運動会 |
……僕は運動会が嫌いだ。
100m走、リレー、障害物競走、騎馬戦、応援合戦……
いろんな種目があって、好きな人は好きなのかもしれない。
……でも僕は嫌いだ。
何故って?
それは……僕が身体障害者だから………
僕は両足を使って歩くことが出来ない。
下半身不随なんだ。
だからどこに行くのにも、僕には車椅子が必要。
もちろん学校に行く時も車椅子で行くんだ。
そんな僕がもっとも嫌いな時期がやってきてしまった。
…そう。運動会の時期だ。
何で運動会の時期が嫌いなのか。
練習がキツイから?
………違う。
いちいちそんなことをやるのがめんどくさいから?
………それも違う。
じゃあ一体なんでなのか?
それは……僕がやることが何もないからだ………
そんな僕が驚かされたのは運動会の各種目の選手を決めるクラス会の時だった。
「それじゃあ今配った紙に名前とやりたい種目を書いて下さい。書き終わったら教卓の上にあるこの箱の中に入れてくださいね。何も書かないって言うのは駄目よ」
先生の説明が終わって、クラスの皆がいっせいに紙にやりたい種目を書き始めた。
周りの皆は次々に書き終え、教卓の上の箱の中に紙を入れていく。
そして、僕も紙を箱の中に入れた。
……………名前だけしか書いていない紙を。
「それじゃあこれから一枚ずつ見ていきます。定員をオーバーしちゃった種目は後でじゃんけんでまた決めなおしますからね」
先生はそういうと箱の中から続々と紙を取り出し、書いた人の名前を呼んでから黒板に正の字を書き始めた。
人気があるのは障害物競走だった。
理由はよくわからないけどね。
人気がなかったのは100m走だった。
皆疲れるのは嫌みたいだ。
しばらくして僕の名前が呼ばれた。
そして、先生が一瞬の沈黙の後、
「100m走ね」
えっ?
思わずそう口にしそうになった。
クラス内に一瞬どよめきが起こる。
でもそれは一瞬だった。
不思議だった。
誰も非難する人がいない。
僕が100m走に出たってビリになっちゃうのに。
クラス会が終わった後、僕は先生に聞いてみた。
「なんで僕が100m走に出なきゃいけないんですか?」
先生はしばらく黙り込んだ後、
「……………いや?」
……重かった。
僕は言葉を返すことが出来ず、無言で教室から走り出た。
……なんか見透かされた気分だった。
でも……嬉しかった………
運動会当日。
こんなに楽しみにしていた運動会は今までにはなかった。
なんたって、僕が種目に参加できるんだから。
今は騎馬戦が行われていた。
本当は僕も出るはずの種目なんだけど、さすがに騎馬戦は出来ないから一生懸命応援する。
次の種目は僕が出る100m走。
ちょっと緊張してくる。
そんな僕に気づいたのか、先生が声をかけてくれた。
「いい、結果はどうだっていいの。重要なのは『一生懸命やること』なのよ。だから、今君が持ってる力で精一杯頑張ればいいの」
先生は車椅子の僕に合わせるようにかがんで、僕と同じ目線で話してくれた。
*次の種目、100m走に出場する選手は、指定のスタート地点に集まってください。
僕を呼ぶ放送が流れる。
「じゃっ、行って来い!!」
先生はそう言うと、僕の頭を軽くポンとたたいて僕を送り出してくれた。
僕に『チャンス』をくれた先生。
……期待に答えたい!!
僕は一生懸命に走っていた。
多分全力で走っていると思う。
先生は励ましてくれたけど、スタート地点に行ったとき、やっぱりすっごく緊張した。
周りの人達から僕に視線が注がれていた。
まぁ、それは慣れてることだから別にいいんだけど。
皆興味本心で僕を見る。
いつもそうだった。
でも、今回は違っていた。
『車椅子の子ガンバレ!』『頑張って〜!!』
…僕を応援してくれる人の声が聞こえるんだ。
こんな僕のことを応援してくれる人がいる。
結果は目に見えているのに。
でも……ガンバロウって思った……
こんなに一秒一秒が長く感じたことは今までなかった。
今はどれくらい走っただろう?
70mくらいだろうか。
……走っているのはもう僕だけだ。
ほかの選手は皆ゴールしちゃった。
…ハズカシイ。
………でも、こんな状態の僕に向かっての声援はドンドン大きなものになっていた。
『ガンバレ〜!!』『あと少しだぞ!!』『最後まで走りぬけ〜!!』
もう必死だった。
走る。
走る。
走る。
何度も切られたゴールテープがまた現れる。
もうすぐだ。
あとちょっと。
いけっ!!
僕は最後に懇親の力を込めたせいか、ゴールテープを切った瞬間、思いっきり転んでしまった。
車椅子から転げ落ちる。
あわてて先生が飛び出して来てくれた。
「よく頑張ったわね!!」
先生は転んだ僕を軽く抱きしめてくれた。
先生は…少し泣いていた。
パチパチパチパチパチパチ
周りの皆がいっせいに拍手を送ってくれた。
……………僕に。
僕はうつむいていた。
100m走で最下位だったから。
先生の期待に答えられなかったから。
「ごめんなさい。せっかく100m走に出させてもらったのに……先生の期待にこたえられなかった………」
僕がそう言うと、先生は笑顔でこう言ってくれた。
「何言ってるの!先生、とても嬉しかったわ。…だって、いつも自分から行動しようとしなかった君が、自分から一生懸命になって頑張ってくれたんだから!!クラスの皆だってきっとそう思ってるわよ!先生……本当に嬉しかったんだから………」
笑顔が涙でぬれていた。
「先生……」
…僕は情けなかった。
今までなんてもったいないことをしてたんだろう。
チャンスはいっぱいあったのに。
……でも、今日先生のおかげで気づいたんだ。
『やらなきゃ何も始まらない』ってことに。
結果が全てじゃない。
実際に僕は結果は駄目だったけど、かけがえのないものを手に入れたから。
かけがえのない思いを手に入れたから。
『自分にも出来ることがある!』っていう大切な思いを………
End