を離さないで。独りにしないで……」
「……君は独りじゃない。子供たち――アーサーとティニーがいるじゃないか。……子供たちには母親が必要なんだよ」
「わかってる……わかってるわよ、そんなこと! でも……それでも私はアゼルと一緒に居たい!!」
「でも、やっぱり君にフリージ軍と戦わせるわけにはいかない」
「私は、フリージ軍と――お父様と戦うことになってもかまわないわ!」
「ダメだっ! そんなこと……そんなこと軽々しく言ってはいけない!!」
「軽々しく言ってなんかいないわ! ……お父様がバイロン卿を落とし入れたことを知って落ちこんでいた私を優しく包み込んでくれたのは、アゼル――あなたじゃない!!」
「ティルテュ……でも、やっぱりダメだ。……僕は、愛する人が、自分の父親を平気で殺せるような人であってほしくないんだ。だから……君は子供たちと一緒にシレジアへ行くんだ」


 ――肌を突くような沈黙。


「じゃあ……じゃあ行かないで! 私や子供たちのことを想ってくれているのなら、あなたも一緒にシレジアに――」
「……それはダメだ」
「どうして!?」
「僕には……兄さん――アルヴィス卿が考えていることを見極める責任がある。それに、もう決めたことなんだよ」
 アゼルは自らの腹を刺しているような錯覚を覚えながら、そう呟いた。
 内に秘めた本心に逆らう決断。それを口にしなければならない現状。
 アゼル自身、ティルテュと一緒にいたいに決まっている。
 隣で、いつも支えていてほしいと思っているに決まっているのだ。
 ――だが、それはできない。彼女に、永遠に残る傷痕を作らせないためにも。

 アゼルはそっと、涙を流していた。
 声が口から漏れることはなく、ただ、一筋の小さな清流のように。
 そして、ティルテュを包む腕に力がこもる。

 ティルテュには、もう反論の言葉が見当たらなかった。
 アゼルの涙と、自分を抱くその身体が、全てを決していた。
 ティルテュは、そっとアゼルの肩にまわしていた腕をとく。
 そして――――

「……アゼルは…アゼルはずるいよ。……その優しさが、どれだけ私を苦しめてるか……わかってるの?」

 ――うつむきながら、呟くティルテュ。
 それは問いであったが、ティルテュ自身、それに対する答えはわかっていた。
 アゼルは、必ずこう答えるだろう。ただ一言、『ゴメン』と。
 だから、ティルテュはアゼルからの答えを待たなかった。
 アゼルの手を握り、懇願するかのごとく言葉を紡ぐ。

「せめて……せめて最後に、私を抱いて。離れていても、アゼルのぬくもりを感じていられるくらい……強く――」


 ――もう、言葉はいらなかった。
 ただ、互いのぬくもりを肌で感じあう。
 それは、そのときの二人にとって、何にも勝る意思疎通法。
 ――そう、言葉などいらなかった。
 全てがそこに、集約していた。



 ――そっと見せたティルテュの笑顔に、アゼルは自分の笑顔を重ねた。







 え〜、久々のお題作品。
 えと、アゼル×ティルテュ。これはもう私にとっては不動のものです。
 アゼル×エーディンってのも、まぁありっちゃあありかもしれませんが、そうしちゃうと、ティルテュの相手が考えられない。
 っつ〜わけで、カップリング批判は勘弁してくださいね(笑)
 さて、『抱』ということで、結構…いや、かなり困りました。
 どういう展開にしようか、誰と誰のカップリングでこのテーマを実現するか。
 まぁ、結局アゼル×ティルテュになったわけですが。
 曖昧な終わり方に、あなたのイメージを重ね合わせてくだされば、これ幸い。

 2005/03/21


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