蜻蛉


僕は弱かった。

家ではお母さんに怒られて、学校ではクラスの子にいじめられて。

僕は弱かった。

いい返す勇気も無いから。

僕は弱かった。

その気持ちを引きずっちゃうから。

僕は弱かった。

いつも誰かの影に逃げてたから・・・



その日も僕は逃げていた。

学校のグラウンドでの体育の授業。

僕は先生の影に隠れていた。

逃げていたんだ。

ここにいれば大丈夫。

ここにさえいれば大丈夫。

ここにいれれば大丈夫・・・

その日もそこにいれたから大丈夫だった。

ここにいれば僕は強い。

誰も僕に傷をつけることなんて出来ない。

僕が強くなれる場所なんだ。

このとき僕は先生という武器を使って敵を傷つける。

誰も抵抗できない。

この場の僕は無敵だった。

でも・・・これでいいのかな・・・・・



あるときグラウンドに1匹の蜻蛉が飛んできた。

秋の空を、羽をいっぱいに広げて。

「蜻蛉・・・」

僕は蜻蛉はおかしな奴だと思っていた。

幼い頃、やごという名で水の中の王者の地位をほしいままにしていたのに、自ら望んでいるかのように蜻蛉になり空へ飛び立つ。

空には自分より強いものがたくさんいるというのに。

周りを狙う存在だったのが、周りに狙われる存在になってしまうというのに。

それでも蜻蛉になる。

蜻蛉は空を優雅に飛ぶ。

羽を無駄にはばたかせることなく、上手く滑空して飛ぶ。

僕は蜻蛉をずっと見ていた。

なんかとっても楽しそうだった。

楽しそうに・・・空を飛んでいた。

・・・何で?

何でそんなに楽しそうに空を飛ぶの?

もう長くない命なのに。

いつ死んでもおかしくないのに。

蜻蛉はその答えを僕に教えようとしているかのように、僕の周りを旋回し始めた。

「僕は・・・今が一番楽しいよ。今を生きるために生まれてきたんだ。本当に・・・楽しいよ。幼い頃いた牢屋から開放されたんだから。僕は自由になれたんだから・・・」



蜻蛉は旋回を止め、再び何処かへと飛んでいった。

自由・・・僕の・・・自由・・・・・

僕は次の日から新たな場所へと飛び出した。

先生の影という牢屋を抜け出して。

新たなる自由を求めて・・・・・

僕も・・・きっと自由になれるよね・・・・・



End